レビュー
一人占めの贅沢! 「おひとりさまホテル」
高級ホテルからラブホテルまで、ひとり時間に寄り添ってくれる至福
2025年3月8日 00:00
- 【おひとりさまホテル】
- コミックバンチKaiにて連載中
- 原案・まろ 漫画・マキヒロチ
「おひとりさまホテル」は、新潮社のWEB漫画誌「コミックバンチKai」にて連載されている、さまざまなホテルを「おひとりさま」で満喫するホテルライフのマンガだ。「おひとりホテルガイド」の著者でおひとりプロデューサーの原案・まろ氏と、女性の心情を巧みに描く漫画家・マキヒロチ氏によって製作されている。
「このマンガがすごい!2024」(宝島社)でオンナ編18位にランクインし、「王様のブランチ」や「めざまし8」等各メディアで特集が組まれるなど、話題にも事欠かない。個性的な実在のホテルを、登場人物がそれぞれの「おひとりさま」スタイルで楽しむ、新感覚ストーリーは、読めばすぐにどこかのホテルに泊まりたくなること請け合いだ。
旅の目的になるホテルばかり!旅好きも納得のセレクト
都内の設計会社に勤め、ホテルを作る仕事をしている会社員・塩川史香は、ホテルに泊まるのも大好きな31歳。月1回、良いホテルに一人で泊まるのをご褒美に日々の仕事を頑張っている。同僚や先輩もホテルが好きで、週5泊でほぼホテル暮らしの者から、記念日にとっておきのホテルに泊まる者までさまざまだ。本作は、そんな主人公とその仲間たちが、実在のホテルでひとり時間を満喫する様子を描いた、宿泊記のような形式で物語が進んでいく。
正直、良いホテルの宿泊記なら、ガイドブックやSNSなどで十分なんじゃないだろうか、と筆者は半ば訝しげに読み始めたのだが、心配は無用だった。登場するホテルのセレクトは、どれもセンス抜群で、そんじょそこらの旅行ガイドなんて目じゃない。筆者は、25ヵ国旅行し、国内外年間50泊ホテルに宿泊したことがあるなど、そこそこの旅好きなのだが、思わず舌を巻くほどだった。
まず、最初に登場するのは、東京虎ノ門のラグジュアリーホテル「The Okura Tokyo」(オークラ東京)で、日本を代表する格式の高いホテルであり、その伝説のロビーは、モダニズム建築の傑作との呼び声も高い。是非ロビーだけでも一目見てほしいホテルだ。1巻には他にも、かの有名な現存する日本最古のリゾートホテル「日光金谷ホテル」や、300年続いた老舗旅館がアートホテルとして生まれ変わった「白井屋ホテル」など、ホテル好きなら誰もが憧れるホテルばかりが登場する。
その後も、3巻にはギラギラの外資系ラグジュアリーホテル「W大阪」、4巻には惜しまれつつ長期休業に入った、文豪にも愛された「山の上ホテル」など、文句のつけどころがない。新旧さまざま、日本各地の旅好き垂涎のホテルに、史香たちは贅沢に一人で滞在する。
とはいえ、値段の高いホテルが、最高のおもてなしをしてくれるのはある意味当然ではある。それに1泊8万円もするようなホテルに、毎月泊まるのは正直、非現実的だ。だが、本作はきちんと低価格帯のホテルも抑えていて隙がない。全室ハーバービューが嬉しいライフスタイルホテル「ホテルアンテルーム那覇」は土日でも日によっては一人1泊1万円に収まるし、昭和レトロなラブホテル「ホテル富貴」は、女性一人で休憩のみの利用もできる。何より、江戸風の御殿みたいな部屋がある、遊び心と下心満載のラブホテルと、1937年創業のクラシックな高原リゾート「赤倉観光ホテル」が同じ4巻に掲載されているのも、ホテル選びの幅を感じられて、読んでいて面白い。
他にも、小江戸の街・佐原全体を一つのホテルとみなした客室分散型の「佐原商家町ホテルNIPPONIA」、ゴミを出さないゼロ・ウェイストアクションについて考える、学びとくつろぎの「HOTEL WHY」など、ただ寝るだけではない、一風変わった体験ができる今どきのホテルも網羅されている。全てに共通するのは、タイトル通り、「おひとりさま」で泊まって満足できること、そして旅の手段ではなく、目的となるホテルであることだ。
少し普通じゃないけど、ありふれた会社員たちの「おひとりさまホテル」
魅力的なホテルが目白押しの本作だが、ただホテルを紹介するだけではなく、史香たちの日々と人生に、ホテルが「ひとり時間」を過ごす場として寄り添ってくれる物語となっている。そもそも史香たちは、ホテルを作る仕事をしてはいるが、何の変哲もないただの会社員である。ただ、いわゆる、結婚して家庭を築いて、仕事と家事と育児を家族で一緒に乗り越えていく、というような理想的な普通の人生を歩んでいるわけではない。
史香は、「おひとりさまって最高!」と普段は思っているが、ふと恋人が欲しくなったり、でも強い結婚願望もなかったり、だからといって起業などといった目標もなかったり、このままでいいのか、と悩んでいる。「おひとりさま」を愛する会社の後輩は、やりたいことのために退社を決め、女性の先輩は、結婚していたが不妊治療に苦しみ、子供を諦めて離婚している。外国人の同僚や、諸事情で恋人と結婚できない同僚など、いわゆる普通の人生のレールからは少しだけ外れているが、かと言ってさほど特別でもない、ありふれた会社員たちが、本作の主な登場人物である。この、絶妙に平均的ではないが、さして珍しいわけでもない登場人物たちだからこそ、読者は感情移入して、本作を読めるようになっているのだ。
そんな登場人物たちの、おひとりさまホテルステイを少し紹介させてほしい。史香は学生時代の友達と同居しているのだが、「星のや富士」に一人で泊まっている時に、電話でエアコンの修理代や家事の分担のことでケンカになってしまう。せっかくの癒しの旅の最中に心が乱されて、モヤモヤしてしまう史香だったが、部屋で用意された朝食を食べながら美しい富士山の雄大な景色を眺めて、自然とその美しい景色を友達にも見せたいな、と思い至る。やっぱり我儘な自分が悪かったと謝ろうと決意するのだが、それは、富士山の全てを包み込む神々しさと、「星のや富士」がおもてなしした目にも楽しい朝食、そして一人でゆっくりと自分を見つめ直すことができる、ホテルステイが成せる技なのだ。
また、不妊治療の末に離婚に至った40歳の女性の先輩は、久しぶりに一人で迎える誕生日に、「箱根リトリート villa 1/f」でプライベートヴィラ1棟まるまる貸し切りのご褒美ステイをする。大涌谷を望む箱根のみずみずしい自然と、誰にも邪魔されない静かな時間。朝に露天風呂に浸かりながら彼女は、一人になって生きる意味も分からなくなったが、自然に包まれながら湯につかっているとどうでもよくなるな、という境地に至る。だましだまし楽しく生きていくしかない、と微笑む彼女の姿は凛としている。人生の節目に、そんな活力が湧いてくるのは、このホテルが、そよぐ木々の風や水音、鳥や虫の声など、五感で自然の癒しを感じ取れるように、趣向を凝らしていることも影響しているだろう。
ホテルに一人でゆっくり滞在することは、日々や人生において、大切なひとときを彩ってくれる。史香たちの丁寧な過ごし方は、ホテルが自分達に寄り添ってくれる存在であることを教えてくれるのだ。
「ひとり時間」をホテルで過ごす至福
史香たちの日々と人生の機微に寄り添うさまざまなホテルの魅力を、本作は丁寧に描写するが、滞在の仕方や楽しみ方は、登場人物の個性に合わせて多種多様である。マンガというモノクロの表現なのに、鮮やかに描かれていて、まるで自分が泊まっているかのように錯覚してしまうほどなのだが、1つ重要なことは、そのホテルの滞在が、「おひとりさま」だからこそ、味わい深いものになる、ということである。
一般的に、旅行は家族や友人、恋人と行く方が楽しいと思っている人の方が圧倒的に多いだろうし、旅行商品やホテルも、基本的には二人以上のプランの方が充実している。一人で旅先で感動しても、それを分かち合う人はいないので、史香たちは心の中や独り言で感想を言葉にするし、ホテルやレストランでの食事も、美味しいねと話す相手もなく、一人でもくもくと美食を口に運んでいるのだ。人によっては、耐えられないほど寂しいかもしれない。
だが、史香たちは寂しいとは思っていない。一人で寂しいのではなく、「一人占めできて幸せ!」と感激するのだ。掃除の行き届いた洗練されたホテルの部屋の空間、入眠しやすいふかふかのベッドに洗い立てのシーツ、パノラマビューやヒノキなど趣向を凝らした風呂、全てを自分一人で好きに使っていいという贅沢に、他人は要らない。人前に出られないだらしないパジャマ姿で、ルームサービスで好きな食べ物を好きな時に注文して、だらだら食事して、何時に寝て何時に起きてもいい、誰にも気を使わなくていい自由気ままな時間。「おひとりさま最高!」と史香はいつも噛み締めている。
筆者も、一人旅はもちろん、アメリカのディズニーランドに一人で遊びに行くほど、おひとりさま大好き人間なので、史香たちの言葉や行動には共感しかない。誰にも気兼ねなく、自分のタイミングで自分がしたいことができる醍醐味は、何物にも代えがたい。それに、他人と一緒にいる楽しさは、他人と一緒にいるわずらわしさと引き換えだと思っている。特にホテルはそう。トイレの音や風呂の順番、食事のタイミングやいびき、寝相まで、お互い気を使わなくてはならない。そんなことでケンカになるぐらいなら、いっそ一人の方が気楽なのだ。
そして、史香たちは、もっとポジティブに考えている。ホテルのレストランでは、スタッフから料理の説明を聞き、その一つ一つにホテルとその地域を結ぶ歴史と文化に思いを馳せ、ホテルの館内ツアーでは、そのホテルが持つアートやコンセプトをじっくり堪能する。リゾートホテルではホテル主催のアクティビティに参加してみたり、はたまたホテルが建つ街に出かけて、その街の空気をしっかり感じ取ったりする。ホテルの部屋のインテリアやアメニティなど、自分では手に入れられないような素敵なモノたちに囲まれていることを、強く実感する。一人だからこそ、ホテルとそのホテルが持つストーリーにしっかりと向き合い、より深く味わうことができるのだ。
確かにそれは、「おひとりさま」ならではのホテルの楽しみ方と言えるだろう。もちろん、家族や友人との旅行も楽しい。だが筆者は、是非「おひとりさまホテル」を読んでみて、ホテルで過ごす「おひとりさま」の時間というものの魅力を感じ取ってほしいと思う。そして、願わくは、実際に一人でホテルに宿泊し、ホテルそのものを満喫するという贅沢なおひとりさまの時間を過ごしてみてほしい。そこには、史香たちが感じている、一人ならではの至福のひとときが、きっとあるはずだから。