特別企画
走り屋マンガの金字塔「頭文字D」コミックス発売から29周年! 車好きの心を掴んで離さないレースバトルマンガ
若い走り屋たちの夢への挑戦、プライドをかけた戦い、そして時に恋愛。国産スポーツカーを中心にこれらが絡み合う点が魅力的!
2024年11月2日 00:00
- 【「頭文字D」第1巻】
- 1995年11月2日 発売
本日11月2日、「頭文字D(イニシャルD)」の単行本第1巻の発売から29周年を迎えた。
「頭文字D」は、しげの秀一氏による走り屋をテーマにしたレースバトルマンガ。講談社の「週刊ヤングマガジン」にて1995年30号より、2013年35号まで連載された。主人公の藤原拓海は将来への夢も特になく、就職を控えた普通の高校生。だが、父の営む豆腐屋の配達を自動車で手伝う最中、1人の走り屋を追い抜いたことで彼は走り屋の世界へと足を踏み入れることとなる。
本作の魅力は、まずなんといっても現実離れしたドライビングテクニックが繰り出されるレースシーンである。作中最初のバトルである高橋啓介戦で、道路の排水溝の溝にタイヤを引っ掛けることで通常よりも速い速度でコーナーを曲がる「溝落とし」、車を大ジャンプさせてコースをショートカットしてしまう「地元スペシャル」といった大技は読者のド肝を抜いた。
また、レースだけでなく、若者たちの青春描写も読者の注目を集めるシーンだ。主人公の藤原拓海のみならず、その友人、果てはライバルにもスポットが当たり、若者ならではの苦悩や、ぎこちなさが読者をドギマギさせたり、レースシーンとは毛色は違うものの、ストーリーの重要な転換点になったりするので決して見逃せないシーンである。若者の夢や恋、プライドを賭けた戦いが詰まった青春劇が本作を構成する要素だ。
「頭文字D」の主要人物紹介
まず初めに「頭文字D」における主要なキャラクターを紹介する。
・藤原拓海
搭乗車種:トヨタ・スプリンタートレノGT-APEX 3door。(作中での愛称・ハチロク、ハチロクトレノ、パンダトレノ)
本作の主人公。普段はボーッとしており、特に情熱を傾けるものも無く、ガソリンスタンドでアルバイトをしているものの、トヨタのハチロク(スプリンタートレノ)のメーカーはマツダか?と発言したり、自宅にある車がハチロクであることを知らないほど車に関する知識は全く無い。
だが、中学生時代から父・藤原文太が営む藤原とうふ店の豆腐の配達を手伝わされ、配達後早く帰って寝たいという理由から峠を速く走るテクニックを自然と身につけていた。
・武内樹
搭乗車種:トヨタ・カローラレビン(愛称・ハチゴー)
拓海の親友。拓海と同じガソリンスタンドでアルバイトをしている。走り屋に強いあこがれを抱いており、アルバイト代で自分の車を購入し、バイト先の先輩である池谷浩一郎のチーム「秋名スピードスターズ」に所属することを目標にしている。
お調子者な面があり時折トラブルを引き起こすが、拓海からの信頼は厚く、樹にしか打ち明けられない話をするときもあるほど。
・池谷浩一郎
搭乗車種:日産・シルビア K's(愛称・S13)
拓海、樹が働くガソリンスタンドの先輩従業員。地元秋名山をホームとする走り屋チーム「秋名スピードスターズ」のリーダーでもある。
走り屋としての腕前は作中に登場するライバルたちに比べ劣るが、実直で真面目、心優しい性格。チームの危機を救って欲しいと藤原とうふ店に初めて説得に訪れた際は文太に一蹴されていたが、毎日通い詰めて厚揚げを購入しつつ説得する姿に心を打たれ、文太は「拓海が走らなかった場合は代わりに出てやろうかな」と考えるほど。また、メカニックの知識も豊富で、後に拓海の危機を救うことになる。
・高橋啓介
搭乗車種:マツダ・アンフィニRX-7 Type R(愛称・FD)
群馬エリアでトップクラスの実力を誇り、赤城山をホームとする走り屋チーム「赤城レッドサンズ」のNO.2。兄・高橋涼介と共に高橋兄弟の名で走り屋の世界では一目置かれている存在。
主人公である拓海の初めてのバトル相手であり、それ以降彼を意識するようになり、拓海が走り屋の世界へ踏み込んでいくことに大きな影響を与える人物。作品の第2部にあたる「プロジェクトD編」では、拓海と並びもう1人の主人公である。
・高橋涼介
搭乗車種: マツダ・サバンナRX-7 ∞(アンフィニ)III(愛称・FC)
前述の赤城レッドサンズのチームリーダーであり、一匹狼の走り屋だった際は「赤城の白い彗星」の異名を持っていた。医学生としての顔も持ち容姿端麗かつ頭脳明晰。独自の走行理論である「公道最速理論」の完成を目指しており、その中で藤原拓海の可能性に興味を持つ。
作品の第2部では1年限りの特別チーム「プロジェクトD」を立ち上げ、チームのまとめ役、拓海、啓介の指導役として裏方に徹する。
・藤原文太
主人公藤原拓海の父親。元ラリーストで、現在は豆腐屋「藤原とうふ店」を営む。
拓海に車の運転に関する英才教育を叩き込んだ張本人。自他共に認める「秋名下り最速の走り屋」であり、また拓海が内に秘めている負けず嫌いは彼譲り。秋名の下りならばポルシェや、F1レーサーのシューマッハにも勝てると豪語している。
搭乗車種は拓海と同じハチロクだが、後にハチロクを拓海に譲ったこと、そして「トシなので実用的でラクな車」を購入する。がそのマシンは……。
「頭文字D」名エピソード紹介! 高校卒業を前に拓海の環境が大きく変化する第一部から3つのバトルを抜粋!!
ここからは筆者が選ぶ作中の大きな転機になったバトルを紹介していきたい。まずは拓海がプロジェクトDに入る前を描いた第一部だ。なお、巻数は新装版「頭文字D」ベースで記載する。
高校卒業を控え、運転免許を取得した拓海と樹。樹は車を購入し、バイト先の先輩である池谷の走り屋チーム「秋名スピードスターズ」に所属し走り屋デビューを熱望しているが、拓海は車を速く走らせることに全く興味がない。だが、池谷、樹と共にスピードスターズのホームコースである秋名での走りの様子を見に行ったところから拓海の物語が動き出す。
藤原拓海VS高橋啓介(新装版1巻)
まずは何と言っても主人公・藤原拓海の初めてのバトルとなる高橋啓介との秋名のダウンヒルバトルだ。
高橋啓介の操るFDにパワー不足のハチロクはストレートでは圧倒される。だが、ハチロクはどんどんコーナーリングで差を詰めていき、とうとう秋名の5連続ヘアピンカーブ2つめで肉薄し、その次のコーナーでハチロクがオーバースピードでコーナーに突っ込んだと思いきや、そのままコーナーを曲がり切り、FDを抜き去って決着、しかもタイム差7秒という圧勝劇だった!
戦後、啓介の兄で理論派のドライバーである高橋涼介はなぜオーバースピードで曲がりきれたのかを啓介に説明する。拓海は秋名のコーナーにある排水用の側溝にタイヤを引っ掛けることで通常よりも速い速度でコーナーを曲がったのだ。
ハチロクが最新鋭の車相手にスペックの差をどうやって覆すのか? という読者の疑問をわかりやすく説明したエピソードで、「頭文字D」の魅力が詰まったバトルだ。
藤原拓海VS須藤京一(新装版5巻)
次に紹介するエピソードは群馬制圧に乗り出した日光いろは坂をホームとするチーム「エンペラー」のリーダー、須藤京一と拓海のバトルだ。須藤は車の選び方から独自の美学を持っており、「拓海は車を乗り換えるべきだ、その真意を知るために赤城で自分とバトルをしろ」と発言していた。一方、拓海は現在赤城をホームとするレッドサンズはエンペラーと対抗戦の最中で、そこに自分がバトルで介入するのはおかしいと対戦を受ける気はなかった。
しかし、ある日何者かの電話で拓海が想いを寄せる同級生の茂木なつきの知らない一面を知ったことで、やり場のない怒りをぶつけるかのように須藤へ戦いを挑む。その最中、突然ハチロクのエンジンがブローし走行不能に。須藤には勝負はハチロクより良い車に乗り換えるまでお預けだと言われ去られる。
このエピソードはバトル自体より、戦後の拓海の心理描写が印象的だ。動かなくなったハチロクの車内で自責の念にかられる拓海。最初は全く車に興味関心がなかった拓海が、いつしかハチロクを自分の家族のように思っていたことが読者に伝わってくる。
ハチロクをレッカー車に載せ、その車内で自分のバイト代を注ぎ込んででもエンジンを修理したいと文太に訴えるが、エンジンを新たに載せ替えるしか方法が無いことを聞き、黙りこくったまま静かに涙を流す拓海。運転しつつも拓海の頭を撫でながら「カンちがいするな」、「たまたまお前が運転してただけで……お前のせいじゃねぇ」とこぼす文太。
普段は見られない藤原親子の絆が感じられる貴重なエピソードで、この記事の執筆のために読み返したが、筆者も目にこみ上げるものがあった。バトル後、最初自動車はただの移動手段、走れればそれでいいと思っていた拓海の考え方が変化したナレーションも必見のエピソードとなっている。
藤原拓海VS小柏カイ(新装版8巻)
エンジンを載せ替え、生まれ変わったハチロク。拓海は須藤にホームのいろは坂でリターンマッチを挑み、勝利を収め須藤から「良い車だ」と認められる。その後、群馬に戻った拓海は、須藤と同じいろは坂の走り屋である小柏カイから挑戦状を叩きつけられ、拓海は再びいろは坂でのバトルに挑む。
エンジンをレース用エンジンに換装したハチロクは、スタートダッシュが速いと言われる小柏カイが操るミッドシップマシン、MR-2に対して先行する。新生ハチロクのパワーがわかる描写だ。
このバトルの舞台となる日光・いろは坂は落ち葉の溜まっており路面がスリップしやすく、拓海は自らコントロールするためにドリフトを多用して対応して先行を守り続ける! しかし、小柏カイのインベタのさらにインをつく必殺技「地元スペシャル」によって逆転されてしまう。この技を模倣しないと追いつけないと判断した拓海は直ぐに決行。1発でジャンプショートカットを成功させる。相手の技を一瞬で理解し模倣するという走り屋センスが見て取れる描写だ。これは後に紹介する舘智之戦でも活かされることになる。
このエピソードで筆者が衝撃を受けた点が2つある。1つは普段息子が走ることに関しては特に口を出さない文太が、珍しく具体的にアドバイスをしていた点だ。これには理由があり、小柏カイはかつて藤原文太とライバル関係にあった男の息子であり、親子2代での因縁対決になったからだ。文太はかつてのライバルの息子に拓海が負けてほしくないのだろう。無愛想だが実は親バカで、負けず嫌いな文太の性格が垣間見えるのが微笑ましい。
もう1つの理由は、拓海の常識離れの走法「溝落とし」のような技をライバルの小柏が繰り出してきたことだ。その内容も日光いろは坂のガードレールのない部分を飛び越えてゲームのようにジャンプでショートカットしてしまうといったものだ。作中では「掟破りの地元走り、または地元スペシャル」と呼ばれており、拓海のライバルが拓海の走りをコピーしたことはあれど、相手側がオリジナルの常識離れした走法を使ったことはこれまではなかったため「対戦相手が溝落としのような技を使ってくるのか!」と驚かされた。対する拓海も地元スペシャルを一瞬でコピーする能力の高さが表われるバトルだ。
完全に余談だが、このエピソードのアニメ版にあたる「頭文字D Third Stage」を漫画家であった母と視聴していた。するとカイに追いつくために地元スペシャルを真似たハチロクが空を舞うシーンがスローモーションで流れ「空を飛ぶパンダトレノかわいいね」と呟いていたのを思い出した。自分も同感だった。もしアニメを観たことがないならば迫力があるシーンながらスローで飛ぶ可愛いハチロクを観てもらいたい。
エピソード紹介その2! 拓海と啓介のダブルエースが関東エリアの強敵と戦いを繰り広げる第2部・プロジェクトD編!
第2部では高校を卒業し、プロレーサーになることが自分の夢だと自覚した拓海と、同じ夢を持つ高橋啓介が兄の高橋涼介の指揮する活動期間1年限定のチーム「プロジェクトD」で共闘し、切磋琢磨しながら成長していく。そんなプロジェクトD編での印象的なバトルを紹介したい。
藤原拓海VS舘智之(新装版11巻)
各地で連戦連勝を続けるプロジェクトD。そして須藤京一もかつて所属していたドラテク養成機関・東堂塾の現役最強とされる2人の走り屋を拓海と啓介は撃破する。すると東堂塾側から前回とは違うコースでのリターンマッチを要求される。そして出てきたのは何と現役のプロレーサー・舘智之だった。普段と違い、舘と戦えるのは拓海と啓介のどちらか1名。また、今回は上りと下りが複合するコースのため、両方に対応できる啓介のFDが出てくるものだと東堂塾側は予測していた。が、涼介が指名したのはなんと拓海だった!
拓海のハチロクはプロジェクトDに入ってからチューニングを重ねており戦闘力はアップしている。わかりやすい変化はボンネットを黒いカーボンに変化させたことだ。
プロレーサー・舘智之が操るのは東堂塾の現役トップである二宮大輝と同じシビック・タイプR(EK9)。しかし、二宮大輝のものとは異なり、今回は東堂商会のデモカーであり戦闘力はまさにプロのレーシングカー。また、コースが上りと下りの複合コースであることからFDが出てくると対策していた東堂塾側はある意味対策の裏を付かれた。しかし、それでも涼介曰く「相手のEK9に欠点は見つからない」という。かといって、ドラテクでプロのレーサーを上回ることは藤原でも不可能だと続ける。
今回もスタートで先行できたハチロクだが、対する舘はプロレーサー。そのスタートダッシュだけで大凡のデータを取られてしまう。そして、タイミングを合わされた舘の「消えるライン」によってあっさりとハチロクは抜かれてしまう。
実力差は明白、相手にラインを見られていては抜き去ることはできない。そこで拓海は先程の「消えるライン」を模倣することを思いつき、暗闇の中、車のライトを消して相手の死角に飛び込む新たな必殺技「ブラインドアタック」を思いつく。
小柏カイ戦でも見せた、相手の技を瞬時に理解するセンスが光るシーンがこのバトルの見どころだ。これにより再び先行を取り戻すが、プロの引き出しは多く、今度はプッシング(車をぶつけ体制を崩す)によって再度舘が先行。
拓海は諦めず、ブラインドアタックを用いてゴール直前まで食らいつくが舘にブラインドアタックを対策されており追い抜きは不可能と思われたがゴール手前で突然舘がラインを開け、ゴール手前でハチロクが並び立ち、最後の上り勾配で僅差で追い抜き拓海が逆転勝利。舘いわく、ラインを開けたのは動物かなにかが横切ったのが見えたためで、拓海はヘッドライトを消していたためそれに気づかなかったのだろうとのことだった。
ライトを消していたことと、ラストが上り勾配による幸運で辛うじて拓海が勝利した死闘。無敗のプロジェクトDを追い詰めたプロの恐ろしさを感じさせる名バトルだと筆者は考える。
高橋啓介VSランエボVの男(新装版14巻)
ここでは第2部のもう1人の主人公・高橋啓介が最大の窮地に陥ったエピソードを紹介する。連戦連勝を続けるプロジェクトDだが、次の対戦相手は今までの対戦相手と違いガラの悪い相手。また、コースに慣れるためのプラティクスの時間を自分たちと分け合うという明らかに不利な条件を突きつけてくる。不穏な空気を感じつつもプラティクスを開始する啓介。すると、道路に黒い物体を発見した。瞬間、FDはスピンし破損。道路には何者かによってオイルが撒かれていたのだ。修理のためバトルの日程の変更を申し出るが相手の答えはNO。翌日までに車が無ければ不戦敗とすると突っぱねられ、残された時間で応急措置を施すものの、焼け石に水だった。
窮地に立たされる啓介のもとに、1人の人物が声を掛ける。それは以前啓介と同じFDを操り、彼と対戦した岩瀬恭子。彼に想いを寄せる恭子はFDで応援へ駆けつけたのだった。啓介は彼女の了承を得て、彼女のFDを借りて勝負に挑む。
序盤は均衡していたが、啓介とランエボVの男の実力差は歴然。練習時間が僅かであったこと、自分の車でないことでやっと拮抗勝負が成立している構図だった。コースを走り、啓介が恭子のFDの性能を完全に理解した瞬間、あっけなく決着した。
「他の人に運転させるのは絶対嫌だと思ってた」、「(あたしのFDがダーリン(啓介)の役に立つなら……喜んでダーリンに乗ってもらいたいと思ったの)」という、彼女の啓介への想いが彼の窮地を救った。
ある意味、このエピソードの本番はこのバトルの後日談である。啓介はお礼に恭子と群馬で行動を共にする。そして恭子は啓介に自分の想いをぶつける。ここまでの「頭文字D」の恋愛にまつわるエピソードは様々な運命のイタズラが起きていた。啓介も恭子も相手に好印象を抱いており、他のエピソードのようにトラブルが起きる様子が無い。今回はどうなる? と初めて読んだ際はドキドキしながら次のページをめくったものだ。
高橋涼介VS北条凛(新装版21巻)
これは高橋涼介のバトル復帰エピソードである。高橋涼介は須藤京一との赤城での対決以来、作中でのバトル描写はなく、プロジェクトDを立ち上げてからは裏方に徹していた。そんな彼がプロジェクトDの最終戦直前に同チームのメカニック、松本と共に謎の失踪を遂げる。外見を一新したFCで彼らが向かった先は箱根。そこに待ち受けるは箱根で通り魔的に走り屋の車を襲撃し、事故を誘発させることから「死神」の異名を持つ北条凛であった。
北条凛の操るスカイラインGT-R(R32)は涼介曰く650馬力はあり、北関東最強と言われたカリスマ・高橋涼介でも逃げ切るのは容易ではない。更にGT-R特有のボディの重さを加えたサイドプレスが涼介に襲いかかる!
このままではFCごと箱根の峠へ散ってしまう! と思われたが、涼介はコース上に留まらず、路肩の土手を駆け上がることで命を繋ぐ。この判断は2人の異常なバトルを察知し、後ろで様子を伺っていた池田竜次をして「藤原拓海に輪をかけるほどのナチュラル」な咄嗟の反応であった。ブランクが不安視されたが、北関東のロータリーマイスターの腕は錆落ちていなかった。
そして第2波のサイドプレスは先ほどとは違い土手という逃げ場がないコーナーで放たれるが、今度はコーナーで立ち上がりを犠牲にしたハイスピードの突っ込みでダメージを受け流す。セオリー通りスローイン・ファーストアウトを行っていれば確実に射程圏内、防御不可能の攻撃を回避する涼介の判断には衝撃を受けた。
しかし、2度の攻撃をかわされた北条凛は橋の上でサイドプレスを行うという狂気の行動に走る、今度こそ万事休すかと思ったが、ブレーキを踏むことでノーズを抜き回避に成功する! 何度も死神の攻撃を振り切るのではなく、受け切る高橋涼介のスキルと、この戦いへの彼の覚悟が伝わるシーンである。
このエピソードは作中でも謎が多い人物であった涼介の過去が明らかになっていく。プロジェクトDの最終決戦を控えるこの時期に、涼介は走りにカムバックしたのか? なぜ命をかけたバトルを繰り広げなければならなかったのか? 次々に明らかになる衝撃の過去と、その回想に交互して現われる危険なレースシーンは今までとは一線を画すエピソードである。
走り屋の駆け抜けていった夢の終わり。だがその先の物語も存在する!
プロジェクトDは最終戦を走りきったが、拓海のハチロクはその最終戦の中でその生命を燃やし尽くした。赤城での須藤京一との戦いの後とは違い、今度はハチロクと永遠の別れとなることがプロジェクトDメンバーの会話の中で明らかとなる。
そして最終話で、涼介の独白でプロジェクトDに込められた「D」の意味が明らかになり、この物語は終わりを告げる。
しかし、この物語には続きがある。それが現在「週刊ヤングマガジン」で掲載中のしげの秀一氏による新作レースマンガ「MFゴースト」だ。
こちらは化石燃料を動力とする自動車が世界で生産されなくなり、自動運転や電気自動車が主流となった世界が舞台。また、富士山の火山活動が活発となり国内で災害が発生した設定の日本で行なわれる公道レース「MFG(エムエフジー)」に参加するために、英国から来た「片桐夏向(かたぎりかなた)」が主人公を務める。彼はあの藤原拓海の薫陶を受けた若き天才ドライバーでもある。
そしてこの大会を運営する人物にはプロジェクトDの面々、解説やカナタのサポートにはかつてのライバル達が登場する。「頭文字D」読者からすると、彼らのその後は気になるポイントだろう。更に「頭文字D」ファンにとって「MFゴースト」にはもう1つの魅力がある。本作は高橋涼介が独自に研究していた理論「公道最速理論」の解答編であることが示唆されている。「頭文字D」中では最後まで僅かな内容しか提示されていなかった公道最速理論。その全貌が、連載中の最新話から徐々に明らかになろうとしているところだ。
その「答え」を見届けるためにも、「MFゴースト」の原点となる「頭文字D」に立ち返ってほしい。
(C)しげの秀一/講談社