特別企画
マンガの世界展開はデジタルと実店舗の両輪で急成長!MANGA Plus by SHUEISHA/紀伊國屋書店/オレンジが描く新たなビジネスモデル【IMART2024】
2024年11月26日 15:00
- 【IMART2024】
- 11月14日~16日開催
マンガの世界展開が新たな段階を迎えている。集英社の「MANGA Plus by SHUEISHA」は、9言語での展開と月間650万人のアクティブユーザーを誇り、北米を筆頭に世界各地で急成長を遂げている。
また、紀伊國屋書店による実店舗展開も注目される。特に北米では、アニメ視聴をきっかけとしたマンガ購入という新たな消費行動が定着しつつある。
こういったグローバルなマンガビジネスの急速な展開を支えているのが、オレンジ社によるAIと人間のハイブリッドアプローチを活用した効率的なローカライズだ。
デジタルと実店舗の両輪で展開するマンガビジネスは、海賊版対策や紙とデジタルの共存など課題も抱えているが、世界市場でのさらなる成長に向けて、各社が独自の戦略を展開している。本稿では、IMART2024にて実施されたセッション「マンガの世界展開の現状とスピードアップに向けて」のレポートをお届けする。
MANGA Plus by SHUEISHAの躍進と戦略
集英社「MANGA Plus by SHUEISHA」編集長の細野修平氏は、同サービスの現状と施策について詳細な発表を行なった。
「MANGA Plus by SHUEISHA」は、日中韓を除く全世界を対象としたウェブ・アプリ配信サービスだ。英語、スペイン語、フランス語、ポルトガル語、タイ語、ロシア語、インドネシア語、ベトナム語、ドイツ語の9言語で展開され、月間アクティブユーザーは650万人に達している。
地域別の利用状況では、アメリカが最多を占め、インドネシアとタイが続く。その後にブラジル、フランス、ドイツが続いている。特筆すべきは、タイのケースだ。タイ語サービス開始以前から、多くのユーザーが英語版を利用していた実態が、タイ語展開の決め手となった。
サブスクリプションサービスは2プラン制を採用。国によって価格設定は異なるものの、基本的には連載作品のアーカイブ閲覧が可能なプランが1.99ドル、全作品閲覧可能なプランが4.99ドルとなっている。
アプリ版では、「少年ジャンプ+」同様、連載作品は初回全話無料で提供。基本的に最新3話と最初の3話が無料となる仕組みだ。ただし、日本の「少年ジャンプ+」が同誌の掲載作品のみ全話無料なのに対し、「MANGA Plus by SHUEISHA」では「週刊少年ジャンプ」、「少年ジャンプ+」、一部の「ジャンプスクエア」作品まで無料提供している。
さらに2023年以降、サイマル配信にも注力。「少年ジャンプ+」連載作品はほぼ100%がサイマル配信され、オレンジとの連携により読み切り作品のサイマル配信も開始された。
収益はサブスクリプション収入、広告売上、ライセンスオファーの増加という3本柱で構成されている。デジタル・サービス単体では現時点で大きな黒字化には至っておらず、投資フェーズと位置づけ、読者の拡大を優先している。具体的な目標として、100万閲覧以上の作品を10作品以上、TOP3作品で500万閲覧以上、「少年ジャンプ+」とあわせて1,000万閲覧を目指している。
しかし課題もある。海外市場では紙のコミックスが90~95%を占める中、その売上を維持しながらデジタルの売上を伸ばすという難しい舵取りが求められるということだ。また、アニメのような各国同時展開の実現や、海賊版対策も重要な課題だ。特に海賊版については、法的対応による削減だけでなく、より充実したサービス提供による対抗策が重要との認識を示した。
AIと人間の融合によるマンガのローカライズ
オレンジの代表取締役の宇垣承宏氏は、新たなマンガローカライズの取り組みについて語った。2021年に元コロプラの宇垣氏が設立した同社は、マンガを世界に届けることをミッションに掲げるスタートアップだ。オレンジのローカライズは集英社も活用しており、その中核となるのが「Studio」という社内チームである。
「Studio」の特徴は、AIと人間のハイブリッドアプローチにある。マンガのローカライズは単なる翻訳にとどまらず、写植やレタッチなど多岐にわたる工程を必要とする。
同社の具体的なプロセスは、まずAI翻訳でベースを作成。その後、独自のテストを通過した翻訳家による本翻訳、さらにハイレベルな翻訳家による校正を経る。最終段階では、専用エディターを使用し、担当者が写植・最終チェックを実施する体制を確立している。
同社の翻訳ポリシーは明確だ。作品を徹底的に読み込み、黒子に徹して物語の文化・文脈を余すことなく伝えることを第一としている。同時に、AIに依存しすぎることなく、恣意的な意訳を避け、不必要に難解な訳出を控えるよう配慮している。
しかし、読み切り作品の翻訳では特有の課題に直面している。連載作品と異なり、毎回新しいキャラクターや設定への対応が必要となる。宇垣氏は「1作1作が完全新作のような扱いになるので、しっかり最初から読み直す必要がある」と話す。
技術面でも「マンガは表現が自由なので、様々イレギュラーなものが発生する」という課題を抱えているという。
これらの課題に対し、同社はAIと人間の役割を明確に区分している。AIはあくまでベース作成の補助的役割と位置づけ、最終的にはネイティブの翻訳家が翻訳を行なうという方針を堅持している。
「作品リスペクト」「黒子に徹する」「文化文明を余さず伝える」というポリシーは、AIと人間の強みを組み合わせた独自の翻訳プロセスを確立し、高品質な翻訳を提供していく同社の姿勢を端的に表している。
北米マンガ市場における紀伊國屋書店のモデル
続いて、アメリカ紀伊國屋書店東海岸エリア統括の渡邉成一氏からは、アメリカにおける紀伊國屋書店の展開について現状や課題が語られた。
紀伊國屋書店の海外展開は目覚ましく、国内69店舗に対し海外では10カ国で41店舗、6営業所、3事務所を展開。特に北米では21店舗を擁し、これは海外店舗の約半数を占める。その他、シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、台湾、オーストラリア、アラブ首長国連邦にも店舗網を広げている。
売上面では、海外事業が円建てで300億円を超えるまでに成長。渡邉氏は「売上自体はそれほど大きくないが、利益率が全く違い、利益貢献が高い」と語る。
北米の紀伊國屋書店の特徴は、書籍と非書籍が約50%ずつという独自の店舗構成にある。日本語・英語の書籍、雑誌はもちろん、文具やキャラクターグッズなどの雑貨も積極的に展開している。
顧客の9割以上はアメリカ人で、各地域でアニメ・マンガファンの集う場として機能。年間15、16回程度の中規模コンベンションに参加し、クーポン配布などを通じた店舗への誘客も図っている。
コロナ禍では英訳漫画の売上が2019年比で約4倍に伸長。この背景には、外出制限下でのアニメ配信サービス視聴をきっかけに、実店舗でマンガを購入するという新たな行動様式の定着があったという。
一方、日本語版の売上は英語版の約4分の1にとどまるものの、日本語が読めない層による購入も見られ、その層が日本語のマンガの売り上げを支えているのだという。また、近年は限定カバーや特典付き商品による差別化戦略を展開し、一定の成果を上げている。
アメリカで紙の書籍が支持される背景は複合的だ。コレクター気質や共有・見せる文化の存在、物理的な所有へのこだわり、手触りや匂いへの愛着、デジタルデトックスの傾向に加え、住宅の広さや車での通勤時の読書環境といった社会的要因が絡み合う。さらに、独立系書店を支援しようという消費者意識も、実店舗での購買を後押ししているのだという。
特筆すべきは、アメリカ人特有の「ミーハー」な性質や、コンテンツを他者と共有して楽しむ文化の存在だ。これらがアニメ視聴をきっかけとしたマンガ購入という消費行動を生み出している。SNSによる情報拡散や「ジャンプ作品」の高いブランド力も、この動きを加速させている要因になっていると語られた。
デジタルと現実世界で広がっていくマンガの世界展開と、それをサポートするローカライズ。そういった異なる役割を担当する各社が自分の強みを生かし、相互に補完し合っていくのがマンガのグローバル展開なのだと感じた。海賊版対策や、紙とデジタルの共存などの課題が存在するのも事実だが、各関係者の取り組みにより道は開かれつつあり、この日本発のコンテンツが今後さらなる広がりを見せていくのだろう。