レビュー

様々な獣人たちによる迫力満点のバトル!これが大人の動物図鑑だ「キリングバイツ」

【キリングバイツ】
著者:村田真哉(原作)/ 隅田かずあさ(作画)
連載:月刊ヒーローズ(ヒーローズ、2013年~2020年)/コミプレ(連載中)
既刊:24巻

 明日6月30日、いよいよ「キリングバイツ」25巻が発売される。

 「キリングバイツ」は「月刊ヒーローズ」にて2014年から2020年12月号まで連載され、その後「コミプレ-Comiplex-」にて配信中。ライデンフィルムにより2018年1月よりアニメ放送も行なわれたバトル漫画だ。原作は「アラクニド」、「ヒメノスピア」の原作も手がけた村田真哉氏。作画は「月光のカルネヴァーレ」の作画もしている隅田かずあさ氏である。

 あらゆる動物の力を宿した獣人たちの戦いとそれぞれの権力者たちの思惑を描いた本作において、いよいよ決勝戦が開始され、「全人類獣人化計画」と「全人類竜化計画」の行く末が明らかになる25巻は、この物語のクライマックスに入っていく重要な巻だと言っていいだろう。

 本稿ではそんなクライマックスを前に、「キリングバイツ」の魅力を紹介したい。なお、本文には作品展開のネタバレを含むため、未読の方はご注意いただきたい。

「キリングバイツ」25巻

迫力あるバトルと次々得られる知識の面白さ

 「キリングバイツ」は、己に最も近い動物の因子を獣化手術によって引き出された獣闘士たちによるバトルアクションマンガだ。

 1章の舞台は日本経済を裏で支配している石田・三門・八菱・角供の4つの財閥が自分たちの発言権を賭けた代理戦争として自分たちが雇った獣闘士を戦わせる牙闘(キリングバイツ)が行なわれている世界。Fラン大学の野本裕也は獣闘士である蜜獾(ラーテル)・宇崎瞳と出会い、様々な獣闘士たちと牙闘(キリングバイツ)に巻き込まれていくうち瞳に惹かれていく。

 そして4大財閥がフィリピン海の無人島「炎蹄島」を舞台にそれぞれ3人の獣闘士たちをコマとして戦わせる牙闘獣獄刹(キリングバイツ デストロイヤル)に、蜜獾(ラーテル)・瞳と共に石田財閥の一員として参加するという物語になる。(6巻まで)

野本裕也
蜜獾(ラーテル)・宇崎瞳

 2章は1章から2年後の世界。三門と角供の2財閥が倒れ、石田・八菱財閥と「牙闘」管理局により獣人や牙闘(キリングバイツ)存在が公表され、 獣人特区も出来る世界で、田舎から出てきた15歳の獣人の少女媚戌(ビーグル)・戌井純(いぬいぴゅあ)が牙闘(キリングバイツ)の王者になることを夢見て獣人特区にやってくる話となる。(7巻~)

媚戌(ビーグル)・戌井純(いぬいぴゅあ)

 この作品の最大の魅力は、作家陣の動物に関する圧倒的な知識である。誰かと誰かが戦う度に、そして時には日常の中で、獣人たちの元になった動物の知識が差し挟まれる。

折に触れて動物の解説が挿入される

 獣闘士たちはそれぞれの動物たちの特性を活かした戦いをし、そして勝敗が決まっていく。この展開は実に見事だ。あらゆる生物の膨大な知識もさることながら、それらの特性をバトルの組み合わせ、相性に落とし込み、どのように決着するかを考えるというのは緻密なパズルを組み立てているようなものだろう。それを20巻を超える膨大な戦いの毎に組み立てていった手腕は素晴らしい。

 また、読んでいて次々に出てくる動物たちの知識は単純に面白い。例えば角蜥蜴(ホーンドリザード)は目から血液を噴射して敵を撃退し、鰐(クロコダイル)は凶悪な雑菌の蔓延る環境にいるため、傷に対する回復力が早い。守宮(ゲッコー)は掌に50万もの剛毛が生えており、それが強力な分子間力を生んでいる。

 ほかにも牙魔猫(タスマニアデビル)は世界最大の有袋哺乳類で、特徴的な唸り声をあげて相手を威嚇し動きを封じる。山羊(アイベックス)は“掴み取る“ことに特化した特殊な形状の蹄を持っており、どんな些細な凹凸も足場にすることができる……など、ひとつ戦いが始まればいくつもの知見が得られる。中には鬣狗(ハイエナ)には女性でも擬似陰茎があり、女性をレイプする性癖を持つことや兎(ラビ)は常に発情期で性欲が強いなどの大人な情報も載っている。これほど知的好奇心を満足させてくれるマンガも珍しい。

 そして1章と2章の主人公たちの違いもまた工夫されている。1章は蜜獾(ラーテル)という、一般的にはあまり知られていないと思われる凶暴な動物の力をもつ少女・瞳の戦いを中心に描かれている。「ラーテル」という未知の動物、そしてそれにまつわる情報も興味深かった。

 一方で、2章の主人公は蜜獾(ラーテル)のような猛獣ではなく、人間に親しみ深い犬。しかも土佐犬等の闘犬や凶暴で有名なピットブル等ではなく、小さくて従順な、スヌーピーのモデルともなった媚戌(ビーグル)の力を持つ少女・純(ぴゅあ)となる。彼女を軸に語られる2章は、普通に考えればほとんどの動物に負けてしまいそうな小さなビーグルが、より強大な生物たちにどのように戦っていくのか?という、1章とはまた違う観点の楽しみ方になる。

蜜獾(ラーテル)
媚戌(ビーグル)

 媚戌(ビーグル)は2章の物語の中で、主人公として数々の戦いを経験し、くぐり抜けていくが、その度に媚戌(ビーグル)の新しい特性が披露され、それによって勝ち進んでいく。

 例えば、ビーグルは「子供種」に分類され、子供種は恐れを知らずシェパードなどの「大人種」が発する警告や降伏の合図を受け取ることができず、真っすぐに攻撃する特性で狼(ウルフ) に勝つ。また、人間と組んで狩りをするのに有利な「森のトランぺッター」の異名を持つほどの甲高い吠え声と、ウサギの巣穴や森の隙間で獲物を追うために鍛え上げられた閉所での活動の俊敏さで、鬣狗(ハイエナ) の強襲から逃れたりする。

 媚戌に限らず、動物そのものの知識と、それをストーリーに落とし込む発想力には感嘆するばかりだ。

かつての敵同士が危機に向けて共闘していく胸熱展開

 1章の時代の牙闘(キリングバイツ)は4財閥の中で“財界での 互いの発言権の大きさを賭ける“ためのもので、その存在を知っているのもごく一部の富裕層だけであった。獣化手術も極秘裏に行なわれており、あくまで裏の世界のものであった。

 だが2章では新政令「獣化法」による獣人に関する様々な規制緩和に向け、東京湾内の人工島に特別自治区「獣人特区」が作られた。

 そんな中で行なわれる牙闘(キリングバイツ)は一般人が楽しむ世界的獣人格闘イベントとなっており、2章のメインキャラクターたちが活躍する傍ら、1章のメインキャラクターたちも要所要所に現われる。過去のキャラクターたちが成長して再び現われる、というのはやはり嬉しいものだ。

 特に1章の主人公たち、自分では何も決められなかったFラン大生の野本は、媚戌(ビーグル)の出資者&指示者として頭脳プレーヤーに。「牙闘」管理局長の祠堂(しどう)の傀儡でしかなかった蜜獾(ラーテル)・瞳は野本と再会し、純(ぴゅあ)や牙魔猫(タスマニアデビル) ・黒居佑などの 2章のキャラクターたちの強さを目の当たりにするうちに、祠堂の命令から逸脱したこともするようになっていく。

 しかし2章のメインイベントの牙闘獣獄死(キリングバイツ・サドンデス) が行なわれている裏で、主催側の牙闘管理局の局長・祠堂が望む、人々を獣化することにより怪我も病気も貧困も差別もなくなり、誰もが強い存在になれる世界を望んで 推し進めていた「全人類獣人化計画」と、祠堂に賛同する振りをしていながら密に選ばれた恐竜の因子を持つ強者だけが生き延びればいいという「全人類竜化計画」を立てていた八菱財閥総帥兼八菱グループ会長・岩崎弥芯 の決裂により、世界は変貌していく。

祠堂が望む誰でも獣人になれる世界を目指す全人類獣人化計画
岩崎が提唱する選ばれた人間のみが生き残る世界を築く全人類竜人化計画

 岩崎の計画により竜化獣人たちが人々を襲い始めた獣人特区で、獣闘士たちはこの危機に立ち向かうため、互いに手を組んでいく。かつての牙闘獣獄刹(キリングバイツ デストロイヤル)で敵同士だったものたちが団結していく様には思わずワクワクしてしまう。

手を組む蜜獾(ラーテル)と壷舞螺(コブラ)
兎(ラビ)の助けに入る守宮(ゲッコー)

下剋上に次ぐ下剋上!恋愛事情も見逃せない!

 1章から2章にかけての2年間で各キャラクターたちには成長や変化が見られるが、その中でも一番変化があったのは三門陽湖である。1章の時点で財閥の中で最大の権力を持っていた三門財閥のトップ・三門陽参の孫であった1章での彼女は高慢なお嬢様そのものであった。日本を動かすほどの権力を持った祖父に、自身が愛されているという環境から、高慢な態度を隠すことなく、最強の獣闘士獅子(レオ)・谷優吾を付き従えて野本をはじめ周囲の人間を見下していた。

獅子を引き連れている陽湖
自分の優位に溺れる陽湖

 しかし、1章のメインパートである牙闘獣獄刹(キリングバイツ デストロイヤル)が進むにつれ、彼女のメッキは剥がれ落ちていく。牙闘獣獄刹(キリングバイツ デストロイヤル)は、4つの財閥に所属する3人ずつ、計12人の獣闘士が、同じく財閥側の12人のプレーヤーに遠隔で指示された場所に移動し最後の1人になるまで戦うというもの。

 自分の持ち駒である穿山甲(パンゴリン)が負けるはずないと思い込んでいた陽湖はまだ勝利が決まっていないのに大口をたたき、参加者に高説を垂れていたが、徐々に蜜獾(ラーテル)らが有利になっていくと滑稽なほど慌てだすその特徴的な陽湖の言動は、。アニメ版の放送時にネットでも話題になっていた。

想定外の事態に赤面する陽湖

 そして1章の最後。尊敬する祖父が亡くなり三門財閥の威光もなくなった陽湖は、それまで自分の忠実な部下であった獅子(レオ)に力ずくで情婦にされた。

 そんな彼女も2章で出てきた時は別人のようであった。1章から2章までの2年の間、陽湖は獅子(レオ)の従順な奴隷であったが、次の牙闘に関わる面々の話を聞き獅子(レオ)の元を飛び出す。その後の姿は1章とは全く違っていた。自分が無知無力でありることを知り、己の分をわきまえており、それでいながらちゃんと自分の足で立ち前に進んでいく真に強い女性になっていた。

奴隷の時の陽湖
かつての敵に牙闘の参戦を求める

 薄っぺらな自尊心ではなく、矜持を持ち、たとえ危険に陥っても獅子(レオ)の元には戻らず、そして対等な立場で語り合える関係になった。

再会する獅子と陽湖
自ら獅子に口づける陽湖

 野本と蜜獾(ラーテル)・瞳の関係も気になるところだが、この大人の色気に満ちた2人の関係が今後どうなっていくのかを考えるとときめいてならない。かつて下僕だった男が主人で会った令嬢の主人となり、そして奴隷とされたかつての令嬢が今度は自分を飼っていた男から離反するこの展開は、下剋上ものが好きな人には堪らないカップルなのは間違いない。

クライマックスに向かって加速する獣闘士たちの活躍を見逃すな!

 獣闘士たちの迫力満点の戦いと、次々出てくる知識。進化し続ける遺伝子操作の果ての権力者たちの目指す狂気の世界。そして人類を守る為に終結していく獣人たち。ときには際どいお色気シーンもある「キリングバイツ」。

 恐竜の力を持つ純恐爪(デイノニクス)・暦を相手に媚戌(ビーグル)・純がどのようにして勝つのか?その行方を示す24巻の最後の台詞「強者には無い、弱者ならではの最強の武器があなたの野望に終止符を打つ」の意味するところは?25巻ではまさにこの戦いの行く末が描かれる。まだ「キリングバイツ」を読んでない方はその謎をぜひ手に取って確認して欲しい。

純恐爪(デイノニクス)・暦と媚戌(ビーグル)・純