レビュー

全国一を目指す麻雀少女たちの戦いから目が離せない!「咲-Saki-」

「咲-Saki-」[画像はヤングガンガンの「咲-Saki-」作品ページ(https://magazine.jp.square-enix.com/yg/introduction/saki/)より]
【咲-Saki-】
著者:小林立
連載:ヤングガンガン(連載中)
既刊:26巻

 近年、「麻雀」はシニア層を中心とした「健康麻雀」の普及や「キッズ麻雀フェスティバル」といった小学生対象のイベントの開催を通じて、年齢・性別を問わず誰もが楽しめる頭脳競技として広がりつつある。そんな中、この夏、「第一回全国高等学校麻雀選手権大会」が開催された。全国の高校生たちがチームを組み、日本一を目指して競い合う大会だ。7月に予選が行なわれ、8月7日より8日にかけて、本選に残った24チームの高校生たちが激突した。

 高校生たちが麻雀という競技で日本一を目指すマンガといえば、真っ先に「咲-Saki-」が思い浮かぶ。「咲-Saki-」は2006年にヤングガンガンで連載が開始された小林立氏による麻雀マンガだ。

 それまでの麻雀を題材としたマンガは、賭け事・ギャンブル、ヤクザの代打ち等のダークな世界を舞台としたものが多かった。しかし、本作は麻雀を健全な競技として描き、普通の女子高生たちがインターハイを目指してしのぎを削る“部活動もの”として物語を展開。これまでの麻雀漫画とは違った形でのヒット作となった。

 本作の人気は、アニメ化やドラマCD化、テレビドラマ化、映画化、ゲーム化されたことのほかに、「咲日和」「咲-Saki-阿知賀編 episode of side-A」「シノハユ the dawn of age」「立-Ritz-阿知賀編 episode of side-A」「怜-Toki-」「染谷まこの雀荘メシ」「咲-Saki- re:KING'S TILE DRAW」「咲とファイナルファンタジーXIV」と、実に多くのスピンオフ・外伝の連載が存在していることからもわかる。

 そんな「咲-Saki-」の世界に、現実が近づいている。「第一回全国高等学校麻雀選手権大会」本選に出場した選手たちの言葉から、今、まさに高校に麻雀部が増えつつあり、そしてMリーグ(麻雀のプロリーグ)で活躍するプロに憧れて麻雀をはじめる子、自分も麻雀のプロを目指すと宣言できる子が増えているのが伺える。

【【開幕】初の高校生全国“麻雀”選手権「将来の夢はMリーガー」現場からリポート|プロ雀士 林美沙希アナ】

 当時は考えられなかった「咲-Saki-」の世界がすぐそこにきた今、そんな「咲-Saki-」の物語を紹介したい。なお、本文には作品展開のネタバレを含むため、未読の方はご注意いただきたい。

女子高生たちの熱い能力バトルは見どころ満載!

 まずは本作の世界観とストーリーを簡単に紹介しよう。 本作の舞台となるのは、麻雀が囲碁や将棋と同じく一般的な競技として扱われ、小学校から学校に麻雀部が普通に存在する世界だ。全世界の麻雀人口が数億人を超え、プロの麻雀プレーヤーが活躍しそんなプロを目指し、毎年開かれる大規模な全国大会で多くの高校生たちがしのぎを削っている。本作は、そんな高校生のひとり、宮永咲と彼女が所属する清澄高校麻雀部の活躍を通し、高校生たちの熱い戦いや様々な葛藤、友情を描いている。

 主人公は、両親の別居によって父親に引き取られた高校1年生・宮永咲。彼女は、母親について行った姉・宮永照と仲たがいしたまま高校生になっており、過去の家族麻雀の苦い思い出から、麻雀を避け、遠ざかろうとしていた。

 しかし、ひょんなことから幼馴染である須賀京太郎によって、強引に麻雀部の部室へと連れていかれる。最初は入部を拒んでいた咲だったが、同級生の麻雀部員・原村和(のどか)との交流を経て入部を決め、高校チャンピオンとして君臨する姉・照ともう一度話をするためにインターハイを勝ち進み、全国を目指す決意をする。

宮永咲[画像はヤングガンガンの「咲-Saki-」作品ページ(https://magazine.jp.square-enix.com/yg/introduction/saki/)より]

 一方、原村和もインターハイに強い思いを抱いていた。彼女は麻雀が好きで堪らず、誰とも麻雀が出来なかった時期もネット麻雀で腕を磨き、全国中学生麻雀大会(インターミドル)個人戦優勝をはたしている実力者だ。しかし、それほどの実績がありながらも、彼女の父は和が麻雀を続けることに否定的だった。和はそんな父に麻雀を続けることを認めさせるために、インターハイで優勝しなければならないのだ。

原村和 [画像はヤングガンガンの「咲-Saki-」作品ページ(https://magazine.jp.square-enix.com/yg/introduction/saki/)より]

 2人が所属する清澄高校麻雀部は、同じ1年の片岡優希、2年生の染谷まこ、そして部長である3年生の竹井久の5人でチームを組み、インターハイ団体戦で勝ち上がっていく。

異能を駆使した麻雀バトル!一方能力だけじゃない駆け引きも魅力

 ストーリーは王道の高校の部活ものだが、登場するキャラクターの多くが独自の特殊能力を持っている。 なお、本作における”特殊能力”とは、例えば「練り牌に指紋でマーキングしているから牌の判別ができる」とか「ツモった牌の表面を親指の力で削り取り強引に白にしてしまう」といった何か仕掛けがあったり、一定の力があるキャラクターなら誰でも出来るというものではなく、彼女たち自身が生まれながらに持った個々の能力のことで、これがこの作品ならではの魅力となっている。

 例えば、咲は「嶺上開花」(カンをした際に引ける「嶺上牌」で上がる役)の使い手で、カン(同じ牌を4つ揃えること)を多用し、ほとんどの嶺上牌であがることができる。カンを重ねることで安い手を一気に高打点の手に変化させることが可能な能力だ。

 和はネット麻雀では無敵を誇り、完璧なデジタル麻雀が強み。正確無比な牌効率を元に、打点の高低関係なく最速であがりにいく。そんな彼女は咲のような特殊能力を持っている訳ではないが、相手の能力に惑わされることがなく、ブレずに自分の効率を追求することで能力持ちのキャラクター相手に対等に渡り合っている。

 優希は東場では無類の豪運を発揮し、ほとんどの対局で起家(最初の親となること)となり、ダブルリーチ(最初からリーチすること)はもちろん、時には天和(最初の配牌であがること)をあがることもある。

片岡優希[画像はヤングガンガンの「咲-Saki-」作品ページ(https://magazine.jp.square-enix.com/yg/introduction/saki/)より]

 染谷まこは家が雀荘を営んでおり、幼い頃から見てきた過去の打牌データを記憶している。卓上と類似した過去の牌譜を記憶から引き出し、その場を切り抜ける筋を導き出すスタイルが特徴だ。

染谷まこ[画像はヤングガンガンの「咲-Saki-」作品ページ(https://magazine.jp.square-enix.com/yg/introduction/saki/)より]

 また、久は聴牌した際、地獄待ち(残っている牌が1枚しかない待ち)やカンチャン(順子の真ん中が足りない待ち)、ペンチャン(1-2もしくは8-9の牌を持って3もしくは7だけの待ち)等のあがる牌が少なく、確率が低い方があがりやすくなるという能力を持っている。

竹井久[画像はヤングガンガンの「咲-Saki-」作品ページ(https://magazine.jp.square-enix.com/yg/introduction/saki/)より]

 他校には、自分が追っかけリーチ(誰かがリーチをした後でリーチを行なう)をすると先にリーチした相手が必ず振り込んでくれたり、裸単騎(1種類の牌でしか上がれない状態)で待つと必ずこの牌を引き込んでくる選手。さらにはドラ(アガリ時に手牌にあると、1翻加算される牌)が毎局のように自分の手元に集まる選手、他の対局者から認識されなくなり、大きな声で「ロン」や「ツモ」を言うまで卓上から消え、相手から警戒されないどころか、捨て牌も見えなくなるので対局者にフリテンを誘発する選手。

 北家の際に東と北が手牌にやってきて、その後南と西が手配にくる四喜和(東南西北の牌でつくる役満の総称)に特化した選手、1巡先の未来が見える選手がいたりと、本当に多彩な能力を持った選手のオンパレードである。 特に長野大会のラスボスである衣と高校チャンピオンの照の能力発動時の不気味さと迫力はいくら言葉を尽くしても完璧には言い表せない。この作品の麻雀の象徴ともいえるこの2人の対局は必見である。

 しかしこうした多彩な能力者たちが登場するからといって、麻雀本来の頭脳戦がなくなる訳ではないのが本作の魅力となっている。咲たちは県大会・全国大会共に1回戦は持ち前の能力をぶつけるだけで楽に勝ち進めていた。だが、準々決勝以降はほとんどが能力者同士の戦いとなり、しかも互いにどんな能力を持っているかもおおよその見当がついている状態での対局となる。

 そうした中で対局に挑む選手たちは、「いかに相手の能力を封じるか」や「どうすれば相手の能力をかいくぐり自分があがることが出来るのか」といった本作独自の読み合いを強いられる。

 あまりに強い相手に他校の選手たちと共闘することもあれば、他校の選手が四苦八苦する中、1人だけ普段通りの麻雀を打ちきったり、協力しない選手がいる為に更に追い込まれる選手がでてきたり……。といった具合に、普通の麻雀では味わえない、特殊能力が存在するからこその試合展開や、そこで繰り広げられる緊迫した頭脳戦・心理戦が読んでいて最高に楽しいのだ。

 また、こうしたやり取りを通じ、最終的に「どのような手で勝利を掴むか」という点も本作の醍醐味となっている。中でも筆者が特に印象に残っている「勝ち方」は長野大会決勝の大将戦で咲が魅せた逆転劇だ。

 清澄高校は、この場面の時点で龍門渕高校に62,500点もの大差をつけられていた。しかも咲はラス親ではないため、この1局で60,000点以上の差をまくらなければならない。役満が直撃すれば逆転が可能かもしれないが、咲は嶺上開花の使い手なので、あがり方はツモに限られる。つまり、役満をあがっても点数が足りず、逆転は不可能な絶望的状況としか思えなかった。当時の読者たちからも、「一体どうするんだ?」という声が多く上がったと記憶している。

 そしていざ決勝の決着がついた時、正直に言って感服した。ネタバレになるため詳細は伏せるが、咲が逆転の手をあがったそのシーンには「まさかこんな手があったなんて」と驚かされ、その後何度も読み返し、アニメでは何度もリピートした。それほど劇的なあがり方だったのだ。

 ほかにも、全国大会準決勝次鋒戦でまこが放った役満も印象に残っている。このシーンは、対局相手の阿知賀女子学院・松実宥の能力を利用したもので、「なるほど!」と頷かずにはいられなかった。

 このように、多くの能力を持った選手たちが必死に、時には自分の限界を超え、勝つために懸命になる姿に胸が熱くなる。文字通り命を削ってまで戦う少女たちのきらめきこそ、「咲-Saki-」の麻雀に惹かれる理由だろう。

女の子たちの熱く重い友情にときめく

 大会では熾烈な戦いを繰り広げる「咲-Saki-」の世界だが、部活動を通じた選手同士の関係性も魅力の1つだ。いくら特殊能力を用いて麻雀を打つとはいえど、“部活もの”らしく日頃の練習や合宿のシーンも描かれている。また、練習試合や合同合宿といった形で、試合外でも他校との関わりもあり、全国大会では同じ長野県のライバル選手たちが清澄高校を応援するために東京までかけつける展開もあった。
こうした部活動生活の中で、部員同士の絆が生まれ、深まっていき、中には他の選手に特別な感情を抱くキャラクターたちも少なくない。

 例えば、宮守女子高校の姉帯豊音は、もともと山奥の小さな村でひとり麻雀を打っていた少女だった。監督に見出されて宮守にやってきた彼女は、孤独な境遇のためか宮守で得た仲間たちを想う感情は強い。姉帯は前述した「追っかけリーチ」と「裸単騎」であがれる能力の持ち主でもあるのだが、筆者は彼女のこうした境遇が孤立した牌に「仲間」を呼び寄せる能力を持つことになったきっかけではないかと考えている。

 また、風越女子高校は、キャプテンの福路美穂子が献身的にチームを支え、その姿に部員たちも心から信頼を寄せている。その一方で美穂子は中学時代に戦い、不思議な色で気味悪がられていた右目を「綺麗だ」といってくれた久との再会に心を揺さぶられており、恋する乙女のような様子が見ていて応援したくなってしまう。

福路美穂子[画像はヤングガンガンの「咲-Saki-」作品ページ(https://magazine.jp.square-enix.com/yg/introduction/saki/)より]

 全国の決勝戦では清澄高校・優希の心意気に胸を打たれた戦いがあった。優希はよく言えば清澄のムードメーカー、悪く言えば自由気ままな“お子様”的な立場の言動が多いキャラクターだ。対局に「カッコいいから」とマントを羽織って参加する姿にも、そんな性格がよく表れている。そんな彼女が全国大会の決勝の先鋒戦で、既に敗れた新道寺女子高校の花田煌(きらめ)と同じ髪型をして出てきた時は驚いた。煌は優希の中学時代の先輩なのだが、そんな煌の想いも乗せたい気持ちを背負い、敵を討ちたいという心の表れだったのだろう。実際の対局でも、いつもの自分の戦い方に加え、煌の周囲をよく見る洞察力も取り入れていた。てっきり甘えっ子なキャラクターだとばかり思っていた優希の意外な一面を見られた決勝先鋒戦は、特別な印象を残した一局となった。

新道寺女子高校・花田煌[画像はヤングガンガンの「咲-Saki-阿知賀編 episode of side-A」作品ページ(https://magazine.jp.square-enix.com/biggangan/introduction/saki_achiga/)]より

 中でも、筆者が一番好きなのは鶴賀学園の東横桃子と加治木ゆみの関係だ。桃子は前述した「対局中に消える」ことが出来る選手で、生まれつき影が薄い少女だった。教室で立っていたり座っていたりするだけでは気づかれない。何か大きな声を出したり派手に動いたりしない限り、同級生たちには桃子の姿が見えないのだ。それは家でも同じで、家族ですら桃子の存在に気づかないことが多々あった。

 他人との関係を築くことを諦めていた桃子にとって、ネット麻雀を通じて桃子の腕を見抜き、大勢の生徒たちの前で大声を出しながら必死に桃子を探すゆみの存在はどれほど大きなものだっただろうか。それ以来桃子にとってゆみは欠かせない存在となった。また、ゆみは長野県大会の決勝戦で、衣のあまりの強さに心が折れそうになった時に、桃子のことを思い浮かべて耐えている。このことから、ゆみも同様に桃子が自分にとって大切な存在になっていたことが伝わってくる。

鶴賀学園・東横桃子[画像はヤングガンガンの「咲-Saki-」作品ページ(https://magazine.jp.square-enix.com/yg/introduction/saki/)より]

 ほかにも、千里山女子高校の園城寺怜と清水谷竜華の互いを想い合う気持ちや、阿知賀女子学院の鷺森灼が赤土晴絵に向ける憧れ、姫松高校の愛宕絹恵が持つ姉への憧れとコンプレックス等、「咲-Saki-」の中には少女たちの多種多様なの想いが詰まっている。そんな中から自分の好きな関係を見つけ出すのも「咲-Saki-」の楽しみのひとつだろう。

千里山女子高校の園城寺怜と清水谷竜華[画像はヤングガンガンの「咲-Saki-」作品ページ(https://magazine.jp.square-enix.com/yg/introduction/saki/)より]

残るは決勝!気になる勝負と姉妹の行方

 そんな「咲-Saki-」は、現在全国大会決勝の大将戦が連載されている。清澄高校の他の部員たちの出番は終わり、残るは大将・咲の戦いのみ。久は3年生なので、これが今のメンバーで挑む最後の試合だ。咲はどのように戦うのか、清澄高校は優勝し日本一になることが出来るのか、そして咲と照はちゃんと話し合うことができるのか。青春の集大成となるインターハイの終幕を、ぜひ共に味わってもらいたい。

宮永照[画像はヤングガンガンの「咲-Saki-」作品ページ(https://magazine.jp.square-enix.com/yg/introduction/saki/)より]

 最後になるが、「咲-Saki-」には多くのスピンオフが出ているが、それらは性別逆転させたパラレルワールドものだったりグルメマンガだったりと、読んでおくとさらに「咲-Saki-」を深く、様々な角度から楽しめる作品群となっている。 中でも、和の幼馴染のキャラクターたちが清澄高校の反対側のトーナメントを勝ち上がっていく「咲-Saki-阿知賀編 episode of side-A」は読んでおくと更に本編の全国大会を楽しめるので、こちらも是非一読して欲しい。

「咲-Saki-阿知賀編 episode of side-A」第1巻[画像はヤングガンガンの「咲-Saki-阿知賀編 episode of side-A」作品ページ(https://magazine.jp.square-enix.com/biggangan/introduction/saki_achiga/)より]