レビュー
FXという戦場。可愛らしくもグロテスクな「FX戦士くるみちゃん」
2025年4月6日 00:00
- 【FX戦士くるみちゃん】
- 著者:でむにゃん(原作)/ 炭酸だいすき(作画)
- 連載:月刊コミックフラッパー(KADOKAWA、2021年〜連載中)
- 既刊:7巻
マンガを読んで心が押しつぶされそうになった経験はあるだろうか。筆者はある。特定の読者層には大きく刺さる、グロテスクとも言えるし、強烈なホラーとも言えるマンガがある。それが今回紹介する「FX戦士くるみちゃん」だ。
FX、またの名を「外国為替証拠金取引」。簡単に言うと、通貨の売買で利益を得る投資方法だ。例えば円安ドル高になると予想するなら円を売ってドルを買い、実際にそうなれば差額が利益になるというシンプルな仕組みである。
大きな特徴は、少額の証拠金(担保)を預けることで実際の金額より大きな取引ができる「レバレッジ」がある点だ。レバレッジというのは預けている証拠金の何倍もの通貨を取引できる仕組みで、仮に証拠金10万円、レバレッジ25倍だと250万円の取引ができる。(ちなみに、25倍というのは日本国内における最大倍率である。)
レバレッジをかけなかった場合、1円が動いたら10万円の利益や損失になるところが、25倍のレバレッジをかけた場合は250万円になる。これがFXのハイリスク・ハイリターンたるゆえんだ。(なお、預けている証拠金が10万円なので、250万円の損失が出る前に強制的に決済される。これを「ロスカット」と呼ぶ。)
もちろん、証拠金を増やせばもっと大きな取引ができるし、大きく値動きするタイミングもあるので、数百万単位の利益が生まれることもある。こういった取引を複数回行なえば、理論上は数千万単位の利益を狙うことも可能なのだ。もちろんその逆も然り、である。
「FX戦士くるみちゃん」はFXという“戦場”を舞台に、このチャンスとリスクを背負い、女子大生たちが戦う姿をかわいらしい絵柄と非情な描写で描くマンガだ。FXの世界ではチャートという値動きを表すグラフが大きく動き、主人公たちの運命を翻弄する。このチャートは彼女たちにとって、まさに命綱であり死神でもある。
FXに魅せられた者たちの群像劇
本作は大きく4人の登場人物による物語が展開される。母がFXで負けたことで、結果的に母を喪うことになった「福賀くるみ」。くるみと同級生ながらも投資経験が豊富で、すでにある程度の資産を作っている「小金萌智子」。「簡単にお金を稼げる」という甘い目論見からFXの世界に飛び込む「山師芽吹」。山師芽吹の友人であり、早々にFXの世界から降りた「高根やす子」。
くるみの母が命を絶つ理由になったFXによる負債は2,000万円。くるみはこの2,000万円を取り戻すべく、FXという戦場に降り立つ。他の3人もそれぞれの立場でFXに取り組みながら、時に交差し、この狂気のマネーゲームに参加する者の天国と地獄を描く。
今回は、この4人の中から「山師芽吹」に注目したい。芽吹は大手ヘッジファンドが参入していたり、発表されたニュースが一般人に届く前に最速で反応したりする投資家たちが跋扈するような、FXという文字通りの戦場に何の知識もなく参戦した。その理由は「働きたくないから」というもので、他の登場人物のように確固たる理由も覚悟もなく、ある意味では”一般人が軽い気持ちでFXに参加するとどうなるのか”というのを体現するキャラクターでもある。
彼女の軍資金は20万円、そもそもそのお金も奨学金からの流用だ。海外口座を使ってハイリスク・ハイリターンを狙う彼女は、序盤は口座残高が60万円を超えるなど好調な成績を見せる。
その勢いで多額のポジションに手を出す。ポジションとは、簡単に言えば「買い」または「売り」の取引を持っている状態のことだ。だが、証拠金に見合わない多額の取引をすることは、リスクを取って大きなリターンを狙うことを意味する。
リターンが大きい時は何の問題もないが、マイナスになった時が大問題だ。少しの値動きでロスカットされ、反対方向への動きを待つ間もなく証拠金が吹き飛んでしまう。レバレッジをかけていなければ最終的に損も得もしない、一瞬下がってすぐ元に戻るような値動きの時にも、レバレッジをかけていることによって一瞬の値動きに耐えられずロスカットされるということが起こりうる。ゲーム的な表現をすると一撃の攻撃で体力がなくなり、回復する間もなくゲームオーバーになってしまうようなイメージだ。レバレッジが上がるとその”一撃”のラインがよりシビアになっていく。
転機になるのは2014年8月13日18時30分の「経済指標」。経済指標とは端的に言うと、各国から出される経済に関するレポートだ。このレポートが発表されるタイミングは大きな値動きが起きる。数分で大きな利益を出すこともあれば、真逆で大損してしまうこともある。
マンガの中ではこの経済指標の発表での値動きを、損益がプラス50万円からマイナス69万円になる上下の動きで表現する。この時の困惑と一瞬の喜び、そして絶望の表情の描写は芽吹の感情の変化を生々しく描く。それはギャンブルの勝ち負けに振り回されるギャンブラーの表情にも似ていた。
そして、このタイミングで証拠金以上のマイナスを防ぐために事業者側で強制的に決済され、口座は0円に。ロスカットが発動する瞬間が生々しく描かれている。
そしてFXに限らず全てのギャンブルに共通するかもしれないが、こういったハイリスク・ハイリターンな取引をする投資家は、さらなるギャンブルで負けた分を取り戻そうとする傾向がある。
芽吹もまたそうだった。残りの奨学金60万円を入金するが、これはいわゆる「絶対に使っちゃいけないお金」であり、ここからは転落の一途。別の通貨に手を出し、どんどんマイナスを重ねていく。見切りをつけて決済(損切り)をすれば軽傷で済んだかもしれないが、損切りができないのもまた人間の性だ。
無情なことに相場は芽吹の思惑とは真逆の値動きを重ねていき、マイナスは膨らんでいく。だが、気まぐれのような値動きで一瞬のプラスになる。だが、ここでも人間の感情が邪魔をする。芽吹はここで「もっと儲かるのでは」と思ってしまい、そのタイミングでポジションを決済できないのだ。
欲を出したために、一瞬見えた救いの道を選べなかった。その結果、また入金分をすべて失ってしまう。そこからはクレジットカードのショッピング枠を使い30万円、学生ローンで借りた30万、そして萌智子からは年利109.5%という非常に高い利率で200万円を借り、入金してしまう。
それはもう戻れない蟻地獄というべきか、蜘蛛の巣に囚われたというべきか。生き残ってしまったが故に、地獄の奥深くへ沈んでいく。そして芽吹はかすかに延命をしたものの、最終的には助かることなく、入金分をすべて失う。
チャートを生物のように描くことで、表現にグロテスクさが増す
「FX戦士くるみちゃん」の最大の魅力は、チャートの動きを生き生きと描く表現力だ。特に値動きが大きいときの「ズドン!」や「キュン」という表現は、チャートが生きているかのような描写をしており、登場人物と読者の心臓を締め付けるような、意識が飛ぶような感覚を共有できる。
かわいらしい絵柄と、描かれる惨状のギャップも本作の大きな特徴だ。それが「FX戦士くるみちゃん」のリアリティを高め、読者に強い印象を残す。各々のエピソードを通じて海外口座でハイレバレッジトレードをする彼女たちの表情が、興奮、歓喜、絶望、呆然と変わっていくのさまは読者にFXの恐怖を伝える。
筆者は特に芽吹に大きく感情移入してしまった。上下に動く値動きを見ながら「このラインで止まって……!」という思いを込めるも、易々とそのラインを突破してしまうという瞬間的な痛み、そしてじりじりと自分の予想とは反対に相場が動いていく、長く続く恐怖。そのどちらの描写もあまりにもリアルだった。
芽吹ほどではないが、筆者も大金をつぎ込み、チャートを見ながら喜び、笑い、泣き、最後は呆然となったことがある。FXは株式市場などと違い、ほぼ24時間動き続ける相場だ。ゆっくり寝ることもできず、スマホのチャートにただただ振り回される日々だった。
FXが必ずしも危険なものだとは言わないが、相応にハイリスク・ハイリターンな投機であることもまた事実。そういった意味で、本作はその魅力と危険性についてリアルに感じられる教材とも言えるだろう。