特別企画
都条例「不健全図書」改称。森川ジョージ氏らが改称への道筋を語る【IMART2024】
2024年11月19日 10:12
- 【IMART2024】
- 11月12日~16日 開催
11月13日、IMART2024において、セッション「都条例『不健全図書』改称」が実施された。登壇者として「はじめの一歩」の作者で知られる漫画家で公益社団法人日本漫画家協会常務理事の森川ジョージ氏、NPO法人うぐいすリボン理事・情報法制研究所上席研究員の荻野幸太郎氏に加え、モデレーターとして美少女コミック研究家や日本マンガ学会所属・公益社団法人日本漫画家協会所属の肩書を持つ稀見理都と、一般社団法人MANGA総合研究所 所長(代表理事)の菊池健氏がそれぞれ登壇した。
本セッションでは、東京都が、2024年9月9日に「不健全図書」の名称を「8条指定図書」に変更した件について、変更に至るまでの経緯や、森川氏を含む漫画家有志の活動について振り返る内容となった。
「不健全図書」が「8条指定図書」に。改称までの経緯を振り返る
セッションではまず、稀見氏により、改称となった「不健全図書」に関する背景や経緯等の整理が詳しく行なわれた。
「不健全図書」という名称は60年間公的な場で使用されており、他の都道府県では「有害図書」と呼ばれてきた。これは、青少年が健全に成長できる環境を整備することを目的とした、青少年育成条例の8条に基づいて指定されるもので、販売され頒布されている図書類又は映画等(成人向けマークのついていないもの)の内容が、著しく性的感情を刺激し、甚だしく残虐性を助長する等のおそれがあると認められるものが該当する。
ここでは頒布されているものを指定しているため、ネット上にある漫画等は含まれず、あくまで東京都の場合、都内の書店等で頒布されている図書等に対する条例となり、kindle等で読めるものは該当しない。
また、「著しく」や「甚だしく」といった曖昧な表現が散見され、どのような内容のものが指定されるのかは議論になる部分で、どう判断するかは、毎月1回行なわれる、青少年育成条例の審議会で、審議員によって決定されてきた。
図書の指定は、まず都職員が不健全図書に該当するのではないかというものを調査して購入し、審議会で試問する図書類を選定する。資料によると、毎月100~140冊の図書が購入され、そこから1〜2冊に絞り込まれることが多いとのことだ。
その後、自主規制団体からの意見聴取を行ない、その意見を参考にしつつ、東京都青少年検算育成審議会にて、指定図書に指定するに値する内容なのかを多数決によって判断し、過半数を超えた場合、8条指定図書に指定される。
指定後は東京都の広報で勧告された後、発行所(主に出版社の編集部等)に通達がされ、販売店等(書店等)への周知はがきが送付される。書店は指定された図書を所謂18禁コーナーに移し、区分陳列を行なって販売しなければならない。
なお、稀見氏によると、今回取り上げられているのは東京都の指定のため、他県では別の図書が指定されることもあるが、東京都で指定された図書はAmazon等の通販サイトが、条例の指定外となる電子書籍の販売ごと取り下げてしまうことがある。また、それに加え18禁コーナーを作り辛い大規模モール内の書店での販売が不可能になってしまうこともあり、流通する場所が失くなり都の指定図書を絶版にすることが少なくないとのことだ。
区分陳列に関しても問題があり、条例ができた当時は男性向けの性的な内容を含むコミック・グラビア誌等が殆どだったが、最近指定されているものの多くは女性向けのBL作品が大半を占めている。そのため、男性向けのゾーニングがされている場所に女性向けのものも置かないといけなくなることが障壁となり、絶版となるBL作品が存在するとのことだ。最近では成人向けで出版されるBL作品も増え、1フロア全体をBL(ボーイズラブ)コーナーとすることで女性客が大半占める書店も存在するものの、小さい書店ではそれも難しい現状がある。
また、こうした行き過ぎた区分に関して当の東京都は、販売側の裁量として強くは指導を行なっていない状況にあるという。
指定されている本は2004年以降激減。現在はBL作品が大半を占める
セッションでは、8条指定図書に指定されている冊数や、そのジャンルの推移についても解説。まず、8条指定図書に指定されている本は、1980年代は年間150冊指定された時期があったものの、2004年以降激減している。稀見氏によると、2004年当時の都知事だった石原慎太郎氏によるコミック規制や出版社への締め付けが強くなり、出版社各社が自粛傾向となった結果、規制される本が激減。また、同時期に指定される本がほぼコミックに限定された(石原氏は「太陽の季節」で芥川賞を受賞したものの、同書の反倫理的な内容が賛否を呼んだ)。
指定図書となっているジャンルは、当初は男性向け作品が占めていたものの、2011年以降からBLコミックの指定数が増加しており、2022年にはBL作品のみが指定されている極端な状態となっている。
稀見氏によると、こうした状況の背景には、男性向け作品が最初から成人向けとして発行されることが多くなり、TL(ティーンズラブ)作品も多くが電子版に移行した結果、指定される本がなくなったことがあるという。BL作品の歴史を考えると、2011年以前から指定されてもいいはずで、指定する図書がなくなった結果、BL作品が狙い撃ちのような形で指定され始めたという訳だ。
こうした背景を踏まえ、東京都でいう「不健全図書」、他県では「有害図書」という名称が、全ての人にとって見てはいけない本という印象を与え、また選ばれた作家にとってショッキングなものとなり、読む側・作る側双方に対する不利益が大きいのではないかという問題意識の基、2022年に立ち上がったのが、不健全図書名称改善運動となる。
森川氏「反対意見も募ってきた」「目に触れてから10年待って欲しい」。
稀見氏の背景整理を受け、森川氏は、2年間の名称改善に関する活動の中で逆の意見を多く聞いてきたと話した。森川氏は「自分たちの意見が間違っているかもしれない」という意識の基で、反対意見も募ってきた。反対意見の中でも「男性向け作品の指定が減り、女性向けのBL作品の指定が増えた背景には、男性向け作品と比較してBL作品の自衛が足りない。ゾーニングがされていれば都職員の目に留まることもなく、指定もされなかった」「なんでBL作品が野放しになっているのか」といったものが多かったという。そうした反対意見を踏まえると、稀見氏の調査は正しいが、その一方でそれに対して誰が何を思っているか、市場ではどう思われているか等は反対運動をしている人間にはわからないとした。
また荻野氏は森川氏の発言を踏まえ、東京都は自主規制のルールを設けており、「そのルールを守らない(特にBL関連の)作品に関わる人たちが悪いのではないか」といった反発・反論があった。その一方で、「男性たちは18禁コーナーという特権を持っているのではないか」「男性だけが成人向けコーナーを独占してきたのはどうなのか」という反応もあった、と話した。
それを受け森川氏は「男性向けの成人向けコーナーに、BL本を置いても女性は入り辛い」とし、菊池氏は「女性向け作品は、成人向け指定という方向に販売側と制作側が踏み切れなかった。それが難しかったという背景があるのではないか」と述べ、荻野氏は 「マーケティングとゾーニングが一致しているかは深刻な問題で、例えば『自殺の歴史』を扱うような真面目な本を、区分陳列だからといって成人向けコーナーに置けるかというと中々厳しい」と語った。
森川氏は、週刊連載雑誌にしても、スマホやゲームにしても初めて人類が目に触れたものが登場した年にすぐ規制されている。新しいものが親に怖いと思われ、行政へ規制を望む声が挙がり、条例ができる。これが条例ができる構図で、昨今は新しいものがデジタルで出てきて、目に触れなくなったため、指定されるものが減ったとする持論を述べた。
森川氏は続けて「どの条例をつくるにも新しいものが出てきたときに10年待って欲しい。国連等が日本のコンテンツに規制を求めているが、日本は漫画が発展しているが、日本の性犯罪率は他国と比べ極めて低い。漫画のせいでもなければ、スマホのせいでも、ゲームのせいでもない。行政に駆け込んで条例を作れば子供たちの成長がうまくいくということではないし、一度規制したら緩和は難しく100年、200年続いてしまう。実際、名称を変えるだけでもかなりの苦労があった。そうしたことを不健全図書の問題に絡めて多くの人に考えて欲しい」と語った。
名称の変更に約2年半。活動を振り返る
セッションでは最後に、2022年4月から、約2年半かけて実現した名称の変更に関して、その活動を振り返るトークが荻野氏主導で行なわれた。
名称の変更については2022年に星崎レオさんのBLコミックが指定されたことが活動の起点となる。前段でも挙げたげたような都条例に関する議論がSNS上で話題になったことや、2022年の参院選で赤松健氏が立候補したこと、加えて表現規制の話題が政治的に熱を帯びていたことも重なって、指定図書の審議会に傍聴へ国会議員等が傍聴しに行くなど、議員や都民の中の関心が高まったことに触れた。
その後、2022年9月には藤井晃都議による一般質問による問題提起や、鳥取県が有害図書指定した本がAmazonで取り扱われなくなった問題もあり、マニアックな人だけでなく、全国的な、国政やジャーナリズムで取り上げるべき論点であるという機運が高まっていった。
同年12月には「不健全図書の名称変更を求める陳情」が栗下善行議員により提出され、2023年1月にはTwitter(当時)上でハッシュタグキャンペーン、2月には森川氏らが都議会各会派に陳情を行なうなどの動きが続いた。この陳情は不採択となったが、不採択に投じた自民党と都民ファーストの会の委員からも一定の理解が得られるなど、前向きな反応が見られたとのことだ。
その後、2023年4月に有志の漫画家協会有志により「表現活動部会」が発足。これに対し森川氏は、先の陳情には女性3人だけで行ったが、議会の中には女性差別が残っており、ある議員に酷いことを言われた。具体的には「もっと売れてたら指定されないよ」「女だからじゃない」と。だから自分が行った方がいいだろうと思い、「僕に行かせてくれ」といったのが「表現活動部会」の始まり。漫画家協会全体では規模が大きく動けなかったので、有志を募って部会を発足した。
「僕が各会派に足を運んだら、「はじめの一歩」の作家がきたということで、全員暖かく迎えてくれた。失礼なことはなかった。陳情は不採択となったが、風が吹けば名称変更はできるだろう。ただ、5年から10年はかかると思っていた。2年でできるとは思わなかった」と当時を振り返った。
表現活動部会が発足して以降は、水面下での交渉がされていたものの、見えるような動きがなく、各会派への働きかけを再度行なった上で、2024年3月に漫画家有志による陳情が行なわれた。その後、4~5月に立憲民主党がパブリックコメントを募集し、6月には都議会で不健全図書関連に関する代表質問が行なわれ、9月に「不健全図書」を「8条指定図書」に名称変更されることが正式に発表された。
この際のエピソードを聞かれた森川氏は、色々な会派の人とやり取りをしたが「言えないことが多すぎる」としつつ、「最初の陳情が不採択となった後、表現活動部会が発足する前から色々な会派を回ったが、漫画に理解のある都議が増えていて、都議会でも2会派くらいしか反対していなかった。でも、この話題が注目されたら、どこの会派の手柄になるのかといった各会派の綱引きが始まってしまった」と語った。
まだまだ森川氏からエピソードが出てくるところだったのだが、残念なことにセッションはここで時間切れとなってしまった。
最後に菊池氏が「今後色々な問題が起きていくと思うが、実務を詳細に理解した方々が見えないところで交渉などを行なっており、そうした地道な活動こそが条例が変わるようなことに至るのではないか。それが伝えられたらと思う」とセッションを締めくくった。