特別企画

ぬこー様ちゃん氏とコミックルーム石橋氏が赤裸々に語る「漫画ビジネスのパラダイムシフト」【IMART2024】

【IMART2024】

11月14日~16日開催

 マンガビジネスが大きな転換期を迎えている。従来の出版社主導の商業モデルに加え、「Kindleインディーズマンガ」に代表される新たなプラットフォームの台頭により、個人クリエイターが直接収益を得られる道が拓かれた。

 一方で、従来型の商業出版においても変革の波が押し寄せている。COMIC ROOMは10人程度の少人数で企画から販売までを内製化し、データ分析に基づいて多数のヒット作を生み出している。SNSを活用した1,200人規模の作家ネットワークの構築など、デジタル時代に適応した新たなビジネスモデルが確立されつつある。

 さらにSNSの普及とデジタル技術の進化は、クリエイターと読者の関係性も大きく変えている。作家が直接読者の反応を得られるようになり、AI技術の活用で制作コストも低下。海外展開においても、自動翻訳技術の発展により、言語の壁を越えた展開の可能性が広がっている。マンガビジネスは、テクノロジーとの融合によって、かつてない多様性と可能性を手に入れつつあるのだ。

 本稿では、マンガ家のぬこー様ちゃん氏とコミックルーム 経営者/漫画原作者の石橋和章氏による「漫画ビジネスのパラダイムシフト」のセッションのレポートをお届けする。

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Kindleインディーズマンガが切り開く新市場

マンガ家のぬこー様ちゃん氏
コミックルーム 経営者/漫画原作者の石橋和章

 マンガビジネスにおいて、個人クリエイターが収益を得る方法が広がっている。個人出版や、パトロン系サービス、コミッションサービスなどがあるが、特に注目を集めているのが、「Kindleインディーズマンガ」を活用した新しいビジネスモデルである。

 この仕組みは、読者が作品を無料で読め、その閲覧数に応じて作者に収入が入るというもの。市場の特性としてストーリーは「スッキリする系が受けがいい」という傾向があり、読まれたページ数に応じて収入が入る仕組みのため、作画コストを抑えることで収益を最大化できるという。そのため「絵はシンプルだが、ストーリーが刺激的なマンガが収入に繋がりやすい」とした。

「Kindleインディーズマンガ」

 同氏は「最初の1年間に20冊ぐらい出して、それから新刊を出していない」。しかし、その20巻で「定期的にバズるだけで生活していくのに十分なお金が普通に手に入る」状況を実現しているという。

 SNSとの連携も重要な要素で、ぬこー様ちゃん氏はフォロワーが8万人程度から始め、「Kindleインディーズマンガ」開始後「1年半ぐらいで50万人ぐらい」まで成長した。SNSからの誘導のしやすさという相乗効果も生まれている。収益の仕組みとして、読まれた分だけ収入が入るというのがあるため、「続ければ続けるほどやりがいがある」という。

 また、ぬこー様ちゃん氏が参入した2020年3月時点では「1カ月1,300万の分配金をみんなで分け合っていた」という状況だが、「この2年で10倍ぐらいになった」と市場の急成長を実感しているという。

 この成功モデルは他のクリエイターにも波及している。例えば、ブログ収入が減少傾向にあった作家が「Kindleインディーズマンガ」に参入し、最高月収が1,000万円を超えた例も紹介された。

10人で多数のヒット作を生むCOMIC ROOMが実現するデジタル時代の出版革命

 続いて、デジタル時代における商業出版の新たなビジネスモデルとして、石橋和章氏が率いるCOMIC ROOMの戦略が紹介された。

 「マンガを作ってマンガを売る会社」ことCOMIC ROOMは、現在10人程度の少人数で運営されている。スタッフ数は昨年5人、その前は2人や3人という時代もあったという。この少数精鋭の体制で多数のヒット作を生み出してきた。

 その特徴は、企画プロデュースから原作制作、漫画制作、アシスタント、カラーリングチームまでを内製化し、「ワンストップで販売まで全部やる」という点にある。

 ヒット率の高さの理由は「チームで作り、ロジックを積み重ねられている」こと。お互いでクオリティチェックをしあえるうえ、販売までを見据えているため、どのストアでどのくらい売れたかというデータが毎日把握できる。そういったノウハウの積み重ねがヒット率向上に繋がった。

 また、SNSでシナリオやネームを公開し、作画を担当してくれる作家と繋がるという独自の作家ネットワークを構築しており、現在、LINEで登録している作家が1,200人という規模に達しているという。作家陣と著作権を一緒に持ち合う形でパートナーシップを結び、読み切りから始めて徐々に連載化していく手法を採用している。

自社で企画プロデュースから販売までをワンストップで行なう
ロジックを積み上げることでヒット作を作る

 ビジネスモデルも革新的だ。初期は作者として出版社から原稿料をもらうという作品がほとんどだったが、現在は8~9割の作品で、自分たちはどこからも原稿料を貰わず、むしろ作家に原稿料を払って作品を制作し、直接ストアで販売する方式を確立している。

 こうしたモデルでは電子書店との関係構築も重要な要素となっている。電子書籍市場では4社ほどの主要プラットフォームに対して、1人2人の担当者がしっかりコミュニケーションを取ることで、効果的な営業体制を構築できているという。この結果、作品が増えるたびに成長率は上昇し、急成長を遂げている。

どこからも原稿料をもらわずに、むしろ作家に原稿料を払って作品を制作し、直接ストアで販売している

デジタル時代における作家と出版社の新しい関係

 クリエイターと出版社の関係もデジタル時代に入り大きく変化している。“出版社の言うことが正しいと思って従う“という従来の構図が崩れつつあるのだ。

 その変化の1つが、SNSの台頭により、クリエイターが直接読者の反応を得られるようになったこと。ぬこー様ちゃん氏の経験は象徴的だ。

 ぬこー様ちゃん氏によれば、ある出版社での連載が2、3巻で打ち切りになった後、その連載をSNSで宣伝したところ「めちゃくちゃ売れた」という。あまりにも売れすぎて、Amazonの売れ筋ランキングの上位に入るほどの反響があった。

 この経験から、SNSが上手くない編集者の存在や、今の時代のプロモーションができていない出版社の実態が浮き彫りになったという。その結果、「出版社といえど過剰に期待してはいけない、自分で考えて行動する必要がある」という結論に至ったと語る。

SNSを活用し、自分で考えて自分で行動する必要があると話す

 石橋氏はこの事例について、ぬこー様ちゃん氏がSNSでデータを収集し、SNSで商業出版の宣伝をしたことに触れ、これまでは出版社しかできなかったことを実践した例とする。というのも、かつてはほとんどの出版社で、作家にアンケートを絶対見せてはいけないという不文律があった。

 出版社はその人の順位だけを教える程度で、あらゆるデータを見せないという姿勢だったという。ぬこー様ちゃん氏の例は“データ分析が上手い超有能なマーケターが自分自身“という状況を作れた特殊な事例と評価しつつ、誰もがSNSで自分のデータが集められるようになり、時代は大きく変わったことを指摘した。

 この変化はテクノロジーの進化によってもたらされたものだ。石橋氏によれば、テクノロジーの進化により、以前は50人必要だった作業が5人でできるようになり、10人必要だったことが1人でできるようになった。その結果、作品数もクリエイターの数も増加し、コンテンツが消費しきれないほど市場に流通するようになったことで“コンテンツを追い切れない”という変化が起きているという。

 ぬこー様ちゃん氏は、最も大きな変化としてフィードバックを自分で回収できるようになったことを挙げる。ホームページが流行った時代にもイラストを載せることはあったが、フィードバックはほとんどなかった。「みんなチラッと見て何も反応しない」という状況だったが、今は数字やコメントでフィードバックを回収できるようになり、ツールの発展は大きな意味を持つという。

テクノロジーの進化によりフィードバックを自分で得られるようになった

 さらに、創作の技術面でも大きな変化が起きている。ぬこー様ちゃん氏によると、絵があまり上手くなくても3Dを使えばそこそこな表現も可能になり、創作に役立てられるAIも増えてきた。

 技術を使うことで、週刊連載でもアシスタントを雇わずに1人で執筆している作者も現われている。小学生でもフルカラーのイラストを描けるようになった例を挙げ、デジタル技術の進歩により、創作するコストや敷居が下がり、マンガ家になる障壁が低くなったと感じているという。そのため、別の部分で差別化を図る必要性が生まれていると指摘している。

マンガの新たなグローバル展開の可能性

 海外展開について、業界各社は新たな成長機会を模索しており、電子書店各社とのパートナーシップを通じて海外展開の方向性を探る段階にある。

 ただし、電子商業マンガにおいては、海外のマーケットはまだ十分な規模に達していないという現状がある。そのため、この市場をいかに拡大していくか、海賊版対策やプロモーションなどの準備を進めているという。

 ぬこー様ちゃん氏は、1年半ほど前から海外展開を継続的に検討し、中国などへの展開も視野に入れていた。しかし、最終的な課題として「翻訳してもどう売る?」という問題に直面しており、いったん中断して改めて準備を進めている状況だという。

 自身のSNSアカウントが海外に十分リーチできていないことから、本格的な展開にはまだ慎重な姿勢を見せている。しかし、今後の展開については独自の展望を持っている。

ぬこー様ちゃん氏のXのフォロワーは49.7万人を越えている

 例えば、最近の動向として、Xの動画機能に自動で字幕が付くようになるなど、言語の壁を越えたサービス展開の兆しが見えてきている。これらの技術進歩は、マンガの翻訳にも影響を与える可能性があり、例えば、横長フォーマットへの変換時に生じる絵の歪みなどを、AIが補完することも予想されるという。

 そうなると将来的には、日本人作家が投稿した作品を海外のユーザーが積極的に閲覧するようなサービスが始まる可能性があると予測している。次の大きな市場はそこにあるとの見方を示している。

 すでに言語の壁が低いイラストレーターは海外ファンも多く、フォロワー数も多い。このような展開が進めば、日本のクリエイターが注目されるだけでなく、逆に海外のクリエイターがフィーチャーされる可能性も出てくると話した。

 セッションの最後に石橋氏は、ぬこー様ちゃん氏の話を聞いていて、「商業と同人の境がこれから消えていくのだろう」という感想を抱き、自分達も「Kindleインディーズマンガ」に卸そうかなと思ったという。

 ぬこー様ちゃん氏は「個人クリエイターって不幸せになる人が多いので、そういう人が1人でも減るように健やかに過ごせるようにこれからも活動していきたいと思います」と語り、セッションを締めくくった。