レビュー
イケメンだけどひねくれすぎ!裏表が激しい体操のお兄さん「うらみちお兄さん」
一見爽やかなのに情緒不安定な体操のお兄さんとヘンテコな教育番組に爆笑必至!
2024年9月18日 00:00
- 【うらみちお兄さん】
- comic POOLにて連載中
- 著者:久世岳
「うらみちお兄さん」は、現在10巻まで刊行され、累計150万部を突破している、久世岳(くぜがく)氏の大人気コメディだ。一迅社のcomic POOLで連載されているが、きっかけはX(旧Twitter)の投稿で、11万いいねがつく大反響があった。2017年の「第3回 次にくるマンガ大賞」“Webマンガ部門”第1位や、「WEBマンガ総選挙」“インディーズ部門”第1位にも輝いている。
マンガの内容は、「ママンとトゥギャザー」という、明らかにあの番組を意識した、架空の教育番組に出演する、情緒不安定すぎる体操のお兄さん・表田裏道(おもたうらみち)と、クセが強すぎる同僚たちの日常を描く、パンチの効いたギャグマンガだ。
見た目は爽やかイケメンなのに、ひねくれた本音が止まらない、うらみちお兄さん
教育番組「ママンとトゥギャザー」の体操のお兄さんである、表田裏道は一見爽やかで優しそうなイケメンなのだが、収録中でも闇がダダ漏れの、裏表が激しいやさぐれた大人だ。1話からガラガラ声で登場し、子供に指摘されると、ただの酒焼けと答える、こじれた性格をしている。体操のお兄さんらしく、「今日も元気いっぱいだよ~って人~!」と満面の笑みで子供に語りかけたと思いきや、その後すぐ「しんどい、辛い、何もしたくないって人」と覇気のない声と死んだ魚のような顔をして自ら手を上げ、「お兄さんだけか…」と疲労困憊した様をさらけ出す。
うらみちお兄さんは他にも、子供たちが一生懸命歌うと「ノリ気じゃないことにも全力で取り組むその姿勢、就職活動の時とか絶対に役立つから大事にしようね!」と言ったり、泣いている子供に「大人になったら自分で泣きやまないと、誰もいないいないバァなんてしてくれないんだよ…」と言ったり、とても教育番組とは思えない、悲壮感あふれる本音を堂々と言ってのける。この教育番組は大丈夫なのか、と心配になるが、ディレクターは普通に「裏道くん良かったよ~」と言って全く問題にしていない。「うらみちお兄さん」は、ツッコミどころ満載のギャグマンガなのだ。
トンデモ教育番組「ママンとトゥギャザー」と、無邪気でしんらつな子供たち
そんな、こじらせた性格をしているうらみちお兄さんが出演している「ママンとトゥギャザー」も、これまたトンデモない教育番組である。うらみちお兄さんの裏表の激しい立ち回りも、子供たちの無邪気でしんらつなツッコみも、NGなしで撮影され続ける。歌のお姉さん・多田野詩乃(ただのうたの)と歌のお兄さん・蛇賀池照(だがいけてる)の歌も、タイトルが、「猫が何もない空間を見てる」とか、「百均着いた瞬間 何買いに来たか忘れるのなんで」とか、独創的なタイトルと歌詞なのだ。百均の歌だと、「私は誰 ここはどこ ここは百均 さすがにそれはわかるよね」という歌詞で、意味は分かるが、子供の情操教育として不安になる、おかしい歌になっている。
そして、こんなトンデモ教育番組に観覧にくる子供たちも只者ではない。普段よりはつらつと明るいうらみちお兄さんに対し、子供たちは「いつもにもましてテンションたかくない?」「いたいたしい」「うらみちお兄さんはなみがあるから」などと、大人びた心配をしている。
またある時は、うらみちお兄さんが子供たちに「よい子のみんなにも、いつかは人に言われたことで落ち込んだりする時が必ずくるけど、理解者に見せかけたアンチ、これだけは絶対見抜けるようにしておこうね」と子供には難解すぎることを笑顔で諭したら、子供たちは理解者に見せかけたアンチの例として「インディーズ時代から好きだったバンドがメジャーで人気が出た途端『大衆に媚びた』とか言い出すこと?」とか、「女友だち同士で片方に彼氏ができた途端『あなたのために言うのよ』のスタンスで彼氏をディスりはじめること?」とか、例えのキレが良すぎることを言うのだ。かと思えば、ハロウィーンを楽しんだり、サンタクロースの登場に喜んだり、オバケを怖がったり、年相応の無邪気で可愛い行動を取ったりもする。マンガ内でもツッコミがあったが、1ページごと知能指数が大幅に変化するという、恐ろしい振れ幅があるのが、「ママンとトゥギャザー」を観覧する子供たちなのだ。
奇抜すぎる同僚たちと、巻き込まれてばかりのうらみちお兄さん
「ママンとトゥギャザー」はいわば尖がった教育番組なわけだが、出演しているのは、うらみちお兄さん、うたのお姉さん、いけてるお兄さんの他に、ウサギの着ぐるみ・ウサオくんを演じている兎原跳吉(うさはらとびきち)、クマの着ぐるみ・クマオくんを演じている熊谷みつ夫(くまたにみつお)だ。ここまでくればお気付きかもしれないが、このマンガに登場するキャラクター達は皆、職業にちなんだ当て字のような名前である。ディレクターは出木田適人(でれきだてきと)、プロデューサーは風呂出油佐男(ふろでゆさお)、アシスタントディレクターは枝泥エディ(えでいえでぃ)などだ。それぞれ名前負けしないユニークな性格をしている。
中でも、「ママンとトゥギャザー」の放送局であるMHKの、販売企画部にいる木角半兵衛(きかくはんべえ)のキャラクターは強烈だ。クリスマス商戦用のぬいぐるみ製作のために、元絵を番組中に描いたうらみちお兄さんを木角が呼び出すのが二人の出会いなのだが、木角は薄っぺらい体に、唇と舌と両耳に20個ほどピアスを開けた長髪という、イカつい外見をしている。会った瞬間は、ニッコリ笑顔で挨拶する木角だが、すぐさま本性を現し、試作品のぬいぐるみをうらみちお兄さんの目の前で蹴散らしハアハアと息を切らす。上司の命令で明日の朝までにデザインを仕上げなければならないということで、木角は「こんな押し迫ってから言うかな~~~ハハハ!」とキレ笑いをしながら、薄気味悪い表情で「助けてください」とうらみちお兄さんを半ば脅迫する。
勢いにおされて承諾したうらみちお兄さんが椅子に座ると、木角は間を置かずにうらみちお兄さんを椅子ごとテープでぐるぐる巻きにして逃げられないようにするのだ。尋常じゃない拘束に、さすがのうらみちお兄さんも「逃げないですよ…」と怯えながら言うが、木角は据わった目つきで「逃げるんですよ。頼れる上司も、本命の彼女も、バンドメンバーも。都合悪くなったらビックリするくらいすぐ逃げますよ」と恫喝する。
恐怖に慄いたうたみちお兄さんは淡々と仕事をこなしたのだが、うらみちお兄さんの独特のキモ可愛い系イラストの商品は何故か好評を博し、今後もたびたび木角の仕事にうらみちお兄さんは巻き込まれていく。その度に、躁鬱気味で感情の起伏が激しい木角が、ダミ声で癇癪を起したり怒鳴ったり、衝動的にうらみちお兄さんのイラストの悪口を叫んだりと、そのアグレッシブな個性を発揮するのである。
また、演出家のアモンも、「ママンとトゥギャザー」には欠かせない妙ちくりんな人物の一人だ。番組の企画コーナーを演出する仕事をしているのだが、何故かいつもうらみちお兄さんだけが、極端に短い短パンと、腕や腹がむき出しになった露出高めかつ、とてつもなくダサい衣装を当てがわれる。キャラクター設定も、うらみちお兄さんだけ、突拍子もなく奇抜で、例えば、「しのびのやくみ」では、うたのお姉さんは、もみじおろしのくノ一、いけてるお兄さんは葱にちなんだ忍び、クマオもウサオもショウガとミョウガにちなんだ忍者の恰好をしているが、うらみちお兄さんは「台風でダメになったシソの怨念から生まれし神」という、全く忍者に関係ない設定を与えられ、服も一人だけ和風ではなく、網目柄の袖なしシャツにアルファベットでSHISOと書いてある、かなり奇天烈な格好なのだ。
ハロウィンではパンプキンパイセンという名前の、「10月31日ということに気付かず、うっかり渋谷に立ち寄ってしまって、スクランブル交差点で若者にもみくちゃにされ、失われた心から生まれた怨霊の類」というキャラクターを、あいさつにちなんだ「こんにちは隊」ではボンジュールマンという名前の、「保存袋を付け忘れられ、パスパスになったフランスパンの怨念から生まれし神」というキャラクターをやらされている。うらみちお兄さん自身はこれらの仕事をヤケクソになりながらやり遂げているが、視聴者からは大好評を博しているという。
木角やアモンだけでも十分エキセントリックなのだが、他にも、仕事で何日も徹夜する木角と同期で対照的に定時帰りする、2次元の女性しか愛せないMHKデジタル企画部の上武 裁人(うえぶさいと)、うらみちお兄さんがデザインしMHKから公式グッズとして販売されているキャラクターを盗作して商品を作り、インターネットで無断販売して儲けていた布隅冬作(ぬすみとうさく)などなど、他にもはちゃめちゃで奇想天外なキャラクターが多数登場しては、うらみちお兄さんを巻き込んで困らせている。
雑誌の穴埋めにマンガを描かされたり、他の番組にゲスト出演したり、うらみちお兄さんの奮闘は続く
暴走気味の「ママンとトゥギャザー」は、10巻になっても相変わらず演出家のアモンと、ディレクターの出木田のせいで、珍妙な番組進行が続いている。「家族っていいな」というタイトルの歌で、父親役のうたのお姉さんが会社をドーンと破壊し、母親役のうらみちお兄さんがキッチンをバーンと壊す映像を流すなど、奇妙キテレツな構成にはいっそ爽快感すらある。
そんな「ママンとトゥギャザー」の収録に、苦労が絶えないうらみちお兄さんだが、頼まれたら断れない性格のせいで、いや、同僚たちの圧が強すぎるせいで、今ではあらゆる仕事を押し付けられている。全然関係がないのに、幼児雑誌「MHKママンとトゥギャザー」で休載しているマンガ「ウサクマ劇場」の穴埋めのため、急遽2ページのマンガを強制的に描かされたり、手芸番組や赤ちゃん番組にゲスト出演させられたりしているのだ。番組のゲストは毎回、「ママンとトゥギャザー」とのコラボでの出演なのだが、ウサオとクマオとうらみちお兄さんの3人だけがいつも呼ばれる。その理由をうらみちお兄さんが尋ねると、アシスタントディレクターの枝泥エディが、うたのお姉さんといけてるお兄さんは少し大事にされているから、面倒臭そうな仕事はうらみちお兄さんに全振りすることになっていると、ハキハキ答えてしまう。ショッキングな理由だが、うらみちお兄さんはなんだかんだ真面目なので、ついついどの仕事もそれなりにきちんとこなすのである。
目下やっかいなことになっているのは、うらみちお兄さんが無理矢理描かされたマンガの方で、わずか2ページながら、編集者の間我仁(まがじん)の心を鷲掴みにしてしまい、本来の「ウサクマ劇場」の作者である柿藤内陽(かきとうないよう)と人間関係がおかしな方向にこじれまくっていることだ。今まで間我は柿藤のマンガを一度も褒めたことがないのに、禍々しいイラストと意味不明な文章のうらみちお兄さんのマンガは何故か絶賛しまくるのだ。そのせいで、うらみちお兄さんは、柿藤を気落ちさせ、恨みを買い、混沌に陥れてしまう。間我も間我で、思ったことを何でも口に出して言ってしまう性格で、どうしても柿藤の作品は褒められないと言う。間我と柿藤の二人も揉めに揉めてしまい、うらみちお兄さんとしては、自分の知らないところで始まった修羅場に勝手に参加させられているといった感じで、とにかく心労が絶えない。
これから、3人はどうなってしまうのだろうか、体操のお兄さんって大変なんだな、と笑いながらついつい同情してしまうマンガ「うらみちお兄さん」。うらみちお兄さんの、傍から見ていると面白おかしい奮闘ぶりは、これからもまだまだ続いていくだろう。是非実際に読んでみて、うらみちお兄さんの同情と笑いを誘う、ヘンテコで尋常じゃない同僚と日常に、大笑いしてほしいと思う。