レビュー
地球滅亡を賭けたロボットバトル、横山光輝氏が描く「マーズ」の世界
あえて主役ロボをすぐ出さない。40年の時を経ても心を震わせる「横山SFマンガ」の到達点
2024年5月18日 00:00
- 【マーズ】
- 連載期間:1976年~1977年
- コミックス全5巻
「マーズ」(週刊少年チャンピオン、秋田書店)は筆者の心に強く刻まれている横山光輝氏のマンガである。初めて読んだのは、小学生の頃だった。アニメ「六神合体ゴッドマーズ」の原作のマンガということで本作の存在を知り、行きつけの本屋で立ち読み、ぐいぐいと展開に引き込まれ、衝撃のラストに呆然とした。
「六神合体ゴッドマーズ」が1981年の作品だから、筆者は当時10歳くらいで「マーズ」に触れたのだろう。そこから40年以上たった今でも、筆者にとって「マーズ」はお気に入りのマンガである。多くの人の中に「心を占め続ける大事なマンガ」があると思う。今回、ぜひ「マーズ」の魅力を語りたい。
「マーズ」は"ロボットSF"である。強大な力を持つロボットを自由自在に操る少年が、恐ろしい悪の組織に立ち向かう。「マーズ」は横山光輝氏が過去に「鉄人28号(1956年~)」で切り開いたロボットSFの集大成であり、そのドラマ性、物語の完成度において、非常に高いクオリティを持っている。とにかくマーズが、ガイアーが、敵となる6神体がカッコイイのだ! ミステリーとサスペンスの要素、SFとしてのイメージの奔流……。ぜひ手に取って欲しいマンガである。
今年は横山光輝氏生誕90周年ということで、5月18日からハンズ名古屋店で「横山光輝 生誕90周年記念 POP UP STORE」が開始されるという。こちらも要チェックだ。
人類を滅ぼすために生まれた少年・マーズが人々を守るために戦うSFロマン
「マーズ」は「週刊少年チャンピオン」にて1976年から1977年まで連載され、少年チャンピオンコミックで全5巻が刊行されている。「マーズ」の冒頭は、1巻の衝撃的なビジュアルが見事に物語っている。火山弾が吹き出すような場所で裸で立っている少年。彼は一体何者なのか?
本作の舞台は現代(1977年当時)の日本。海底火山の活動により隆起した「秋の島新島」を上空から撮影していた新聞記者・岩倉は、海底から出てきたばかりの島に人影を発見する。岩倉の写真がきっかけに救助隊が出動、まだ火山がもうもうと煙を上げている秋の島新島から救助隊は1人の少年を助け出す。
しかしその少年は全く言葉を話せなかった。少年は病院の院長の家に預けられ、言葉を話せるようになるが、記憶は戻らない。その少年に怪しい男が接触してくる。彼は少年を連れ出し、「俺のようにやってみろ」といい、大岩をこぶしで砕き、家の屋根より高くジャンプする。少年はこともなげに男と同じことをする。男は言う。「体の動きは正常なようだな、後は記憶だけか」。そして男はさらに言うのだ。「俺もお前も地球人ではない。マーズよ、恐ろしい地球人類を滅ぼすために、ガイアーを爆発するように命じるのだ」。
少年の本当の名前はマーズ。彼は遠い昔宇宙からの来訪者が地球に降り立ったとき、地球人類の潜在的な好戦性を恐れ、人類を監視するため守護者であるガイアーと共にセットされたのだ。人類がこのまま技術を進歩させ宇宙に進出するような事態になったなら、それを止めるためにマーズがガイアーの爆弾を作動させ、地球そのものを破壊するというのが本来の目的となっていた。謎の男は6人いるマーズと地球人類を監視する「監視者」達の1人だ。監視者は6神体を操り歴史の影で暗躍し、人類を監視し続けていた。
しかしそのシステムに狂いが生じた。本来、マーズは100年後に目覚めるはずだったのだが、火山活動で早く目覚めてしまったのだ。しかし男は「人類の進歩は我々の予想より早い。お前が早く目覚めて良かった。マーズよ、今すぐガイアーを爆発させるのだ!」と言う。
そこで少年・マーズは迷う。彼は監視者からガイアーへ命令するまでの猶予として与えられた10日間で、人類の歴史を学び、人類が好戦性だけでなく残忍な行動を反省し、未来へ繋ぐ人達がいることを知り、ガイアーを爆発させないことを決断する。一方の監視者はマーズが自分の使命を果たすつもりがないことを知ると行動を始める。ガイアーはマーズの命令だけでなく、マーズが死んでも起爆するのだ。監視者は6神体の恐ろしい力を使い、マーズの命を狙う……。
「マーズ」の最大の面白さは、超常の能力を持つ巨大ロボ・6神体とのバトルだ。6神体は巨大な"だるま"のような「ウラヌス」、鋼鉄でできた真っ黒い「スフィンクス」などどれも個性的で、独特のキャラクター性がある。その能力と恐ろしさで大活躍するものの、ついには劇中で一度も名前が呼ばれなかった神体もある。
神体はどれもひとつの国を消滅させるほどの力を持っている。ウラヌスは東京を含む広い範囲に猛吹雪を起こし都市活動を停止させ、スフィンクスは周囲の鉄を溶かすほどの高熱を発し、軍隊を壊滅させる。1970年代はまさに特撮ヒーロー全盛期だ。様々な怪人、怪獣が現われ、人々の平和を脅かしていた。「マーズ」の6神体達はそういった特撮・アニメに負けない恐ろしさと破壊能力、そして魅力を持っていた。
主役ロボ・ガイアーは人型だが、6神体は土偶や巨大な顔の形などまさに"異形"といえる存在で、天変地異を起こすような強大な力を持っているのが恐ろしさを増す。マーズとガイアーが6神体とどう戦うか、というところが「マーズ」の見所なのだ。
頼もしいけど恐ろしい主役ロボ・ガイアー
個性的な6神体以上に、主役ロボ・ガイアーの見せ方や設定は凝っている。筆者は横山氏は実は主役ロボをなかなか出さない、"溜める"傾向があると思っている。マンガ「鉄人28号」では27号を最初に出し、「これが表題の28号か!」と、読者にミスリードを誘う演出があった。マンガ「ジャイアントロボ」は工事中に事故が起きるなど開発が難航している描写があり、こちらも主役のロボはすぐには姿を見せない。読者をじらして、より主役を印象づけるというサービス精神を感じるところがある。
「マーズ」においては、そのじらしは顕著だ。「マーズ」ではまず"斥候"の役割を持つタイタンが、地球の武器の性能を試すため、怪獣映画のように暴れ回る。地球人類がタイタンを破壊するような力を持っていなければ、脅威ではないというわけだ。だが、アメリカ軍が核ミサイルを使用、タイタンが破壊され、ガイアーが目覚めてしまう。
しかし、ガイアーは海底に眠っていたため、全身が貝やフジツボに覆われ、その姿をはっきりと現わさない。タイタンはかっこいいロボットだったのに、ガイアーは怪物そのもの姿で出てくる。ガイアーの本当の姿が明らかになるのは、ここからしばらく後である。
ガイアーは6神体とは比べものにならない強力なロボットだ。バリアーを張り巡らせば航空機を一撃で粉々にできる神体の電撃すら防ぎ、腕から放射される「光子弾」はどんな敵も破壊する。例え神体がシールドを張り巡らせても数発で破ってしまう。そして弱った敵は引力装置で引き寄せられ、ガイアーが手を触れると分子レベルまで分解されてしまう。
ガイアーの戦い方はロボットファンにこそ見てもらいたい。ガイアーは人型だが殴ったり蹴ったりというアクションをせず、基本は両手を胸の前で交差した直立姿勢で浮いているだけ、光子弾を撃つ時と、敵を引き寄せ破壊するときだけその手を動かす。敵の攻撃を全く受け付けず、超然としているガイアーと、神体内部で冷や汗を浮かべながら必死で作戦を練り、神体の武器を次々と使って攻撃する監視者のギャップが面白い。ガイアーはまさに無敵のロボットなのだ。
しかし記憶喪失であるマーズはガイアーの本当の力も、使い方もわからない。6神体にどれだけ自分が有利なのか、知らないのだ。監視者は狡猾であり、様々な作戦でマーズを窮地に追い込む。マーズはガイアーの力で襲いかかってくる監視者を撃退していくが、マーズも傷を負っていく。そして人造人間であるマーズの傷は地球の技術では治せない……。
なによりもマーズが人類を守っているのは、彼が火山活動で早く目覚め、記憶を失い、"狂って"いるからに過ぎないのだ。もし彼が何らかのきっかけで"直って"しまったら……。マーズと監視者の戦いで日本政府をはじめとした人類はマーズを助けるが、ガイアーと6神体の戦いは地球側の理解を超えている。だからこそマーズが狂っているという"異常事態"にすがるしかない、というのも物語の面白いところだろう。
マーズと監視者の戦い、そしてそれを見守ることしかできない人類がどうなるのか、ぜひマンガで確認してほしい。横山氏の絵柄は若い読者から見ればシンプルで、コマ割りや展開も時代を感じさせるものがあると思うが、込められたアイディア、描かれるテーマ、6神体の恐ろしい能力と、それに立ち向かうマーズのかっこよさ、ガイアーの圧倒的な強さは、時代を超えた面白さを感じさせてくれるだろう。
「マーズ」はアニメの「六神合体ゴッドマーズ」とは全く違う話である。このため、横山光輝氏の「マーズ」をアニメ化しようというスタッフにより原作に近い展開のアニメ2作が制作されているが、筆者はやはりマンガ版こそが至高だと思う。謎でぐいぐい読者を引き込むミステリー性と、常に緊張感のあるストーリー、スピード感のあるアクション。筆者自身は「鉄人28号」、「バビル2世」などSFマンガを描いてきた横山氏の1つの到達点だと思っている。ぜひ読んで欲しい。