特別企画

ゆるくてシュールな学園コメディ「女の園の星」

女子校で教える物静かな国語教師の日常を描いた、不思議なテンポのギャグマンガ

【女の園の星】

祥伝社FEEL YOUNGにて連載中

著者:和山やま

 FEEL YOUNG(祥伝社)で連載中の「女の園の星」は、緻密でクールな絵柄と不穏さを感じるタイトルとは裏腹に、ゆるくてシュールな学園コメディである。「星」というのも、主人公の国語教師の名前であって深い意味はない。作者は、今年映画にもなった「カラオケ行こ!」で有名な和山やま氏で、本作が初の連載作品だ。「このマンガがすごい! 2021」オンナ編第1位他、数々の賞を受賞し、現在3巻まで刊行されているが、既に累計205万部を突破している。

独特のテンポで笑いを誘う、女子校の何でもない日常

 女子高校が舞台の学園コメディではあるが、部活も友情も恋愛もないし、イジメやケンカもない。ただ、主人公の国語教師で2年4組の担任である星先生が、淡々と日常を送るだけだ。ただ、その何でもない日常に、しょうもないミクロな事件が起こる。例えば1話では、クラスの生徒たちが交代で書いている学級日誌の、備考欄に描かれた絵が何か分からない、という事件が発生する。かなりどうでもいい事件なのだが、表情に乏しく感情の起伏も少ない星先生が、日誌の備考欄で勝手に始まった絵しりとりを楽しみにしていて、生徒から日誌を受け取った後に人知れずニコッと笑ってページをめくるのが、ちょっと不気味で面白い。

 ちなみに1話はこの、取るに足らない絵しりとり事件だけで終了する。しかも、このことで星先生が生徒たちと絡んだり、生徒たちが奮闘したり、とかもない。ただ、ひたすら星先生が一人で答えを考えていて、せいぜい職員室で隣の席に座っている小林先生と雑談するぐらいなのだ。

 全話通して、こういうゆるゆるのテイストで話は進んでいく。生徒が授業用のノートと間違って個人的な日記を提出してしまったり、三者面談に親ではなく兄と祖父が来たり、トイレの用具入れにゴキブリの死体が見つかったり、3年生が教室で飼っている犬を3日間だけ星先生のクラスで預かったりという、大したことはないがちょっとした出来事が発生する。それを星先生の冷静でひねくれた目線で追っていくという、取り留めもないマンガなのに、なんだか続きが気になってページをめくる手は止まらない。独特のテンポのおかしさが病みつきになって気が付けば笑っているのだ。

特別すごくはないが、クセのある先生と生徒たち

 この、つい笑ってしまうおかしさは、やはり主人公・星先生の、物静かで斜に構えているというクセの強さが一因なのは間違いないが、他の先生や生徒たちも、なかなかのクセの持ち主だ。マンガ的な特別なすごさはないが、その個性は味わい深い。

【小林先生】

 数学教師で2年3組の担任の小林先生も、見た目は爽やかだが、サザエさんのアニメを日曜日に録画して土曜日に観るという、変わった習慣を持っている。星先生とは一緒に仕事帰りに飲みに行ったりするほど仲はいいが、どちらかというと小林先生がラジオみたいに一方的にしゃべっているだけだったりする。タペストリーのことをペタリストと言い間違いしたり、「難題ってなんだい」とか折り紙の鶴を見て「鶴がつるされてる」とか誰もツッコまないのにダジャレを言ったり、どことなく切れ味が悪い。

 バレー部の顧問でもあり、保護者からタペストリーのデザインを任された時は、めんどくさいと星先生に打ち明けつつも完成させたが、そのデザインがかなり斬新で、集合写真の背景がバレー部なのに銀河系の画像なのである。それだけでなく、小林先生が描いた謎のオリジナルキャラクターまで添えてあり、標語も、普通は「はばたけ!成森高校バレーボール部!」みたいなことが書かれるのだろうが、「恐れ入ります。」と意味不明な言葉を大真面目に書き入れている。やっぱりクセが強い。

【中村先生】

 続いて中村先生は、3年2組の副担任で倫理教師だ。生徒からいつも酒臭いと言われるほど酒飲みで、二日酔いのせいか顔に生気がなく、ボソボソとしゃべるので声も聞き取りづらい。そんな高校教師いていいのか、と思わないでもないが、小林先生は中村先生の、かろうじて生きてる感に憧れているという。

 ごはんを食べるのが苦手で、昼食はひまわりの種をボリボリ食べ、飲み会でも枝豆しか食べないほどだ。そんな中村先生にささやかな転機が訪れるのだが、それがなんと、ネコ型お掃除ロボットを購入したこと、なのである。中村先生はそれまでは23時まで学校に残っていたのだが、ネコ型お掃除ロボットが可愛すぎて、毎日20時に帰るようになり、部屋も綺麗になって、深酒をしなくても夜眠れるようになったという。挙句の果てに、玄関に落ちそうになったネコ型お掃除ロボットを助けるために、その時持っていた酒をぶちまけて指を捻挫してしまう。酒よりも大事なものができた、と嬉しそうにその話を星先生にする、中村先生の乾いた笑いが、軽くホラーみたいで、やはり中村先生も個性的だ。

 生徒の方も負けてはいない。2年3組の松岡さんはマンガ家志望なのだが、そのマンガが摩訶不思議すぎて星先生も小林先生も驚愕してしまうほどだ。

 わずか数ページほどのマンガなのだが、ラブコメの定番でもある、女子高生がパンを口にくわえて「遅刻しちゃうー!」と道を走っているところから始まり、出会いがしらに人とぶつかって、なんとその相手がぶつかった勢いで死んでしまう。

 そして、警察で事情聴取され、学校に登校すると急に全校生徒のスマホに暗黒のゲームの知らせが届き、クラスメイトが一人突然死してしまう。その後も生き別れの双子の姉がいることを母親から知らされて、ショックを受けた勢いで家を飛び出したらトラックに轢かれて記憶を失うとか、双子の姉が出てきたと思ったら車椅子に轢かれて死んでしまうとか、ページをめくる度に超展開が発生するとんでもないマンガなのだ。それを、ギャグではなくいたって真剣に描いている松岡さんも、なかなか侮れない個性の持ち主だ。

【鳥井さん】

 他にも、星先生のクラスの鳥井さんは、自らを星先生観察ニッキャーと呼び、ノートに手書きで星先生観察日記を付けている。それも毎日だ。一度国語ノートと間違ってその日記を星先生に提出してしまうのだが、鳥井さんの綺麗な字と読みやすい文章に惹きつけられ、星先生も最後まで読み切ってしまう。内容は本当に星先生の観察日記で「シャツに皺がある」とか「職員室でサンドイッチを食べていた」とかなのだが、添えられる鳥井さんのツッコみにユーモアがあって、クラスメイトからも定期購読したいと言われるほど好評だ。だが別に星先生のことが好きなわけではないらしい。暇つぶしで始めたら止まらなくなったというのだが、暇のつぶし方が風変りすぎるだろう。

【香川さん】

 更には、小学生の頃にマダガスカルゴキブリを家で飼っていた、授業中よく寝ている香川さんや、全校生徒の名前をだいたい覚えている、喋り方やノリが軽い古森さんなど、個性豊かな生徒たちがいて、星先生の粛々とした学校生活に小さな笑いを巻き起こしている。

「学校あるある」の共感と、女子校の描写のリアルさ

 こんなクセ強めの先生と生徒が出てくるのだから、単なる日常マンガでも面白いに決まっているといえばその通りなのだが、たった3巻で200万部越えするほどウケているのは、このマンガの舞台が学校で、それを和山やま氏が丁寧な筆致で抜かりなく描いているからだろう。読者はついつい自分や自分の子供の学校と比較して共感したり、知られざる女子校のリアルな実態に好奇心をくすぐられたりしてしまう。

【大使】

 例えば、生徒が先生たちに、仕草や服装の特徴であだ名を付けるのはまさに「あるある」だが、小林先生は「ポロシャツアンバサダー」から転じて「大使」と呼ばれていて、そのネーミングセンスには脱帽してしまう。また、自習の時間に誰も勉強せず、ずっと生徒たちがおしゃべりをして、隣のクラスで授業をしている先生にうるさくて怒られる、なんてのも「あるある」だ。怒る星先生がまた薄気味悪くて、教室のドアを半開きにして背後霊のように登場し、口頭で注意した後、「まったく…担任の顔が見て見たいものです」と捨てセリフを吐いてピシャンとドアを閉める。他にも、授業中にマンガを描いたり、紙の切れ端に手紙を書いて回したりする生徒たちもいて、その高校生らしさに微笑ましさを感じるのだ。

【便利な時代】

 それら「学校あるある」に続いて、女子校のリアルな空気感もまた興味深い。男子生徒がいないからか、女子高生たちは無邪気で遠慮がない。星先生のクラスで3日間だけ預かった犬の顔に、クラス全員で眉毛の落書きをしたり、結婚指輪を初めて付けてきた女性教師の周りを取り囲んで矢継ぎ早に結婚について質問したり、普段は酒臭い中村先生が柔軟剤の香りを漂わせているだけで勝手に彼女ができたと決めつけて盛り上がったりする。しかも、中村先生に彼女ができたという噂は、最終的に尾ひれがつきまくって、「80歳のおばあちゃんと夜中の公園でヨガ選手権開催している」に瞬く間に変貌していく。誰も中村先生に真実を確認せず、言いたい放題だ。そこには、女子校の一般的なイメージである、「お嬢様学校的雰囲気」「女を捨てている」「男勝りの子が多い」「変顔に全力」などとは一線を画す、現実じみた質感がある。

 この「学校あるある」の共感と女子校のリアルな描写が、クセのある先生と生徒たちが織り成す何の変哲もない日常を、よりいっそうシュールなギャグに仕立て上げている。この手腕は、和山やま氏の繊細でシリアスな絵柄と、不思議なテンポで進むマンガの構成が成せる技だ。一度読んでしまうと、じわじわくる笑いの中毒性に逃れられなくなるだろう。是非、実際に読んでみて、ゆるくてシュールな学園コメディという、おかしな組み合わせの魅力を確かめてほしい。

【女の園の星】