レビュー

「ドカ食いダイスキ! もちづきさん」レビュー

可愛いOLが巻き起こす、ギャグとホラーの食の世界

【ドカ食いダイスキ! もちづきさん】

ヤングアニマルwebにて、2024年5月より連載

著者:まるよのかもめ

 ある時から、度々目にするようになった"ワード"があった。SNSのトレンドやYouTubeのサムネイルで出てくる「ドカ食い」、「もちづきさん」、「至る」、「血糖値スパイク」等々。どこか奇異に感じたそれらの単語を好奇心でチェックをしてみると、そこにはとんでもない世界が広がっていた。それはまるよのかもめ氏による「ドカ食いダイスキ! もちづきさん」という、若い女性がお腹が空いたらご飯を食べる。ただそれだけの漫画であった。

 しかし、である。筆者は長年漫画を読み続けてきた。グルメ系漫画もそれなりに読んできた。けれど、こんな漫画は見たことがなかった。いつもは可愛い若いOLが、お腹がすくと狂気に満ちた表情で常人の何倍もの量の食事を食らい尽くす。まるでブレーキが壊れた車でアクセル全開で崖に向かって突っ込んでいくように、食べ物に対してノンストップというもちづきさんの食べっぷりに、食べ物を題材にしながら沸き起こる感情は美味しそうというものではなく、笑いと恐怖なのだ。

 そのあまりの内容に連載当初は隔月で連載されていくはずだったところ、1話2話が同時掲載されてすぐに月イチ連載が決まり、連載4か月目で「次にくるマンガ大賞 2024」Webマンガ部門にて第8位、また今年からニチレイフーズが賞の冠スポンサーとなったことで新設された「冷凍食品はニチレイ賞」を受賞することになった。そんなインパクトに満ちた世界をぜひ知ってもらいたい。

主人公・もちづきさんのギャップがすごすぎる

「ドカ食いダイスキ! もちづきさん」の主人公は、望月美琴という21歳の可愛いOLだ。ボブにしている髪型が、少し幼さが混じった愛らしさを感じさせる。その外見はまるよのかもめ氏の絵柄も相まって「ほんわか」や「おっとり」「ほのぼの」といった形容が似合う、癒し系の可愛い女の子だ。

可愛いOL・もちづきさん

 しかし、そんな癒し系の彼女は、お腹が空いた途端豹変する。
 表情は鬼気迫るものになり、瞳から光が消え、迂闊に近づいてはいけない生き物になる。そこにはもう、「ほんわか」した癒される可愛い女の子の姿はどこにもない。食べ物のことしか頭にない、妖怪である。この変貌ぶりがまず読者をくぎ付けにし、笑いを引き起こさせる。

お腹が空いている時のもちづきさん

 そして次に、そんなもちづきさんが食べる食べ物に目を奪われる。連載1話目で昼休憩で食べるのが鶏のもも肉の照り焼き弁当(もちづきさん手作り)1775kcalとコンビニのもも水210kcal、残業でお腹空いて食べる夜食が2倍サイズカップ焼きそば2個2,760kcalと、1食に食べる量が尋常ではない。しかも味の感想が「しょっぱくってうまい」と、塩分の高さや脂質の多さに関するものばかりなのである。(恐らく薄い味はもう感じられなくなっていると予想される)

 読んでいるだけでおいおいどれだけ食べるんだとツッコミを入れたくなる食事内容であるが、話数が進むにつれて食べる量は段々増えていき、6話では1日の摂取カロリーがとうとう8,773kcalとなった。ちなみに、20代女性の1日の必要摂取カロリーは1,700kcal。もちづきさんはこの5倍以上を摂取していることとなる。

 ここまででも十分驚きの内容であるが、更に驚かずにいられなかったのは食べ終わった後だ。空腹から一気に尋常ではない量を食べると、当然血糖値が急上昇し、その後過剰に分泌されたインスリンによって急降下する。そして低血糖状態に陥り気絶する血糖値スパイクというとても危険な症状があるのだが、もちづきさんはその血糖値の乱高下から意識が遠くなっていくことを「至る」と呼び、その過程に恍惚を覚え、気持ちよさを感じているのだ。

食べ終わり"至り"始めるもちづきさん
会社の給湯室で至って気を失ってしまうもちづきさん

 誰がどう考えても非常に危険な状態で、普通自分でもこれはまずいと思うだろう症状であるのにそれに酔いしれるもちづきさん。ひとつひとつは美味しそうである食べ物をテーマにしながらも、あまりのドカ食いとその後の「至り」にうっとりとするこのもちづきさんの姿に多くの読者が感じる「ヤバさ」。この「ヤバさ」が笑いと、そして食事の量ともちづきさんの体に起こっている現象に対しての怖さを同時に沸き起こさせる。

 更にまるよのかもめ氏の生み出すワードがまた上手い。もちづきさんがメニューよりも大きな商品を出す逆詐欺で有名なコメダ珈琲でサンドを3つとモーニングを頼む場面があるのだが、そのコマに「サンド&トーストの群れ+ドリンク」なる説明がある。この、サンドイッチやトーストに対して普通なら使わない「群れ」という言葉のセレクトもまた、読者に笑いを起こさせる。

毎回出てくる奇行に釘付け

 もちろん、この漫画の人気の理由はもちづきさんの食欲の凄さだけではない。ただお腹が空いて食べて至るだけではマンネリになってしまうが、そうはさせないのが毎回出てくる超理論である。なにせ、食べたい欲望に支配されとんでもない自己弁護の理論を飛び出させるもちづきさんがまたすごいのだ。

 例えば3話、健康診断の為に前日の午後9時以降何も食べてはいけないとなった回だ。もちづきさんは家に帰れば途中の店や自分の家にある食料で絶対になにか食べてしまうと思い、会社に残り自分で手を拘束してロッカーの中に入るというセルフ軟禁を行ったあげく、耐えきれなくなり冷蔵庫にあった麦茶をカレー、水道水をご飯に見立て平皿に流し込み、カレーライスとして食べだした。

水と麦茶のカレーライス

 この奇行はネットでもかなり反響があったようだが、私自身、もちづきさんは一体何を言っているのか?と非常に驚いた。どれだけ食べることを禁止されていたとしても、こんな発想を思いつく人がどれだけいるだろうか。

 更に別の回では極限状態のもちづきさんがコンビニに行き、とつぜん「ある」のがいけない!!!と狂気の表情で叫びながら商品をカゴに入れ始める。こんな発想はなかった。もちづきさんのあまりの勢いに、そうか!コンビニが食品を売っているから私も食べ過ぎてしまうのか! と一瞬錯覚しかけてしまい、いやいやそんな訳あるか! とセルフツッコミをしてしまったほどだ。

コンビニで買い物をするもちづきさん

 こんな、常人では思いもつかないツッコミどころ満載の発想による奇行が散りばめられている。しかし時にほんの少しだけ、そんなバカな!という奇行の中にちょっとだけ自分にも心当たりがある言い訳が潜んでいる。明日食べる用に作った料理なのについうっかり食べてしまったり、「ちょっと油っこいもの食べちゃったけど、黒ウーロン茶飲んだから大丈夫!」と自分に言い聞かせたり、飲み会等の前に食べ過ぎない用にちょこっと何かを食べておいたり。

 そういった、多くの人がうっすら心当たりがある行動を、何倍、何百倍に膨らませ、思わず爆笑してしまうほどのあり得ない奇行にしてしまっているのがまたすごい。このあまりのおかしな暴論と僅かなリアリティが読者を魅了し毎回SNSのトレンドに載らせるのだ。

あまりの理論に反応するダイエットサポートサービス・あすけん公式X

ちゃんとした常識を持っているのが更にヤバい

 ここまで、もちづきさんの常人離れしたところを語ってきたが、この奇行を更に際立たせているのが、もちづきさんはとても正常な良識を持っているということだ。

 こんな食欲に支配されたもちづきさんではあるが、他の人の食事まで食べてしまういわゆる「食いつくし系」の人ではない。一度だけあまりの極限状態に他の人の賞味期限切れの食べ物に手を伸ばしかけたことはあるがちゃんと我慢したし、同僚が空腹に苛まれていた時は身を切る思いをしながらも自分の食べ物をわけてあげたりしている。そして多くの人が経験するであろう、食欲に負けて食べてしまった後で、思い切り後悔して自分に絶望する姿も描かれる。

 他にも、全て食欲に負けて失敗してしまっているが、健康診断で体重が増加している結果を見てダイエットをしようと試みたり、休日は人気のカフェに行ったり映画を見たりという若い女の子が求めるキラキラした1日を過ごしてみたいと思ったり、久しぶりに会う妹の前では都会のオシャレなお姉さんでいたいと望む。そんな、微笑ましいごく普通のモラルや感性を持っているのだ。

健康診断の結果を見て焦るもちづきさん

 そんな普通の感性を持っているからこそ、余計に空腹時に行われる我を忘れた奇行とうっとりしながら「至る」姿のギャップが際立ち面白い。

 そして、一緒に働いているもちづきさんの狂気の姿を見ていない同僚たちは、まるで田舎のおばあちゃんのようにもちづきさんがあまり食べていない(通常の女性が摂るには十分な量)と心配し、もちづきさんに食べ物をあげたりし、もちづきさんがたくさん食べているとよかったと安心する。

 もちづきさんの行動にブレーキをかける要素皆無の同僚たちの、本気でもちづきさんを心配する姿がまたおかしさと怖さを増幅させるのだ。

単行本は29日発売! この機会にもちづきさんを見守ろう!

 食べ物をテーマにした漫画の中で、この「ドカ食いダイスキ! もちづきさん」ほどインパクトがあるものは読んだことがない。もちづきさんというギャップに満ちたキャラクターの面白さと、このまま食べ続けたらもちづきさんはどうなってしまうのか?という怖さが絶妙なバランスで成り立っている。もちづきさんの奇行と食べっぷりにひとしきり笑った後で訪れる、不摂生をせずにちゃんとした生活を送らなければと思い知らせてくる怖さ。

 このグルメとギャグとホラーの要素の見事なハイブリッド作品が、「ドカ食いダイスキ! もちづきさん」なのである。

 私が作者である、まるよのかもめ氏の作品を読んだのはこの「ドカ食いダイスキ! もちづきさん」が初めてであるが、まるよのかもめ氏のほのぼのとした絵柄から繰り出される狂気の表情のギャップと言葉のセンス、そして毎回出てくるもちづきさんの奇行の発想力とバランス力、更に周囲の人々の動かし方に感動せずにはいられない。

 その全てが、的確に読者の心にクリティカルヒットを与えてきて、読んでいる者に何が飛び出してくるかわからないビックリ箱を開けるような高揚感と、麻薬のような「怖いもの見たさ」を引き起こさせる。1話進む度に、もちづきさんの言動にツッコミを入れながら、どうしたらこのような発想が出来るのか、次はどんな理屈が出てくるのかとワクワクし、もちづきさんが食べる量に恐怖し、もちづきさんの奇行から目が離せなくなるのだ。

 そんな可愛いOLもちづきさんによる衝撃を、1人でも多くの人に味わって欲しい。まだ読んでいない人は10月29日にコミック1巻が出るので、ぜひ手に取って、この狂気に満ちた世界を堪能してもらいたい。