特別企画
「進撃の巨人」15周年。読者の冒険心をくすぐる力を秘めた一作
作者・諫山創氏が始めた物語
2025年3月17日 00:00
- 【「進撃の巨人」1巻】
- 2010年3月17日 発売
講談社のマンガ雑誌「別冊少年マガジン」にて諫山創氏によって連載されていたダークファンタジーマンガ「進撃の巨人」第1巻が発売されてから、本日3月17日で15周年を迎える。本作の連載期間は2009年から2021年の約12年。連載中には小説化やアニメ化だけでなく、実写映画化、ゲーム化もされ、メディアミックス展開は多岐にわたる。また、完結後にもミュージカル化されており、今もなお本作の人気は衰えることを知らない。
序盤のあらすじと共に本作の魅力を掘り下げていきたい。なお、終盤のストーリーに関する内容も記載するためネタバレには注意してほしい。
ファンタジーとSFが殴り合う中のリアリティ
本作は、人類が「巨人」と呼ばれる謎の存在に脅かされ、三重の巨大な壁に囲まれた都市が物語の舞台となる。仮初めの平和が百年続き、壁の中で生きる者たちが巨人の恐怖を忘れかけた頃、一番外側の壁「ウォール・マリア」が体長50mを超える「超大型巨人」と強固な身体を持つ「鎧の巨人」によって突如として破壊される。
破壊された穴からは無数の巨人が押し入り、主人公エレン・イェーガーの目の前で母・カルラが巨人に捕食されてしまう。巨人に強い憎悪を抱いたエレンは、巨人を一匹残らず駆逐することを決意する。その2年後、幼馴染みのミカサ・アッカーマン、アルミン・アルレルトと共に第104期訓練兵団に入団する。
そうして入団した訓練兵団の全課程を三年かけて修了した。次の配属先は後日問われるとし、エレンたちはふたつ目の壁「ウォール・ローゼ」の上で固定砲の整備を行なっていた。そこに再び「超大型巨人」が現われる。そのとき、エレンが巨人化の能力を持っていると判明する。この能力はどうやら、エレンの父・グリシャに原因があるらしい。壁外に出て巨人と戦う「調査兵団」に配属されたエレンは、巨人化の理由を知るため、父が行けと指示した生家の地下室を仲間たちと共に目指す。
巨人たちとの戦い仲間たちの命が失われていくごとに、人類と巨人の関係や巨人の正体が着実に明らかになっていく。そんな中でどうにか地下室に辿り着いたエレンは、壁外に広がる世界の核心へと迫ろうとしていた。──壁外には、エレンたちの知らない世界・国があったのだった。
ここで、主人公のエレンが信じたいと思い、信じてもらいたいと願った仲間たちを一部だが紹介したい。
・ エレン・イェーガー
本作の主人公。第104期生。調査兵団所属。幼い頃は「壁の外の世界を知りたい」、「探検したい」という夢から調査兵団を目指していた。母の死をきっかけに、巨人を駆逐すると決意する。直情型で、幼い頃から非常に強い正義感を持ち、兵団に入ってからはここに使命感も追加される。死に急ぎ野郎と呼ばれることすらある。
・ ミカサ・アッカーマン
本作のヒロイン。エレンの幼馴染み。第104期生。調査兵団所属。優れた身体能力を持つ。幼い頃、家に押し入ってきた人攫いたちに両親を惨殺され、独りになったところをエレンの家族に迎え入れられる。その際にエレンからもらったマフラーを、大切に身につけている。この事件以来、エレンを守ることを使命とする。
・ アルミン・アルレルト
エレンとミカサの幼馴染み。第104期生。調査兵団所属。頭の良さから、教官には技巧職を勧められていた。祖父が隠し持っていた本から壁の外の知識を得て、外を探検したいと夢に見る。このときの本が、エレンが外の世界に憧れるきっかけとなる。
・ エルヴィン・スミス
調査兵団第13代団長。「長距離索敵陣形」を考案し、調査兵団の生存率を大幅に向上させた実績を持つ。幼い頃に死んだ父親の「100年前に壁の中へ逃げ込んだ人類は、王が統治しやすいように記憶を改竄されたのではないか」という荒唐無稽な仮説を、常に頭に置いている。
・ リヴァイ
調査兵団兵士長。兵長と呼ばれることが多い。「人類最強の兵士」と讃えられ、巨人化の能力を持つエレンを監視の名目で預かる。無愛想ではあるが仲間思いな面がある。また、戦いの最中であっても返り血を拭うほどの潔癖症。
・ ハンジ・ゾエ
調査兵団第四分隊長。優れた頭脳を持ち、エルヴィンの参謀を兼ねる。巨人に対して並々ならぬ実験欲を抱いているマッドサイエンティスト。巨人の体が軽いことに気付き、巨人の構造に疑問を持っている。巨人を生け捕りにした際は、巨人に近付きすぎて頭を囓られそうになる。部下からは生き急ぎすぎだと注意される。
本作のストーリーには、ファンタジーとリアリティが噛み合っている。どう考えても「巨人」はファンタジー的存在で、巨人と戦う主人公たちの身体能力もファンタジーの域だ。だが、そこに魔法はない。あくまで自分の体と頭脳だけで戦っている。そして、そこに必ず描かれる人間模様は真に迫るほどにリアルだ。だが、新しい国の人間たちが登場する物語後半にさしかかると、ファンタジー感が一度すっ飛ぶ。後に登場する国・マーレの文化が、現実の歴史上にあったものとよく似ていたためだ。
壁の外の国・マーレには同じ時代であるにも関わらず、写真機や自動車があり、飛行船すら実用化されている。工業化が進む街の中で巨人だけがやはり異様なのだが、彼らは巨人を利用している側だったのだ。マーレの在りようは、きっとSFに近い。だが、国同士の主張や衝突は、やはり現実を思い起こすほどにリアルだ。
ファンタジーとSFを戦いという形でリアルに感じさせてくれる本作は、本当にすごい作品である。
複数人分の背景を平行して読み解く、歴史書的な物語
「進撃の巨人」には回想シーンが多い。このため、時系列を意識して読まなければならないという特徴がある。この大前提を忘れると、話によっては混乱してしまう。だが、これを「難点」ではなく「特徴」と言うのは、回想シーンを描かれることで登場人物たちそれぞれが抱えるバックボーンが判明するためだ。
本作では巨人を倒すという共通の使命に向かう登場人物たちの意志の強さや葛藤が、克明に描写されている。感情の強弱や、温度差まではっきりと描き分けられた登場人物たちの姿は、まるで歴史書で描かれる偉人たちのような生き様を教えてくれるのだ。
しかも、平行した時間軸の中で物語が進むため、「このひとのときはどうだったかな」とついつい確認もしたくなる。そんなふうに、進んで戻るを繰り返しているうちに、読み手である自分が登場人物たちと並んで隠された真実を解き明かしている気分にもなるのだから面白い。この感覚は、他ではちょっとお目にかかれないだろう。
読者に考察を促す体験型マンガ
筆者が思う本作の魅力は、なんと言っても緻密なストーリーの中に違和感がちりばめられている点だ。
たとえば、第1巻1話のエレンの父・グリシャの目線。エレン、と呼びかけるグリシャだが、その視線はエレンに向けられていない。1話のタイトルが「二千年後の君へ」であることも気になる。話の内容に「二千年」を示唆するようなものはどこにもないのに、と。
そして、読み進めるうちにその違和感には理由があるのだと発覚する。グリシャがエレンを見ていなかったのは、真に話しかけた相手が1話に存在する幼いエレンではなく、もうひとりのエレンに向けられていたため。グリシャの視線の先には、グリシャにしか見ることのできない、成長したエレンがいたということが読み進めることで判明する。
タイトルの「二千年後の君へ」も、第30巻122話のタイトル「二千年前の君から」を見れば、それだけで「1話と122話には関係性があるらしい」とピンとくる。しかも、122話は内容も二千年に生きた始祖ユミルの話。どうやら、奴隷であった始祖ユミルが自由を求めて「二千年前」から呼びかけ、「二千年後」に生きていたエレン、もしくはミカサがそれに応えた、という繋がりが見えてくる。ただ、こちらはあくまで考察の域を抜け出せない。この部分には、作中で明確な答えが出ていないのだ。だからこそ、多くの読者たちが各々の考察を持ち寄って話し合う姿をそこかしこにある。
違和感の与え方や、考察の余地がある開かれたままの結末。筆者は本作を、体験することを目的としたマンガのように思うのだ。
余談になるが、手軽に考察体験をしたくなったときは、本作における文字の解読がオススメしたい。本作にはカタカナをひっくり返した文字がそこかしこに登場する。文字は巨人の謎とあまり関係ない部分ではあるが、単行本カバー下のイラストに書かれた文字などは「解読してみるか!」と思うに十分な代物だ。ぜひ、本作を読み解く楽しさを体験してほしい。
原作かアニメ版か、自分の適性で選べる贅沢
まだ本作を知らない方に向けての内容になるが、原作とアニメ版、どちらで見るか悩んでいる場合は、「どちらが面白いか」よりも「どちらが自分に向いているか」で選んだ方がいい。なにせ、どちらもしっかり面白く、どちらを選んでも損はない。加えてマンガもアニメも完結している。ただ、どちらが向いているか、というのはあると思う。
何も考えずに本作を知りたい方には、時系列がある程度整えられたアニメ版がオススメだ。本作は前述した通り、回想シーンが多いという特徴がある。序盤(第4巻辺り)は特に多く、混乱なく楽しみたいのであればアニメ版の方が適している。また、台詞も遠回しな表現を簡潔になり、特に最終回は言い回しがアニメ版の方が理解しやすく感じる。
また、「本作に興味あるが、巨人が怖すぎて……」という方にもアニメを勧めたい。巨人の行動や描写そのものはそれほど変わらないため、あくまで気休め程度だが、アニメは巨人の人類捕食シーンのグロテスクさや怖さが抑えられ、巨人の顔つきもやや優しいのだ。
一方でマンガ版は前述したように考察しがいのある内容が満載で、登場人物や謎を自身でしっかりと掘り下げたいのなら原作。わかりやすさ重視であるならアニメ。筆者的には、アニメを先に見て原作を読むのもアリだと提案したい。
戸棚の隙間から選択した世界の景色を知る
筆者は、本作に冒険心をくすぐる力が宿っていると信じている。「面白い」や「続きが気になる」といったものとはまた別の、人が本来持っている「外」に対する興味を刺激する。それはきっと、海を知らない少年が海への夢を抑えきれない感覚によく似ている。未知なるものへの引力が、続きを読めと惹きつけるのだ。
つい戸棚の隙間から見ているような世界だけでは物足りず、やがて登場人物たちと同じ目線で、本作の謎や伏線の答えを積極的に見つけ出そうとしてしまう。「時系列の意識は必須」と伝えたが、筆者は伏線が回収される度に該当箇所の確認作業や読み直しを繰り返し、既に頭の中で時系列がある程度整っていた。そうして読み解いた「進撃の巨人」は、今もなお、読み返した分だけの深い色で心に住み着いたままでいてくれるのだ。未読の方の冒険心を、いつでもくすぐれるように。
(C) 諫山創・講談社