レビュー

ロケマサの暴力に震えろ!「ドンケツ」レビュー

最凶ヤクザたちが集う北九州という特異点

【ドンケツ】
連載:ヤングキング、ヤングキングBULL(少年画報社)
著者:たーし

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 皆さんは「ドンケツ」というマンガをご存知だろうか?個人的にはいまあるマンガのなかでも、最も面白い作品だと思っている。

 舞台は、石を投げればヤクザに当たる街、北九州。ケタちがいにケンカの強い、生きる伝説・主人公ロケマサを筆頭に、他に類を見ない強キャラの男たちがしのぎを削る、まさに不良の見本市。勝ったヤツはエライ、負ければカスが、「ドンケツ」の世界観。でも、ときどきほろりとし人情噺までついてくる。作者であるたーし氏のリーダビリティの高い筆致とテクニックが詰め込まれた、全てのマンガ好きが読むべき、破格のマンガである。

 その「ドンケツ」がなんとDMM TVにて実写化するという。主演は伊藤英明さん。そのことを知った最初の言葉は「マジっか!」だった。あの主人公ロケマサを、あの大物俳優がやるというのである。大丈夫なんだろうか?伊藤英明さんはもっと俳優としてのイメージを大事にした方が良いのではないだろうか?なぜなら、ロケマサは、多分マンガ史に残るレベルで性格が最悪な主人公なのだから。

これをきっかけに最高に面白いマンガ、「ドンケツ」をいま読んで欲しい

 「ドンケツ」は北九州出身、在住のたーし氏による任侠マンガだ。たーし氏は2002年に「アーサーGARAGE」にて、マンガ家デビュー。2011年から雑誌ヤングキングにて「ドンケツ」を連載開始している。現在単行本は「ドンケツ」28巻、「ドンケツ第2章」13巻、「ドンケツ外伝」8巻まで刊行されている。主人公は先ほど述べたロケマサ、本名は沢田政寿。北九州を拠点とする月輪会の枝組織孤月組の組員だ。

「ドンケツ」
「ドンケツ第2章」
「ドンケツ外伝」

 「ロケマサ」というのは「ロケットランチャーのマサ」の略というなんとも物騒なあだ名で、これはロケットランチャーを対立組織の組事務所に打ち込んだという本当に物騒なエピソードに由来する。

 ロケマサは40代後半であるが、全く出世の芽はない。それもそのはず、性格は、ただただ傍若無人、上役の言うことも聞かず、身内も他人も迷惑しっぱなし。組内では厄介者扱い。シノギは恐喝一本という、ある意味スジの通ったヤクザライフを送っている。チンケなヒラ役、チンピラの“ドンケツ”ヤクザ、それがロケマサだ。

 そんな最低ヤクザであるロケマサだが、周囲の者にとって大変不幸なことに、圧倒的にケンカが強い。それのみでこの男は「ドンケツ」の主人公として、作中に君臨している。元相撲取りを秒殺。殴ると頬が裂ける。耳を引きちぎり、鼻を食い千切る。恐怖心を植え付けるために、半グレのキンタマを潰し始める。小学生で地区の中学校をしめる等々、作中で描かれるロケマサのケンカ強者ぶりは圧巻である。

 そして彼は、抗争となれば、他の誰にも真似の出来ない活躍をし、畏怖と尊敬を持ってヤクザ社会に確固たる位置を勝ち得るのである。作中でも語られる「強けりゃ強いほどエライ」という、一般社会からは全く逸脱したヤクザ社会の倫理観、価値観がこの作品とロケマサを支えている。

 ただまぁどんなに「強けりゃ強いほどエライ」と言っても、ものには限度がありますよね。ワガママも度を過ぎれば、いくら極端なヤクザ社会と言えども、許容しきれないはずである。でも、大丈夫。「ドンケツ」の舞台は修羅の国福岡のなかの、異修羅の国北九州なのだから。

トンケツのマンガとしての特異点、それは北九州

 この「ドンケツ」というマンガは徹頭徹尾北九州を中心に話が進む。まさにヤクザ総本山は北九州といった具合だ。

 「ドンケツ」にはロケマサ以外にも、様々なアクの強いヤクザマンたちが登場する。ロケマサの相方のチャカシン(いつもでもどんなときでもチャカを撃つ)、孤月組若頭のくの字の金田(額にくの字の傷があるけど、目が綺麗)、忠犬槙原(親分に忠実すぎて、頼まれてもいないのに、すぐ人を殺す。本当に忠犬なのか?)、岩木(顔が田中邦衛。「ドンケツ」の黄猿)などなど、道であったら目を逸らし、秒で逃げ出したくなる男たちが勢揃いである。そんな特級ヤクザの彼らが、存在するかもと思わせるリアリティを持った街、それが北九州なのである。

”すぐチャカを撃つ”チャカシン(右)
”孤月組の忠犬”槙原

 さて、筆者は地元が九州・宮崎なので、この北九州リアリティを割と身近に感じているのだが、思い浮かぶのが、あの破天荒な成人式くらいという方も多くいると思う。そこで北九州のこの空気感をかいつまんで、お伝えしたい。

 これは2024年のことなのだが、河川敷にロケットランチャーが落ちていた。お年寄りが見つけて届けたそうだが、仮に筆者が取得者だったとすれば、御礼をされても絶対に断りたい。10年以上前にも、北九州の友人から「ウチの家の近くで、ロケットランチャーが見つかったっちゃ」と言われたことがあるので、定期的に発見されるものなのだろう。「バイオハザード」でもなかなか手に入らないのに。ちなみに福岡県全体でも手榴弾はよく落ちてるらしく、福岡県警のHPでも注意を呼びかけている。見つけたら10万円程度の報奨金もあるそうです。

 北九州のバンドのライブを見に行ったら、最初のMCが「出所(で)てきました!」だった。おめでとうございますという気持ちになりました。これからはコンスタンスに活動して欲しい。ライブはすごくかっこ良かった。北九州の人とお酒を飲んでいたら、ビール瓶の正しい握り方、割り方、殴り方を教わったことがある。「キタキュウのケンカはビール瓶を掴んでからがスタート」だそうです。知らんがな。

 他にもいろいろとあるのだけど、ここでは書けないことも多いので、割愛する。まぁつまりは暴力への耐性が他の都道府県よりも高いのだ。そこには筑豊炭田の開発と石炭の積み出しという国策による歴史的な背景も存在しているのだろう。

 これはちょっとしたフォローなのだが、実際に出会った北九州の人たちには、それなりに乱暴だったり、ケンカっ早かったりするのだが、陰惨陰鬱な印象はあまりない。その代わりというか、その割にはというか、みんなカラッとした性格をしている。根明なのである。「ドンケツ」も暴力描写は分量多めだが、後を引く暗い重さはあまりない。そう言った風土的な気風は確かに作品に引き継がれているように思う。

 また排暴運動などの高まりもあり、近年では風通しの良い街として発展しているようである。その点は「ドンケツ」の内容ともシンクロしている。そんな北九州在住、現役の北九市民であるたーし氏だからこそ描けるヤクザマンガ、それが「ドンケツ」なのである。

北九州の愉快な面々

 さて、せっかくなので、ここで、そんなロケマサの愉快な仲間(?)たちを幾人かご紹介しておこう。「ドンケツ」世界の北九州渡世は月輪会という組織が単独支配しており、他の組織は排除されている。「ドンケツ」第1章は、この月輪会の内紛お家騒動が縦軸となってストーリーが展開していく。

 その騒乱の中心となる人物が月暈組組長・野江谷英一だ(ちなみに、月輪会の下部組織は全て月にちなんだ名前がついている。ロケマサが所属する孤月組や月光組、暁月組など)。作中きっての敵役で、暴力の世界でヤクザが最強であり続けるために、強くて激しいヤクザ像を体現し続ける。ヤクザ独特の倫理観、世界観を凝縮したような存在だ。第1章最終巻28巻で、ラスボスに相応しい見せ場が用意してある。最後の言葉は「ヤクザバンザイ」。普通に生活していたら、絶対に言わない。たーし先生の言語感覚には脱帽である。

月暈組組長・野江谷英一

 余談になるが、「ドンケツ」にはフックの強いパンチラインが多数登場する。「バケツいっぱい歳食っとるくせしやがって」、「誠意をみせろ、そして誠意は毎月見せ続けろ」、「修羅の土俵で物言いつけたかったら、地獄の鬼にでもなってこい」などなど、ヤクザ渡世が腕力だけではなく、悪い意味でのインテリジェンスが要求される世界であることを教えてくれる。特に外伝7巻からのロケマサの「あの頃のキンタマみたい顔しやがって」は最高のフロウだと思う。読んでから一週間くらいは頭から離れなかった。ロケマサがMCバトルに出場すれば、結構よいところまで行くのではないだろうか。

 朔組の組長・三船達也も紹介しておきたい。初出は14巻(第1章)からと割と遅めの登場なのだが、月輪会抗争において、ロケマサと孤月組の味方として印象に残る活躍を見せる。老境に差し掛かった渋みのあるルックスのヤクザだが、月輪会きってのイケイケ組長である。作戦会議中に「殺しといやぁ、オレやろが」と言い放つ。怖い。怖すぎる。

朔組組長・三船達也

 この人、「まじめに極道やっとりゃ、世間がおまんま食わしてくれらァ」という不思議な価値観の持ち主で、真面目な極道という存在がもうよくわからない。しかしまぁ、その通りに敵対組織の組員を、真面目にコンスタントに暗殺していく。多分、キルカウントだけで言えば作中No.1ではないだろうか。

 同じく暗殺業務をこなす若頭のトシ兄さん(通称恐怖のトシ。朔組の組員にだけはなりたくない)は、作中に人を殺した自責の念に苛まれる描写があるのだが、こちらの三船の組長は、付き合わせてしまった自組員に悪いなぁとは思っていても、殺害してしまった人たちにはほぼ無感動。次はヤクザになるなよと声かけして殺すくらいである。やはりこの人も一般社会とは異なるヤクザロジックを体現している一人である。

 ほかにも、月輪会のカリスマ宮本会長、ロケマサの盟友村松、敵となる十五夜組の麻生、小田切、半グレ集団を率いる杉田。更には北九州を飛び出し日本各地の猛者たちも登場する、大阪のケンカ太郎ゲンコ、東京の顔役速水、北陸の伝説柳田。特濃の生焼酎くらいのキャラクターこれでもかと登場する。個人的にはロケマサ配下のヨゴレ軍団がルックスも含め本当にヨゴレで、大好きだ。たーし氏の場末への観察眼にはいつも感心する。読む際はぜひ注目して欲しい。

華月組組長・村松
”喧嘩太郎”ことゲンコ
”北陸の番長”柳田
関東最強と名高い速水

実写化、そして新刊も!

 これ以外にもヤクザの普段の生活を描いた全然ほっこりしない日常系エピソードや、妙に癖になるギャグ展開など、その魅力を語り出すときりがない。一読してもらえば、ワイルドで強烈、ときにユーモラスな荒くれどもの世界の虜になるだろう。

DMM TVでの配信は4月25日からとなっている。それまでに刊行のマンガを読んで復習していて欲しい。本編、外伝合わせて49巻という結構な分量ではあるが、読み始めるとあっと言う間、面白さは折り紙つきだ。なお、新刊となる第2章14巻も3月25日に発売が予定されている。筆者も、また読み直して身体を「ドンケツ」に慣らしておこうと思う。伊藤英明さんの熱演、楽しみにしています!