特別企画

狂気のギャンブルと変貌するカイジが繰り広げる人間ドラマ「賭博黙示録カイジ」1巻発売から28周年

限定ジャンケンから始まるカイジというキャラクターの描かれ方

【「賭博黙示録カイジ」1巻】

1996年9月3日 発売

 狂気のギャンブルが行なわれる裏社会で、自堕落でパッとしなかった若者カイジが繰り広げる人間ドラマ、それが1996年より講談社の「週刊ヤングマガジン」にて福本伸行氏が手掛けるマンガ「賭博黙示録カイジ」だ。

 本作は主人公である「伊藤 開司(カイジ)」が、巨額の借金を背負わされたことをきっかけに、命がけのギャンブルに身を投じていく。福本伸行氏が描く本作は、単なるギャンブルマンガに留まらず、人間の本質を鋭く描き出す。

 極限状況下で露わになる人間の本質。それは、勝利への執念、絶望からの復活、そして仲間との絆と裏切り。「ざわ……ざわ……」という特徴的な擬音と共に描かれる緊迫した場面、そしてキャラクターたちの印象的な名台詞の数々は、読者の心に深く刻まれる。そして、本作では主人公カイジの姿を通して、我々自身の人生や決断の在り方も問う。時にはカイジと自分自身の姿を重ね、自問自答をする。そういった魅力があるのも本作の特徴だ。コミックス発売から28年を迎えるタイミングに合わせて、本作の魅力を掘り下げていく。

「ざわ……ざわ……」という印象的な擬音はコスパよりTシャツとしてグッズ化もされている(画像はコスパのページより)
【【イッキ読み!!】1~5話『賭博黙示録カイジ』勝つのは智略走り他人出し抜ける者……!【漫画】【公式】】

シリーズの始まり「賭博黙示録カイジ」はギャンブル船で覚醒する、自堕落な若者「伊藤カイジ」が見どころ

 「賭博黙示録カイジ」は大きく第1章「希望の船」と、第2章「絶望の城」の2つの章から構成されている。細かく分けるなら、第1章「希望の船」は「エスポワール」でのエピソード、第2章「絶望の城」は2回に及ぶ「鉄骨渡り」のエピソード、「Eカード」のエピソード、「ティッシュ箱くじ引き」のエピソードがある。そのどれもが非常に面白く興味深い。

 常軌を逸したオリジナルのギャンブル、あまりにも性格が濃すぎるキャラクターたち、そしてそんなキャラクターが紡ぐストーリーと、我々の心に刻み込まれ消えないほどのインパクトを与えてくれる名言。本作を構成するそれらの魅力的な要素は数多く存在する。

 その中から今回は、カイジの覚醒の始まりである「エスポワール」のエピソードを中心に取り上げさせていただく。これは、自堕落なカイジがギャンブラーとして、さらには人間として成長を遂げ、才能を発揮したエピソードだからだ。

エスポワールでの「限定ジャンケン」。戦略と心理戦から濃すぎるほどの人間ドラマが生まれる

 カイジは、未来への希望もなく、しょぼい酒、しょぼいギャンブルに明け暮れる日々を送っている。イライラが溜まると高級車を傷つけるなど、自堕落かつ人の足を引っ張るような、とても褒められない生活を送っているのだ。

 そんな中、保証人になってしまった知人が行方をくらまし、闇金から借りている多額の借金を肩代わりすることになる。それは今のカイジにはとても返せる金額ではない。

 そこで借金を取り立てる遠藤から持ちかけられたのが、“希望の船エスポワール”で行なわれる一夜限りのギャンブルクルーズに参加するというものだ。勝てば借金が1日で返せるだけでなく、プラスで1千万や2千万円という大金を持ち帰れる可能性がある。一方、負ければそのままどこかに連れて行かれ、1~2年は戻れない。このギャンブルがカイジにとって希望であり、運命の分かれ道となる。

 当然こちらに参加することになったカイジ。舞台となるエスポワールでは、「限定ジャンケン」というゲームが繰り広げられる。この限定ジャンケンのルールは、一見シンプルだが奥深い戦略性を秘めている。まず、参加者は対戦相手を見つけ、事前に渡された星を賭けることから始まる。グー、チョキ、パーの3種類のカードを同時に出し、通常のジャンケンと同様に勝敗を判定する。勝者が賭けられた星を獲得できる。

 参加者は星を3つ集めつつ、カードをすべて使い切ることが最終目標であり、時間内にカードを使い切れなかったり、星がなくなるまたは2つ以下で終了すると敗北。負けた場合は別室送りになるという恐ろしいものだ。

 この一見シンプルに見えるゲームが、参加者たちの駆け引き、裏切り、そして人間性を赤裸々に映し出す。そこで描かれるカイジの奮闘と成長、そして彼を取り巻く個性豊かなキャラクターたちの姿を通じて、読者は息をもつかせぬ展開に引き込まれていく。

 ゲームが進むにつれて「限定ジャンケン」の“限定”の名が示す特徴が現われる。各プレーヤーには最初、グー、チョキ、パーの3種類のカードが4枚ずつ、合計12枚配られる。しかし、一度使用したカードは回収され、二度と使用できなくなる。つまり、ゲームが進むにつれて選択肢が減少していくのだ。例えば、グーを4回使用すると、以降はチョキとパーのカードでのみ勝負を続けなければならない。

「限定ジャンケン」グー、チョキ、パーのカードを使用して勝負し、他の参加者から星を集める。画像は3月に開催された「大カイジ展」のもの

 このゲームは4時間にわたって続けられ、時間の経過とともに参加者の戦略や心理状態が変化していく。限定ジャンケンはただ持っているジャンケンのカードを切っていくという運否天賦なゲームではないことがわかってくる。

 裏切りや協力はもちろん、カードを買収するなど、ルールには書かれていない裏技的なテクニックがある。それらを使い、緻密な作戦を組み立てた上で勝利への道を作り出す。そこから、参加者たちの間に激しい心理戦と人間ドラマが生み出されるのだ。

 カイジはこの限定ジャンケンの開始直後、「お互いにあいこを出し続ければカードを12枚消費できるし、星は減らないのでそのまま脱出できる」と持ちかけられる。だが、あいこを続けていくと、相手は違うカードを出してきた。相手は「手順のミスだ」と言い張り、カイジはそれを信じてしまう。そこで1個星を奪われたカイジは、次の番で相手にカードのすり替えを使われ、合計で2個の星を奪われてしまう。これによりゲーム開始直後に貴重な星を2つと、ジャンケンのカードを失う。ここでは重要な勝負において自分で熟考せず、判断を他人に任せてしまったことで一気に絶望の淵に立たされたのだ。だが、ここで騙されたからこそ、カイジが覚醒する。

 機転を利かせ、同じく追い込まれている参加者を誘い仲間にする。だが、そこでも裏切られる。ここではカードが0枚で星を2個しか持っていない男を仲間に引き込んだ。だが、カード0枚の男がカイジ達の持つカードを持ち出し、勝手に勝負に挑んだのだ。結果、その男はその勝負に負け、カードと星を失う。

 窮地の状況は変わらないが、カイジは絶望せず、諦めることなく次の一手を考える。機転や観察力を発揮し、これらの窮地を突破していく。この逆境に立ち向かう姿勢こそがカイジというキャラクターの魅力として描かれていく。

心に刻み込まれる数々の名台詞で心が震える

数々の名台詞はLINEのスタンプが生まれるほど。ストーリーをさらに濃くする台詞の数々がある

 そういった窮地を乗り越えていくカイジ。そして、ある意味でカイジたちと敵対する参加者や、胴元達もいる。そんな彼らが生み出す数々の名台詞もまた魅力的だ。この作品だけでどれほどの名セリフが生まれたことだろうか。

 今回紹介したエスポワールのエピソードで取り上げたいのは、カイジの「勝たなきゃ誰かの養分……」というセリフだ。これはギャンブル船エスポワールの話だけではない。これまで様々な決断の機会があったものの自分でその判断ができず、流れるまま、流されるまま生きてきた結果、多額の借金を負わされた。そして、起死回生をかけたこのギャンブルクルーズでもまた、騙され負けそうになる。

 このセリフにはそこから自身を奮い立たせ、決意を改めた彼の意思が込められているのだ。筆者はこの台詞に強く心を打たれた。

 また、胴元側である利根川の「Fuck You。ぶち殺すぞ……ゴミめら……!」という台詞は、そのインパクトの強さから記憶に深く刻まれる。これはエスポワールの参加者たちを黙らせる一言だ。

 参加者たちを“ゴミ”と一蹴するその言葉の強さ。この船では胴元と参加者には圧倒的な立場の差がある。その立場の差を読者に一言で伝え、さらに強烈なフレーズとして記憶にも残させた。こういった強烈な台詞が、作品の魅力をさらに高めているのだ。

こちらの利根川のセリフもグッズ化されている(画像は墓場の画廊ONLINE STOREのページより)

“ギャンブル”を媒介に覚醒するカイジを描く1作

 タイトルに“賭博”という文字が入っているため、知らない方はギャンブルに関するマンガだと思われるかもしれない。実際に筆者はギャンブルが強い主人公がいて、勝ったり負けたりしながらストーリーが進んでいくような作品かと思っていた。

 だが、本作を読んで良い意味でそれを裏切られた。これは“ギャンブル”を媒介にした、カイジといううだつの上がらない若者が覚醒していく姿を描き、その姿を読者と重ねさせ、そして読者が自分の人生を考えるきっかけになる。そういったマンガだと感じる。

 前述したとおり、「賭博黙示録カイジ」には「鉄骨渡り」や「ティッシュ箱くじ引き」など純粋なギャンブルとはやや趣の異なる駆け引きが登場する。その後も「賭博破戒録カイジ」、「賭博堕天録カイジ」とタイトルをやや変える形でカイジのストーリーはその後も続いていき、現在も「賭博堕天録カイジ 24億脱出編」として連載中だ。

 また、福本氏がこのカイジという作品で生み出し、イキイキとした濃いキャラクターたちが主人公の「中間管理録トネガワ(原作:萩原天晴氏、作画:橋本智広氏、三好智樹氏)」や「1日外出録ハンチョウ(原作:萩原天晴氏、上原求氏、新井和也氏)といったスピンオフ作品も生まれた。

「中間管理録トネガワ」(全10巻)
「1日外出録ハンチョウ」(既刊18巻、「週刊ヤングマガジン」にて連載中)

 本シリーズは連載から28年が経過しているが、まだまだ深みと広さを増し続けている。その入り口であり、すべての原点であるのが「賭博黙示録カイジ」なのだ。

 特定のコマだけ、特定の台詞だけは知っているが本編を知らないという方もいらっしゃるかもしれない。だが、それは勿体ないと筆者は思う。もし今も覚えているコマや台詞があるのなら、「賭博黙示録カイジ」にはその何倍もの濃さを持ったコマや台詞、何より濃厚なストーリーが楽しめるだろう。

 ぜひ、この機会にその一歩を踏み出してほしいと思う。あなたの人生に何らかの気づきを与えてくれるかもしれない、ギャンブルをテーマにしつつ、そんな異質の体験を与えてくれる作品だからだ。各作品ともに講談社のコミック配信サイト「ヤンマガWeb」にて公開中。連載中の「賭博堕天録カイジ 24億脱出編」は最新話の更新も行なわれている。

「ヤンマガWeb」の「賭博黙示録カイジ」のページ
「ヤンマガWeb」の「賭博堕天録カイジ 24億脱出編」のページ

8月24日より「大カイジ展」の名古屋会場が開催中。作中のエピソードを再現した展示やグッズの販売が行なわれている