特別企画
“規律と狂気”、“勇気と恐怖”王道テーマをポップ&シニカルに描いた「ソウルイーター」が20周年
漫画家・大久保篤氏の代表作
2024年6月22日 00:00
- 【「ソウルイーター」1巻】
- 2004年6月22日 発売
漫画家・大久保篤氏の代表作「ソウルイーター」が、本日6月22日で単行本第1巻の発売から20周年を迎える。
本作は死神が統治する世界を舞台に、武器に変身することができる人間と、それを扱う職人がペアを組む専門学校・死武専(死神武器職人専門学校)で繰り広げられる物語を全25巻で描く。悪人の魂99個と魔女の魂1個を食べた武器は、死神の武器「デスサイズ」となることができ、死武専に通う子どもたちはデスサイズを作り出すことを目的としている。
掲載誌はスクウェア・エニックスから刊行されている「月刊少年ガンガン」。2008年4月から2009年3月にかけてはTVアニメが放送され、本作の前日譚となる外伝「ソウルイーターノット!」も同誌で連載された。
なお、本記事の後半には「ソウルイーター」と大久保氏が後に手掛けた「炎炎ノ消防隊」に関するネタバレが登場するため注意してほしい。
“死神”が統治する世界をポップに描き出した怪作
前述した「死神が統治する世界」というワードからは、なにか死を撒き散らすようなおどろおどろしいものを想像しがちだが、本作における死神は一般的なイメージとは異なり、善良な存在として描かれている。その名の通り、人間とは異なる上位的存在=神であるが、表面的にはフランクに振る舞っている。作中で死武専があるとされるアメリカ・ネバダ州の街、デス・シティーの人々は死神のことを「死神様」と親しみを込めて呼んでおり、死神はなによりも規律を重んじる。
とある経緯から鬼神と呼ばれる狂気を伝播させる者が現われ、死武専は新たな鬼神の出現を防ぐために設立されたという背景がある。この一見するとどんよりと重くなりがちな設定を、大久保篤氏持ち前のポップな作風・画風で軽快にまとめ上げているのが「ソウルイーター」というマンガの醍醐味だ。ここからは、そんな本作の主な登場人物について紹介しよう。
・ マカ=アルバーン
主人公の女の子で鎌職人。父は死神の側近的なデスサイズであり、母はそれを作り上げた職人というサラブレッド的な出自である。学業優秀な一方、職人としての身体能力は低めだが、魂を感知する能力や、特定の相手に有効打となる「退魔の波長」を放つことができる。
・ ソウル=イーター
マカとペアを組んでいる武器の少年。大鎌に変身することができる。白髪で赤い目をしており、大きなワッペンのついたヘッドバントを身につけるなど、ストリートスタイルな出で立ちが印象的。ワルぶった言動が目立つが、その端々に教養の高さを感じさせる。実は音楽一家の生まれで、ピアノの心得がある。
・ ブラック☆スター
暗殺を生業としていた一族・星族唯一の生き残りで暗器職人。その出自から自身も暗殺者であるが、目立ちたがりやで自尊心が強い。「最強になる」ことを公言しており、ビッグマウスな一面もあるが、目標を実現するための努力は惜しまない努力家でもある。死武専生のなかでも随一の体術使いで高い実力を持っているが、その性格や勉強が苦手なことが災いして補習の常連となっている。
・ 中務椿
ブラック☆スターとペアを組む少女。恵まれた体格を持ち、鎖鎌・手裏剣・忍者刀・煙球・変わり身と5種類に変化できる。鬼神へと至る道を歩み始め、妖刀と呼ばれるようになった実の兄・マサムネとの対決を経て、その魂を取り込んだことでより強力な妖刀へと変化することも可能になった。
・ デス・ザ・キッド
死神の息子である職人で、二丁拳銃を用いたガン・カタ的な戦闘スタイルをとる。文武ともに死武専生のなかでは一線を画す実力の持ち主だが、シンメトリーに対する異常なこだわりがあり、それが足を引っ張ることもしばしば。神経質な完璧主義者で、精神的に脆い一面も。
・ エリザベス・トンプソン(リズ)&パトリシア・トンプソン(パティ)
キッドとトリオを組んでいる拳銃の姉妹。スタイルがよく大人びた容姿の姉(リズ)に対して、発育がよくかわいらしい容姿の妹(パティ)という美人姉妹だが、キッドと出会う前は街で人々をカツアゲし「ブルックリンの悪魔」と呼ばれるほどに恐れられていた。
・ クロナ
本作に登場する魔女・メデューサの子どもであり、自身の武器であるラグナロクを溶かした黒血という血を体内に巡らせている。母親からの命令を遂行するための道具的に育てられた影響で精神的に不安定な面があり、対人コミュニケーションが苦手で部屋の隅にいることを好む。マカとは敵として出会ったが、その後保護に近い形で死武専に入学することになる。
・ 死神
「死神様」と呼ばれ、人々から神聖視される存在。基本的には軽いノリやポップな物言いをするが、本気で怒った際には凄みを見せることもある。「昔はかなり怖かったらしい」と噂されている。過去には鬼神・阿修羅と戦い、その封印のために自身の魂をデスシティーに固定する必要があり、身動きが取れなくなったことが死武専創設の由来となっている。
「勇気で恐怖に立ち向かう」王道テーマをユニークに提示した大久保篤氏の眼差し
「ソウルイーター」の核となっているのは、「規律」と「狂気」という二律背反のイデオロギーだ。規律を重んじる死神と、その庇護のもと活動する職人と武器たち。デスサイズの材料となるためその魂を狙われている魔女たちや、初代鬼神・阿修羅を信奉する狂気に取り込まれた者たちが入り乱れ物語が展開される。「規律と狂気という区分けに当てはめるなら、どちらかといえば死神は狂気側だろう」と見るのが一般的な反応かと思われるが、本作では死神が規律側の絶対者として君臨しているのがユニークなポイントである。そこには(あくまでひとりの読者としての感想だが)混沌としたキャラクターやその相関、皮肉めいたジョークを盛り込むことを得意とする、大久保篤氏ならではの眼差しが込められていると感じる。
本作でいうところの狂気は封印された鬼神が放つものであり、まるで“感染”するかのように急速に伝播していく。ひとたび触れれば強い精神力をもって抗い続けるしかなくなる一方、潜在能力を引き出すキーとなる側面があり、ソウルやブラック☆スターが意図的に狂気を使いこなすシーンもある。
そんな狂気に対する特攻策として描かれているのが、主人公・マカが放つことのできる「退魔の波長」。狂気の元となる鬼神は、死神が自身の恐怖を切り離して作った存在であり、狂気=恐怖と言い換えることができる。それに対する「退魔の波長」の源となっているのは、マカが絞り出す勇気だ。つまり本作は「勇気で恐怖に立ち向かう」という、少年マンガとして王道のテーマを新しい形で描いた作品だといえる。
「ソウルイーター」と「炎炎ノ消防隊」のつながりを決定づけた聖剣(※ネタバレ注意!)
ここからはネタバレ注意の内容だが、大久保篤氏が「週刊少年マガジン」(講談社)にて連載した次回作「炎炎ノ消防隊」は、その終盤にて「ソウルイーター」の世界とリンクしていることが明らかにされた。
「ソウルイーター」の世界では、それを振るう者に絶大な力を与えるが、とにかくコミュニケーションをとることが困難(作中のキャラクターたちからはウザいとまで言われてしまっている)な武器・エクスカリバーが登場するのだが、それが「炎炎ノ消防隊」のメインキャラクターであるアーサー・ボイルの武器そのものであったことが描かれた。それがどのような展開で明らかになり、またどのようにリンクしているのかはぜひ「ソウルイーター」と「炎炎ノ消防隊」両作を確認してほしい。
(C)大久保篤/スクウェアエニックス
(C)Atsushi Ohkubo/SQUARE ENIX