レビュー

互いを大切に想う愛に満ちた傑作。年の差カップルの金字塔「ディア マイン」

【ディア マイン】
著者:高尾滋
連載:「花とゆめ」(白泉社 2000年~2001年)
既刊:全4巻(文庫版は全2巻)
ディア マイン 1 (白泉社文庫) 表紙[画像はAmazonより](C)高尾滋/白泉社

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 今年、2026年は漫画家・高尾滋氏のデビュー30周年にあたる。高尾氏は1996年、「不思議図書館」でデビュー。その後「人形芝居」「ディア マイン」「てるてる×少年」など、「花とゆめ」を中心に次々と作品を発表してきた。30年目となる今年は「曙橋三叉路白鳳喫茶室にて」と「まほうのおうち」が完結。また、山田南平氏、日高万里氏との合同企画「山田南平×日高万里×高尾滋 三人原画展 ~HAPPY Anniversary~」も開催されていた。

 筆者が最初に読んだ高尾氏の作品は、「人形芝居」(1996年〜不定期連載)だった。ドールと呼ばれる子型機械人形と人間の交流を描いたオムニバスのSFファンタジーヒューマンドラマで、そこに描かれたとても優しく切ない世界に惹かれた。

 そんな高尾氏が筆者の中で特別な漫画家となったきっかけが、2000年から連載された「ディア マイン」だった。「ディア マイン」は高校生の女の子と10歳の小学生男子という年の差カップルを題材とした、いわゆる「おねショタ」的な構図の作品だ。

 主役カップルのやりとりの可愛らしさと段々と心が近づいていく様子がとにかく愛おしい。周囲のキャラクターたちも微笑ましくて、読んでいてとても心が温かくなる。連載開始から26年経った今でも、一番好きな年の差恋愛ものは何か、おすすめしたい年下男子との恋愛作品を問われたら、迷わず「ディア マイン」と答える。本稿では、そんな作品の魅力を紹介していきたい。

咲十子を振り回す風茉の「スパダリ」っぷりが魅力的

 倉田咲十子(くらたさとこ)は、母と2人暮らしの高校生。8歳までは父が会社を経営していたために広いお屋敷におかかえコックがいるような裕福な暮らしを送っていた。しかし、会社が倒産し、ほどなくして父が亡くなったことで、以降は狭いアパートで暮らすことになる。

 それでも咲十子は、そんな境遇を悲観しない。コックがいないからこそ、自分が作ったご飯を母がおいしそうに食べてくれる。屋敷のように広くないからこそ、手を伸ばせば届く距離に、母がいてくれる。そして、いつも「幸せになろうね」と笑いながら語る母と一緒にいる日々を、「幸せになろうとがんばっていることはちっともつらくなかったの」と受け止めている。そんな慎ましやかで前向きな、優しい女の子だ。

母と暮らしている咲十子 1巻 10ページ(C)高尾滋/白泉社

 咲十子がある日学校から帰ると、アパートはもぬけの殻となっており、大家からは「母さんは引っ越した」と伝えられる。何もない部屋を見て呆然とする咲十子は、彼女を迎えに来たという青年に事情を聞かされる。

 咲十子の母は友人の借金の連帯保証人となっていたために、一億円の借金を背負ってしまった。絶望的な状況の倉田母娘を救ったのは、和久寺グループの総帥だった。借金を肩代わりした理由は、咲十子の母に想いを寄せていた和久寺家前総帥が、咲十子を現総帥の婚約者として決めていたためだ。

 そして、話を聞かされ混乱する咲十子の前に現れた現総帥・和久寺風茉(わくでらふうま)は、まだ10歳の少年だった。

 「ディア マイン」は、そんな1話から始まる風茉と咲十子の物語である。

咲十子の前に婚約者として現れた風茉 1巻 48ページ(C)高尾滋/白泉社

 年上の女性と男の子の恋愛ものは、年上側の包容力や優しさが魅力になることもあれば、年下側の強引さや大人びた振る舞いが読者を惹きつけることもある。「ディア マイン」の風茉は、まさに後者にあたる、今でいう“スパダリ”的な魅力を備えたキャラクターだ。

 一億円の借金など軽く肩代わりできる、日本でも五指に入る大企業・和久寺産業グループの総帥で、かつて咲十子が暮らしていた屋敷よりもの大きな豪邸に住み、何人もの使用人や付き人に囲まれている。グループの総帥として確実に業績を伸ばす経営手腕を持ち、咲十子の宿題である高校物理の問題も難なく解いてしまう大人顔負けの頭脳。そしてその環境から自然と出てくる俺様口調。そのどれもが、自然でカッコいいのだ。10歳なのに。

咲十子に上から口調の風茉1 1巻 61ページ(C)高尾滋/白泉社
咲十子に上から口調の風茉2 1巻 80ページ(C)高尾滋/白泉社

 もちろん、風茉の魅力は上から目線の俺様口調だけではない。行動もまたカッコいい。咲十子に襲い掛かる犬を撃退し、彼女が父親の形見の指輪を川に落とした時には、すかさず川に飛び込んで探そうとする。

 さらに、ずっと咲十子の料理が好きだと言っていた母が、屋敷に移ってからはそれを食べなくなったこと。咲十子の作った弁当を食べたいと言っていた片思いの相手が、結局その弁当を気にかけていなかったこと。そんな出来事に傷ついた咲十子の料理を、風茉は「全部俺が食ってやる」と言って食べ始める。その姿には、不覚にもときめいてしまう。

 そんなパーフェクトと言える立ち居振る舞いの風茉に、惹き込まれてしまう。

川に落ちた形見のために、ためらうことなく川に飛び込む風茉 1巻 30ページ 31ページ(C)高尾滋/白泉社
無駄になってしまった咲十子が作った弁当を食べる風茉 1巻 78ページ(C)高尾滋/白泉社

風茉の魅力を最大限に引き出す高尾氏の表現力が素晴らしい

 年上女性と年下男子の恋愛を描く作品では、完璧に見えた年下側のキャラクターが、少しずつ弱さや幼さを見せていく過程に惹かれることがある。大人びた振る舞いとのギャップ、そして年下であることへのコンプレックス。そうした要素が、相手への想いをより切実なものにしていく。「ディア マイン」でも、最初は完璧なスパダリとして読者を惹きつけた風茉が、咲十子への想いの中で余裕を失っていく。その姿がまた、たまらない。

 風茉は、母が庶民の出であったことから、母子ともに一族から疎まれ、蔑まれてきた。さらに、英才教育を受けてきたため、学校に行ったこともなく友人もいない。両親が不在のことが多かったために、高熱の時もひとりで耐えて過ごしてきた。そうしたこれまでの日々が明かされていくにつれ、咲十子は風茉のことが放っておけなくなっていく。

 同時に風茉の、体が小さい故に咲十子を危険から守れないことが多いもどかしさや、年下というだけで咲十子の友人に認めてもらえない苛立ち、そして男として見てもらえないのだろうという諦め。そういった感情が次々と描かれる。

足を痛めた咲十子を支えられず悔しさを滲ませる風茉 1巻 152ページ(C)高尾滋/白泉社
落ちてくる咲十子を受け止められず落ち込む風茉 1巻 319ページ(C)高尾滋/白泉社
咲十子の友人に反論する風茉 1巻 308ページ(C)高尾滋/白泉社
仕方ないと必死に自分に言い聞かせる風茉 1巻 209ページ(C)高尾滋/白泉社

 そんなコンプレックスを抱えながらも、まるで駄々をこねる子供のような激しさで、爆発的に想いがあふれ出す様子も見せる。

咲十子との婚約に反対する祖母に対し想いのたけをぶつける風茉 1巻 228ページ 229ページ(C)高尾滋/白泉社

 とにかく、「ディア マイン」の風茉はとてもいい。エピソードのひとつひとつも魅力的だが、何より高尾氏の描く風茉の表情の細かさが素晴らしい。台詞がなくても、1コマで風茉の中でどんな感情が沸き上がっているかが手に取るようにわかるのだ。咲十子の何気ない言葉、些細な動作のひとつで変わる風茉の顔は、序盤の大人びたシニカルなものとは正反対で、嬉しさや照れ、焦り、ショック、そんな感情があふれ出していく。

風茉 2巻 74ページ(C)高尾滋/白泉社
風茉 2巻 80ページ(C)高尾滋/白泉社
風茉 2巻 135ページ(C)高尾滋/白泉社

 高尾氏が描く風茉の表情こそが、「ディア マイン」の最大の魅力だと筆者は思う。

年の差恋愛の描き方が秀逸

 同時に、「ディア マイン」の核となっているのは咲十子の恋の自覚ではないかと思う。出会った当初は風茉に対して戸惑いしか抱いていなかった。少しずつ心を許し始めても、まだ恋愛対象としては見ておらず、その頃の彼女は、風茉の心を揺さぶるような言葉を無自覚に口にしていく。

まだ恋の自覚がない咲十子の言葉 1巻 140ページ(C)高尾滋/白泉社

 けれど、自分が風茉に恋してしまっていたと気付いた瞬間から、咲十子もまた、風茉と同じくらい余裕を失っていく。

風茉を好きになっていたと自覚した瞬間の咲十子 2巻 56ページ(C)高尾滋/白泉社
自分の気持ちを自覚した後の咲十子 2巻 95ページ(C)高尾滋/白泉社

 何か特別な出来事があって、一気に風茉に心を奪われたというわけではない。最初は風茉の境遇を知って幸せになってもらいたい、無理をしている風茉の力になりたいという保護者的な気持ちで接していたはずなのに、共に日々を過ごすうちに自分でも気が付かないまま風茉のことを好きになってしまっていた。その積み重ねがあるからこそ、このエピソードに至るまでの二人のやり取りに重みが生まれている。

 そして咲十子が自分の恋心を自覚した流れはとても自然で、風茉の想いが報われる瞬間には、思わず息をのみ、心の中で喝采を送ってしまう。二人の関係のターニングポイントとなるこのエピソードはぜひ、直接読んでもらいたい。

 また、「ディア マイン」には風茉と咲十子のほかにも、年の差に向き合う恋愛が描かれている。風茉と同い年の従姉妹・和久寺一美と咲十子の親友の高校生・大田晃子だ。二人とも大人の男性に恋しており、自分が相手に対して幼いことに悩み、足掻いている。

サラリーマンの恋人に子供扱いされたくないと願う晃子 1巻 284ページ(C)高尾滋/白泉社
風茉の付き人鋼十郎に恋している一美 2巻 232ページ(C)高尾滋/白泉社

 それぞれ恋愛事情は違うが、真剣に相手を想い、勇気をもって行動していく姿に変わりはない。なかでも一美の物語が迎える結末には、胸を打たれた。

ひとつひとつのエピソードが愛にあふれ、心が温かくなる物語

 物語は、両想いになったからめでたしめでたしでは終わらない。先代が決めた正式な婚約者とはいえ、庶民の咲十子は和久寺の一族からは蔑みの対象である。風茉もまた、庶民の母親を持ちながら、さらに庶民の嫁を迎えようとしている存在として、厳しい目を向けられる。そんな二人には数々の試練が訪れる。

一族のパーティーにて大人たちの会話を聞き疑問に思った少女の質問で自分がどのように見られているかを知った咲十子 2巻 148ページ149ページ(C)高尾滋/白泉社

 その中で懸命に咲十子を守ろうとする風茉と、大人しめな印象ではあるがしっかりと芯の強さを持っている咲十子の姿はとても微笑ましい

咲十子を守ろうとする風茉 2巻 121ページ(C)高尾滋/白泉社
咲十子を守れなかったと傷ついた風茉に語りかける咲十子 2巻 181ページ(C)高尾滋/白泉社

 「ディア マイン」は全編を通して、風茉と咲十子が互いを大切に思う気持ちと、そんな二人を見守る周囲のキャラクターたちの愛にあふれた作品だ。

 年の差カップルを描いた物語が好きな人には、ぜひ読んでもらいたい。年上女性と年下男子の恋愛ものではあるが、「おねショタ」ものとひとくくりにするには、咲十子と風茉の関係はあまりにも丁寧に、そして切実に描かれている。互いを大切に思う二人の姿と、それを見守る周囲のキャラクターたちの愛に、読後はきっと心を温められるはずだ。