レビュー
過酷な人類の未来を描くSF少女漫画『7SEEDS』レビュー
あなたの心に響く言葉がきっと見つかる、「人の強さとつながり」を描く物語
2024年7月11日 00:00
- 【7SEEDS】
- 別冊少女コミックにて2001年11月号から連載開始
- 月刊フラワーズで2017年7月号にて完結
少女漫画というジャンルは、昔から骨太なSF作品が存在していた。萩尾望都氏の『11人いる!』、『スター・レッド』や佐々木淳子氏の『那由多』、『ブレーメン5』、『霧で始まる日』。樹なつみ氏の『獣王星』、『OZ』。柴田昌弘氏の『紅い牙シリーズ』、日渡早紀氏の『ぼくの地球を守って』などなど。宇宙や未来世界を舞台にしたものから、現代日本もの、ハードSFから時間SF、学園SFとテーマも多彩だ。
どれも読んで欲しいと思う名作であるが、私がこのSFというジャンルで一番に薦めたいのは田村由美氏の『7SEEDS』である。『7SEEDS』は、2001年11月号から別冊少女コミックにて連載が開始され、月刊フラワーズに2017年7月号まで連載された田村由美氏のサバイバルSF作品である。
何人かの科学者たちが、「地球にいくつもの巨大天体が降ってくる。その結果、衝撃波によって大地震や火山噴火、大津波が起き、その粉じんは地球を包み太陽光が届かなくなる。それが海に落ちた場合、想像を絶する津波が起き、海水は水蒸気となりやはり太陽光を遮断してしまい、地球は人間が住めない環境になるだろう」と予測を立てた。それにより、各国は巨大シェルターを作る等の様々な策を検討したが、万が一人類が滅んでしまった最悪の事態を考え「7SEEDS計画」を立てた。それは、コンピューターにより若く、健康で病気の遺伝子を持たず、優秀な人間を選んで冷凍保存し、人が住める環境に戻ったとコンピューターが判断したら解凍し目覚めさせるというものである。
この『7SEEDS』の最大の魅力は、なんといっても「人」の変化の描かれ方だ。『7SEEDS』は全36巻(本編35巻・外伝1巻)、連載16年という膨大なボリュームだが、作中の時間経過は恐らく2年にも達してしていない。しかしその短い期間で、主軸となる4人を含め、30人以上のキャラクターを通じて、変わり果てた世界の中で懸命に生き延びようとする人間を描く。時には不和を起こしながらも絆を深めていく過程で、成長・過酷な過去からの脱却・再生していく様子が強く心を打つのだ。そんな彼らの物語を紹介していきたい。
読者が共感する最初の主人公・ナツによって惹き込まれるサバイバル物語
7SEEDS計画は、「選ばれた7人が1チームを作る」という所に名前の意味がある。7人のメンバーと1人のガイドによって構成されるチームは、「春のチーム」、「夏のAチーム」「夏のBチーム」、「秋のチーム」、「冬のチーム」の5チームが存在し、それぞれ別の場所、別の時間で目覚めるようにセットされ、未来に送り込まれた。この話の最初は、九州で目覚めた夏のBチームの「岩清水ナツ」という16歳の少女の視点から始まる。
まず最初に触れておきたいのは本作の時代設定だ。計画が始まり未来へ子供達が送られたのは、「7SEEDS」の連載時期、2000年代だと思われる。そして彼等が目覚めた時代ははっ切りと明言されないが、気候や地形、生態系も一変しているが、一方で文明の痕跡もかろうじて残っているところから数百年後の未来だと考えられる。
夏のBチームは政府に実験的に選ばれた「社会的に不適合」な人間を集めたチームであり、その中の1人である黒髪でおかっぱの小柄な少女・ナツは人間関係が上手くいかず、いじめに遭い不登校になっていた。そんなナツが目が覚めた時、そこはいつもの自分の部屋ではなく見知らぬ海の上で沈没しそうな状態であった。
その時共にいた人たちと救命ボートでなんとか近くにあった島に着いたが、そこは全く知らない世界が広がっていた。一見普通の無人島に見えるが、これまで見た事のない白い昆虫の群れが動物たちを襲い、可愛く見えた小動物は鋭利な歯を剥き出しに襲い掛かってくる。そして巨大化した食虫植物が人を飲み込む。動物も植物もこれまで自分が持っていた知識にはないものばかりの中、生き抜く為に食料と水を確保しなければならない。
一緒に島に降り立った17歳の好青年・嵐と18歳の不良少年・蝉丸、そして大人の女性(後にガイドであることが明かされる)牡丹の4人で共に行動するのだが、運動が得意でなく体力的に劣るナツは行動面で足を引っ張りがちになる。また、自分でどうすればいいか考えて意見を述べることなく誰かに言われるままに行動するナツは、牡丹に問題視されていた。
そんな少女・ナツの様子は、恐らく読者の大半の共感を得ることが出来る。普通の人間はナツ同様己の状況に戸惑い、襲ってくる巨大化した昆虫や獣に果敢に立ち向かうなんて出来ないだろう。年上の他のチームメンバーに対し、言われたことを必死にこなそうとするのが精いっぱい。そんな状況で、なにか自分でも出来ること、役に立つことはないかとオロオロするナツに、実際私は親近感を覚えた。
特に、皆で移動中に体力の限界を感じ、誰か休憩しようと言ってくれないだろうか?と思った時に牡丹からの、「あなたわりと『大丈夫?』って聞いてもらうの待ってるでしょ」、「甘ったれないで」、「休みたい時は自分から言いなさい」という叱責を受けた時は、耳が痛かった。私自身、ナツのように考えてしまいがちである自覚があったからだ。
だが、そんなナツは決して足を引っ張るだけの存在ではない。島にある植物をメモして記録を取っていったり、自分たちがいた所が海ではなく湖だと最初に気付いたり僅かな声を聞き分け残りの夏のBチームの仲間を見つけたりと、努力と観察眼といったサバイバルにおいてサポートに適した能力は最初からちゃんと持ち合わせている。
そんなナツの成長が、『7SEEDS』では丁寧に描かれている。特筆する秀でた才能がある訳でもなく、運動神経に優れていて危険に立ち向かう役どころでもない。そんなナツは読者の等身大の存在であり、ナツが取る行動やかけられる言葉の中に自分を見ることが出来る。だからこそ、そんなナツが少しずつ成長していく姿が嬉しく思えるのだ。
そして『7SEEDS』は何人かのキャラクターの視点から描かれるのだが、ナツをこのサバイバルの最初の主人公においたことによって、読者もまた、ナツの視点と共に『7SEEDS』の世界に自然と入り込むことが出来る。この、「作品世界に入り込ませる始まり方」が田村氏はとても上手い。前作『BASARA』では最初に主人公である更紗が自分が蔑ろに扱われ悲しさに砂漠を走る姿があるからこそ、読者は更紗に心を寄せ読み始め、後の更紗の責任に押しつぶされそうになる姿に心を痛める。その前の『巴がゆく!』も、主人公である巴が最初に弱り切った腑抜けの状態から本来の強い自分を取り戻していくからこそ、爽快感を持って巴を応援したくなる。
『7SEEDS』も、最初は人に頼ることが多かったナツの姿を描いたからこそ、ナツが成長し、人前で話すことが苦手だったのに、恋人を思い心が沈む嵐を元気づけたいと蝉丸と相談して漫才を行ったことに驚き、終盤、今やれるのは自分しかいないとなった時、自ら命の危険があるのを承知で水の中に潜った時はあのナツが仲間の為に……と胸が熱くなるのだ。そして、もちろん『7SEEDS』の登場人物はナツだけではない。未来へ送られたキャラクター1人1人、別々の成長があるのだ。
未来に送られた人々が直面する苦難、誰もが誰かの救いになれる物語
最初に物語の軸ともいえるナツの成長を述べたが、作中で変わっていったのはナツだけではない。「7SEEDS計画」で未来に連れてこられたキャラクターは、運動神経に優れていたり頭脳明晰だったり人を統べる能力を持っていたり絵や音楽などの芸術の才能があったりと多種多様な才能に溢れている者が多い。年齢も12歳から20代までと幅広い。そんなキャラクターの多くはナツのように未熟な少女の成長といったものではなく、深い傷やコンプレックス、トラウマを持っている者たちも多くいる。
最初に親しみやすいキャラクター・ナツを描き、『7SEEDS』の世界に入り込ませた田村氏は、その後、徐々にこの世界ならではの辛い境遇を持つキャラクターたちや設定に焦点をあてて描いていく。強くフォーカスが当たるキャラクターは4人、そして30人以上の登場人物にもきちんと触れ、多彩なキャラクターの心情を描くことで「過酷な世界を生き抜く人々」を描いていくのだ。
冬のチームは夏のBチームが目覚めるより15年早く北海道で目覚めた。しかし極寒という厳しい天候と北海道に生息するようになった肉食獣たちによって、生き残ったのはただ1人だけであった。以来、生き残った新巻はたった1人、変わり果てた日本をさまよっていた。
15年もの間、1人でこの狂ったともいえる世界をさまようことがどれだけ辛かったか。その15年間の様子は具体的には描かれていないが、他のチームのキャラクターと出会った時の表情から想像出来る。
また、夏のAチームは「7SEEDS計画」発足と同時に100人以上の子どもたちが施設に集められ、最後の7人に選ばれ、未来で他のチームを統べるリーダーとなるようにと15年かけて様々な英才教育をされてきた。その中で切磋琢磨してきたキャラクターたちであったが、最後の試験が文字通り「最後の7人が生き残るまで」のものであったことから、未来で目が覚めた直後の心理状態は酷く、中には本来の人格から様変わりしてしまう者までいた。
選考により多くの仲間たちの死を目の前で体験させられた夏のAチームのキャラクターたちが持つこととなったトラウマはそれは大きく深いものであった。特別な人間として特殊な施設で育てられ、普通の人としての生活をしてこなかったこのチームと他のチームのメンバーとの差異によるわだかまりは、これまで描かれた他のキャラクターと物語のテイストも大きく変わり、「7SEEDS計画」の残酷な一面も明らかにする。
また物語では「7SEEDS計画」以外にも人類が生き残るために考えられた計画の跡やとそれに携わった人々の思いの手記や記録も見つかる。少女漫画において、生き抜いていく為のサバイバルの辛さや変わり果てた未来の世界での絶望感。そして僅かに残っているかつての文明の廃墟と夏のBチームにおけるディストピアの要素。これでもかというほどの辛く、読んでいて胸が締め付けられるような設定が容赦なく出てくる。
そんな世界の中でキャラクターたちは、1人1人孤独だった心を癒され、救われ、自分自身を取り戻し、成長していく。それは、誰か人の心を惹きつけ解きほぐすカリスマ的な人物がいた訳ではない。目覚めてから最後集結していくまでの様々な出会いとやり取りを経ていく中で、1人1人、それぞれ別のキャラクターの存在や言葉で少しずつ変わっていく。
その様子を35巻もの長さで細やかに描いているからこそ、私はこの作品を少女漫画のSF作品の中で一番に読んで欲しいと思うのだ。あるキャラクターにとっては嫌な存在であっても、あるキャラクターにとっては頼もしい存在になれたり、他のキャラクターたちの前では冷たい態度でもあるキャラクターの前ではそうではなかったり。キャラクターたちの個性とその時の精神状態から築かれていく関係性の違い。
そして1人1人違う心の枷を取り除くきっかけ。それは時に厳しい言葉だったり、慰めの温もりだったり、ほんのちょっとしたプレゼントだったり……。それらがどんな風にその人の心に沁み込んでいったのかがキャラクターの表情からわかり、いつの間にか読んでいる私も心が凪いだり、奮い立ったり、洗われたりしていくことに気付く。新しく築かれていく人間関係の意外性がまた面白く、新たな出会いがある度にどんどん物語の中に惹き込まれていくと同時に、人の心を動かすにはこんなにも多くのものがあるのかと驚かされ、自分自身もいつか誰かの心の支えになりたい、こんな関係を築きたいと思ってしまうのだ。
大団円の後にあえて影を投げかける外伝を生み出す、物語の深み
そして、この物語を筆者に強烈に印象づけたのは、「外伝」の存在だ。本編はナツの視点から始まったこの物語の最終回は、ナツの独白で希望に満ちた終わり方をする。ハッピーエンドと言えるまさに「大団円」という言葉がふさわしい結末なのだ。それぞれのチームの諍いやわだかまりが解消され、人類の未来に希望を投げかける素晴らしい結末を迎える。
筆者もこの結末には大満足だった。これまでの諍いを乗りこえ皆で力を合わせてこの世界で生き抜いていくんだと信じていた。全員が協力すれば、出来ないことなどないと思わせる能力を持ったキャラクターたちだったからだ。しかし最終巻の後に出た外伝に描かれた後日談で、皆が幸せに過ごしたわけではないことが描かれるのだ。
それは衝撃であり、当時の読者に賛否両論を起こした「その後の物語」であった。筆者も最初に読んだ時は驚き、なぜあのまま大団円で終わらせなかったか、幸せな終わりに影を落とすのかと悲しく思ってしまった。けれど2度3度と読み返していくうちに、この結末は「それはそうなるよな」と、当然ではないかと思うようになり、同時に、自分自身の中に長く続いた漫画の最後はみんな幸せに終わる大団円になるのが当然という固定概念があったことに気付かされた。
ハッピーエンドの次を書いたこの物語は、その為により深みが増したと今では確信している。これまでのキャラクターたちの生き様を知っていればこそ、辛いことは多く、それに負けずに生きていくのは難しいこと。世の中にはどうやっても取り返しのつかないことがあって、それは永遠についてまわるのだということ。
しかし、それでも人はそれを乗りこえ、立ち直り生きていくことが出来るのだと。最終巻で終わらせず、田村氏がこのその後の外伝を描いたことにより、そんな躓いてしまった人たちへのメッセージも加わったと思う。
最終巻である35巻まで読んだ人も、ぜひ外伝も読んで欲しい。より人の強さを見ることが出来るだろう。
『7SEEDS』は、変わり果てた日本の中で、残された者たちが必死に生き抜きながら、自分を取り戻し成長していくサバイバルSFの物語である。そんな中で、約30名ものキャラクターたちの生き様と変化を描き切ったこの漫画は、心が少し疲れたと思う人や何かにつまずいている人にはぜひ読んでもらいたいと心から願う。途中、読んでいて辛い場面は確かにあるが、それでもだ。
キャラクターたちそれぞれの傷があって、それがそれぞれの言葉で癒されていく。だから『7SEEDS』の中にはたくさんの心を動かす言葉に溢れているのだ。その中にはきっとあなたの心を打つものがある。ナツたちの活躍と共にそれをぜひ探して欲しい。
……ただ、変わり果てた日本の惨状として、巨大蜘蛛を代表とする生態系が狂った動植物たちがたくさん出てくるので、虫が苦手な人は覚悟してページをめくってもらいたい。