特別企画

バンドマンの情熱を焚き付けてしまうリアルな“バンドもの”バンドマンガの金字塔「BECK」に詰まった夢とマインド

【「BECK」第1巻】

2000年2月15日 発売

コミックス1巻

 「BECKはあんまり読み返したくない。笑」――地元の楽器屋さんで知人のバンドマンは、「BECK」についてそう語った。

 筆者が「BECK(作者:ハロルド作石、出版社:講談社)」に出会ったのは中学生の頃。中学で初めてバンドを組んだときに、楽器屋さんでテレキャスターを購入したことが始まりだ。楽器屋さんの店主に「『BECK』の田中幸雄(コユキ)と同じギターだね」と言われたことをキッカケに作品に興味をもった。

 とはいえ、当時はまだバンドを始めたばかりということもあり、ただただバンドを楽しんでいた。特にそれで食べて行こうなどは思ってなく、ただ楽しければよかった。なので、筆者が当時読んだマンガ「BECK」の感想は、「面白いマンガだったな」というあっさりしたものだった。

 ふと懐かしくなり、「BECK」の1巻に手を伸ばしてみたところ、色褪せた単行本の発行時の年数が“2000年2月”。驚くことに第1巻の発行から今年でなんと24年だ。

 中学の頃とは違い、今はもうバンドマンを卒業した筆者だったが、今改めて読み返してみると、あの頃とは違って、作中に描かれている当時のバンド達のリアルな姿には、痛いくらいに胸を打たれた。読み終わる頃にはバンドと音楽への想いが、本気で再燃しかけてしまうほどに、中学生の頃とは違った衝撃を受けてしまった。

 そんな今だからこそわかる「BECK」の魅力を、当時バンドを組んでいた筆者の思い出と共に紹介したい。

複数のエピソードをまとめた超合本版も発売されている

ロックバンドのブームの真っ只中に連載された「BECK」

 「BECK」は「月刊少年マガジン」にて1999年から2008年まで連載されていた原作者ハロルド作石氏によるバンドを題材にした音楽マンガだ。2000年2月15日にコミックス第1巻が発売され、本日で24周年になる。

 21世紀を迎えて間もない当時の日本音楽シーンでは、ELLEGARDENやORANGE RANGE、Dragon Ash、RIZE(雷図)、ACIDMAN、10-FEET など、まさにロックバンドのブーム真っ只中だった。

 そんな中、主人公の成長と日本のインディーズバンドのサクセスストーリーをメインに、曰く付きのギターや、世界最高のロックバンドの未完の曲を巡る物語など、壮大な音楽ドラマを描いた本作は、瞬く間に音楽好きを中心に話題となった。

 主人公のバンドを通したリアルなストーリーラインからは、バンドマンはもちろん、バンドに馴染みがない人にも、活動における苦労や葛藤、挑戦する姿が伝わる。

 音楽を通して自分と向き合い、葛藤と前進を繰り返して成長していくキャラクター達の様子や、リアルな泥臭さを感じさせつつも、華やかに描かれるバンドの世界は当時のバンドマンの心を熱く揺さぶった。「リアルだけど夢がある」これこそが、数多のバンドマンの胸を昂らせた本作最大の魅力だろう。

 また、「BECK」は2004年にはマッドハウスにてアニメ化されテレビ東京系列にて放送された。2010年には実写映画化も行なわれており、まさにバンドマンガの金字塔と呼ばれるほどの人気作品だ。

 「BECK」が話題になったことで、一般の人にロック文化や、バンド、そしてバンドマン達の知られざる一面などが大きく世に広められた。

バンドマンが熱くなる。なぜ「BECK」の物語に共感するのか

「BECK」のあらすじ

「もう14歳にして先は見えてしまった」
平凡な日常に不満を抱えていた主人公・田中幸雄(コユキ)は、ある日いじめられていた全身ツギハギの姿の奇妙な犬を助けたことで、飼い主である南竜介と出会う。

助けてくれたお礼にと竜介から一本のギターをもらったコユキは、次第に音楽の世界へのめり込んでいく。

コユキの天性の歌声に可能性を感じた竜介は、ラッパーの千葉恒美、ベーシスト平義行、ドラマーのサクとともにロックバンド「BECK」を結成。

しかし、バンドの進む道のりは険しく、竜介の過去をキッカケに様々な音楽業界の大物がバンドの行手を阻む。音楽業界のあらゆるしがらみの中、圧力をエネルギー変えて確実に実力をつけていくBECK。バンドの成長と共にコユキ自身もまた、音楽を通し1人の人間として成長していく。

 というのが大まかなあらすじだ。物語は無名の状態からのインディーズシーンでの活動、次に日本最大のロックフェス、そして世界へとステージを駆け上がっていく。

 音楽業界のしがらみや、様々な妨害を受けならがも、バンドとして成長しながら突き進んでいく様子には、ハラハラさせつつもどんどん惹きつけられる。

コミックス2巻

 スケールの大きな物語だが、主人公の成長過程や、バンドの成長に必要な部分もきちんと描かれている。時にじっくり進む物語展開なども、体験者だからこそわかるリアリティであふれている。例えば、初めてギターを手にしたコユキが、独学で練習して一度挫折してしまうシーンなんかはそうだ。

 人にもよるが、最初からギターを独学で練習するのは結構難しい。というのも、筆者も何度かギターは挫折している。稀に天才的なスピードで理解し、飲み込んでいく人もいるが、多くの人は最初訳がわからなくて苦戦するはずだ。筆者もコードブックや入門書を何冊も無駄にしてしまった。

 作中では挫折したコユキは、救世主ともいえる「斉藤さん」というロック好きのおじさんのスパルタ指導で、徐々にコードやスケールを覚え、取りつかれたようにギターにのめり込んでいく。

 ちなみに筆者にも母の知り合いの「おじさん」という「斉藤さん」のような存在がいた。残念ながらコユキのような速度では上達しなかったが、なんとか最初の壁である「Fコード」をクリアし、簡単な曲が弾けるようになった。

 そういった過去があり、コユキの挫折している姿には、思わず自分の姿を重ねてしまうほど共感していた。

コミックス5巻

 バンドマンガと言えば華やかな演奏シーンがメインと思われるかもしれないが、作中で実際にコユキがライブハウスで初めてのステージデビューを果たしたのはコミックス5巻と結構先の巻となる。それまでは、初めて入るライブハウスという場に緊張したり、バンドの演奏によくわからないけど圧倒されたり、楽器屋での試奏を恥ずかしがるなど、初心者あるあるな姿を見せてくれる。コユキのこういった初々しい姿には、同じ道を辿った多くのバンドマンが懐かしさと共に、自分たちの時の事を思い出していたに違いない。

 どこにでもいる普通の少年が、少しずつ成長しながら、仲間と共に苦楽を経験していく姿には、バンドをしたこと無い人には自身もコユキみたいな経験をしてみたい、バンドをしたことある人にとっては懐かしさに加え自身もコユキに負けたくないという気持ちを湧き上がらせる。読むものを共感させる強い力を本作は持っている。

キャラクター説明

【BECK/Mongolian Chop Squad メンバー】

田中 幸雄(通称:コユキ)

田中 幸雄

 本作の主人公で14歳。BECKのギター・ボーカルを担当。

 温厚で律儀、頼まれると断れない性格から厄介ごとに巻き込まれがち。平凡な中学生活を送っていたが犬を助けたことで竜介に出会いバンドの世界へのめり込んでいく。天性のボーカルの才能によって中学生ながらBECKへ正式加入することになるが、バンドを優先した結果、高校を中退することになる。ギターを持たずに歌う時は実在するイギリスのバンド「オアシス」のリアム・ギャラガーのように両手を後ろで組むスタイルで歌う。竜介の妹・真帆には好意を抱いている。

南 竜介 / Ray

南 竜介

 BECKのギター担当の16歳。

 ニューヨークで暮らしていた帰国子女でバイリンガル。家庭の事情で家出し釣り堀に住んでいる。アメリカに住んでいたころはThe Dying Breedを結成する前のエディとバンドを組んでいた。不良少年で車上荒らしをしていた過去があり、それが原因となってBECKを様々なトラブルに巻き込むことに。ろくでなしだが音楽には妥協がなく、ギターのテクニックとエモーショナルな演奏は各所から評価されている。元いたバンドが解散後「最強のバンドを作る」という意志の下にBECKを結成した張本人。

千葉 恒美

千葉 恒美

 BECKのボーカル・MC(ラッパー)を担当する16歳。

 喧嘩っ早く曲がったことが大嫌いだが、実は繊細で心優しい性格。空手の実力はかなりのもの。バンドのムードメーカーで人を惹きつける魅力がある。ラップの才能も申し分ないが、コユキの才能を見て自分の存在意義に悩むが、努力で自信を取り戻していく。メンバー内でもBECK愛がかなり強い。バンドで売れて母親を楽させてあげたいという想いもある。作中、一番人間味を感じる筆者が一番好きなキャラクター。

平 義行

平 義行

 ベース担当の18歳。

 冷静で聡明で穏やかな性格。バンドの経理も担当。最年長ということもありまとめ役とバンドの精神的支柱でもある。ファンキーなプレイスタイルはアフリカ系アメリカ人からも評価されるほど日本時離れしたグルーヴ感を持つ。その実力はプロアマ問わず求められていたが結果的にBECKを選んだ。
上裸でローポジションのベース、父親はジャズミュージシャンというところから「レッド・ホット・チリペッパーズ」のフリーを彷彿させる。

桜井 裕志

桜井 裕志

 ドラム担当の14歳。

 コユキの同級生で当時いじめに苦しんでいたコユキの唯一の味方だった。兄の影響で7歳からドラムを始める。穏やかで笑顔を絶やさないためか常に目が細いが、The Dying Breedのエディの言葉に影響を受けそれを信念として突き進む芯の強さがある。メンバーやプロアマ問わず誰もが認める心の広さを持ち、技術的にも「最ものびしろがある」と評され、ドラムとしての将来性も見込まれている。

【BECKの仲間】

ベック

ベック

 つぎはぎだらけの犬。竜介の飼い犬で、バンド名「BECK」の由来でもある。性格はコユキに対してのみ獰猛。元々はレオン・サイクスの飼い犬で竜介がギターと一緒に盗んできた。

斉藤 研一

斉藤 研一

 斉藤紙業を経営する登場時44歳。コユキをアルバイトとして雇っている。元水泳五輪強化選手の経歴を持ち、風俗が大好きな独身貴族という強烈な個性を持つ。ロック好きで自身もギターを弾き、コユキには音楽をやる上で大事なことをポロッと言ったりする。個人的には作中一番ロックを感じてしまう、筆者お気に入りのキャラクター。

南真帆

南真帆

 コユキと同じ登場時14歳で南竜介の父違いの妹。異父兄妹だがとても仲が良く容姿も似ている。コユキの才能をいち早く見出し、常にコユキの支えとなっている。バイリンガルで、海外進出したBECKをサポートすることも。真帆自身も歌が上手い。後にコユキと付き合うことになる。

エディ・リー / The Dying Breed(ダイイング・ブリード))

 全米でカリスマ的人気のバンドのギタリスト。本名はエドワード・リー。日本でのグレイトフル・サウンド出演間際、レコーディングスタジオに向かう途中に強盗に射殺されてしまう。竜介にギターを教え、バンドを組んだり、一緒に悪さをしたりと竜介にとって一番の親友だった。BECKのメンバーにも多大な影響を与えた人物。

BECKのメンバーたちが生み出す名シーンとドラマ

 本作のタイトルでもある「BECK」は、作中で、主人公であるコユキが加入することになるバンド名だ。

 しかし、コユキのBECKへの加入は、メンバー全員が二つ返事というわけではなかった。BECKのベーシストである平は、コユキに対してまだ実力が伴わない、と最初は不安視していた。だが、コユキの加入を打診していた竜介の一言「 バンドはただ技術のある奴だけ集まりゃいいってワケじゃない“ケミストリー”が大切なんだ 」(南竜介/コミックス4巻)の台詞がバンドマンにはめちゃくちゃ刺さる。感覚的なセリフだが、ライブで演奏をする上でコレは重要な要素だからだ。

 バンドが良い演奏をする上で、本当に大事なことを教えてくれる竜介のセリフからは、竜介がいかに「生のライブ」を大切にしているかが伺える。作中には、実際にバンドをやる上で技術面以外で必要なことが、キャラクター達の様々なシーンを通して垣間見える。

コミックス25巻

 特に、筆者の胸を一番強く打ったのは、BECKのボーカル・ラッパーを務める千葉の葛藤だ。

 自分以外メンバーが、確固たる個性を持ち合わせている中、自分の存在意義について悩み、同じボーカルでもあるコユキの「天性のボーカルの才能」に嫉妬してしまう。

 バンドの世界は個性のぶつかり合いだ。とんでもない個性を持った人間がわんさかいる。筆者も千葉のように悩んだ時期があったが、残念ながら乗り越えられなかった。

 だが千葉は違う。自らその意義を掴みに行こうと、バンドとは畑の異なるクラブシーンに単身で乗り込み、ラップのフリースタイルバトルへの出場する。

 ラップで自分を曝け出し、決勝まで上り詰めた千葉の様子をみて、当時バンドマンだった自分に足りなかったものに気付かされた。物語後半で、演奏中のベースの平が「 コユキへのコンプレックス?……気付いた方がいいよ ここまで堂々と観客をあおれる日本人いねーぜ!! 」(コミックス31巻)と、心の中で千葉を賞賛しているところは、目頭が熱くなる。リスペクトし合えるメンバーとステージに立てるBECKは、心の底から羨ましいし、憧れた。

 このようにバンドをするのに必要なことを端折らず、丁寧に描く本作は、人によっては、展開のスピード感に、時々じれったさを感じることもあるかもしれない。だが、音楽好きやバンドに馴染みのある人からすると、このじれったい部分こそ、本作の説得力に繋がっているように思う。

 それでも、土壇場でバンドが起こす奇跡や、世界最高のロックバンドが残した断片的な曲を、無名のしかも日本のバンドが完成させていく、という音楽が巻き起こす夢のような展開には、音楽好きもそうでない人も読んでいて自然とワクワクし、その世界に魅了されてしまうだろう。

かつてバンドマンだった筆者が体験したー「BECK」が描くリアルなバンドの世界

 ここで少し筆者の話をしたい。まだSNSやスマホが普及していなかった当時、バンドで売れるためには、レコード会社やレーベルに所属して、活動のサポートやプロモーションをかけてもらうのが一般的な方法だったように思う。そのためには自分達でレーベルに売り込みをかける必要があるのだが、中々そう簡単に反応は返ってこないし、むしろ返ってこないのが当たり前だった。

 「BECK」にも、手当たり次第レーベルに自主制作の音源を送り反応を待つシーンがあるが、同じ経験があるだけに、この展開には筆者もつい一緒になってドキドキしてしまう。

 やがて1本の電話がかかってくるところは、読んでいるこちらまで「やっときた!」とまるで自身もBECKの一員のように嬉しさを感じてしまう。

 筆者が初めて「業界の人」からの電話を取ったのは、まだ自宅の固定電話が普及していた時だった。親が電話に出てしまい「何か通販で家電かCD買った……? まさかお金払ってないんじゃない?」と疑われながら受話器を渡された。親の様子の方にインパクトがあって、肝心なところが思い出せない。

 その後は、あれよあれよという間に、いかにも「業界人」の風貌の人達との話し合いの場が設けられた。未成年だった筆者は開いた口が塞がらないまま、契約書にハンコを押したことは覚えている。当たり前だが、親にはちょっと心配された。

 なんだかコユキがどんどんバンドの世界に身を投じていく様子は、若かりし頃の筆者の体験と重なるところが多く、得体の知れない感情に悶える時がある。現実にもマンガの世界のようなことが起きる時があるようだ。まさに、現実は小説より奇なり、というやつだ。

 そういえば、大人になってからコユキのお母さんを見ていると、母親の有り難さを感じてしまう。不安定な世界に飛び込む我が子を信じてサポートするのはそう簡単にできることじゃないだろう。

コミックス7巻

普通の少年だったはずの主人公が、世界最高のロックバンドの意志を繋いでいく。マンガならではの夢のあるストーリー

 本作の魅力は、リアリティーのあるバンドのサクセスストーリーだけではない。

 「BECK」の場合、マンガならではの夢のあるストーリーで、読者の心をさらに熱く煽ってくる。特に物語後半、コユキが「The Dying Breed(ダイイング・ブリード)」(通称:ダイブリ)のエディからの竜介宛の電話を、たまたま取ってしまったことがキッカケで、BECKが世界最高と言われるロックバンドでもあるダイブリの未発表曲を完成させていくシーンは、本作ならではの熱い展開だ。

 作中、伝説と言われているアヴァロン・フェスへの出演を、レオンによって妨害されていたBECK。コユキはレオンに「DEVIL'S WAY」を渡す代わりに、アヴァロン・フェスにBECKを出演させること、代わりにレオンはコユキに「エディの曲を知る者として大々的に売り出す」という交換条件を交わすことで危機を脱する。

 そして、「DEVIL'S WAY」は、コユキと竜介を中心にBECK達によって完成されていくのだが、その制作過程は素晴らしくドラマティックだ。

 エディが最後に持っていたというアコースティックギターを手にした竜介に、エディが「DEVIL'S WAY」に込めていたイメージが伝わる瞬間など、音楽に宿る不思議な力が見事に描かれている。徐々にアヴァロン・フェスのシーンに向けて、読者の熱量を上げにくる流れは、作品を通してまるで1つのアルバムの様だ。

コミックス28巻

 ストーリー中、最大の見せ場となるアヴァロン・フェスのBECKの演奏シーンは、BECKのこれまでの全てを包み込むような、壮大なスケールを感じる素晴らしいシーンに仕上がっている。このシーンを見て、野外フェスの大きなステージで演奏したいと夢見たバンドマンがどれほどいただろうか。

 不思議と脳内に聞こえないはずのBECKの演奏が鳴り響き、自然と胸がジーンと熱くなるに違いない。筆者は涙が止まらなかった。音楽って素晴らしい。

 バンドのサクセスストーリーを描くだけでなく、音楽業界のあらゆるしがらみをスパイスにしながら、マンガならではの壮大な夢のある展開を見せてくれる本作は、作品としての完成度も高く、純粋にストーリーだけを楽しむことができる。学生時代に初めて読んだ筆者が「面白い」と感じていたのはここに当たる。

バンドマン達のモチベーションを上げてしまう「BECK」――「読み返したくない」の本当の意味

 作中のBECK達は文字通り命がけでバンドをしている。

 レオン・サイクス絡みのサスペンス部分はもちろんなのだが、実際のバンド活動においても、メンバー全員でレコーディング費用の工面、バンドの露出と武者修行を兼ねてライブ本数を増やしたり、フライヤーの手配りによる告知、狭い車での長距離移動による地方遠征、バンドによっては海外をドサ周り、新しい音源が出できてはメジャー・インディーズ問わずに片っ端からレーベルに音源を送りまくったりと、全力でバンド活動を行っている。「BECK」が映し出すのは、まさに2000年代当時のバンドのリアルな実態だ。

 令和の今ならもっとスマートなやり方があるかもしれないが、当時は今ほどネットも普及していなかった時代だ。本気でバンドで売れよう思うとこれがベーシックな活動だった。

 だが、これだけやっても、結局ライブハウスで「良いライブ」をできなければバンドとして評価はされず、クチコミでも広がり辛い。それくらい「生のライブ」が バンドと観客に与える影響は大きかった。だから竜介は、観客の肌に訴えかける一つの要素として、バンドが起こすケミストリーを大切にしていたのかもしれない。バンド活動の在り方に正解・不正解はないが、少なくとも「BECK」には、バンドマンに必要なマインドがぎゅっと詰め込まれている。

 だからこそ、BECK達がバンドとして困難を乗り越え、華々しく成功していく夢のある姿は、多くのバンドマンに希望を与え、モチベーションを上げてきたのだろう。

 その反面、ある程度バンドに一区切りつけたバンドマンからするとそれは非常に悩ましいところだ。バンドの世界から離れる決意をした筆者だって、久しぶりに読み返したら、もう一度ギターを手にしようとしている。「BECK」を改めて読んだ今なら、もっと良いバンドができるんじゃないか、そう思ってしまっている。

 つまり冒頭に記述した「読み返したくない」の本当の意味はそこにある。“読む度についやる気を激らせる”とてつもないエネルギーがある。読んだことがある人はもう一度、まだ読んだことがない人も、是非「BECK」が描く、リアルなバンドマンの実態を覗いてみてほしい。

BECKの公式ファンブックとして「BECK Volume 0 THE GUIDE BOOK」(KCコミックス)も発売されている。原作者・ハロルド作石氏のインタビューやアーティストとの対談も含め、BECKの基本的な設定や音楽的な部分の詳しい解説、さらにはロック史についてもまとめられている。本編を読んで気になった人は併せて読むとより「BECK」やバンドの世界を楽しめるだろう
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