特別企画

「呪術廻戦」ついに堂々完結。その魅力を振り返る

他のマンガでは味わったことのない、後ろ向きで人肌のぬるさを感じる湿っぽいセリフたち

【呪術廻戦】

9月30日 完結

 集英社のマンガ雑誌「週刊少年ジャンプ」にて連載されてきた芥見下々氏の人気作「呪術廻戦」が、9月30日発売号をもって完結を迎える。本作は、人々の負の感情をもとに生まれる自然的な存在・呪霊と、それを人知れず祓う呪術師との終わりなき戦いを描いたバトルマンガ。呪術師を育成する教育機関であり、また呪術師の活動拠点でもある呪術高等専門学校が舞台となっている。

 デジタル版を含めたコミックス累計発行部数は、第25巻の発売日である1月4日の時点で9,000万部を突破。アニメ「残響のテロル」、「ユーリ!!! on ICE」、「進撃の巨人 The Final Season」などを手がけたことで知られるアニメ制作会社・MAPPAによって2度のTVアニメシリーズと劇場版も制作された、押しも押されもせぬジャンプの看板作品だ。

 8月19日には、最終回まであと5話というカウントダウンが突如公開。物語のクライマックス真っ只中であり、完結まで残された話数が意外にも少ないことに驚かされたファンも多かったのではないだろうか。この記事では、そんな惜しまれつつも大団円を迎える「呪術廻戦」を振り返っていく。印象的なエピソードから最終話付近までネタバレありで触れていくため、ぜひ本誌読了のうえで読み進めていただきたい。

 なお、本記事の内容は9月17日発売の「週刊少年ジャンプ 2024年42号」までの内容を元に記事化をしている。

【『呪術廻戦』週刊少年ジャンプ公式PV】

特級呪物・両面宿儺の指を巡り物語は始まる

 物語は宮城県仙台市に住む高校生・虎杖悠仁が、学校に魔除けとして備えてあった特級呪物・両面宿儺の指を巡るトラブルに巻き込まれるところから始まる。永い時の流れによって封印が緩み、魔除けどころか逆に呪霊を引き寄せる呪物と化した宿儺の指。それを回収しに来た呪術高専の伏黒恵と出会い、虎杖は呪霊の存在を知る。

 成り行きで呪霊との戦いに巻き込まれた虎杖は、呪力によってしか祓えない呪霊に対抗するため、宿儺の指を飲み込んで呪力を得ることを思いつく。結果的に虎杖の体を器として、指の持ち主である呪いの王・両面宿儺が現代に受肉を果たしてしまう──というのが第1話のあらすじだ。次に、本作の中心となる登場人物について紹介したい。

虎杖悠仁(いたどり ゆうじ)
 本作の主人公で、前述の第1話を経て両面宿儺と共存することになった高校生。砲丸を野球のようにオーバースローで約30メートル飛ばす(現実の世界記録は23m37)など、明らかに常軌を逸した身体能力を持つ。物語開始時点で唯一の身寄りとなっていた祖父が死の間際に放った「お前は強いから多くの人を助けろ」という言葉が、序盤の行動指針となっている。

 宿儺を受肉させたことで呪術界からは即時死刑を言い渡されるが、20本ある宿儺の指をすべて取り込んでから刑を執行するよう五条悟が働きかけ、事実上の執行猶予が設けられることとなった。

伏黒恵(ふしぐろ めぐみ)
 呪術高専東京校に所属する1年生でありながら、単独で任務に当たる資格を有する2級呪術師。呪術界の御三家のひとつ・禪院家(ぜんいんけ)の血筋で、自身の影を媒介として式神を呼び出す術式「十種影法術(とくさのかげぼうじゅつ)」の使い手。

 「不平等な現実だけが平等に与えられている」という人生観を持ち、そのなかから自分の力で助けたい人・助けられる人を助けるという意味の「不平等に人を助ける」をポリシーとして秘めているリアリスト。高専での担任にあたる五条悟とは幼い頃から面識があり、また五条は幼くして身寄りをなくした彼の後見人という関係でもある。

釘崎野薔薇(くぎさき のばら)
 虎杖、伏黒と同じく呪術高専東京校の1年生。作中では「盛岡まで4時間かかるクソ田舎」出身とされており、地元の人間や風習を嫌っている。幼少期に東京から転向してきた少女・沙織ちゃんと仲良くなり、東京への憧れを強める。また地元の人間が東京からの新参者を快く思わず、嫌がらせをしていたことが前述の嫌悪感の理由となっている。

 術式はかの有名な「丑の刻参り」を思わせる、釘と金槌を使用して呪いを込める「芻霊呪法(すうれいじゅほう)」。呪力を込めた釘を飛ばして直接攻撃したり、対象の欠損した体の一部に釘を打ち込むことで、遠隔的に本体にもダメージを与えることができる。作中でも大きなターニングポイントとなる出来事・渋谷事変にて重傷を負い、長らく生死不明の状態となっていた。

五条悟(ごじょう さとる)
 呪術高専東京校の1年生を受け持つ教師で、呪術界でも4人しかいない特級呪術師のひとり。呪術界の御三家・五条家の当主でもある。

 すらりとした長身に逆立てた白髪、さらに視界をすっぽりと覆うバンドを巻いており、浮世離れした容姿が目立つ。術式の情報を視覚的に読み取ることができ、呪力の流れを正確に把握することができる特殊な眼・六眼(りくがん)の持ち主であり、これに五条家相伝の術式「無下限呪術(むかげんじゅじゅつ)」を併せ持つことで、自他ともに認める最強の呪術師。

両面宿儺(りょうめんすくな)
 呪術全盛である平安の時代にその名を轟かせた術師で、2つの顔と4本の腕を持つ伝説の鬼神・両面宿儺と身体的な特徴が似ており、同じ名で呼ばれることになった。残忍な性格で、人の肉を喰らうことを常としていたことを匂わせる描写がある。

 平安時代の術師が束になっても敵わなかったほど圧倒的な力を持ち、その死後は20本の指が屍蝋(しろう)となって特級呪物と化した。宿儺の指は物理的に破壊することはできず、この指(ひいては指に込められた宿儺の魂)を巡って物語が展開していく。

“ネクスト鬼滅”の期待に応えた「呪術廻戦」

 さて、多くのファンがその展開を楽しみにしてきた「呪術廻戦」だが、これほどの注目を集めるに至った経緯についても軽く振り返ってみたい。もちろん、前提として興味を持ったきっかけやタイミングについては読者それぞれの事情があるかと思うが、そのうちのひとつには空前の大ヒットを記録した「鬼滅の刃」からの流れがあったと思う。

 2020年5月に大団円を飾った「鬼滅の刃」だが、その後継として「次なるジャンプ作品の看板に『呪術廻戦』が来るらしい」という噂や空気感があった。どこから始まったのかはわからないが、「呪術廻戦」はいわゆる“ネクスト鬼滅”的な期待の眼差しを受けるようになり、それに応えるかのように人気を獲得していった。「鬼滅の刃」が連載終了した2020年半ばは、「呪術廻戦」の物語が大きく動くエピソード・渋谷事変がクライマックスを迎えていた時期だったことも、その理由のひとつだろう。

【TVアニメ『呪術廻戦』第2期「渋谷事変」ノンクレジットOPムービー/OPテーマ:King Gnu「SPECIALZ」】
「渋谷事変」は現実の渋谷を舞台としたエピソード。アニメの放送時期には様々なプロモーションも展開された
「渋谷事変」はコミックス10巻より16巻にかけて掲載されている

「ぬるりと心に入ってくる」ような、後ろ向きな名台詞

 この記事の趣旨は「呪術廻戦」の完結にあわせて、その魅力を振り返るというものである。呪術というアウトサイダーなテーマでありながら、ジャンプ作品らしいバトルマンガに仕上がっている点や、おぞましいクリーチャー然とした呪霊のデザイン、現代の若者らしい内面性を備えたキャラクター、使用者の認識や意識改革によって拡張する異能力である術式のユニークさなど枚挙に暇がないが、そのなかでも筆者は「ぬるりと心に入ってくる湿っぽさを備えた名言」が特に頭に残っている。

 「ぬるりと心に入ってくる」という表現では、なんだか褒めているような気がしないかもしれない。心に突き刺さるというニュアンスではないが「確かにその通りかもなぁ」と思わされる滑り込んでくるような感覚と、まるで本作の登場人物たちは実在していて、彼らが本当に言った言葉であるかのような、人肌のような温度を感じるという感覚を込めたいと思った時に、「ぬるり」という表現が浮かんだのだ。

 例えば、作中序盤に展開され、物語の方向性を決定づけたエピソード・幼魚と逆罰編に登場する虎杖のセリフ。人を殺したことはあるかと問われた虎杖が、その問答のなかで「なんつーか一度人を殺したら『殺す』って選択肢が俺の生活に入り込むと思うんだ」と返すシーンがある。「何故人を殺してはいけないのか?」というのは、人間なら誰しも一度は考えるであろう普遍的な問いだが、「倫理的に問題があるから」、「法による罰を受けるから」、「自分も人に殺されたくないから」あたりが、多くの人が行き着く答えではないだろうか(少なくとも自分はそうだった)。

 虎杖のこのセリフに出会った時、筆者は「確かにそうだ(そしてそれは嫌だなぁ)」と思わされ、これまでに読んできたどのマンガでも味わったことのない、生々しい感覚を覚えた。

 伏黒の紹介部分でも前述した「不平等な現実だけが平等に与えられている」というセリフもそうだが、「呪術廻戦」に登場する名セリフはどれもどこか後ろ向きで、湿っぽい。その湿っぽさに、キャラクターのリアルを感じずにはいられないのだ。

このセリフが登場した「幼魚と逆罰編」はアニメ公開に合わせて新ビジュアルも公開されていた

呪いは廻る。されど……?

 呪霊側の策によって五条悟が獄門疆に封印された渋谷事変、またその封印を解除することができる術式を持つ、天使と呼ばれる術者との接触を主目的として虎杖たちが参加した死滅回游(しめつかいゆう)を経て、物語は終盤へと向かっていく。長く昏睡状態だった伏黒の姉・津美紀も死滅回游のプレイヤーとして登録されており、その結果として目覚めることになるのだが、その肉体には過去の術者が受肉していることが判明する。

 この混乱に乗じ、過去に肉体の主導権を1分間、任意のタイミングで得ることができる“縛り”を虎杖と結んでいた宿儺は、指に自身の呪力を込めて引きちぎり、それを伏黒に飲み込ませる。そこで宿儺は、十種影法術を持つ伏黒の肉体に受肉することを以前から密かに目論んでいたことが明らかになる。その一方、五条悟の封印を解くことに成功した高専側は、宿儺の打倒と伏黒の奪還を目指して総力戦の準備へと移り、最終決戦である人外魔境新宿決戦編へと突入していく。

【【呪術廻戦】最終五話PV】

 物語の最終局面では、伏黒の体を乗っ取り、完全に受肉した宿儺と高専側の呪術師総出のラストバトルが長きにわたって描かれ、最後はともに生きることを提案した虎杖に対し、呪いとしてそれを拒否することを選んだ宿儺が消滅する形で決着した。

 人間という存在についてひと通り理解した上で、憎しみに突き動かされるでもなく、時には協力的とも取れる態度を見せることもあった宿儺ですら、共生の道を選ぶことはなかった。宿儺との決着はついたものの、人の心から生まれる呪いとの戦いは、これからも“廻る”ことが予想される幕引きとなった。これから先も戦い続けていくだろう虎杖たち、いつかその成長を目にすることを願わずにはいられない。