レビュー

「Dr.STONE」レビュー

知識を得るということはこんなに快感を得られることなのか!と実感させてくれるマンガ

【Dr.STONE】

連載:週刊少年ジャンプ(2017年3月~2022年3月)

原作・稲垣理一郎氏、作画・Boichi氏

 原作・稲垣理一郎氏、作画・Boichi氏によって描かれたマンガ「Dr.STONE(ドクターストーン)」は、2017年3月から2022年3月の5年間、週刊少年ジャンプで連載されたSFサバイバル漫画である。

 文明が滅亡した世界で蘇った数人で生き延びいていくというストーリーの作品は、状況への絶望感、そこで生き抜いていく為に起こる人間関係の軋轢、そして陥る危険な事態へのスリル……などが楽しみのメインになるものも多いが、「Dr.STONE」は全く違う。「Dr.STONE」の魅力を一言で言えば、「ワクワク」なのだ。

 サバイバルをテーマにしながら、ひたすら前向きな「ワクワク」、「スゴい!」、「楽しい!」という感情を読者に与え続けたこの作品は、異質であると同時に何物にも代えがたいサバイバル漫画の最高峰のひとつと言えるだろう。

 本稿では本作の魅力についてご紹介していきたい。なお、「Dr.STONE」は1月9日から4期のアニメが放送中となっている。是非この機会に原作マンガも読んでみてはいかがだろうか?

【アニメ「Dr.STONE SCIENCE FUTURE」第4期最終シーズン《ティサーPV》】

主人公を交代させ、“ワクワク”を軸とした物語に

 「Dr.STONE」は、ある日突然地球が謎の光に包まれ全人類が石化し、3,700年後に石化から復活した高校生が文明を復興させていくという話であるが、その1話は、大木大樹という男子高校生を主人公としていた。

 大樹は小川杠という女子高生に恋しており、自分の思いを告白しようという決意を親友である科学部部長の石神千空に告げる所から始まった。そして杠に告白しようとしたまさにその時、光に包まれ石化し、3,700年後に復活し大樹より先に復活していた千空と共に狩猟・採取生活をしながら石化をとく「復活液」を作っていくという流れになっている。

 石化する前の数ページのやり取りで、千空は高校生らしからぬ科学の知識があること、千空と大樹の間には絶対的な信頼関係があること、そして大樹は杠のことを誠実に、一途に想っていることが示されていた。

千空・大樹・杠

 この1話の段階では、千空が「俺ら高校生のガキ二人でゼロから文明を作りだすんだよ」と語っており、知識の千空・力の大樹という役割分担で、2人のコンビを中心に文明のなくなった世界で生きていくといったストーリーを想定していたはずである。と同時に、1話の段階から次に石化がとかれる霊長類最強の男子高校生・獅子王司の石像と杠の石像も出てきていたことから、内容は文明が荒廃した世界で数人の現代人たちが恋愛模様も交えながら協力したり対立しながら生き抜いていくというものを想像する。

 しかし、そこからのストーリーは全く違うものとなった。理想の違いから千空と司は対立。最初主人公であった大樹は、杠と共に司に同行して以降出番がなくなる。一方千空はこの石化した世界にあった原始の村の少女・コハクと出会い、1人で原始の村へと向かい、そこで様々なものを作り、文明を作り上げる様子が物語のメインとなる。

 この方向転換は当時とても驚いたが、この方向転換により、「Dr.STONE」はSFサバイバルものとして唯一無二の存在となったといえるだろう。とにかく「ワクワク感」が凄いのだ。千空が次に何をやろうとしているのか?それはどんな仕組みなのか?どんな材料から何が出来上がるのか?それらが楽しみで堪らない。

 「Dr.STONE」の原作者である稲垣氏は、「アイシールド21」や、現在アニメ放送中でありビッグコミックスペリオールで連載中の「トリリオンゲーム」の原作者でもあるが、そちらも次に一体何をするのか?というワクワクが魅力の作品となっており、それが稲垣氏の真骨頂なのだろう。そして「Dr.STONE」でそのワクワク感を最大限に発揮する為には、千空のパートナーは大樹ではいけなかったのだ。千空と大樹の間には、信頼感があり過ぎた。

 実際別れる前の2人は、考える事は千空が、材料を集めたり何かを作ったりは大樹がという役割分担をしていたが、千空が何かを説明しようとしても、「聞いてもわからんからいい! 千空の言う通りにしていれば間違いない!」というようなやり取りに終始していた。これでは科学の魅力が伝わらない。魅力を引き出す為には読者と共に千空のやろうとしている事に興味津々でワクワクして、そして読者の代わりに千空にこれはどうなっているのかと聞いてくれて、そして読者と一緒にビックリする、そんなキャラクターでなければならなかった。

千空が生み出した電気に驚くクロム

 だから千空のそばにいるのは大樹ではなく、村に住んでいた科学に興味津々だけど現代科学の知識がないクロムやカセキ、現代人としての知識はあるけれど、今の石化した世界で自分たちが使っていた物がどうやって再現出来るのかわからない、石化がとけて千空の仲間になったゲンでなければならず、結果、千空を主人公として村の人々を科学の魅力に引きずり込んだ科学王国が舞台となったのだろう。

千空の科学の相棒クロム
現代人で仲間になったゲン

人望の鍵は徹底した適材適所

 上記の理由からこの作品は石神千空を中心とする科学王国のキャラクターたちの物語となったが、この千空というキャラクターの持つ魅力が作品の根幹を為している。千空が魅力的だからこそ、周りのキャラクターたちも読んでいる私たちも彼のやることに高揚感が止まらないのだ。

 そんな千空の魅力として真っ先に挙げられるのが、科学に対する圧倒的な知識量だ。滑車を作り、ラーメンを作り、発電機を作り、抗生物質を作り、眼鏡を作り、ストーブを作り……。様々なものを次々と作っていくワクワク感はこの作品の要であり、それを可能としているのは、それら全て仕組みと作り方を把握している千空の科学知識なのだ。この底知れずの知識に、仲間たちの尊敬と信頼を千空に寄せている。

 次はどんな困難にも屈しない精神力である。千空自身が幾度も科学はトライ&エラーの連続だと語っているように、1つのものを作る為に膨大な実験の繰り返しが行われている。最初に復活液を作る時も、漫画の中ではほんの数ページであるが実際には1年という時間が経過している。その間、毎日薬品の量や濃度、割合を変え、ひたすら石化がとけるかどうかという実験を繰り返し続けてきたのだ。自分の身に置き換えれば3日も耐えられない、想像するだけで気が遠くなりそうな行為である。

 その他の物を作る過程でも読者からはあっという間である為にそこまで実感はわかないであろうが、千空を見守るキャラクターたちは千空のこの地道な努力を目の当たりにしている。

 特にコハクの「信念のために一歩一歩、延々と楔を打ち続けられるような、そういう男に私は惹かれる」という言葉は、千空というキャラクターの本質を理解し、そしてそれがいかに求心力を持っているかを物語っている。

千空の努力をずっと見てきたコハク

 そして、徹底的な適材適所の精神もまた、皆が千空の元に集まり協力する要因となっている。千空が作った科学王国は「科学」の名こそついてはいるが、実際の科学担当は2人だけである。

科学班の千空とクロム

 他のキャラクターは各人の得手不得手により戦闘担当、力仕事担当、手芸担当、料理担当……と役割は分けられる。そして科学担当の千空の指示通りに皆が動くのであるが、千空はそこに上下関係を持ち込まない。自分の力だけでは何もなしえないことを千空はきちんと自覚しているのだ。だからこそ、自分には出来ないことをしてくれる者たちを決して下には見ない。頭と力、どっちも必要なんだと、いろんな奴がいる、イコール強さと言い切る千空の言葉は、力自慢のキャラクターの心を動かした。人は、自分が必要だと言われると嬉しいのだ。

 劇中には「お役に立つんだよ」という台詞が口癖のキャラクターもいるが、何もせずに誰かにお膳立てをしてもらい、守ってもらうだけの存在でいるより、あなたが必要だ、あなたがいてくれて助かった。そんなことを言われる存在になれることの方が嬉しいし安心するのだ。歯車とは悪い意味で使われがちであるが、「科学王国の為の歯車」のひとつになれることを、登場人物たちは間違いなく誇りに思っている。だからこそ、村にいた老人たちや子供たちも進んで千空が必要とする物を作る作業に取り組んでいく。

科学王国の仲間たち

皆の心に灯された科学の心

 そんな役割分担が徹底している科学王国であるが、科学担当の2人以外に科学の魂がないという訳ではない。千空が生み出した数々のワクワクにより、それは科学王国の皆の心にしっかりと根ざした。中でも特に印象に残っているのは、寒くて凍える村の人たちにストーブが作られた時であった。

 千空は、当初ストーブを作ることを目的としていた訳ではない。本来はケータイを作ることが目的で、その為にはプラスチックを作る必要があり、そしてそのプラスチックを作る工程のひとつに大量の石炭の燃えカスを作るというものがある。それを作る為に村の建物にストーブを設置した。ストーブはケータイという目的の為の副産物に過ぎないのであるが、これまで冬には凍死者が出ていたくらいの環境にあった村人たちにとって、暖を取れるストーブは夢のような代物だった。ストーブのもたらす暖かさに喜ぶ村人を見て村長であったコクヨウが、作っているのは全く無関係な物なのに村がどんどん豊かになっていくと、そしてそれが科学だと答えた千空に、「お前に村を託してよかった」と語る場面は心に響いた。

 ストーブが作られるより前にも、村の巫女であるルリの病気を治す為に抗生物質サルファ剤を作る過程で、サルファ剤を作る為に必要な重曹を作る材料のひとつとして炭酸水が作られた。この炭酸水を使い、ゲンが科学王国に寝返る為の条件として約束していたコーラを作ったりもしている。ひとつの何かを作る時、作る為に集めたり作ったりしたものがそれ以外でも様々な役に立ったりするのだ。

 サルファ剤、そしてストーブの作成を通じて最初は科学に懐疑的であったコクヨウから信頼を得た一連のエピソードは、村人全員に科学の素晴らしさを心に植えつけ心身ともに科学王国の一員とならせたもののひとつであるといえるだろう。だから科学班ではないキャラクターたちも、皆科学の素晴らしさを実感し語るようになっているし、千空のいない時や窮地に陥った時にも、自ら科学的な意識を持った行動を起こすようになっている。そしてそれが、千空を救うことに繋がったりもするのだ。

 科学王国の民だけではない。読んでいる私たち読者の心にも科学の種が蒔かれた。連載当時、「ねこじゃらしラーメン作ってみた!」、「コーラを作ってみた!」等の、千空が作り出したものを自分も作ってみたという報告がYouTubeを中心に色々なSNSでなされた。私自身も、千空が何かを作り出す度に感嘆し、これまでと世界のに溢れているものを見る目が変わっていった。特にフリーズドライのカップラーメンを作った時は、いつも大変お世話になっているものだけに作り方を知った時はほぉ……と見入ってしまったものだ。

【【【検証】Dr.STONE で実際に作ってた「コーラ」って作れるのか?【リアルマンガ再現】】】

 「Dr.STONE」はよく子供たちに読んで欲しい漫画のひとつとして挙げられる。子供の頃から科学はこんなにワクワクする楽しいものなのだということを伝えたい。そして科学に興味を持ってもらいたい。そんな思いから言われるのだろう。

 しかし私は、大人にもぜひ読んで欲しい作品だと思っている。大人の方が、より科学の文明の恩恵を受けており、身近に感じられるだろう。子供よりもなんとなくであっても科学の知識もあり、日頃自分が使っているものがどのような材料でどのような仕組みで作られているかの理解がより深くなるからだ。そしてこの、知識を得るということがどんなにワクワクすることなのかを体感して欲しい。

 「Dr.STONE」は2019年からアニメ化され、これまでに1期、2期、龍水、3期と放送されてきた。そして2025年1月9日からは最終章第1クールが始まっている。アニメと併せて、是非原作マンガも読んでみてほしい。