インタビュー
「日本人傭兵の危険でおかしい戦場暮らし」高部正樹氏&にしかわたく氏インタビュー
傭兵の”生”の暮らしを綴るコミックエッセイ、第4巻まもなく発売!
2026年2月25日 00:00
- 【日本人傭兵の危険でおかしい戦場暮らし 誰も語らない戦争の闇編】
- 2月26日 発売予定
- 価格:1,430円
「傭兵」という言葉を聞いた時、何を思い浮かべるだろうか。ゲーム作品では職業やクラスになっていたり、マンガ作品では「凄腕の」や「歴戦の」という称号とともに、キーキャラクターとして登場することも数多い。それは自らの腕一本を売り物に傭われて戦うつわもの、即ち傭兵にはなんとなくかっこいいものという印象があるからに違いない。
一方で、傭兵は契約や対価と引き換えに、自らを戦力として提供する、つまりは死と隣り合わせの職業であることも事実。国家が支える軍人などとは異なり、バックボーンが希薄であることから明日をも知れない側面が強いというのは容易に想像がつく。平和な日本で「傭兵になろう!」という人が少ないのも至極真っ当な話であり、それゆえに彼らの話を聞く機会というのは恐ろしく少ない。
そんな傭兵の生の体験がポップな絵柄でマンガ化された作品が竹書房から刊行されている「日本人傭兵の危険でおかしい戦場暮らし」である。本作は元・傭兵として、20年に渡りミャンマーやアフガニスタンを転戦した高部正樹氏の体験をにしかわたく氏がマンガとして描いた作品となり、戦闘や兵器の記憶はもとより、食事や衛生事情といった知られざる傭兵の”生活”そのものにもフォーカスしたエピソードがまとめられているのが特長だ。
本書は既に3巻が発売されており、2月26日には第4巻「日本人傭兵の危険でおかしい戦場暮らし 誰も語らない戦争の闇編」が発売予定。最新刊の発売を前に、本誌では高部氏とにしかわ氏にお話を伺う機会を得た。高部氏はそもそも何故傭兵を志したのか、命を賭して戦い続ける理由は、そして本作の鍵ともなる”傭兵の戦場暮らし”のリアルとは。そんなヘビーで日常生活からは縁遠いようにも思えるエピソードの数々をマンガ化するのにはどのような苦労があるのか。お二方にじっくりと話を聞いてきたので、その模様をご紹介する。
日本人傭兵・高部氏の体験とにしかわ氏の柔らかな絵柄が融合
――まず本作について、連載のお話が来た時にどう思われましたか?
高部氏:私は僕のことなんて日本人に受け入れてくれる人はあまりいないだろうし、マンガにしてもいいんですか?という感じでしたが、 とりあえず僕的には大丈夫ですとお答えしました。その後担当さんがにしかわさんを見つけてくださり、サンプルの絵を見せていただきました。てっきりゴリゴリの劇画タッチの怖い絵で描かれるのかと思っていたら、あんな感じの優しい絵だったんです。戦争というと「ゴルゴ13」のようなことを毎日やっていると思われがちですが、そうではないということもお伝えしたかったので、この方なら安心してお任せできると思いました。
にしかわ氏:マンガにも描きましたが、僕はどちらかというと”左寄り”の人間なんですね。だから、戦争がテーマで元傭兵の方のマンガを描くことに対して、大丈夫かなという不安や抵抗感は正直ありました。でも実際にお会いしてみたら、高部さんがすごく腰が低くて優しい方だったので、それで一安心しました。連載開始時はそんな感じでぬるっと始まりました。
――やはり、戦争のハードな部分よりもソフトな部分、生活に密接した部分を出したいという意図があったのでしょうか?
高部氏:そうですね。今まで何冊か本を書いてきましたが、どうしてもマニア向けというか、ハードな部分の描写が多くなっていました。ただ、戦場に行っていてもどちらかというと暇な日のほうが多いのに、日常の「生活」の部分についてはあまり触れてこなかったんです。他の人の本を読んでも戦闘以外に触れているものがあまりなかったので、そういった部分も含めて皆さんに知っていただけたらなという気持ちはありました。
――戦争が題材となれば兵器や武器がつきものですが、にしかわさんは元々ミリタリーな領域への造詣は深かったのでしょうか?
にしかわ氏:真逆ですね。全く知識もなく、未だにあまり知識がありません。なので、”ミリオタ”の読者さんにはストレスををかけてしまっていると思います。イライラしながら読んでるんじゃないかなと。そこは高部さんに教えてもらったりしながら、なんとかやっている感じです。
高部氏:いつもよく調べているなと思っていますよ。
――作画資料などはどのように集められているのですか?
にしかわ氏:高部さんが当時の写真資料を沢山持ってらっしゃるので、それを見せていただけるのが大きいです。あとはネットなどで調べています。かなりいい加減なところも多いと思いますが、そこは大目にみてもらうのが前提のマンガという感じです。
――ご自身の体験がマンガ化されたことについてどう感じていますか?
高部氏:毎回すごいなと思っています。僕が修正をお願いすることは、ちょっとした文言の違いくらいなものでほとんどありません。軍事関係のことが好きじゃないというのも本当かなと思うくらいに、にしかわさんは僕が話した以上に調べて描いてくださっていて、それがかなり正確なのでかえって私のほうが楽させてもらっている部分もあります。私の話のなかには絵にしにくい部分が沢山あると思うんですが、それを噛み砕いてわかりやすく表現してくれて、本当に凄いと思っています。
――高部さんのお話をマンガとしてまとめる中で、特に意識していることはありますか?
にしかわ氏:先ほどの生活を描くという話にも繋がりますが、戦場で暮らす傭兵の生活も自分たちと同じものなんだと伝えられるように意識しています。例えば「匂い」や「汚さ」といったものも、ちゃんと描き込みたいと考えながら描いていますね。
――原案があるからこその難しさや面白さはありますか?
にしかわ氏:高部さん自身が体験をマンガとは別に本や文章にしてらっしゃるので、ある意味お話として出来上がっているものが結構多いんです。それで楽をさせてもらっている面もありますが、それを一回解体して組み直すようなタイプのエピソードもあります。その時は少し大掛かりになりますが、マンガ家として面白いのはそちらのほうかなと思います。
傭兵になった理由、戦い続けた理由、そして死生観の変化
――高部さんは様々な経験をされてきた中で、その体験を本やマンガなどで発信しようと思ったきっかけは何かあったのでしょうか?
高部氏:僕と一緒にミャンマーで戦っていた日本人が出版社の編集者を紹介してくれて、「ちょっと書いてみないか」と言われたのがきっかけです。一番最初は並木書房さんというところで書かせていただいて、そこから本が続いていった感じです。自分としてはまさか本を出すなんて全く考えていませんでした。
――元々文章を書かれることはあったのですか?
高部氏:それまで書いたことはほとんどないですね。ただ、子供の頃から国語が得意で、本は年に50冊くらい読んでいたので、本そのものは好きでした。 書いてみたら担当してくれた方がすごく褒めてくださって、僕は褒めて伸ばしてもらうタイプですから、おだてられて段々書くことに慣れていきました。そこから取材や雑誌の連載などの仕事も入ってくるようになり、どんどん書く仕事が増えていった感じです。
――そもそも、なぜ傭兵になられたのでしょうか?
高部氏:子供の頃からずっと軍人になりたいと思っていました。小さいころに戦記物を読んでいるうちに、軍人というのは自分のためではなく、他の誰かのため、何かのために命をかけて戦っている。これこそ男の仕事だと思い、将来軍人になろうと決めました。どうせなるなら最前線に立つ兵隊になりたかったので、戦闘機のパイロットか歩兵になろうと思いました。それが多分小学校の3、4年生ぐらいのときだったと思います。それで戦闘機のパイロットを目指して航空自衛隊に入ったのですが、訓練中に体を悪くして飛行機に乗れなくなってしまったので、次は歩兵を目指しました。
――そこから20年近く傭兵として活動されてきた中で、お仕事のやりがいをどう捉えられていますか?
高部氏:子供の頃にこういうふうに生きたい、こういう自分になりたいという憧れがあって、その姿に自分は近づいている。目標に近づいている、夢に近づいているという意味でのやりがいはありました。私はお礼を言われるのが苦手で、どういう態度をしていいのかわからなくなってしまうので、なにか感謝されたりという意味でのやりがいはなかったかもしれません。
――傭兵という仕事に対する世間からの評価は、どのようなものだと感じられていますか。
高部氏:戦争に加担する僕たちのことを批判する人はこれまでたくさんいました。ただ、その人たちが言っていることもわかるんです。「戦争反対」「戦争をしてはいけない」という意見は理解できますし、戦争が無い世界がいいとは思います。でも、現実に戦争は起こってしまう。 反戦運動をしている人たちは例えば半年後、1年後、あるいは10年先に繋がる停戦条約や終戦といった未来のために活動していると思うんです。でも、現地には目の前に敵が迫り、脅威に晒されている人たちがいます。その人たちにとっては、明日の幸せよりも、今目の前を生きること、目の前の脅威から逃げ生き延びることが大切なんです。 反戦運動をする人たちのことは理解できるけれど、私はそういった目の前の脅威に晒されている人たちを守りたいと思いました。
――「自分の理想の姿」というお話があったかと思いますが、その姿に近づけている実感を得た瞬間や出来事などはありましたか?
高部氏:自分が戦場に立っていることそのものがあの頃憧れていた軍人になっているということだと思いますし、「瞬間」という意味ではさほど感じることはなかったかもしれません。一方で私が作戦に参加すれば、代わりに現地の人が部隊から外れることができる。もしそれで彼が停戦まで生き残って、自分の国の立て直しや復興を行なうことができるなら、それは現地のために役立っていると思えます。自分のためではなく他の誰かや何かのためという意味では、自分の目指しているものに近づいているのではないかと思ったことはあります。
――現地の人と自分が代わることで自分が死んでしまう可能性もありますが、理想のためにそれも厭わないということでしょうか。
高部氏:そうですね、それが嫌だったらわざわざ日本から現地まで行って戦ったりしません。進んで死にたいとは思いませんが、危険性があるのも十二分に理解しているし、実際に日本人の戦友でも死んでしまった人は何人もいます。自分もそうですし、戦友たちもそれを理解して戦場に立っていました。
――例えばいわゆる正規軍は国のために戦いますし、自分の国のために戦うというのはある意味わかりやすいロジックだと思います。一方、傭兵はそうではない立場で、死んでしまうリスクを背負って他の国のために戦い続けられる理由はどこにあるのでしょうか?
高部氏:説明するのが難しいですが、当時の僕達はあまり生きる死ぬってことはあまり大きなことだと捉えてなかった部分はあるかもしれません。私はミャンマーでカレン族の小さな女の子に、その子にとっては大事であっただろうビスケットをもらった時に、「この女の子のために死んでもいい、このために命を懸けられる」と本気で思いました。そんな感じで、大義みたいなものはいらないと思うんです。他の人にとっては些細なことでも、自分はこのために命を懸けられる。そういう心の拠り所は、戦う時にはそれぞれあるものだと思います。
――戦場という死が日常にある環境で、死生観に変化はありましたか?
高部氏:向こうへ行くまでは、人が死ぬのは特別なことだと思っていました。死体を見る機会なんてほとんどありませんし。でも向こうに行くと、一度戦闘が始まれば何十という死体が目の前に転がります。そういった状況で、徐々に死に対する特別感がなくなっていきました。人は簡単に死ぬし、なかなか死なないものだと自分自身ですごく思いましたね。 2巻のエピソードにもありますが、「狙った獲物に弾が当たらなかったから俺は大丈夫だ」と無理やり思い込もうとしていたこともあります。特に初期の頃はそういった心の拠り所がないと、戦場には立てないのだと思います。
傭兵として現地に残る人と、逃げ帰る人の差は「覚悟」
――定期的に日本に戻られていたそうですが、日本での暮らしと戦場のギャップについてはどうでしたか?
高部氏:年に1、2回日本に戻っていた時期もあったんですが、帰るたびに日本はすごくいいなと思うんですよ。ご飯は美味しいし、女の子はみんな綺麗に見えてくるし、もう本当にここは天国か、と思います。でも、1~2週間もすると徐々につまらなくなってくるというか、罪悪感が出てくるんです。私がこうしている間も現地の仲間は戦っていて、もしかしたら何人も死んでいるかもしれないのに、こんな所にいていいんだろうかと焦ってきます。 当時の僕らにとって、日本の生活は平和すぎて刺激がなく、退屈でした。向こうでは夜に光なんて絶対に使えませんから、日本で夜中でも明るいというのは平和の象徴で安心するのですが、ここは僕のいる場所じゃないとも思いました。
――すぐに国に帰ってしまう人と、現地に残り続ける人の違いは何だと思いますか?
高部氏:心構えの違いだと思います。「カレンのために」「現地のために」と立派な理由を掲げて来る人たちは、大抵すぐに消えていきました。彼らは心のどこかで感謝やお礼といった見返りを求めているんです。だから、自分が危険な目に遭ったり貧乏な生活を強いられたりすると、これだけやっているのに割に合わないと感じてしまう。 一方私たちのように残る人間は、現地のためにやると自分で決めたから戦いました。自分で決めたのだからそもそも見返りを求めておらず、不平不満が介在する余地はありません。要は覚悟の強さ。そこが彼らとの違いだと思います。逃げる奴は来た時点で大体わかりましたね。
――転戦の理由についてもお伺いしたいのですが、アフガニスタン、ミャンマー、旧ユーゴスラビアと戦場を移す際の決め手は何だったのでしょうか?
高部氏:最初に行ったアフガニスタンに関しては、イスラム教の国という環境にどうしても馴染めず、離れたいという思いがありました。 その後、東南アジアへの転戦を考えた際、知人からミャンマーのカレン族の方が共感しやすいと思うと勧められ、現地の状況や開戦の理由を自分で調べて行くことを決めました。 ミャンマーから旧ユーゴスラビアへ移ったのは、現地で一緒に戦った外国人義勇兵たちから「俺たちと一緒にクロアチアでやらないか」と誘われたことがきっかけです。
――募集先というか、行き先はどのように決めているのでしょうか?
高部氏:民間軍事会社などに所属している人たちは、会社が請け負った仕事の命令に従って行くため、行き先は限られてしまいますが、私たちのようなフリーの人間は、戦争や募集の情報に応じ、自分で行く場所を決めています。 仲間内の口コミやファックス、メールなどで情報を得て、納得した人が行くという形でした。
――最終的にその戦場に行くと決める決め手は何ですか?
高部氏:話が来た時点で状況や争う理由を自分なりに調べ、心情的に肩入れできるか、共感できるかによって決めています。現地に実際に行かないとわからない部分も多いので、カレンの時はとりあえず現地に行ってみて、実際に見てから参加を決めました。決め手は本当に共感できるかどうか、極端に言えばここで死んでもいいと思えるかどうかを考えていました。
――最後に、読者にメッセージをお願いします。
高部氏:これまで3巻出していただいてるんですけど、この作品は傭兵の戦いの裏の部分、生活や情けない部分もありますし、等身大の傭兵というのを見ていただければと思います。同じ人間がやってるんだよというのを知ってほしいなと思いますし、4巻もそういった部分がたくさん出てると思うので、是非お楽しみください。
にしかわ氏:何年も連載をやってきて、最初は嘘ばっかり描いていた銃の描写なども少しは上手くなったかなと思いますので、最初で離れてしまった方にも最近どのくらい描けるようになったかを見ていただければと思います。
(C)高部正樹・にしかわたく/竹書房


















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