レビュー

「僕の心のヤバイやつ」レビュー。ファンを胸キュンさせた“考察”要素とは? 劇場版の見どころも紹介

陰キャ主人公が見えないフリをする恋心

【「僕の心のヤバイやつ」】
既刊13巻
【劇場版「僕の心のヤバイやつ」】
2月13日 全国公開
「僕の心のヤバイやつ」13巻

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 2023年から2024年にかけて放送され、大きな話題を呼んだTVアニメ「僕の心のヤバイやつ」。本作の内容を再編集し、新規映像を追加した劇場アニメが、2月13日よりいよいよ全国公開される。

 本作の原作となっているのは、桜井のりお氏が「チャンピオンクロス」で連載している青春初恋ラブコメマンガ。陰キャ男子×天真爛漫な女子の恋模様を丁寧に描いた作品で、累計発行部数は700万部を突破している。

 そこで本稿では、劇場版の公開に合わせてこれまでの展開を復習したい人や、まだ作品に触れたことがない人に向けて、本作の見どころを紹介。数多くのラブコメが存在するなかで、多くのファンを夢中にさせている理由を掘り下げていきたい。

【劇場版「僕の心のヤバイやつ」本予告】

陰キャ男子×天然女子の恋は“初めて”だらけ……アニメ第2期までのストーリー

 主人公の市川京太郎は、自意識が強い“陰キャ”の中学生。とくに初期はいわゆる中二病的な部分が強く、痛々しいモノローグを連発していたが、こと色恋沙汰になると人並み以上にピュアだった。

 それに対してヒロインの山田杏奈は、一見すると市川とは正反対な存在。中学生でありながらモデルとしても活躍しているという学校の人気者だ。しかしその素顔はかなり天然なところがあり、美味しいものに執着してやまない食いしん坊でもある。

 そんな対照的な2人が恋に落ち、精神的に成長していくというのが本作の大まかなストーリーだ。そのきっかけとなったのは、市川が日々通っていた図書室に山田が来るようになったこと。1人で満面の笑みを浮かべながらパーティーサイズのポテチをむさぼる、学校でねるねるねるねを作ろうとする……など、山田の意外な素顔にくぎ付けになる市川だったが、ある出来事から自分の恋心を自覚し始める。

市川に衝撃を与えた食いしん坊な素顔 画像は「僕の心のヤバイやつ」1巻 Karte.7「僕は練りに練った」2ページ1コマ目

 また、最初は市川を“面白い人”としか思っていなかった山田のなかにも、徐々に恋心が芽生えていく。山田の変化が描かれているのが、単行本2巻に収録されたKarte.27「僕らははぐれた」とKarte.30「僕は溶かした」。そこで山田が市川の行動に心動かされる姿が描かれており、第3巻以降は猛烈なアプローチを仕掛けるようになっていく。

市川のさりげない行為が山田の心を動かす 画像は「僕の心のヤバイやつ」2巻 Karte.27「僕らははぐれた」4ページ1コマ目

 しかし市川は過剰なほど自己評価が低いため、山田の気持ちに確信がもてないでいた。山田のことをいくら好きになっても付き合えないと諦めていたため、傷つかずに済むよう自分の本心から目を背けていたのだ。

 その後、市川は自分の心の弱さと向き合い、積極的に山田への好意を示すように。さらに第8巻の修学旅行編では、ついに山田への告白を行なう。千本鳥居で「世界がこんなに綺麗だって」「気づかせてくれた」「山田が好きだ」と思いの丈を打ち明けるところは間違いなく作中屈指の名シーンだろう。

一世一代の告白を行なう市川 画像は「僕の心のヤバイやつ」8巻 Karte.110「僕は伝えたい」10~11ページ目

 後日、山田は2人にとっての思い出の場所である図書室に市川を呼び出す。そして「何より大切で誰より特別で私の全部で大好き!」と好意を伝え返し、正式なお付き合いが始まるのだった。

2人がついに付き合い始める「僕の心のヤバイやつ」8巻

読み込むほど面白い! “考察”要素に胸キュンするラブコメディ

 そんな本作がラブコメとして面白いのは、市川と山田の恋愛感情を露骨に表現するのではなく、あえて仄めかすような描写にとどめていることだ。

 たとえば、Karte.27「僕らははぐれた」の出来事を振り返ってみよう。職業見学の帰り道、班のメンバーとはぐれてしまい、2人きりになる市川と山田。自分のせいだと落ち込んだ様子の山田に対して、市川はさりげなく自販機で買ったミルクティーを渡す。すると山田は途端に赤面し、元気を取り戻すのだった。

 この部分だけ読むと、市川の行動にはたしかに思いやりがあるものの、山田の反応が過剰に見えるかもしれない。しかし実はここにつながる布石が、2話前に仕込まれていた。職業見学の目的地に入る前、山田がコンビニに寄って「ミルクティーを買いたい」とこぼす姿が小さく描かれているのだ。また作者がX(旧Twitter)で公開したショートマンガでも、山田の好物がミルクティーであることは明かされていた。

ミルクティーを買おうとする山田 画像は「僕の心のヤバイやつ」2巻 Karte.25「僕は平静を装った」1ページ2~3コマ目

 つまり山田は、たんに飲み物を買ってもらったことに胸を打たれたわけではない。そうではなくて、何の気なしに口にした自分の好物を市川が覚えていてくれたこと、それをこのタイミングで渡して励まそうとしてくれたことに感じ入ったのだろう。

 ちなみにこの話からしばらく後、Karte.64「僕らは大人じゃない」では、山田の部屋にミルクティーの空ペットボトルが保管されていることがひっそりと描写されていた。

 また、3巻収録のKarte.31「僕は距離を取れない」も印象的。この回では体育の授業が原因で、2人のジャージが入れ替わる事件が起きる。山田が自分のジャージを着ているのが周囲にバレるのはマズいと考えた市川は、なんとかして入れ替わりに気づかせようとするが、ことごとく失敗に終わる。

 けっきょく放課後になってから、山田は「ジャージ入れ替わってたね」と言ってくるのだが、そこで市川は「山田はどの段階から気づいてたんだろう」と疑問を抱く。この謎を解くヒントは次のページにあり、市川は返してもらったジャージにご飯粒が付いているのを発見するのだった。

 ここから2ページ前に戻ると、給食を終えた山田の口にご飯粒が付いているコマがあることに気づくはず。そして市川が図書室にやってきた際、山田はなにやら慌てた様子をしていた。こうした描写をつなぎ合わせると、「山田はジャージの入れ替わりに気づいていて、市川が来る直前までジャージに顔を埋めていた」という事実が浮かび上がってくる……。

ご飯粒が付いていることを指摘されて動揺する山田 画像は「僕の心のヤバイやつ」3巻 Karte.33「僕らは入れ替わってる」10ページ2~3コマ目

 このように本作では、2人の関係性の変化を示す布石があちこちに秘められている。だからこそ、それを自分の力で発見したときの高揚はひとしおだ。

 これと関係することだが、市川がミステリー小説で言うところの「信頼できない語り手」であることには注意が必要。

 というのも作者が5巻のあとがきで「市川は『口で言う事』と『心の声』と『本心』がそれぞれ違う場合があり自分を誤魔化しがち」と綴っていたように、市川のモノローグやセリフには色々な嘘が隠されている。読者は基本的に市川の目を通して世界を見ることになるが、“本当に起きていること”を探るためには、ページの隅まで目を凝らさなくてはならない。

 たとえば印象的な話としては、1巻のKarte.15「僕は抱きしめたい」が挙げられる。バスケットボールが鼻にぶつかり、撮影の仕事がキャンセルになったことで山田が涙を流すという流れで、市川は山田のポケットティッシュが切れるところを目撃。そして急いで図書室へ行き、ティッシュを並べておくのだが、山田はお菓子を食べて手を拭くためにそれを使う……というオチだ。

 このとき市川のモノローグでは、山田がお菓子を食べてニヤついていたとされるのだが、よく見ると山田はティッシュの裏に書かれた「ご自由にお使い下さい」というメモ書きに視線を向けている。すなわち実際には山田は市川の気遣いを悟って微笑んでいたものと思われる。

市川のやさしさに山田が気付く名シーン 画像は「僕の心のヤバイやつ」1巻 Karte.15「僕は抱きしめたい」8ページ4~5コマ目

 読み返すたびに、思わずニヤけてしまうような描写が溢れている本作。実際にSNSなどでは、読者たちが登場人物の心情をめぐって“考察”を繰り広げるというラブコメとしては珍しい現象が起きていた。

誰もが応援したくなる! “弱さ”を受け入れて成長する主人公

 また主人公・市川の成長していく過程を丁寧に描いていることも、本作の大きな魅力だ。

 物語が始まった当初の市川は、いつも斜に構えながら“自分はみんなとは違う”と周囲を見下すような態度をとっていた。山田に対しても、「陰キャの自分を見下しているに違いない」と決めつけていたほどだ。

 もちろんそれが本心ではないことは、読者には一目でわかる。というのも市川は山田の一挙一動を観察しつつ、困ったときには身を挺して助けようとして空回りを連発していたからだ。つまり斜に構えているのはあくまでポーズでしかなく、本当は素直になれないだけだった。山田の好意に気づかないフリをして、徹底して受け身な態度を取っていたのもそれが理由だ。

 市川がそんな心の弱さと向き合うきっかけとなるエピソードが、3巻のKarte.42「僕は利用された」、Karte.43「僕は山田が嫌い」だった。

 山田は軽薄で有名な南条先輩(ナンパイ)から度々言い寄られていたが、それを拒絶するために、市川と仲良くしている姿を見せつける。だが市川はこれを「しつこい男を牽制するために」「好きでもない男」を利用したと解釈して、山田を「嘘 偽りで人を傷つける汚い大人と変わらない」と思い込もうとする。

 図書室に行くのをやめて、教室でも山田を無視する市川。山田はそんな市川の態度に傷つき、涙を流す。しかしそこで山田は、あのとき図書室で市川が用意した「ご自由にお使い下さい」のティッシュを制服のポケットから出してくる。それを見た市川は山田が「そんなやつ」じゃないという現実を受け入れ、歩み寄りの姿勢を見せると、仲直りのハグも素直に受け入れるのだった。

“本当の山田”から目を背けていたことに気付く市川 画像は「僕の心のヤバイやつ」3巻 Karte.43「僕は山田が嫌い」6ページ1コマ目

 とはいえいくら変わりたいと思っても、人間はそう簡単には成長できないもの。その葛藤を表現しているのが、心の中にいるもう1人の自分“イマジナリー京太郎”との対話だ。彼はことあるごとに山田が脈ありだといい、自分に自信を持たせようとするのだが、市川本人はあれこれと理由をつけてそれを否定する。

 その根底にあるのは、自己肯定感の低さと自己嫌悪。自分を好きになれないから、誰かに好かれることもないはず……という負のループに陥っている。相手の好意を信じて積極的に行動できるようになるには、まず自分を好きになる必要があった。

 そこで決定的な転機となるのが、6巻のKarte.84「僕は大丈夫」。市川が3年生の卒業式で在校生代表の送辞を読むことになる話で、イマジナリー京太郎との熱いやりとりが描かれている。

 そもそも市川は幼い頃から優秀で、人前で表彰されることも多かったが、いつしか人の目が怖くなり、目立つことを避けるようになる。しかし山田が撮影現場で頑張っている姿を見せてくれたことに報いるため、そして恋のライバルである南条先輩に自分の本気を見せつけるため、送辞を引き受けることを決断する。

 だが市川は当日、台本を家に忘れてしまい、ほとんどパニック状態のまま舞台に上がることに。そこに待ち受けていたのが、イマジナリー京太郎だった。「単なる無能な陰キャを」「山田や先生が応援してくれてるとでも思うのか?」と発破をかけてきた上、「お前のことが一番好きなのは」「俺だぞ」「俺から目をそらすな」と畳みかけてくる彼の言葉に勇気づけられた市川は、アドリブで送辞をやりきってみせる……。

土壇場で成長を果たした市川 画像は「僕の心のヤバイやつ」6巻 Karte.84「僕は大丈夫」10ページ1~2コマ目

 この出来事をきっかけに、市川は自己嫌悪を振り切って積極的に行動する勇気をもつようになる。ラブコメでは「主人公を応援したくなるかどうか」が重要な要素だが、少しずつ自分の弱さと向き合い、成長していく市川は、ある意味理想的なラブコメ主人公と言えるのではないだろうか。

劇場版の見どころは? 姉(CV.田村ゆかりさん)のライブシーンも

 現在本作のTVアニメ版は第2期まで放送されているが、そこで描かれているのは、単行本8巻までの内容。つまり2人の想いがようやく通じ合い、交際を始めるところで終わっている。

 劇場版はそんな第2期までの内容を市川視点で再編集したものとなるため、やはり市川と山田の関係にひとつの区切りがつく、修学旅行編のラストが最大の見どころになるのではないだろうか。

 また、劇場版では新規映像として“その後”のエピソードも収録。姉・香菜のライブシーンと、山田との特別な瞬間が映像化される。香菜のCVは声優・田村ゆかりさんが担当しているため、その歌声を堪能できるという点に期待が高まる。

劇場版で初めて映像化される「僕の心のヤバイやつ」9巻

 そのほかアニメオリジナルの演出や、市川役・堀江瞬さんと山田役・羊宮妃那さんの演技も大きな注目ポイントだろう。

 なお劇場版で描かれる範囲の後も原作は続き、2人が付き合い始めた後の甘酸っぱいやりとりや、関根萌子や半沢ユリネなど周囲のキャラクターたちの深掘りも進んでいく。

 読み込めば読み込むほど理解が深まっていく斬新なラブコメディ「僕の心のヤバイやつ」。とくにマンガはアニメと違い、何度も気軽に読み返せるという利点がある。新たな発見に萌えるためにも、劇場版を楽しんだ後はぜひ原作も手に取ってみてほしい。