レビュー

「ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミアILLEGALS-」レビュー

真のヒーローの資質とは? 「ヒロアカ」の世界で展開するスピンオフ

【ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミアILLEGALS-】

脚本・古橋秀之氏、作画・別天荒人氏、原作・堀越耕平氏

集英社刊

ジャンプ+にて連載(2022年7月完結)

コミックス全15巻(全126話)

 堀越耕平氏の「僕のヒーローアカデミア(ヒロアカ)」が8月5日発売の週刊少年ジャンプにて、ついに完結を迎える。

 「ヒロアカ」は誰もが"個性"と呼ばれる超常能力を持つという、我々の住む世界とは少し異なる世界が舞台となっている。しかし私利私欲での個性の使用は社会を混乱させるとして、特に犯罪に個性を使用するものは「ヴィラン」に認定され、厳しく罰せられる。一方、「ヒーロー」は世の中のために個性を使用することを社会から認められたものだ。ヒーローになるためには厳しい「ヒーロー試験」をパスする必要があり、「ヒロアカ」の主人公・緑谷出久はヒーローを育成する名門校「雄英高校」に入学し、最高のヒーローを目指していく。

 「ヒロアカ」の素晴らしいところは"学園生活"を描きながら、その独特な世界をきちんと表現しているところ。誰もが個性を持つ世界とは、社会とはどのようなものかを丁寧に描いているのだ。ヒーローは個性を活かせる理想の職業である反面、一般人は自分の能力を使うことができないという社会の歪み、職業としてのヒーローは"真の英雄"なのか? という根本的な問いかけ。そのテーマは物語最終盤でクライマックスを迎える。

 緑谷出久は「"救う"という想いに取り付かれた少年」である。彼はこの世界にはまれな"無個性"の人間だったのだが、No1ヒーローに真の英雄としての資質を見いだされ、彼が持つ"受け継がれる個性"を託される。受け継がれる想い、世界の歪み、そして「宿敵にすら救いの手を差し伸べる」という緑谷出久のヒーローとしての資質……。終盤はそれまでの伏線がすべて一点に集結していく。「ヒロアカ」を知らない人も、ぜひこの機会に読んで欲しい。学園ものとしてのキャラクター表現も非常に見事で、様々な注目ポイントのある作品である。

 そして、今回紹介する「ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミアILLEGALS-(以下、ヴィジランテ)は堀越氏の「ヒロアカ」をベースに、原作・古橋秀之、作画・別天荒人のタッグで贈る公式スピンオフだ。時系列は「ヒロアカ」本編の前に当たり、本編でも活躍するヒーローも多数登場する、「ヒロアカ」ファンにオススメの作品だ。

 「ヒーローのみが個性の使用を許される世界」において、"善意の人"はどう生きるか? 目の前に困っている人はいるけど、ヒーローの目には届かない。世界では禁止されているけど人助けに個性を"つい使っちゃう"。そういう人はこの世界では犯罪者であり"ヴィラン"に認定されてしまう。

 本作のタイトル「ヴィジランテ」は"自警団"という意味合いを持ち、個性を使った非公認のヒーロー活動を行うものを指す。「ヒロアカ」本編でも「ヒーローとは何か?」を繰り返し問うているが、「ヴィジランテ」は同じ問いを全く異なる物語で描いていく。「ヴィジランテ」はコミックス全15巻。既に完結している物語だ。「ヒロアカ」本編が完結する今、このスピンオフを読んでいないのはもったいない。本レビューでは「ヴィジランテ」の基本的なストーリーや魅力を紹介していこう。

【漫画『ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミアILLEGALS-』PV第2弾】

お人好しのコーイチがアブナイオッサンと出会ってヒーローの道を歩み出す?

 「ヴィジランテ」の主人公は灰廻航一(コーイチ)。彼は平凡な大学生で、お人好しでちょっとドジだ。彼はストレスが溜まるとNo.1ヒーロー・オールマイトのファングッズ、オールマイトパーカーに身を包み、「親切マン」として人知れず活躍していた。

 迷子捜しから空き缶回収、老人の道路横断のお手伝い、カメラのシャッターを押してあげたり、親切マンは彼が住む町・鳴羽田(なるはた)町の"変なヒーロー"として知られるようになっていた。しかし親切な行動とはいえ、ヒーローの資格を持たない彼の活動は、立派な"違法行為"なのだ。

最終巻の15巻。中央がコーイチ、下がポップ、奥がナックルダスター。「ヴィジランテ」は3人の物語だ

 そんなコーイチのことを気に懸ける女の子もいる。「ポップ☆ステップ(ポップ)」と名乗っており、個性・跳躍を武器にゲリラライブを行っている。もちろんこの行動も違法行為だ。彼女は何故かコーイチにからんでくる。要は"好き"なのだが、ツン要素強めの性格のため、全然素直になれない。

 そんな2人の前に「ナックルダスター」と名乗る"怪人"が現れ、2人の運命が動き始める。ナックルダスターは無個性なのだが、格闘技の達人であり、「悪者を殴るとすっきりする」というアブナイ人。彼はこの鳴羽田で人知れず進行しているある陰謀に立ち向かうため、活動していた。

 その陰謀とは「トリガー」と呼ばれる薬。トリガーを使うことで個性が強化され、理性を弱める。トリガーを使った人間は個性を駆使する犯罪者「突発性のヴィラン」になってしまう。トリガーは使用すると舌が黒くなると副作用がある。ナックルダスターはそのトリガーの流通経路、この町にトリガーを流通させている犯罪者を捕まえたいと言うのだ。ナックルダスターはコーイチに言う。「俺の仕事を手伝え、お前を本物のヒーローにしてやる」。

 ……しかしナックルダスターの調査方法は「とりあえず怪しい奴をぶん殴り、気絶したら舌を見る」というもの。それじゃダメだろう、とコーイチとポップは穏当な調査方法を考えていく。こうして3人のイリーガルヒーロー「ヴィジランテ」が誕生したのだ。

 「ヴィジランテ」はお人好しのコーイチ、ツンデレのポップ、アブナイオッサンのナックルダスターの3人を核としてストーリーが展開していくのだが、ナックルダスターは物語前半で鳴羽田町を離れより深い調査に向かう。トリガーはスタートに過ぎなかった。コーイチやポップが色々なことに挑戦したり、巻き込まれたりしていく中で、大きな陰謀は次第に姿を見せてくるのである。

ナックルダスターの後ろにいるのがインゲニウム。そして奥の人物は……。「ヒロアカ」本編で描かれない"前日譚"が大きな魅力だ

 「ヴィジランテ」はまた「ヒロアカ」の"前日譚"としても楽しい。「ヴィジランテ」は「ヒロアカ」本編より数年前の時代設定となっている。「ヒロアカ」では教師となっている抹消ヒーロー「イレーザーヘッド」や、18禁ヒーロー・ミッドナイトは物語に大きく関わってくる。ファンにとって嬉しいのは、弟の飯田天哉が名を継ぐこととなるターボヒーロー「インゲニウム」飯田天晴の活躍だろう。兄・天晴の活躍は「ヒロアカ」本編では描かれないからだ。

 ほかにもファイバーヒーロー「ベストジーニスト」、フレイムヒーロー「エンデヴァー」などが本編のノリそのままで活躍する。その中でもNo.1ヒーロー・オールマイトの描かれ方は別格だ。彼等がいかにコーイチ達や本作オリジナルキャラクターと物語を展開していくかも見所だ。

本編でも大活躍するイレイザーヘッドだが、「ヴィジランテ」では彼の学生時代のエピソードも描かれる

真の英雄の資格とは何か? 突き詰めていくヒーローへの想い

 コーイチの個性は「滑走」。地面に手足の内3つが触れていればそこから力場を出し、自転車くらいのスピードで移動できる。しょぼいと言える個性だが、ナックルダスターの教えで足払いや受け身を覚え、プロテクターも装備して防御力を強化。さらにインゲニウムのアドバイスで力場を逆に動かすイメージでブレーキも習得、安定性を得た走りはスピードも急速にアップする。

 その上に力場から空気を圧縮して発射する「KGD(気合をギュッとしてドーン)」が撃てるようになったり、力場を空中に発生させ短時間の空中移動も習得する。しかしコーイチは戦いよりも「相手をなだめる」事に価値を置く人間だ。街でヴィランが暴れていても足払いやKGDで相手の注意を自分に向けさせ、ヒーローにヴィランを捕まえてもらうという"他力本願"がモットーだ。

 ヒーロー達は違法に能力を使うコーイチに注意はするものの、真剣に彼を止めないのは彼が度を超えたお人好しで、根っからの善人だとわかるから。つい笑顔にされてしまう人の良さは違法のヒーロー活動をするコーイチを守っていた。

コーイチ達の活動は鳴羽田で認められていく

 ……しかし、街の闇で進行する陰謀がついにコーイチとポップに標的を定める。命の危険さえある状況の中、ヒーロー達も不確定要素をなくすため本気でコーイチを捕らえようとする。孤立無援に近い状況の中、それでもコーイチは"善いこと"をすることを諦めない。

 コーイチの背中を押すのはナックルダスターからの言葉だ。「コーイチ、初めて会ったとき『俺がお前をヒーローにしてやる』といったが、あれは嘘だ。理不尽な暴力、真の邪悪に出会ったとき、人間の本性が試される。そして希有な人間だけがその善性を保つことができる。俺が指図するまでもない、お前は自分が何をすべきかわかっている。揺るがぬ善意を持って生まれてきた希有な人間。真の英雄。俺のヒーローだ」。

 "真の善性"は、「ヒロアカ」本編でも強く描かれている。敵にすら救いの手を伸ばし続ける緑谷出久、そしてからが憧れるオールマイトも"善"の人だ。根底で流れるテーマは同じだが、表現の仕方、扱い方の違いに「ヴィジランテ」が、「ヒロアカ」のスピンオフである価値がある。本編のテーマを使って、「自分の思うヒーローの姿」を考え、読者に提示するのは、作家として非常にやりがいのある仕事だと思う。

 「ヴィジランテ」を生み出した古橋・別天コンビは本作の次にマーベルコミックスの「スパイダーマン」とその代表的なヴィランの1人「ドクターオクトパス」を題材に、「スパイダーマン:オクトパスガール」でもお人好しの主人公を描いている。ヒーローとは何か、はそれだけ挑戦しがいのあるテーマなのだ。

コーイチは大きな試練に直面するが、彼に迷いや後悔はない。「何も考えず正しいことをする」が彼だからだ

 真の英雄の資格は、強い力を持っているわけでも、ヒーローとして社会のルールに従っているわけでも、世間から認められているわけでもない。困っている人を放っておけず、損得なしで手を差し伸べてしまう人、街をきれいに、人に笑顔を届けられる人。ほのぼのとして温かいテーマだが、「ヴィジランテ」のストーリーはハードなところもある。とくにコーイチの"宿敵"となる人物は本作のもう1つのテーマとも言える。

 「ヴィジランテ」は「ヒロアカ」ファンはもちろん、そうでないひとも、ヒーロー漫画が好きな人、ヒーローへのこだわりがある人に是非読んで欲しい作品だ。15巻という巻数もテーマを書き切りしっかり味わえるちょうど良いボリュームだ。ぜひ手にして欲しい。

古橋・別天コンビの最新作が「オクトパスガール」。主人公のオトハもまた、極端なお人好しだ