特別企画

新連載バスケマンガ「白線に展転」はどう作られたのか? ネームから見えるマンガの制作過程

【白線に展転】
4月6日 連載開始

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 4月6日に発売する月刊少年マガジン5月号より、沖田さとり氏の青春バスケマンガ「白線に展転」の連載がスタートした。

 本作は周囲にうまくなじめない少年柊木雀(ひいらぎすずめ)が、ある日出所したばかりのヤクザ・三鷹と出会ったことでバスケットボールの面白さに気づき、孤独な2人を結びつけていくという青春もの。

 今回、「白線に展転」のネームを入手することができた。ネームが完成するまでのマンガ家と編集とのやり取りや、ネームから完成原稿への変化を見ることで、少年マガジンの連載マンガがどのような工程で作られているのかを垣間見ることができる。

初期の構想から「バスケ」マンガになるまで

 「白線に展転」のスタート地点は「実の母親と上手くいっていない少年と保護者のヤクザが普通の日常について考える話」という世間からはみ出してしまった2人の関係性を描くことだった。この時点ではバスケはまだ設定として存在していない。

 構想段階の設定では、ヤクザの男性は幼いころから少年のそばにいる唯一の理解者としてポジショニングされている。

主人公柊木雀(ひいらぎすずめ)は日々の暮らしの中でいつも疑問を感じている少年
もう1人の主人公三鷹修(みたかしゅう)は、35歳の元服役囚。肩に刺青を入れている
【構想時点での設定】

主人公
中学2年の男の子。母親は夜の仕事で父親は不明。母親が失踪したため小学校には行ってない。世間知らずで、疑問を抱いたら、納得するまで答えを探し続ける。感情表現は乏しいが、素直でなんでも信じる。

おじさん
ヤクザのおじさん。見た目は怖くてぶっきらぼうだが、実は優しい。主人公の疑問に頭を悩ませながら向き合ってくれる。

ジャンル…日常コメディ

描きたいテーマ…哲学、日常の中のささやかな疑問に孤独な2人が向き合って行く暖かさ

人間関係…傷を負った疑似家族の親愛

舞台…現代日本、歌舞伎町

 「中学生、世間に馴染めないが好奇心は旺盛、気になったことは何でも知りたくて、次々と不思議な疑問を思いつく」という主人公の人物像自体は変わっていないが、主人公を取り巻く設定はかなり社会派で重いドラマになっている。

【構想時点でのあらすじ】

中学生の主人公は、世間に馴染めないが、好奇心は旺盛。
気になったことは何でも知りたくて、次々と不思議な疑問を思いつく。

「鏡の中の自分は、目を離した瞬間に別の表情をしているかもしれない。」
「鬼ごっこの鬼って、どんな気持ち?」
「鳥が記憶喪失になったら、地面を歩くようになるのかもしれない。」

クラスメイトは「また始まった」と呆れながらも、彼の子供じみた哲学に付き合ってくれる。
それでも答えが見つからない時は、大人に聞きに行く。

母親は夜の仕事、父親は不明。
幼い頃から歓楽街で育った主人公は、キャッチの兄ちゃん、キャバ嬢の姉ちゃん、ホームレスのじいさんなど、街のあちこちに顔見知りがいる。
そして今、一番頼りにしているのが保護者代わりのヤクザのおじさんだった。

母親が突然失踪し、後に残された主人公を引き取ったのがそのヤクザだったのだ。
「家族だから」でもなく、「かわいそうだから」でもなく、ただ母親と古い縁があったという理由だけで。

だけど、主人公もおじさんも「普通」や「家族」が何なのか、よくわからない。

「普通ってなんだ?」
「悪い人が優しいと、良い人になるの?」
「寂しいって、どういう気持ち?」

そんな問いを交わしながら、2人はぎこちなくも少しずつお互いを知っていく。
時にぶつかり、時に笑い合いながら、他愛ない会話の中で見つけた答えは、いつの間にか心の中に小さな灯りをともしていた。

それは、陰の中で生きる誰かの、ちょっとした光になるかもしれない。

 この構想に対して、編集からは「セリフだらけになってしまうのではないか」という意見が上がる。そして「哲学的な会話はむしろスポーツを通して、アクションを通して描いてみては」という話し合いを通じ、沖田氏がバスケットボールの経験者だったこともあり、バスケマンガという方向性が打ち出された。

初期ネームと修正ネームの違い 連載向け構成への変化

 バスケを使って人生についての哲学的な問いを考えるという構想にしたがって、最初のネームが作られる。初期ネームは49ページ。大きな流れやコマ割りはかなり掲載稿に近いページもあるが、いくつか大きく違う部分がある。

 例えば初期ネームには三鷹の出所シーンがなく、冒頭部分は雀だけにフォーカスされているが、修正版のネームでは冒頭に三鷹の登場シーンが追加され、ダブル主人公という印象を強くしている。

三鷹の出所シーンは修正ネームから追加された

 初期ネームに登場している母親が、修正ネームではカットされているのも特徴だ。初期ネームでは、構想段階の“疑似家族”という男性との関係の対比として、母親とのすれ違いが描かれている。だが修正ネームでは、周りの「あたりまえ」が分からないという雀の悩みは学校生活でのクラスメートとのすれ違いという形で描かれている。

初期ネームにあった母親との関係を示すシーンは、修正ネームではすべてカットされている
替わりに初期ネームではさらりと触れているだけだった友達との関係を表現するシーンが多く追加されている

 初期ネームではかなり駆け足にストーリーが進んでいたが、編集からの指示で、2話分に分割したのだという。読んでみると確かに、初期ネームはそれ単体の読み切りマンガという印象を受ける。修正ネームや掲載稿では、キャラクター描写が増えて、より連載作品らしい展開になっている。

完成原稿での変化 フォントや演出に見る編集の役割

 修正ネームと掲載稿は、ストーリーの流れやコマ割りなどはほぼ同じで、非常に完成度の高いネームになっていることがわかる。掲載稿での大きな修正は、ネームではずっとかけている三鷹のサングラスがバスケをするシーンからは外されていること、三鷹が雀に差し出す飲み物が、ネームでは「いちごみるく」だったが掲載稿では「おしるこ」に変わっていることくらいだ。

修正ネームでは三鷹はすべてのシーンでサングラスをかけている
掲載稿では、バスケをするシーンでは象徴的にサングラスが外されている
ネームではいちごみるくと青汁だった飲み物
掲載稿ではおしること青汁に変更されている

 編集の仕事として大きく変更されているのは、セリフのフォントだろう。ネームの段階ではすべて単一のフォントで作られているが、掲載稿をよく見ると、太文字のゴシック体や丸文字、デザイン性の高いフォントなどが複雑に使い分けられて、物語を演出している。このフォントの使い分け作業は編集の腕の見せ所でもある。

細やかなフォントの使い分けが、セリフに感情を持たせる

 こうして構想から、掲載稿までをみていくと、決してマンガはマンガ家だけで作っているわけではないことがわかるだろう。プロマンガ家のマンガがどれも一定のレベルを保っているのは、こうした二人三脚のやり取りを通じて作品としてブラッシュアップされているからに他ならない。

作者と編集の二人三脚で生まれるプロのマンガを楽しんで

 我々が普段なんとなく読んでいるマンガが、どのような工程を経て生み出されているのかを、今回は構想からネーム、そして掲載稿までの変化を通じてたどってみた。

 絵だけがフォーカスされがちだが、マンガの面白さは絵だけが握っているわけではない。セリフやコマ割り、構図からフォント選びまで、すべてがうまく噛み合って、作者の伝えたいことが読者に伝わる時、人はそのマンガを面白いと感じるのではないだろうか。

 マンガを描いてみようと思っている人はもちろん、読んで楽しむ人も、そのマンガが何にフォーカスされて何を表現しようとしているのか、作品の裏に隠れたテーマや作者の意図を考えながら読むと新たな楽しさが見つかるかもしれない。