特別企画

押切蓮介氏のホラーワールドの傑作が具現化! 映画「サユリ」試写レポート

「理不尽に抗え! 相手を間違えるな!!」酷暑の日本を心底冷やし、熱く燃えさせる!!

【映画「サユリ」】

8月23日 公開予定

 8月23日より、押切蓮介氏のホラー漫画を原作にした映画「サユリ」が全国公開される。公開に先立つ7月上旬には、韓国京畿道(キョンギド)・富川(プチョン)市にて開催された「プチョン国際ファンタスティック映画祭」でワールドプレミア上映が行なわれたほか、既に台湾、タイ、ベトナムなど世界13カ国での公開も決定している。

 押切蓮介氏の「サユリ」は幻冬舎コミックス「月刊コミックバーズ(現在は休刊中)」の2010年3月号より2011年5月号まで連載されたホラー漫画だ。2010年9月に単行本第1巻、2011年5月に単行本第2巻、そして2015年12月に描き下ろしの12.5話を掲載した「完全版」が発売された。今回の映画版は「完全版」を基にしていて、12.5話に該当する描写も見られる。

12.5話を追加収録した「サユリ 完全版」

 映画版の監督・脚本は、「ノロイ」「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!」シリーズで、今に続くモキュメンタリー(mock ocumentary)ブームを巻き起こした白石晃士氏。「呪怨 黒い少女」、「リアル鬼ごっこ」シリーズの安里麻里氏が共同脚本として参加している。「完全版」あとがきでは押切蓮介氏が「何でも良いので人間側がオバケに対して一矢報いる邦画ホラーは出ないものかと待っていたのですが、そのような映画が世に出る事はありませんでした。ならば自分で作ればいいと思ったのですが、映画を作る事は不可能なのでこの『サユリ』を考えて漫画にしたのです」とも語られていて、今回の映画化はまさしく必然であり、不可能を可能にした偉業であるとも言える。

 本作の物語は、アパートから一戸建てのマイホームへ、7人家族の神木(かみき)家が引っ越してくるところから始まる。主人公の則雄(のりお)は中学3年生で、弟の俊(しゅん)、姉の径子(けいこ)との3人姉弟。姉弟仲は悪くない。父の昭雄(あきお)は、中古で郊外ながらも夢の一戸建てを購入出来たことを誇り、母の正子(まさこ)との夫婦仲も良好。父方の祖父、章造(しょうぞう)も認知症気味の祖母と共に、家族で一緒に暮らせることを喜んでいた。

 しかし、星空の見えるマイホームでの幸せな生活は、昭雄の急死で一変。家にいる「何か」によって神木家は地獄へ突き落とされる。絶望の縁に追いやられた則雄へ、祖母が声をかける。「このままで…いいんか…?」、「やられ損のままでいいんか……」と。

 本稿では、押切蓮介氏のファンである筆者が原作マンガとなる「サユリ」について、そして先行してメディア向けオンライン試写で映画を観賞した感想をお伝えする。

【映画『サユリ』特報 2024年夏全国公開】
【映画『サユリ』本予告【8月23日全国ロードショー】】

構想5年! 白石晃士監督入魂の恐怖描写が冷水を浴びせかける!

 近年、漫画原作の映像化にあたってはどの程度細部を変更するかが注目される傾向にある。本作も原作と基本的な構成は同じだが、映画ならではの見せ方になった部分や細かな変更点がある。原作者の押切蓮介氏は、TVゲームとホラー映画への造詣が深く、自主制作映画を製作していた時期もあって漫画の画面もかなり映像的に構成されている。

 また、1発描きのキャラクターならではの躍動感と相まって、止め絵ながらも動きを感じさせるのが押切蓮介氏の特徴でもある。同時に、「何か」や残酷描写はあえて明確にせず、コマとコマの間を読者に想像させ、読み取らせることで、より恐怖心をかき立てる作風でもある。

 その2次元の原作漫画に対し、映画版ではより直接的な表現を多用し、見る側に恐怖を叩きつけてくる。特に原作との大きな違いは、2階建てから3階建てになった神木家にいる「何か」の描写だ。原作では中盤になるまで伏せられている「何か」の正体が、映画では序盤から匂わされる。特報でも聞こえる特徴的な笑い声や不安感を煽る効果音含めより具体的に、映画だからこそ可能なショッキングな盛り付けが為されている。

 また「何か」が神木一家に迫り、1人づつ消えていくシーンも、原作を読んでいても思わず息を呑む激しさがある。特に、恨み、呪いによって人が死んでいくJホラーにはない、人体に凶器が食い込み血しぶきが舞うゴア描写はこれでもかという程に徹底している。海外のスプラッタームービーを彷彿とさせる容赦ない痛撃は、白石晃士監督の過去作を見てきたファンも度胆を抜かれる筈だ。

 そういった、映画ならではのショッキングな描写が盛り込まれた一方で、押切蓮介氏のホラー漫画に通底する「オバケをぶん殴る」テイストは遵守されている。「サユリ」の原作は全2巻の前半・後半で趣を異にする構成となっている。押切蓮介氏の作品のファンにとっては、前半で溜まった襲いかかる理不尽への鬱憤を後半で一気に吐き出す構成が最高にカタルシスを得られる部分で、映画も同様に丁度半分ぐらいを境にガラッと展開が変わる。初見の方はこれまでのホラー映画にはない驚きを憶えるだろうし、原作ファンは「これこれ!」という爽快感を味わえるに違いない。

 また、本作に関して、原作者の押切蓮介氏はムビチケ用にイラストを描き下ろし、韓国の映画祭登壇で初めて海外へ渡航するなど一緒にプロモーションに携わっている。映画の完成度にお墨付きを与えている何よりの証と言え、原作ファンも安心して劇場に脚を運べるだろう。

原作ファン目線でのキャスティング評価と注目の登場人物

 ストーリー同様、映画のキャスティングも原作ファン的には納得のいくものになっている。祖父・章造役のきたろうさん、父・昭雄役の梶原善さんは流石の円熟味が滲み出る枯れたおじさんの深みを感じさせる佇まい。押切蓮介氏の作品における男性キャラ特有の「ザコキャラ風味」、「モブ感」を具現化していて、登場シーンは少ないながらも強烈に印象に残る。そして押切蓮介氏作品の真骨頂、強い女性キャラを演じる皆さんもイメージ通りだ。その中から、原作ファンの筆者が特に注目してほしい2人がいる。それは祖母・神木春枝(根岸季衣さん)と同級生・住田奈緒(近藤華さん)だ。

 祖母・神木春枝は原作では皆から「おばあちゃん」と呼ばれていて、名前は今回の映画向けに設定されたと思われる。特報のコメント欄に原作ファンから多くの声が寄せられているが、「おばあちゃんが根岸季衣さんなら安心」というコメントが非常に多かった。おばあちゃんはそれぐらい本作の大切なキャラクターなのだが、大ベテランで様々な役を演じ、バンド活動も行うファンキーな根岸季衣さんはまさに「おばあちゃん」役にピッタリ。

 劇中でも原作のイメージ通り、前半の認知症による儚い言動と、後半で覚醒し、則雄を叱咤激励して導くギャップとの自然な演技が素晴らしい。ちなみに映画版では前半と後半の変化に新しく肉付けが為されていて、よりわかりやすくなっている。

 もうひとりの同級生・住田奈緒は原作では「見える系女子」として則雄にアドバイスを送る、狂言回しキャラ。映画ではより不思議ちゃんな言動で、漫画ファンが萌える具現化を果たしている。特にBL作品を読んでいる描写などから、白石晃士監督の「わかっている」感が強烈に伝わってくる。

 他に径子役の森田想さん、正子役の占部房子さん含め、押切蓮介氏の描く、強く可愛い女性のファンも納得の登場人物が揃っているほか、タイトルとなっている「サユリ」も映画版ではより具体的に肉付けされ、描写されている。

世界感を理解するために、映画を観る前に是非読んでおきたい押切蓮介作品!

 原作「サユリ」を読んでから映画を観ても楽しめるが、どうしても、”観てから原作を読みたい”派の皆さんには、原作とは別に押切蓮介氏のエッセイ漫画「猫背を伸ばして」を事前に読んでみることをお薦めしたい。

 映画化されたホラー漫画の傑作「ミスミソウ」、ゲーム漫画の金字塔「ハイスコアガール」、漫画家漫画を物理的バトル物に仕上げた快作「狭い世界のアイデンティティー」など読んでほしい作品は沢山あるが、「猫背を伸ばして」は1冊で完結しており、映画鑑賞前に読むのに手軽なボリュームだ。

 構成としてはエッセイ漫画だが、幼少期からのトラウマや恐怖体験、不条理に抗う姿勢など、押切蓮介氏の作風を理解する上での原体験が多数記されている。特に押切蓮介氏が言語化した「俺クオリティ」という、中二病に匹敵する共感しか無いおたく共通の概念と、その沼から脱出するための、お母さんのアドバイスには涙を禁じ得ない。

 タイトルにもなっている「猫背を伸ばしてのびのび生きなさい」に代表されるお母さんの言葉の数々は、「サユリ」における、おばあちゃんの「何か」へ立ち向かう為のアドバイスに通底している普遍的なメッセージでもある。映画「サユリ」鑑賞前に、是非目を通してみることをお薦めしたい。

猫背を伸ばして

理不尽に抗う「サユリ」の特殊性と爽快感!

 押切蓮介氏が「一番好きな作品」、「読み返すと今でも少し涙ぐんでしまう」と語る「サユリ」は、「なぜオバケをぶん殴る話を描くのかというと」、「幽霊が襲い掛かってきて怖がらせるだけの映画」、「すごく不満で、これでは単なる人間の負け戦じゃないかと。ただ『怖かったねえ』と言って終わるだけではこの先生きていく上で何の糧にもならないし、、むしろ幽霊すらもぶん殴るくらいの気持ちで生きるという、そのほうが人生に役立つ気がしたんですよ(ユリイカ2018年4月号より)」との想いから描かれている。

 2024年の日本を見渡すと、オバケの様な理不尽が溢れている。理不尽に対し冷笑で返すのではなく、真の敵を見極めて抗い、撃退する。この夏に押切蓮介氏のそんな世界感をスクリーンで体感することで、よりよい人生をおくっていきたい。

映画「サユリ」作品情報

・8月23日(金)、全国公開
・配給:ショウゲート
・公式サイト:https://sayuri-movie.jp/
・監督:白石晃士
・原作:押切蓮介「サユリ完全版」(幻冬舎コミックス刊)
・脚本:安里麻里、白石晃士
・出演:南出凌嘉、根岸季衣、近藤華、梶原善、占部房子、きたろう、森田想、猪股怜生ほか
・製作プロダクション:東北新社
 2024年/日本/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/108分/R15+
・公式X:@sayurimovie2024
・公式TikTok:@sayurimovie2024