レビュー

「神の雫」×「金田一少年の事件簿」のハイブリッド!「キラー通りのソムリエ探偵」

安楽椅子探偵のソムリエと、無鉄砲な週刊誌記者のコンビが光る、本格ワインミステリー

【キラー通りのソムリエ探偵】

週刊誌「女性自身」にて連載中

著者:草壁エリザ 原作:天樹征丸

 光文社の週刊誌「女性自身」で連載中の「キラー通りのソムリエ探偵」は、タイトル通り、ソムリエが探偵として事件を推理するマンガなのだが、原作があの天樹征丸氏である。これだけで面白いことが確定しているといっても過言ではない。というのも、天樹征丸氏と言えば、シリーズ累計1億部突破の「金田一少年の事件簿」の原作を手掛けた、ミステリーマンガの先駆者にしてレジェンドであり、なおかつ、世界1500万部突破のワインマンガ「神の雫」の原作者でもある。

 ワイン愛好家たちのバイブルとして名高い「神の雫」では、亜樹直という名義で原作を担当しているが、このマンガがワイン振興に広く貢献したとして、ボルドーやブルゴーニュなどの各騎士団からシュヴァリエ(騎士号)を叙勲されているほどなのだ。そんな天樹征丸氏が手がける、ソムリエが探偵をするという、いわば「神の雫」と「金田一少年の事件簿」の良いとこどりのマンガ、名前負けしない傑作ミステリーと言っても言い過ぎではない。

ミステリアスなソムリエのキラーさんと、週刊誌記者の真希さんとの出会い

【週刊誌記者の真希あかね】

 原作が天樹征丸氏だから、ストーリーは心配ないとして、作画はどうかというと、これもまた完璧なまでに美しい。担当の草壁エリザ氏が描く主人公のキラーさんは、1巻の表紙を見るだけで、スラっとしていてかっこいいし、ソムリエらしい知性を感じる眉目秀麗な容姿だと分かってもらえるだろう。

 だが、その表紙を捲って筆者は息を呑んだ。表紙と同じキラーさんが、モノクロになっているのだが、ワインボトルとワイン、そしてキラーさんのワインと同じ赤色の瞳だけが色が付いており、その瞳がゾクゾクするほどミステリアスで意味深なのだ。キラーさんは一体、何者なのか…そんな不安と期待が入り混じった気持ちを胸に、物語は幕を開けるのである。

【最初の事件現場】

 最初の事件は、もう一人の主人公、入社3年目の若手週刊誌記者、真希あかねが偶然、女性が家のダイニングで死亡している現場に通りかかるところから始まる。記者である真希さんは、警察を呼ぶ前に、ささっと現場の様子をカメラに収めるのだが、その現場が不可解なのである。ダイニングテーブルの前で、女性は行儀よく椅子に座ったまま死んでいるが、テーブルの上には、ワイングラス擦り切れいっぱいにまで注がれた赤ワインとそのボトル、しおれかけの花が置かれていた。しかも、ダイニングテーブルは、普通なら部屋の真ん中に置かれているだろうが、部屋の入口のドアにぴったり寄せられていたのだ。窓は内側からしっかり鍵がかけられていた。

 もしこれが殺人事件なら、犯人は部屋を出て行った後にテーブルと椅子を、ワイヤーなどを使ってドア側に引き寄せたことになるが、そんなことをすれば、ワイングラスからワインがこぼれてテーブルが汚れているはずなのだ。だが、テーブルは綺麗なまま。だから、警察は自殺と考えて捜査を進めているが、真希さんは本当に自殺なのかと疑っており、独自に取材をすることになる。

【刑事に探りを入れる真希さん】

 真希さんは、自分に一方的に惚れている、大学の先輩であり捜査一課の刑事である渋谷大地に探りを入れて、女性の死因が、赤ワインと睡眠薬と合わせて毒をあおった服毒だと知る。そこで、これまた偶然通りかかって外観が気になったワインバーに立ち寄り、独特の雰囲気のあるソムリエに、事件現場にあった赤ワインと同じものが飲めるか尋ねるのだ。このソムリエこそが、本作の主人公、キラーさんである。

 当のワインは、グラス1杯7万円もする超高級品ということで、ひとまず、同じリシュプールという畑から造られた別の赤ワインをキラーさんは提供する。そのワインは、花畑のような香りに、目が覚めるような美味しさで、真希さんは感動。そこから真希さんは初心者ながらワインにハマっていくわけだが、それ以上に、キラーさんというソムリエに記者として頼っていくことになる。

【キラーさんと真希さんの出会い】

 というのも、キラーさんは、真希さんが1回見せた現場の写真だけで、女性が睡眠薬と毒を飲んで死んだと見抜くほど、観察眼と推理力が高いのだ。元刑事かと真希さんが尋ねると、キラーさんは言う。「ただの名もなきソムリエです」と。そこで、真希さんは、このワインバーがキラー通りという道にあることから、彼のことをキラーさんと呼ぶことにする。そう、実は、キラーさんは彼の名前ではなく、あくまで真希さんからの呼び名なのだ。現在2巻まで出ているが、キラーさんについては、ソムリエでワインバーを営んでいること以外の情報は何も分からないのである。

 この最初の事件は、真希さんがキラーさんのワインへの造詣と鋭い推理を頼りに容疑者を絞り込み、自分で直接押しかけることで犯人逮捕に繋がり解決した。真希さんは週刊誌に大スクープの記事を飾ることができ、キラーさんに感謝しきり。だがキラーさんは自身の手柄を鼻にかけることはなく、真希さんの行動力の賜物だという。そこで二人は、事件の解決を祝して、「謎解きとワインに乾杯」と祝杯を上げる。今後、二人はワインを味わい、ワインを手掛かりとしながら事件を解決し、その終わりにこの決め台詞と共に乾杯することとなる。

キラーさんのワインへの造詣と名推理、真希さんの無鉄砲な行動力

 このマンガの面白さには2つの軸があるように筆者は思う。1つは、やはりタイトル通り、キラーさんの豊富なワイン知識と、そのワインの魅力を手がかりにした名推理にあるように思う。最初の事件は説明した通り現場にワインがあり、被害者も犯人も資格を持つほどのワイン愛好家だから納得してもらえるだろう。そしてキラーさんは、それ以外の事件も、ワインが関わっていてもいなくても、真希さんから、記者として担当する事件の相談をされたらクールに推理を披露する。

【キラーさんの推理】

 例えば、乳製品販売会社の冷蔵倉庫に社員が閉じ込められて凍死した事件では、遺体の周りに並べられたヨーグルトドリンクの写真を見て、キラーさんは、コンドリュー・インヴィターレという白ワインのラベルに施された点字から着想を得て、それがモールス信号によるダイイングメッセージだと見抜く。また別の事件では、マンション街の植え込みで見つかった遺体が、ソムリエナイフで頸動脈をバッサリ切られており、そのソムリエナイフに被害者の指紋しか残っていないことから、キラーさんはすぐに犯人を特定する。その推理について、すぐに真希さんに解答を与えるのではなく、「ファーム・ハンド・オーガニック・カベルネ・ソーヴィニヨン」という農夫の手袋がラベルに描かれたワインを提供して真希さんを導くなど、手の込んだこともする。

 こんな離れ業ができるのも、ソムリエかつ推理力が高いキラーさんだからこそ。だが、キラーさんと真希さんは、あくまでワインバーのソムリエとその客であり、キラーさんはただお店で真希さんにワインを提供している店員にすぎない。何が言いたいかというと、キラーさんは推理はするけれども、ワインバーから動くことはなく、現場には足を運ばない、安楽椅子探偵なのだ。その代わり、記者の真希さんが、とんてもなく無鉄砲で、危険を顧みずに現場に体当たり取材する。この二人の落差が、このマンガの面白さのもう一つの軸であるように筆者は思う。

【編集部の様子】

 何しろ、真希さんは記者であって警察ではないので、犯人に真実を突き付けたとしても逮捕は不可能だ。せいぜい、事前に警察に連絡をして、現場に居合わせてもらうことしかできない。そのせいもあって、真希さんの体を張った取材には、ハラハラドキドキさせられる。例えば、最初の事件の時は、犯人である医者の誘いに一人で乗り込んで、注射器で眠らされそうになるし、投資ファンドの経営者殺人事件では、犯人のパティシエに激昂されて包丁で刺されそうになる。弁護士が殺害された事件では、犯人のハイヤー運転手を問い詰めるためにそのハイヤーを予約して乗り込み、車ごと巨大トレーラーに突っ込まれそうになっている。

 その度に、大学の先輩で刑事の渋谷大地や、週刊誌の編集部で一緒に働いている同僚に助けてもらっているのだ。そういう、命の危険がある取材だけでなく、乳製品販売会社で起きた殺人事件の時は、週刊誌記者という立場を隠し、アルバイトとして潜入して調査するという大胆不敵なことまで、ひょうひょうとやってのけるのだ。編集長やキラーさんは、怯むことなく勇敢に殺人犯に向かっていく行動力を認めつつも、度々危ない目にあっているのでその無鉄砲さを心配している。

物語全体に散りばめられた、大きな謎「DRCコルク猟奇的殺人」

 そんな、明るく元気で鉄砲玉みたいな記者の真希さんと、冷静で落ち着きのある博識なソムリエのキラーさんの一見ちぐはぐでありながら、店員と客という、一定の距離を保った協力関係が、このマンガのキモであり、面白さであると筆者は思う。そう、二人に仕事の関係性は本来はないのだ。来店した客の真希さんが持ち込んだ謎を、キラーさんがバーに居ながらにして、ワインをヒントに推理の矢を放つ。それが小気味良いテンポで進む、まさにミステリーマンガの傑作だ!と締めたいところだが、それで終わらないのが、天樹征丸氏のマンガである。

 本作の面白さには2つの軸があるとは説明した通りだが、そこに、もう1本、柱のようなものが、物語全体にそびえ立っているように、筆者は思う。それこそが、複雑怪奇な謎の事件である、未解決の「DRCコルク猟奇的殺人」だ。

【最初の事件のワインもDRC】

 DRCとは、ドメーヌ・ド・ロマネ・コンティというワインの製造会社のことで、赤の特級ワインは7種類あり、一番高価なロマネ・コンティは数百万円の価格で取引されるほど高級である。「DRCコルク猟奇的殺人」は、そのDRCの赤の特級ワインのコルクが遺体の口に詰められていた事件なのだ。最初の事件は2年前、次の事件は1年前で、それぞれ特級ワインのエシェゾーと、グラン・エシェゾーのコルクが被害者の口に詰め込まれ、体中に赤ワインが振りかけられた状態で、警官から盗んだピストルで撃ち殺されていたのである。その警官がピストルを盗まれたのは3年前のことで、その時襲われて昏倒している間に、シャツのポケットに、同じく特級ワインのコルトンのコルクが入れられていた。警官は、自分が盗まれたピストルを使って2人も殺されたことに心を病んでしまい、昨年自死したという。

 この未解決事件が、何故重要なのかというと、実は、この自死した警官が、真希さんの直属の上司である副編集長、土方登志江の夫だからである。土方さんは、今だ見つからない犯人を捜すため、休日を返上して独自に調べ続けている。というのも、奪われたピストルにはまだ4発弾丸が残っており、同じく特級ワインも他に4種類あるからだ。また新たな殺人事件が起こってしまうかもしれない。そこで土方さんは、ここのところスクープを連発している真希さんの行動力と推理力を見込んで、協力をお願いするのだ。来るべき時が来れば、一緒に動いてほしいと。真希さんは、土方さんに上司として世話になっており、二つ返事で引き受ける。

 「DRCコルク猟奇的殺人」事件はまだ謎のヒントが少なく、犯人の手がかりもまるでない。一応、フリージャーナリストの来栖凱や、ワインスクール講師の如月光太郎など、どことなく怪しげな登場人物がいないわけではないが、決定打には欠ける。だが、犯人と思しき黒い人物が、既にロマネ・サン・ヴィヴィアンにちなんだ殺人を準備しているかもしれない描写が2巻で垣間見える。もしかしたら、近いうちに次なる殺人事件が起こってしまうかもしれないという恐怖と謎を根底に置きつつ、週刊誌記者として真希さんには次から次へと事件を取材する仕事が舞い込んでくる。真希さんは己の胆力とキラーさんの推理で事件を解決していくし、そのキラーさんのワインにちなんだ謎解きはミステリアスで鮮やかだ。

 真希さんは仕事が重なって「DRCコルク猟奇的殺人」については、キラーさんにさわり程しか話していない。普段の事件の推理と合わせて、この奇妙な殺人事件の謎を、キラーさんがどう推理していくのか、そして真希さんがどんな体当たり取材をしていくのか、一読者として筆者は楽しみで仕方がない。是非一度読んでみて、ソムリエであり安楽椅子探偵であるキラーさんの緻密でダイナミックな謎解きと、真希さんの命知らずの行動力、そして、作中に登場する数多くの美味しそうなワインの魅力に、酔いしれてほしいと筆者は思っている。