レビュー
不憫かわいいの新境地!「おぱんちゅうさぎ」
かわいそうなのがかわいくて、応援したくなるうさぎ
2025年5月7日 00:00
- 【おぱんちゅうさぎ】
- X(旧Twitter)にて展開中
- 著者:可哀想に!
SNS総フォロワー数130万人を越え、Z世代に絶大な人気を誇るキャラクター、おぱんちゅうさぎ。いつも一生懸命なのに努力が全然報われない、不憫でかわいいその姿が描かれたコミック「おぱんちゅうさぎ」は、可哀想に!氏初の書籍作品で、渾身の全編描き下ろしである。「Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2023」にも選出された新進気鋭のクリエイター、可哀想に!氏が手掛ける、独特の世界観と不憫かわいい面白さは、クセになること間違いなし、今おすすめのキャッチーなマンガだ。
一生懸命なのに報われないのが、とにかく可愛い!
「おぱんちゅうさぎ」は、主人公のおぱんちゅうさぎが、ひたむきに頑張るけれど努力が全然報われず、しょんぼりする姿がかわいいギャグマンガである。例えば、頑張ってベッドを組み立てても見本とかけ離れた家具を生み出してしまったり、一生懸命カフェの外に飾る看板アートを描いても雨でグショグショに汚れてしまったりする。思わず可哀想!と呟いてしまいそうになるシチュエーションと、おぱんちゅうさぎの何とも言えないショックを受けた表情にキュンとしつつもほくそ笑んでしまうのだ。
そんな不憫なおぱんちゅうさぎだが、ひねくれるわけでもなく、仕返しや復讐をすることもなく、ひたすら健気でいい人すぎるところも、読む側の心をくすぐる。捨て猫を見かけたら全部拾ってしまって両脇や頭が猫だらけになってしまったり、重そうな荷物を運ぶおばあさんの代わりに持ってあげたら異常に重たくて歩けなくなったり、優しいが故に損を被っているところが、笑いを誘う。その時のおぱんちゅうさぎの表情がまた、哀愁が漂っていたり苦渋に満ちていたりして、味わい深い。
極めつけに、実はおぱんちゅうさぎは、何もしていないのに、普通の日常生活でもちょっと可哀想な目によく遭う。買い物帰り、ビニール袋を振って歩いていたらグルグルに巻き付いて指が千切れそうになったり、ハイヒールを履いて歩いていると排水溝の金網にヒールがハマって抜けなくなったり。
レストランでオムライス食べようとしたら後ろのカップルがケンカ中でコップの水が彼氏だけじゃなくてオムライスにもかかって食べられなくなってしまうなんてことも。日常的な運の悪さに同情しつつも、今にも泣き出しそうなおぱんちゅうさぎのウルウルの瞳に、愛おしさが倍増する。
オチの後にもう一回オチがある、不憫ギャグの重ね技
不憫かわいい「おぱんちゅうさぎ」だが、基本的にはX(旧Twitter)やInstagramでマンガやイラストを見ることができる。YouTubeでは、Stray KidsやaespaなどのK-POPアイドルのMVも手掛けた可哀想に!氏ならではの、不思議な世界観の動画でおぱんちゅうさぎを堪能することも可能だ。
だがそれ以上に、筆者は是非この書籍の「おぱんちゅうさぎ」を多くの人に読んでもらいたいと思っている。というのも、冒頭にも書いたが、全編描き下ろしという、可哀想に!氏渾身の力作なのだ。SNSでバズって書籍化する作品は数多くあるが、基本的にはSNSに掲載したものを再掲し、そこに少し描き下ろしを足すのが大半である。だが、「おぱんちゅうさぎ」は再掲作品は一つもなく、全てこの本でしか読めない。
そして、ノリとテイストはそのままに、この本でだけ、数ページにわたるショートストーリー仕立ての漫画が読めるのもお勧めの理由の1つだ。SNS上では大抵2コマなのだが、書籍では複数ページに渡るおぱんちゅうさぎワールドが炸裂している。特に筆者のお気に入りは、見開きで際立つおぱんちゅうさぎの不憫さである。大筆で書道パフォーマンスをする友達を応援するおぱんちゅうさぎに、パフォーマンスの勢いで墨がビチャアとかかりまくって、手作りの応援ボードが台無しになるシーンや、カステラの底紙をキレイにがせなくて、中途半端に焼き目がめくれたカステラで部屋をいっぱいにして片隅で落ち込むおぱんちゅうさぎなど、見開きだからこそ哀れさがいっそう引き立てられている。
また、普段SNSでは、2コマの簡単なオチで終わるのだが、書籍では、オチの先にもう一段階オチを重ねた、ギャグのその後みたいな作品もいくつか登場する。例えば、上記の生垣に食い込むおぱんちゅうさぎという、これだけでオチとして完成されているものが、下記のマンガみたいに、ガードレールに食い込んだ後、体が白く変色してしまうという、可哀想な状況にさらに追い打ちをかけられる表現がされているのだ。
この不憫ギャグの重ね技がことのほか面白くて、筆者はとても気に入っている。おぱんちゅうさぎが得意げに巨大ピザを作ろうと、生地に具材をのせていざ焼こうとするが、ピザが大きすぎて焼き釜に入らないマンガがあるのだが、ここでオチはついているが、ページをめくると、上司から「それ持って帰れよ」と冷たく言い放たれるのだ。悲しみに暮れるおぱんちゅうさぎは、半生の巨大ピザ生地をタクシーで持って帰って、涙を流しながら掛布団として使う。また、ファミレスでネコ型配膳ロボットに四方を囲まれて逃げ場を失い、ジャンプして窓を割って飛び出す!というオチのマンガでは、続きざまに一緒に来ていた友人から「食い逃げじゃん、キッツ…」と真面目にドン引きされて、傷の上塗りをされている。このオチにオチが連なる重ね技、不憫かわいいに磨きがかかっているので、書籍で是非堪能してもらいたいと思う。
おぱんちゅうさぎの応援したくなる魅力
一貫して不憫かわいい姿がウケているおぱんちゅうさぎだが、2022年1月に誕生して以来、その人気はうなぎ登りである。「2022年SNSトレンド番付」にランクインすると、「ティーンが選ぶトレンドランキング2023年モノ部門」では第2位となり、「日本キャラクター大賞2023」では選定委員特別賞を受賞、「女子中高生2023年トレンド調査 2023年に流行ったキャラクターランキング」ではあの「ちいかわ」を抑えて第1位に輝いた。そしてその流行はZ世代にとどまらず、その下のいわゆるα世代、小学生や未就学児にまで広まっている。小学校低学年向けの雑誌「Aneひめ」では昨年9月に特集が組まれ、今年の3月からは3歳から5歳向けの雑誌「おともだち」で連載を開始している。
どうしてこんなに若い世代に、おぱんちゅうさぎが人気なのか。それは、ここまで何度も書いてきたように、「不憫かわいい」が一つのキーワードになるだろう。というのも、2019年に「日本キャラクター大賞」グランプリに輝いた「すみっコぐらし」や、同じく2022年にグランプリとなった「ちいかわ」などの流行からも分かる通り、ここ5年ほどで、Z世代やα世代のかわいいのトレンドが、「キモかわいい」でも「あざとかわいい」でもなく、「不憫かわいい」に転換してきているのだ。
若い世代の「不憫かわいい」の流行にはさまざまな分析があるが、「努力しても報われない」ことに、強い共感を覚え、そういう可哀想な状況にこそかわいさを見出す傾向にあるのだとか。加えて、キュートアグレッションという、可愛らしいものを見たときに、思わず傷つけたい、意地悪したい、という衝動的で攻撃的な感情が湧く、人間の過剰反応のひとつがあるのだが、そういう現実では満たすことができない願望を、可愛いキャラクター達が作品の中で傷つけられている様子を見て若者たちは満たしているそうだ。若者特有のパワーを、現実の暴力ではなく、キャラクターやコンテンツで発散させるところが、今っぽいということらしい。そう考えると、若者たちに、作中で常に傷つけられているおぱんちゅうさぎの健気で頑張る姿が、強く刺さるのも納得しきりだ。
そして、さらにおぱんちゅうさぎならではの魅力があると分析するのは、可哀想に!氏を担当するキャラクターレーベルの編集者だ。2023年の展示会のインタビューで、「これまで“自分を応援してくれるキャラ”はいたが、“自分が応援したくなるキャラ”は少なかった」と話している。その“自分が応援したくなるキャラ”に、おぱんちゅうさぎが見事ハマったというのだ。確かに、新幹線でお弁当を食べようとしたのに、前の席がバーンと倒れてきて弁当が床に転落したおぱんちゅうさぎは、不憫でかわいいが、それ以上に可哀想すぎて「新しいお弁当あげるよ」と自分の分をあげたくなるほどいじらしい。この、ついつい応援したくなる気持ちこそが、これまでになかったキャラクターとしての新しさと魅力なのだろう。
落とした小銭を周りの人が拾ってくれるかと思いきやそのまま盗まれてしまったり、電車で部活帰りの学生たちの荷物に押し潰されてしわくちゃになったりするおぱんちゅうさぎは、泣きそうな表情も相まって、不憫かわいくて面白い。そして同時に、頑張って!とこちらが応援したくなる衝動を掻き立てる。この、応援したくなる不憫かわいい新しい魅力、是非コミック「おぱんちゅうさぎ」を読んでみて、その目で確かめてみてほしいと思う。読み終わる頃にはきっと、そのキャッチ―さとキュートさにに心くすぐられて、すっかりファンになっているにちがいない。