特別企画

『暗殺教室』、『ネウロ』の松井優征先生がデビュー20周年! 最高のラストを作り出す演出とは?

 2024年になった今年、デビュー20周年を迎えたマンガ家のひとりに、松井優征先生がいる。週刊少年ジャンプでデビュー作『魔人探偵脳噛ネウロ』が連載になり、その後も週刊少年ジャンプで『暗殺教室』、『逃げ上手の若君』と人気の連載作品を生み出している。

 ミステリーの、ドロドロした人間関係が好きな私は、『ネウロ』の連載開始時から松井先生の生み出す世界に惹かれていた。そして次の連載作品『暗殺教室』での人の成長や可能性の描き方には共感しっぱなしであった。殺せんせーの台詞の数々に、そうだよね!と頷きまくり、生徒たちと一緒に怒ったり泣いたり、そして怒られている生徒と同じことをした自分を重ね合わせて反省したり。作中の生徒たちだけではなく、読者も一緒に成長していける。そんな作品であった。

 その中でも特に私が驚いたのが、両作品の「終わり方」に対する松井先生の姿勢だ。

 『ネウロ』も『暗殺教室』も、内容の素晴らしさだけではなく、その終わらせ方に強く松井先生の想いが込められ、工夫が凝らされているのだ。作品を最高に仕上げ、読者に一番感動出来る状態で届ける為の綿密に計算された構成と演出。それは自分が読んできたマンガの中でもとびきりの、衝撃的な体験で、この衝撃を受けてから私はずっと松井先生を尊敬し続けているのである。

 そんな松井先生の演出力とはどのようなものなのか、語っていきたいと思う。

松井先生の最新作『逃げ上手の若君』公式Xの画像。実写映画「暗殺教室」の撮影現場での松井先生

多くを語られないからこそとめどなく押し寄せてくる回想の数々

 松井先生の作品は悲しかったり切なかったり嬉しかったりと、様々な感情を引き起こす。その中で私が一番感動し、胸が熱くなったのは彼の二作目『暗殺教室』の最終話直前である177話「卒業の時間」。殺(ころ)せんせーによる最後の点呼シーンである。

『暗殺教室』は2012年より週刊少年ジャンプで連載されていた漫画、全21巻のコミックスが発売されている。椚ヶ丘中学校3年E組は生徒全員が先生の命を狙う暗殺教室。教師と生徒、標的と暗殺者の異常な日常が始まる――!

アニメ公式ページでの殺せんせー。強大な力を持つ謎の生物だ

 横たわる殺せんせーの大きな身体と何本もの触手に、生徒一人一人が触れていく。そして、殺せんせーが最後の出欠確認をする。最後に、先生の目を見て一人一人大きな声で返事をして下さいといい、生徒の名前を一人ずつ呼び始める。

 殺せんせーが最初の生徒の名前を呼んだ所から、それまで白かったコマの外が灰に塗りつぶされる。それはまるで回想シーンがくるかのようである。しかし実際に描かれているのは殺せんせーの独白と一人一人に割り当てられた様々な形のコマの中に生徒たちの出席番号と名前、そして殺せんせーに呼ばれ、返事をする生徒たちの顔があるだけ。

『暗殺教室』最終巻の21巻。ここに177話は収録されている

 殺せんせーに呼ばれた生徒が、ある者は泣きじゃくりながら、ある者は唇を噛みしめながら、ある者は真剣な面持ちで、それぞれの表情で殺せんせーの点呼に答えていくだけである。

 それが38人分、5ページにわたり、淡々と綴られていく。

 この5ページに、私はどうしようもなく惹き込まれた。暗殺教室は生徒みんなにスポットを当て、全員どんな個性があるか、能力があるかが描かれていた。その中の一部を取り出して回想を入れれば、ここはきっととても盛り上がる場面になっただろう。しかし敢えてそうせず、どの回想も入れずに情報を最小限にすることでこれまでのすべての出来事に光が当たるようになる。こんな松井先生の表現方法に、私は心を打たれた。

 この表現だからこそ、この静寂ささえ感じる空間が、これまでこの物語を読んできた者にそれぞれの生徒たちのこれまでのエピソードを思い出させるのだ。こんな数ページには到底収まらない、生徒たちと殺せんせーが培ってきた一年分の記憶。それらが次々とよみがえり、自然と涙が溢れたのだ。

 『暗殺教室』は、丸いフォルムに何本もの触手を持ち、マッハ20の速度で移動し普通の人間用の武器は全く通じないという奇異な生命体である「殺せんせー」が、来年3月に地球を滅ぼす計画を立てるが、本人がその間、椚ヶ丘中学校の成績・素行不良者を集めた3年E組の担任として在籍したいと言ったが為に、3年E組の生徒たちは3月までに担任である殺せんせーを成功報酬100億円と引き換えに暗殺しなければならなくなったという物語である。

 なんとも荒唐無稽な概要の作品であるが、コミックが2023年10月時点で累計発行部数は2700万部を売り上げ、スピンオフ作品や計4クールのアニメ化、実写映画化、ゲーム化と、様々な媒体でメディア展開された、松井先生を代表する作品だ。

 この作品がなぜこんなに人気が出たのか。それは松井先生の計算された構成力にある。前述のシーンも、主要な生徒を大コマで、目立った場面を背景にすれば躍動感ある盛り上がった点呼になっただろう。けれどそうはしなかったことで、殺せんせーが全員平等に愛していることも伝わってくる。

 松井先生の構成力が素晴らしいと思うのは、ここだけではない。この殺せんせーから卒業するシーンから、学校の卒業式、そして生徒たちそれぞれの旅立ちへと繋がっていく最終回までが、ジャンプ本誌に載ったのが実際に卒業シーズンが始まろうという季節であったということだ。中学生・高校生の読者にとって、これ以上の演出効果はなかっただろう。

 またそれ以外にも、完璧な終わらせ方への意識もすごい。まだ最終回を迎えていない漫画をアニメや映画にする場合、途中からオリジナル展開になり原作とは違う終わり方になるか、まだ物語は続くのだという余韻を残し途中までのものになることが多い。

 もし原作の漫画と同じラストを迎える場合、メディアが原作より早く世に出てしまっては原作の最終回が台無しになってしまい、読者に多大な不満を与えてしまう。それは同じ週刊少年ジャンプ連載の『ぼくたちは勉強ができない』のアニメ最終回直後に寄せられたファンたちの反応に現れている。

 『ぼくたちは勉強ができない』では、漫画の最終回前にアニメの最終回があり、そこで主人公の選択が先に描かれてしまい、ファンたちから多くの不満の声が上がってしまったというものだ。その後、原作の方はすべてのファンに満足がいく終わらせ方をしてくれたのだが、しかしやはりアニメの最終回では私もかなりのショックを受けた。同時に、メディア化した時の終わり方の難しさを痛感した。

 だからといって原作の漫画が終わってから時間が経ってのメディア化は、精神的に落ち着いてしまっている状態での視聴になるのでまっさらな状態で見た時と同等の感動というのは得づらくなるというところがあるのも正直なところだ。

 そんな難しいタイミングの問題を、松井先生はアニメ、映画が展開している中で、原作も含めて3つのメディアで同時にラストを描くという離れ業を『暗殺教室』で実現させたのだ。

 松井先生は「結末を新鮮な状態で観ていただきたかった」という想いから、「全てのメディアで同時に終わらせたいと思った」と語っている。アニメ・映画の制作陣に事前に最終回までのシナリオを渡し、週刊少年ジャンプ本誌の最終回とアニメの最終回、そして映画の封切りを同じ週に同じ終わり方で迎えさせたという。凄まじいまでのラストシーンへのこだわりだ。

劇場映画2作目となる『暗殺教室』卒業編は、漫画連載とほぼ同時期の2016年3月25日に封切られ、マンガと同じラストを描いた

「魔人探偵脳噛ネウロ」で魅せた終わらせ方

 そしてこのこだわりはデビュー作である『前作『魔人探偵脳噛ネウロ』でも貫かれている。インパクトのある大胆な構図や伏線で「HAL編」シックス編での伏線や構成等、作品中でも感動させたり感心させたりと人を惹きつける要素に満ちていたが、なにより驚いたのは終わらせ方であった。

『魔人探偵脳噛ネウロ』は2005年より週刊少年ジャンプで連載された松井優征先生のデビュー作で、全23巻。主人公は魔界の『謎』を全て喰いつくし、さらなる究極の『謎』を求めて人間界にやってきた魔人・脳噛ネウロ。自身の身代わりに女子高生・弥子を探偵に仕立て上げながら、魔界の道具を使って次々と難事件を解決することで『謎』を喰い尽くしていく。

 週刊少年ジャンプはアンケートの状況が良くないと、数週間後の連載打ち切りが決定してしまう。なので、終わりが決まった漫画の最後はどうしても駆け足になったり尻切れトンボになってしまいがちである。けれど『魔人探偵脳噛ネウロ』は決してそんなことはなく、綺麗な大団円で終わっている。そのことに、ネウロファンの一人として、作品の余韻に浸れる丁寧な終わり方で本当によかったと思っていたが、実はどこで打ち切りを言い渡されてもいいように連載の進度により何通りもの最終回のパターンを考えていたということがコミックの最終巻で明かされた。

 この事実を知った時、松井先生の漫画家としての姿勢に、私は驚きと共に心の底から尊敬したのだ。

1作目である『魔人探偵脳噛ネウロ』もラストに向かって収束していく構成が素晴らしかった

 この計算し、最大限の効果を生み出す構成力と演出力。これこそ松井先生の魅力であり、松井先生の漫画はジャンプで20年もの間愛されてきたのだ。

 現在週刊少年ジャンプに連載されている『逃げ上手の若君』も、歴史物という実在した人物たちを描いた作品である為に、終わらせ方は一筋縄ではいかないと感じてしまう。けれどきっと、読者を満足させてくれるものだろう終わらせ方はすでに松井先生の中にあるのだろう。それが今からとても楽しみである。

松井先生最新作の「逃げ上手の若君」

 そしてこれから30周年、50周年と、ジャンプで活躍し素晴らしい作品で楽しませてくれることを期待して止まない。