レビュー
喜びも楽しさも苦しさも、すべてを糧に成長する少女たちの物語「かげきしょうじょ!!」
2025年9月4日 00:00

- 【「かげきしょうじょ!!」】
- 著者:斉木久美子
- 連載:ジャンプ改(集英社 2012年から2014年)→ MELODY(白泉社 2015年~連載中)
- 既刊:15巻
9月5日、斉木久美子氏によるマンガ「かげきしょうじょ!!」16巻が発売される。「かげきしょうじょ!!」は2012年からジャンプ改で「かげきしょうじょ!」として連載が開始されたが、2014年10月のジャンプ改の休刊と共に一時連載が中断。その後白泉社のMELODYにて、現在のタイトルで連載が再開した。掲載誌の移行により、青年マンガから少女マンガに転身した作品だ。
本作は、宝塚音楽学校をモデルとした紅華歌劇音楽学校を舞台に、紅華歌劇団の一員として舞台に立つことを夢見て日々努力する少女たちの姿を描いている。2023年10月時点でシリーズ累計発行部数は170万部を突破し、2021年にはアニメ化、そして2023年・2024年には舞台化も実現。2025年も11月1日から5日の5日間「舞台 かげきしょうじょ!!第3章 The Final」が三越劇場で上演される予定だ。
そんな「かげきしょうじょ!!」の新刊が発売される前に、この作品の魅力と今後の期待について語っていきたいと思う。なお、本文には作品展開のネタバレを含むため、未読の方はご注意いただきたい。

宝塚がモデルの「紅華歌劇音楽学校」を舞台とした物語
「かげきしょうじょ!!」は、大正時代に創設され、未婚の女性だけで構成された歌劇団「紅華歌劇団」に入団する人材を育成する「紅華歌劇音楽学校」を舞台にしている。それぞれ宝塚歌劇団・宝塚音楽学校をモデルとしており、入学難易度は東京大学に匹敵することや、入試の制度や音楽学校のシステム、運動会等の行事も、実際の宝塚とほとんど変わらない。
左から「春組」「冬組」「夏組」「秋組」のトップ様達です
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紅華歌劇団 各組のトップたち
本作の物語は、紅華歌劇音楽学校の創立100年目に入学した2人の少女・渡辺さらさと奈良田愛を中心に描かれる。さらさは身長178cmの長身で、無邪気で明るく同期生たちのムードメーカーともいえる存在だ。幼い頃は歌舞伎役者になることを夢見ており、特に歌舞伎の演目「助六」の主人公・助六に憧れていたが、「お前は助六には絶対になれません!」と断言され挫折する。失意の中にいる時に祖母が見せてくれた紅華歌劇団の「ベルサイユのばら」に心を奪われた彼女は、歌舞伎の道を断念し、紅華歌劇団でオスカルになることを目標として紅華に入学した。
もう1人の主人公である愛は、女優である奈良田君子の元で育った、よく笑う可愛い女の子だった。しかし、小学生の頃に母が連れてきた恋人から性的虐待を受け、不登校・男性恐怖症に苦しむようになる。その後、「女の子しかいないから」という理由でスカウトされ、国民的アイドルグループ・JPX48のメンバーに加入するが、男性相手が中心となるアイドル活動へのストレスが限界に達し、握手会中に漏れた言動から炎上。結果として、JPX48を強制的に卒業となる。その後、改めて出演者も観客も女性しかいない紅華にやってきた。
この2人を中心に紅華歌劇団でスターを目指す少女たちの姿が描かれる。

いつの間にか応援したくなっていく少女たち
本作は8巻まで、さらさたち100期生が予科生(1年生)として過ごす日々を描いている。そこではさらさと愛、そして2人と仲の良い同期生たちを中心に、予科生として歌やダンス、劇に舞踊といった基礎を学ぶ中でそれぞれが直面する悩みが描かれている。
「なにもない子が紅華に入れっこない」という講師の台詞が示す通り、難関校である紅華歌劇音楽学校に集った彼女たちは皆、稀有な才能を持っている。だが、彼女たちの抱えている悩みは決して特別なものではない。
【祝☆かげきしょうじょかげきしょうじょ!!アニメ化です】
— 斉木久美子@かげきしょうじょ‼︎🏵️🎗️ (@Psy93)October 27, 2020
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100期生の生徒たち
たとえば、特殊な環境に身を置き、他人との交流を持たず、寧ろ拒絶してきた愛は、「友達になりたい」と思える相手が現われた時にどうしていいかわからない。どんな風に声をかけたらいいのか、休み時間は休み時間をどう過ごせば“友達らしく”見えるのか、そして名前はいつ、呼べばいいのか。そんな日常の場面ひとつひとつに戸惑ってしまう。

抜群の歌唱力を持ち合わせている山田彩子は、成績が悪いことや、同期生たちと比較して容姿のレベルが低いことに悩み、無茶なダイエットに手を出してしまう。

成績がトップで、実家がバレエスタジオのため、幼い頃からバレエを学んできた予科委員長の杉本紗和。彼女は、優等生としての殻を破ることができず、自分の才能も秀才止まりであると思っており、破天荒でありながら類まれなる才気を見せるさらさに嫉妬と劣等感を抱いてしまう。

祖母と母が紅華歌劇団の娘役だった星野薫は、誰よりも高い意識を持っている。その一方で、意識の低い同期生に苛立ちを覚え、そんな自分自身への嫌悪感にも苦しむ。
また、双子揃って入学した沢田千夏・千秋姉妹は誰よりも互いを理解し合っているが、千夏は自信のなさから妹の素直さに心を痛め、千秋は自分のわがままのせいで姉の入学を遅らせてしまったことに罪の意識を抱いている。
3巻裏表紙:hugging_face:沢田姉妹エピと星野さんスピンオフ掲載巻です:sparkles:
— 斉木久美子@かげきしょうじょ‼︎🏵️:reminder_ribbon: (@Psy93)March 10, 2022
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星野薫(中央)、沢田千夏(左)・千秋(右)
確かに、彼女たちの葛藤のひとつひとつは特殊な環境の中で生まれたものだ。しかし、その内実は上手くいかない人間関係への戸惑いやコンプレックス、ちょっとした嫉妬や兄弟への不満など、誰もが思春期に経験したことのある感情ばかりだ。
特別な場所に属する、特別な存在でありながら、彼女たちはあくまで読者と同じ“普通の感情”を持った少女として描かれる。だからこそ、読んでいて思わず共感し、彼女たちを応援したくなる。そして、悩みを乗り越え成長する姿に一層惹きつけられるのだ。
母への葛藤を乗り越え、さらさにとっての特別な存在に
前述の通り、8巻までは予科生の日々が描かれるが、9巻以降は本科生になってからの話となる。予科生時代は歌やダンス等の基礎的なことが中心で、演劇も主に理論を学ぶ座学が中心だったが、本科生では実際の演劇の授業がメインに描かれていくようになる。そうなると、予科生の頃の寸劇程度では表面化しなかった問題が浮き彫りになっていく。なかでも、「憑依型」の演技をするさらさは、役にのめり込み過ぎるせいで暴走し、共演者たちが合わせられず、舞台が破綻してしまうことが起きてきた。
そんなさらさを止める為に、愛が頼ったのは女優である愛の母親だった。愛が引きこもりになったのも、男性恐怖症になったのも、人を受け入れなくなったのも、母親がロクでもない男を連れてきたことに起因する。そして、傷ついた愛に寄り添わなかった、母の態度も要因となっていた。以来、紅華歌劇音楽学校に入学するまでの愛が心を開いた相手は、当時自分を救い出してくれた叔父・奈良田太一しかいなかった。だが、紅華に入学し、さらさの眩しさに照らされてから、彼女の友達になりたいと願い、徐々に他の同期生たちとも交流を持てるようになっていく。
けれども、本科生の授業で「オルフェウスとエウリュディケ」の演技をするまで、その関係はどこか愛の一方通行だったように見える。さらさも愛を友達として認めてはいたが、もし同室が別の同期生だったなら、その相手とも同じように友達になっていただろう。
しかし、「オルフェウスとエウリュディケ」の授業で、さらさの演技が暴走し、誰も止められなくなった時、愛がさらさの暴走を見事に制したことで、2人は無二の友人になったのだと感じた。
さらさの度重なる暴走に対し、愛は意を決して嫌悪していた母に電話をかけるが、返ってきた言葉は「憑依型の役者をどうにかしようと思うのは無駄だから諦めろ」「憑依型の役者と共倒れにならないようにまともに付き合うな」というものだった。それに対して猛然と反発し、「どれだけ苦労しても、さらさと向き合っていきたい」と自分の思いをぶつけていった愛の姿は、これまでの彼女からは考えられないものだ。
そんな愛の、さらさに対する情熱は、母との確執を乗り越えるきっかけとなり、さらさの暴走を止めるヒントを母に語らせることにもつながった。そして授業本番、暴走するさらさの頬を思い切り掴み、彼女の一人芝居の世界を破壊する愛の姿がそこにはあった。あの瞬間、愛がさらさの替えのきかない、無二の友人になったのだと筆者は感じた。

恋愛よりも強い感情で結ばれた「彼氏」と「彼女」
そしてこの作品の中で、 一番心を惹かれるのは、さらさと白川暁也の関係だ。2歳差2つ違いの幼馴染である2人は、彼氏と彼女の関係だが、決して熱い恋愛感情で結ばれている訳ではない。
2人の関係は形式的なもので、さらさが紅華歌劇音楽学校に行くことが決まった時に、暁也の兄弟子である煌三郎から「さらさと恋人関係になれ」と命じられる。そのやり取りを偶然聞いていたさらさが、中々言い出せずにいた暁也に対し「彼氏になってくれ」と告げたことから始まった。形だけの、ぎこちない彼氏彼女の関係であるが、この2人の中に渦巻いている感情が堪らない。
夏になると出番が増える歌舞伎、白川家チーム
— 斉木久美子@かげきしょうじょ‼︎🏵️🎗️ (@Psy93)August 21, 2022
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白川暁也(右)白川煌三郎(左)
2人は幼い頃、歌舞伎の名門「美里屋」の宗家・十五代目 白川歌鷗のもとで、ともに歌舞伎を学んでいた。当時から、傍目から見てもさらさの才能は際立っており、暁也がバランスを崩すような場面でも、彼女はポーズをとったまま、片足で立っていられるほどで、才能の差は明らかだった。
さらさは歌舞伎が大好きで、歌舞伎役者になることを夢見ていたが、「女性である限り歌舞伎役者にはなれない」という現実を突きつけられる。明らかに自分の方が才能があるのに、女であるというだけで歌舞伎の道を諦めねばならない。逆に自分より才能の無い暁也は、男であるというだけで歌舞伎役者として生きていける。その理不尽さと悔しさは、天真爛漫な少女の中に抜けない楔となって残り続けた。
一方、暁也にとっても、さらさの存在は心の奥に、重い石のように残り続けている。自分より才能がある者がいるのに、才能のない自分だけが歌舞伎を続け、十六代目に一番近い存在として有望視されている。真面目な性格であればあるほど、さらさが大切であればあるほど、この事実がどれほどの苦しみとなるかと想像すると胸が痛む。
しかし、そんなどうしようもない苦しさを、この2人は自分の成長に繋げていく。さらさは「ロミオとジュリエット」でティボルトを上手く演じることができなかった際、自分の中にあった暁也への負の感情を見つけだし、ティボルトを自分のものにすることができた。
暁也も、さらさを差し置いて自分が歌舞伎を続けるからこそ、絶対に助六を演じる歌舞伎役者になろうと覚悟を決めることができている。互いの存在がなければ、負の心をしらないさらさは役者として不完全なままで、暁也は周囲の心ない陰口に潰されていたことだろう。
2人を象徴するエピソードは他にもあり、特に8巻、たった1人の家族であった祖父が倒れたことでさらさが紅華を辞めようとした際のエピソードは印象的だ。紅華を辞めようかと言い出したさらさに暁也は、「君は僕の最初の壁で、今は俺が永遠に超すことができない頭上の星になった」、「そんな君が地上に落ちる事は他の誰が許しても俺は絶対に許さない」と、さらさを止めた場面は圧巻だった。もちろん他のキャラクターたちも、さらさに舞台を降りてほしいとは思っていない。だが、唯一の肉親である祖父を想う気持ちの前では、誰も強く止めることはできなかったはずで、彼女を引き留めることができたのは、さらさにコンプレックスを抱く暁也だけだった。このように、互いに苦しみを抱え合いながら目標に向かって歩んでいく2人の関係は、この作品を象徴するもののひとつである。
舞台「リプリング」を作り上げるさらさたちに期待大!
この作品は、どんな「心」も糧にすることができるのだと教えてくれる。優しさや明るさだけではない、生きていれば誰もが抱いてしまう弱気や嫉妬、コンプレックスに沸き起こる怒り。そういった「負の心」も、否定せずに向き合い、乗り越えていけば自分の成長に繋げることができることを、本作は描いている。
だからこそ、人の心の揺れを「悪いもの」とせず、素直に描いている点はこの作品の魅力といえるだろう。暁也がさらさに「俺は小さい頃さらさちゃんの事がずっと羨ましかったんだ」と伝えたら、さらさが笑いながら「変なの!さらさはずっと暁也君が羨ましくて憎らしかったのに」と答える。そして「暁也君に出会える人生で本当によかった」と繋がる場面は何度読んでも胸を打たれる。
さて、本作は15巻で本科生としての集大成となる文化祭での劇「リプリング」の配役も無事に決まり、16巻はその稽古が中心になっていく見込みだ。さらさたちは再び、様々な困難に直面することだろう。だが、それを乗り越えていく力が彼女たちにはある。どうやって困難を乗り越えて劇を作っていくのか――今後の展開が楽しみで仕方ない。
なお、本作は白泉社から刊行されている「かげきしょうじょ!!」1巻から読んでも物語を理解することができるが、集英社で連載されていた「かげきしょうじょ!」のエピソードを踏まえておくことで、より深く本作を味わうことができるはずだ。こちらは、前日譚「かげきしょうじょ!!シーズンゼロ」として、白泉社から発売されているので、ぜひ手に取ってほしい。
また、8巻まではアニメ化もされているが、マンガにはアニメ化されなかったエピソードも含まれている。アニメだけを視聴した人にも、ぜひ原作を手に取って貰いたい。
