レビュー
何気ない日常のきらめきを教えてくれる「ハクメイとミコチ」
大樹の中で暮らす小さな2人の大きな世界
2024年11月6日 07:00
- 【ハクメイとミコチ】
- 「ハルタ」にて連載中
- 著者:樫木祐人
「ハルタ」にて連載中の樫木祐人氏によるマンガ「ハクメイとミコチ」は街はずれの大樹の洞に作られた家で暮らしている、「ハクメイ」と「ミコチ」の日常が綴られている作品である。
2人は身長9㎝のいわゆる”こびと”であり、まるで絵画のように細部まで緻密に描き込まれた美しい自然や街並みの中で暮らしている。登場する他のキャラクターたちもまたこびとや動物や虫たちで、我々のような大きな人間は登場しない。
とてもメルヘンチックな世界観のなかで、ハクメイとミコチが送るしっかりと地に足の着いた日常生活と、イタチの大工やコクワガタの可憐な乙女など、個性豊かな登場人物たちと織りなす人間模様がメインとなる作品だ。
そして作者の樫木祐人氏によってキャラクターたちの人となりや生活、さらにそれぞれの出身地の特徴に至るまで全てがしっかりとした設定に基づき描き出されているため、ファンタジックな設定でありながらも背景がきちんと伝わってくるので違和感なく作品に入り込める。
まるで大人のための絵本のような本書は、2012年4月よりマンガ誌「ハルタ」の前身「Fellows!」で樫木氏のデビュー作として連載が始まり、2018年にはアニメ化。コミックス12巻発売時にはポップアップショップも開催されるなど、マンガのみにとどまらず様々な展開が行なわれている作品だ。
基本的にはハクメイとミコチの生活にスポットライトをあてた一話完結型のストーリーのため、とんでもない大事件などはそうそう起こらないのだが、そのかわり毎日の積み重ねの中にある、ともすれば見逃してしまいそうな小さな感情の揺らぎなどを一つ一つ丁寧に拾い上げてくれる作風もこの作品の大きな魅力の一つだと感じられる。
どんな日だって最高にできる
主人公のひとりであるハクメイはアグレッシブな性格でかなりボーイッシュ。気風のいい言動から、まれに男性と間違われることもある。元々は放浪生活をしており、現在は修理屋を生業としている。一方もう一人の主人公ミコチは自宅で保存食や日用品を作り商店に卸す仕事をしており、趣味である裁縫もプロ顔負け。温厚な人柄も相まって街ではお嫁さん候補との呼び声も高い。
そんな2人の性格がよくわかるエピソードがコミックス1巻に収録されている第4話「星空とポンカン」である。以下、作中のエピソードに触れるので未読の方はご注意いただきたい。
つい先ほどとんでもない大事件はそうそう起こらないと書いておきながら恐縮だが、実はこのエピソードの冒頭でハクメイとミコチの住む家が爆発四散するというなかなかの事件が起きてしまい、友人が家を修繕してくれている間2人は野宿することになるのだ。
そんな急な展開にも関わらずハクメイは楽し気に「野宿だ!」と素早く荷物をまとめ、野営地もすぐに見つけて柿の葉とえのころ草の茎を利用したテントをあっという間に建ててしまう。一方のミコチはインドア派な為、野宿の提案に最初は渋るのだが、テントのついでにハクメイが作った大きな竈に目の色を変え、持ってきた材料とその場で調達した食材で大量の料理をつくり始める。
そして立派な寝床と美味しい食事で満足しテントで寝転がるミコチを外に引っ張り出したハクメイが、満天の星空を見せながら「これが全部屋根だよ」と告げると、初めは屋根がある所が好きと渋っていたミコチも「なるほど、これは魅力的だわ」と答えるのだ。
突然自分たちの家がなくなるという割と最悪な出来事に見舞われながらも、彼女たちはあっという間にその日をキラキラしたものに変えてしまう。そして一見すると正反対の2人がどちらかに頼り切ることなく、それぞれがお互いを補い合い、尊重し合いながら共に生活している様子は胸に響くものがある。
このエピソードの他にも、市場に買い物に行く日や、仕事に出る日、はたまた何もせず家に引きこもっているだけのなんでもない一日でもひたむきに誠実に向き合っている様子はとても愛おしく、そしてどこか羨ましく感じられ、普段おざなりになりがちな自分の生活ももう少し見直してみようかという気にしてくれるのだ。
絵画のような風景と香りまで伝わってきそうな料理
ハクメイとミコチの魅力の一つには背景の美しさもある。優しいタッチで繊細に描き込まれた自然や建築物はページを捲るたびにため息がでるほど素晴らしいのだ。特にコミックス8巻第53話「港町の風景」ではその画力をたっぷりと見せてくれる。
2人がアラビという港町にある市場を日暮れまで歩きまわるのだが、この積み木市場と呼ばれる場所はいくつもの店がまさに積み木のように高く重なった作りとなっており、小さなハクメイたちとの対比で迫力を感じられる。
この地は複雑に入り組んだ商店や、大小様々な動物たちが行き交う賑やかな大通り、喧騒から離れ静寂に包まれた路地裏など様々な場所があり樫木氏の圧倒的な表現力を余すところなく堪能できる。
筆者はこの積み木市場のように小さな建物がひしめき合っている風景がとても好きで、写真集や美術設定資料集などをよく買うのだが、もし同じような趣味の方がいらっしゃれば、コミックス3巻に出てくる「蜂蜜館」もお勧めしたい。こちらもまるで九龍城塞のように入り組んだ作りをしていてとても楽しい。
そしてもう一つ本作を語る上で外せないのが、グルメ漫画もかくやと言うほど魅力的な食事シーンだ。街でも評判の料理上手なミコチのレパートリーは風呂吹き大根やつみれとゴボウの味噌汁のような家庭料理から、魚介のクロケットに飾り切りされた果物が美しいケーキまで多岐にわたる。そして街のレストランでの食事や屋台の軽食も確実に読者の食欲を刺激してくる。
さらにこの世界の食材は私たちの世界と種類もサイズも変わらないため、調理風景からしてなんとも言えない魅力に満ちている。例えば米やコーヒー豆は一粒を砕いて使うし、ブルーベリーはりんご並み。我々からすると小さなノビルはまるで玉ねぎのような大きさで、それらを駆使して作中で振る舞われる料理は作者の画力もあいまってかなり食欲を誘う。
そしてその料理と共に出てくる酒にも拘りが感じられる。自家製のリモンチェッロやミントジュレップなどちょっとおしゃれなものから、酢だこに麦酒、魚の挟み漬けには旅先で手に入れた地酒などなかなか渋いものまで出てきて筆者を含む酒飲みの心をわしづかみにするのだ。
ちなみに、その魅力と実際に存在する食材が使われていることから、ネット上には再現レシピにチャレンジされている方もいらっしゃるので興味がある方は是非調べてみてほしい。
生きることは楽しいことと思い出させてくれる
日々の生活に忙殺されていると日常はただの流れ作業になりがちで、何か特別なことをしなければと謎の焦燥感に駆られることがある。そんな時に本作を読むと、働いて、遊んで、食べて、眠る。生きる上でなんてことないサイクルの全てを彼女たちがしっかりと噛みしめて楽しんでいることに救われるのだ。
これがあまりにもメルヘンチックな作品だと感情移入がしづらかったり、逆に現実的すぎる作品だとより疲れてしまったりもする。しかしハクメイとミコチの世界はファンタジーにもリアルにも過度に寄りすぎていない。動物や虫たちが言葉を交わし、愛された古道具は付喪神となり、音に反応するランプで骨を動かす研究者もいる。一方で発達した文明があり、場所によっては鉄道が走り、通貨の単位は円で、出てくる食材は架空のものではなく実際に存在するものが多い。
まるっきり空想という訳でもあまりにも現実的すぎる訳でもない狭間の世界は、読者を置いてきぼりにすることも必要以上に現実を押し付けてくることもない。
もしかしたらほんの一歩踏み出した先に、あるいはふとめくった葉っぱの裏側に彼女たちの世界が本当に広がっているのではなかろうかと思えるちょうどいい塩梅となっており、本作への没入感を高めてくれる。
そしてアニメ版も背景美術を「ファイナルファンタジー」や「ぼくのなつやすみ」等を手掛けた草薙が担当し、、原作ファンも納得の仕上がりとなっているのでこちらも機会があれば是非ご覧いただきたい。
本作の、多くは語らず心にそっと寄り添ってくれるゆったりと穏やかな作風は冒頭で述べたように、大人のための絵本のように寝る前のおともや疲れた時のお守りに心からお勧めできる。そして本作は現在も絶賛連載中であり、新しいキャラクターとの出会いはもちろんのこと、お馴染みの登場人物の日常や、これまであまり明かされていないハクメイとミコチが同居に至る以前の物語など気になる要素はまだまだふんだんにあり、筆者も一読者として今後の展開にとても期待している。
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