特別企画

相撲という世界を存分に活かしきった少年漫画『火ノ丸相撲』

川田氏は絶対に未熟者なんかじゃない、デビュー作の凄さを語りたい!

 2024年2月、ひとつの漫画の連載が終了した。週刊少年ジャンプに連載されていた『アスミカケル』である。最終回が載った号、残念だと思いながらジャンプの最終ページ、アスミカケルの作者・川田(これが彼のフルネームである)氏の巻末コメントに驚かされた。

「未熟者!だからお前は売れんのだ川田!」

 この自虐的なコメントを読んで、私は胸が締め付けられ、居ても立っても居られなくなった。なぜなら私自身が、彼の漫画に夢中になり、毎週月曜日を待ちきれない思いで過ごした日々があったからだ。

 川田氏は絶対に未熟者なんかではない。しっかりとした画力を元に、魅力あるキャラクターと熱いストーリーを漫画に込められる素晴らしい漫画家である。そんな川田氏の魅力を、彼の初連載であり、代表作でもある『火ノ丸相撲』の中で見た、漫画の題材の活かし方、読者の目を惹く画力、キャラクターの心理描写の細かさで語っていきたいと思う。

どんな逆境にあっても諦めない情熱を持つ主人公・火ノ丸

 2014年、週刊少年ジャンプでひとつのスポーツ漫画が始まった。

 気の弱い部員が一人きり。部室は不良たちのたまり場になり活動は出来ない。そんな時、強い新入生がやってきて不良たちを一掃し部を立て直して全国を目指していく。……学校の部活動が舞台の漫画でよくある展開である。ここから読者の共感を呼び、人気になっていく王道漫画になれるか、残念ながらありきたりの物語となってしまうのかが別れるのであるが、連載が始まった時、この漫画が人気を得るのは厳しいだろうと思っていた。

 題材が「相撲」であったからだ。日本古来の国民的スポーツであることは確かだが、相撲部がある学校は少なく、ジャンプのターゲット層である少年たちの身近なスポーツとは言えない。これまでジャンプで人気になり、競技人口が増えたのは部活やスポーツチームがありやろうと思えばすぐに出来たものがほとんどであった。

 しかし、相撲はその点で厳しいものがある。更に世の少年たちからみたら、相撲は決してカッコいいと思われる競技ではない。まわし姿で裸でぶつかり合うし、太っている人が大半だ。現に作中で相撲を始めたキャラクターたちに妹やファンだった女の子たちからかけられた言葉は、なんでよりにもよって相撲なんか、ダサい、カッコ悪い、やめてといった言葉だった。これは若い世代が相撲に感じる、一般的な意見だろう。だから、この漫画が読者に受け入れられ、連載を続けられる可能性は低いだろう。そう思った。

主人公・潮 火ノ丸。彼は身長が足りないという相撲において致命的な弱点を持つが、横綱になることを決して諦めない。記事の画像は公式のXから使用している

 だが結果として、相撲であるがゆえに「火ノ丸相撲」はより読者を惹きつける結果となった。そのひとつが、主人公・火ノ丸に訪れる試練と、それを乗り越えていこうとする火ノ丸の相撲に対する思いの熱さがよりわかるということである。

 火ノ丸は、小学生の頃は国宝「鬼丸国綱」と呼ばれるほど強く、小学生相撲二冠王であったが中学に入り身長152cmから背が伸びず、体格差により全く勝てなくなり中学相撲界から姿を消し、一人でひたすら稽古を積んでいたという過去を持つ。背が低い。これは様々なスポーツにおいて不利になることが多い。特に不利になりがちなバレーボールやバスケットボールで、身長に悩む主人公がそれでも頑張り小柄な選手でも出来る方法を模索し、活躍していくという漫画はいくつもある。そして実際それらのスポーツには高身長でなくても出来る役割はあるのだ。

 しかし相撲においてはそんなことはなく、純粋に体格差が有利不利に繋がるスポーツだ。そして体格差により有利不利が明確にあるからこそ、決められたルールがある。大相撲に入る為には「身長167cm以上なければならない」、というものだ。

 それは他の格闘技と違い無差別級しか存在しない相撲において、力士を危険な目に合わせない為の当然の措置だけれど、身長が152cmしかない火ノ丸にとってこのルールは絶望的なものになる。他のスポーツで他の選手の「そんな身長でプロになれるわけないだろ」という台詞はただの悪口になるが、大相撲の横綱を目指す火ノ丸にかけられるそれは当然の言葉に他ならない。

 そんな相撲というスポーツだからこそ、叶う可能性がほぼない絶望的な状態でっても三年間、横綱になる為に一人で懸命に己の体を鍛え続けてきた火ノ丸の相撲に対する揺るぎない情熱と信念が際立つち、読者に好感を持たせる。

 私がその火ノ丸の情熱に圧倒されたのは、2話で川田氏が描き出した火ノ丸の四股の美しさである。新入生の主人公・火ノ丸が相撲部を占拠していた不良・佑真と共に手違いで石神高校を訪れてしまい、そこで火ノ丸を軽く見る石神高校の相撲部員たちと四股300回をすることになったというものだが、そのシーンが素晴らしかった。

 土俵に入る時に行われる、片足を上げ地に下ろすことを交互にする行為は四股と言われる相撲の基本の動作だ。そして火ノ丸と佑真に対し、とても300回など出来ないだろうと高をくくっていた石神高校の部員たちは、250回、1時間を超えて尚、高々と足を上げ続ける火ノ丸の姿に驚くこととなった。

鍛え上げられた火ノ丸の四股に驚嘆する他校の生徒たち。この絵に筆者は魅了されたのだ

 この火ノ丸の四股の美しさに、私は一気に惹かれた。高々と上げられた一直線に伸びた足と、直角に曲げられた踵。

 これは紛れもない火ノ丸の三年間の努力の象徴であった。こんな四股が1時間も続けられるとは、一体どれだけの鍛錬を積んできたというのか。そう思ったら、私は2話にしてすでに、主人公の火ノ丸に好感を持って応援したくなってしまった。

部員たちの心情を見事に描いたインターハイ

 また、川田氏はキャラクターの心情を描くことも見事である。5巻36話の部員たちを強くする為に火ノ丸の幼馴染・桐仁が大太刀高校相撲部にやってきた時、桐仁が相撲も出来るとわかった時にみせた初心者であり最弱であった部員・蛍の一瞬の表情は、それだけで蛍にどんな感情が沸き起こったかが手に取るようにわかるものだった。

 台詞や説明がなくても、ほんのちょっとした目つき、唇、眉でキャラクターの心を読者に伝えてくる。そんな川田氏が『火ノ丸相撲』全28巻のうち、11巻から18巻にわたって描いた高校生編のクライマックスであるインターハイでのキャラクターたちの心理描写がまた最高であった。

 元々の心理描写の妙と相撲という題材が合わさり、インターハイのもつ緊迫感が他のスポーツと全く違うものになった。

 先述した通り、火ノ丸の身長は152cmだが、大相撲に入る為には身長167cm以上なければならない。過去に、身長が4cm足りなかった舞の海関が手術で頭部にシリコンを入れ新弟子検査の身長制限をクリアしたことがあったが、火ノ丸の15cmも足りない身長ではそれすら不可能である。つまり、火ノ丸は通常の手段では関取になることは出来ない。

 しかし、一つだけ方法がある。それは、「付け出し制度」である。

 付け出し制度とは、学生・アマチュア時代に優秀な成績を収めた力士の地位を優遇する制度であり、高校生の火ノ丸ではインターハイで優勝し、全日本選手権出場の資格を得て更に優秀な成績を収めれば新弟子検査の条件を満たしていなくても念願の角界入りが出来るのだ。(注・新弟子検査の体格基準、付け出し制度基準共に現在は緩和されている)

 火ノ丸が唯一プロの関取になれる可能性がこの「付け出し制度」であり、この制度をインターハイのストーリーに組み込んだことにより、火ノ丸たち大太刀高校相撲部員たちのプレッシャーはこの上ないものになったのだ。

火ノ丸の元に集まった部員たち。51話「仲間」表紙

 廃部寸前だった大太刀高校相撲部の面々は、みんな火ノ丸に惹かれて集まり、練習してきた者たちである。そんな火ノ丸を大切に思う部員たちにとって、インターハイに優勝しなければ火ノ丸の悲願が潰えてしまうという状況。自分たちの肩に仲間の人生が乗っているという事実。しかも相撲は個人競技。団体戦と言っても、勝敗が誰によってもたらされるのか明白になってしまう。そんな中で戦う部員たちにかかる重圧は計り知れない。主力選手は自分は絶対に負けてはならないという覚悟を、相撲を始めたばかりの選手はせめて一勝だけでもという切望を持って土俵に上がる。

 そんな部員たちの心の葛藤を一試合一試合丁寧に描くことで、他のスポーツでは味わえない緊張感を生み出している。

11巻表紙・インターハイで日本一を目指す火ノ丸たち

 そして読者は、火ノ丸の為に戦う部員たちの熱さに惹き込まれ共感し、次はどんな取り組みになるのか、一体どうやって勝ち上がるのかと手に汗握り、ハラハラしながら見守っていく。私自身も、白熱する試合ひとつひとつに一喜一憂し、毎週月曜日を待ちきれない思いで迎えていた。

読書の心を沸き立たせる必殺技と二つ名

 火ノ丸の鍛錬の象徴ともいえる四股も、キャラクターたちの心理描写も川田氏の圧倒的な画力の賜物であるといえる。

 この川田氏の画力の威力が一番発揮されるのはやはり土俵上の取り組みである。川田氏が描く力士たちは、ソップ型(やせ型)の力士だけでなく、あんこ型(丸々と太っている)の力士までカッコいい。日常では丸いぜい肉に包まれた身体も、土俵に上がった時にはぜい肉の下から浮き出る筋肉の様子がしっかりと描かれ、どの取り組みも迫力に満ちた見ごたえのあるものになっている。これもまた、服を着ていない相撲だから出来る魅せ方である。

 そしてやはり川田氏の画力が最大に活きて、更に少年漫画で心掻き立てるものといえば、必殺技だろう。週刊少年ジャンプでも、古くは『リングにかけろ』から『キャプテン翼』『アイシールド21』『テニスの王子様』等、思わず技名を叫びながら真似したくなってしまうような必殺技が出てくるスポーツ漫画がいくつもあった。ひとつひとつはそのスポーツにおける一般的な名称があるのだろうが、やはりキャラクター固有の技名がついていると盛り上がる。

 そして相撲もまた、豪快な決まり手が多い競技なので、キャラクターの持ち味に合わせた固有のカッコいい技名がつけられると、まさに必殺技!となる。
 しかも背景にその技に相応しい炎や龍、髑髏に鬼に牛車に華が迫力いっぱいに描かれていたらもう堪らない。

 主人公・火ノ丸の「鬼車」、「鬼嵐」、「百鬼薙ぎ」、「無刀一輪」、「鬼炎轟進」。ライバルたちの「上弦之月・朧」、「月歩」、「花天月地」、「大蛇断」、「身神槌」「六ツ胴斬」、「万雷」、「龍尾刈り」。他にも様々な技があるが、どれも決まった瞬間「おぉっ!」と叫びたくなる迫力とカッコよさだ。

筆者一押しの久世草介。火ノ丸最大のライバルであり、横綱の息子だ。「草薙剣」の2つ名を持つ

 更にこの『火ノ丸相撲』は、実力ある選手には国宝の刀剣の二つ名がつけられている。

 主人公・火ノ丸は「鬼丸国綱」、ライバル・沙田美月には「三日月宗近」、横綱の息子・久世草介は「草薙剣」、二年連続高校横綱の天王寺獅童は「童子切安綱」、身長2mを超す日景典馬は「大典太光世」と呼ばれるようになるのだが、これがまた心をくすぐられるのだ。和風の競技に相応しい技名も刀剣の名も、他のスポーツ漫画の技名と違い独自の雰囲気を持ち合わせていて、これも読者を惹きつけた理由のひとつに違いない。


『火ノ丸相撲』が連載されていた五年間、本当に熱い日々を送らせてもらった。火ノ丸だけではなく、他の部員たちも大好きで、ライバルたちもみんな魅力的で、なにより横綱・刃皇のあまりにインパクトのある個性は今でも笑ってしまう。

 相撲という題材をここまで見事に少年漫画に合うように活かし、熱く、そして魅力的な漫画を生み出した川田氏。そんな川田氏が、『火ノ丸相撲』以上の熱量のある漫画を引っ提げてジャンプで再び活躍する日がくることを信じている。