特別企画
「1日外出録ハンチョウ」連載7周年 地下労働施設の班長・大槻が主役の悪魔的スピンオフ!
あまりにもくだらない「カイジ」のスピンオフ! だが、それがいい!
2024年12月26日 00:00
- 【1日外出録ハンチョウ】
- 2014年12月26日 連載開始
バトルもの、スポーツもの、ファンタジーものなど、ありとあらゆるジャンルが揃っている現在のマンガ業界だが、根強い人気を誇るジャンルの1つとして、スピンオフものが挙げられる。これは特定の作品に登場するキャラクターなり世界観なりをそのまま流用し、1つの独立した物語に仕上げた作品のことだ。
今回ご紹介するのも、そんなスピンオフ作品の1つ。鬼才・福本伸行が手掛けた「カイジ」シリーズに登場する大槻太郎を主人公にした「1日外出録ハンチョウ」である。原作を萩原天晴氏、作画を上原求氏と新井和也氏、さらに福本伸行氏が協力する形で「週刊ヤングマガジン」(講談社)にて連載中で本日7周年を迎えた。
「1日外出録ハンチョウ」の主役・大槻の人物像
大槻は、カイジ第2部とも言うべき「賭博破戒録カイジ」で登場。借金のカタに重労働を強いられる地下収容施設で、カイジが所属するE班の班長を務めていた人物だ。温和そうな表情とは裏腹に、性格は極めて悪辣。地下収容施設では、四五六賽(シゴロさい、4と5と6の目しか出ないサイコロ)を使ったイマサマ賭博で、貧しい労働者たちから地下通貨「ペリカ」を巻き上げていた。
対して、本作ではギャグマンガということもあり、かなりコミカルに描かれている。ときおりブラックな一面が見え隠れするものの、基本的には人の良いおじさん風。本人も自ら「ワシ、人相悪くないと思うし」などとのたまっていた。
また、大槻には石和と沼川という直属の部下がいる。2人は、原作では大槻と結託してカイジを嵌めた悪の一味であったが、本作では「大槻の友達」という表現がふさわしい。一応、部下であり大槻とは年齢も離れているため(大槻は40代半ば、石和と沼川は30代半ば)、上下関係はあるものの、彼らは確かに友情でつながっているのだ。
クズどもから巻き上げたペリカで1日外出を楽しむ大槻太郎の物語
主要なメンバーを紹介したところで、内容についても少し説明を加えたい。大槻にしろ石和と沼川にしろ、借金のカタに地下収容施設で重労働を強いられているのは先に述べた通り。
通常は借金を完済するまで地下収容施設から出ることはできないのだが、1つだけ例外が存在する。それが勤労奨励オプションの1つである1日外出券(50万ペリカ)だ。本作は、地下にいながらもイカサマ賭博で大金を稼ぎ、1日外出券を利用しては外で悠々自適な1日を送る大槻班長の1日外出の記録である。
しかし、大金をかせぐと言っても地下通貨の価値は日本円の10分の1。1万ペリカを円に直すと1,000円ということになる。つまり、高級レストランで豪勢な食事に舌鼓を打ったり、一流ホテルで上質のおもてなしを心ゆくまで堪能したりといった、セレブな外出を楽しむには金が足らない。必然的に食事はファミリーレストランや大衆的な居酒屋、宿泊は格安ビジネスホテルや友人宅での雑魚寝に限られてくる。
そんな地味な外出が果たして面白いのか? と危惧することなかれ。これが絶妙に面白いのだ。本作を面白いと感じるポイントは人によってそれぞれだと思うが、筆者が考える最大の要因は1つ。それは、くだらないこと・どうでもいいことを30代40代の大人が真剣に話し合う、あるいは実行するシュールさである。さらに本作を語るうえで欠かせない料理要素とパロディ要素も加え、計3つのエピソードを紹介しよう。
あまりにもくだらないドラフト会議! だが、それがいい!(第43話「指名」)
地下収容施設では、各班の班長のみ特例として物販が許されている。どんな商品を置くかは基本的に班長の自由だが、ブルボンの製菓だけは別。過去には悪質な転売が横行したこともあり、ブルボン製菓は各班それぞれ3種類までという制限が設けられた。しかも、各班で商品がかぶってはいけない(同じ製菓は置けない)というルールがある。
そこで開催されるのがブルボンドラフト会議。プロ野球のドラフト会議と同じく各班が一斉にブルボンの製菓を1つ指名し、他班とかぶっていなければ、その製菓の販売権を獲得できる。一方、同じ製菓を指名した班が複数あった場合はジャンケンで勝負。勝ったほうは販売権を獲得し、負けたほうは残っている製菓のなかから改めて1つ選び直す。これを3巡ほど繰り返して、各班が好みの製菓の販売権を取り合っていくという仕組みだ。
ブルボンドラフト会議は代々木公園で行なわれる。サングラスをかけた黒スーツの周囲に、いい年をしたおっさんが並ぶ様は、控えめに言っても不審者ここに極まれり
大の大人がお菓子に一喜一憂しているだけでも十分に面白いのだが、何よりも秀逸なのはその描写である。まずスピンオフゆえ、絵柄は当然ながら「カイジ」風だが、ナレーションも「カイジ」シリーズを踏襲。「ルマンドやエリーゼといった……ブルボンのクラシック洋菓子シリーズ……!」、「チョコクリームとホワイトクリーム……両方を有した製菓……!」のようにシリーズを彷彿とさせる倒置法と体言止めが炸裂する。
また、作品に使われている効果も「カイジ」と共通するものが多い。福本作品において代表的な「ざわ…」という擬音や、何かを閃いたときの背景に描かれるイナズマフラッシュなど、おなじみの表現が数多く使われている。帝愛の手先たる黒服の不気味で無機質な雰囲気もしっかり再現されており、1コマだけ見れば「カイジ」なのか「ハンチョウ」なのかわからないほどのクオリティだ。
しかし、これらは言うまでもなく、類まれな緊張感と驚きを併せ持つ「カイジ」だからこそ活きる手法。それをギャグマンガでやるとどうなるか? 大人たちがブルボンのお菓子を取り合うさまを緊張感あふれる描写で表現するとどうなるか?
そこにアンバランスの妙が生まれる。そしてシュールな笑いがこみ上げてくる。この大して重要でもないことに、いい大人がこれ以上ない真剣さで挑む姿を「カイジ」風に仕上げるセンスが、本作の神髄と言えよう。
他のグルメマンガには決してない味わい深さ! 大槻、食べログ3.2の立ち食いそばへ!(第1話「玉座」)
本作のエピソードはさまざまなレジャーを題材としているが、料理に関する話はとくに豊富。インターネットのレビューを見ても、料理のエピソードはとりわけ面白いと評している人が多い。そのなかでも、筆者が「こんなくだらないことをこんな面白い話によくぞ仕上げたな」と思う1エピソードを紹介しよう。
本作の料理エピソードは大別すると3系統に分類される。1つは、飲食店に行って食事を楽しむ外食エピソード。もう1つは、大槻が自ら料理を作る自炊エピソード。最後に、地下施設で出される食事にスポットを当てた地下給食エピソードだ。
ここで紹介するのは、外出録の本道と言ってもいい外食エピソード。それも記念すべき第1話である。外出した大槻は、ランチタイムの前に紳士服の店に寄ってスーツを購入。どうせ地下に戻るのに、なぜスーツ? といぶかる黒服を尻目に街へとくり出す。
新橋・銀座界隈には、ドレスコードのある高級店も多い。つまり大槻は、今回の外出の楽しみを一点豪華主義的な考え方でランチタイムにかけてきた……そう推察する黒服だったが、大槻が入ったのはまさかの立ち食いそば。しかも、食べログの評価は3.2で、食事をさっと済ませたいサラリーマンたちに御用達の店だった。果たして、その真意とは……。
いや、オチがわかるとくだらないと思う方がいるかもしれない。そして、実際にくだらないのかもしれない。しかし、そのオチは確かに事実なのだ。働いたことのない子どもはともかく、社会経験のある人なら誰しもが理解できることなのだ。
食を題材としたグルメマンガは今や1つのジャンルとして確立され、その数は1,000をくだらない。希少な食材をふんだんに使用した珍味佳肴(ちんみかこう)を味わったり、奇想天外な方法で作られた料理が登場したり、あるいは天才的なシェフが腕を振るったりなど、その内容も多種多様だ。
しかし。しかし、である。食べログ3.2の単なる立ち食いそばにスポットを当て、かつ、それをここまで面白く描けるのは本作だけではあるまいか。高級食材を使っているわけでもなければ、特筆するほど美味しいわけでもない。しかし、この立ち食いそばにかける大槻のアイデアと手間はまさに秀逸。先に述べたブルボンドラフト会議に続き、これまた本作の神髄が垣間見えるエピソードである。
地下のマンガ好きたちが謳うマンガ賛歌! 豊富な知識に裏付けされたハイクオリティなパロディの数々(第41話「賛歌」)
本作を語るうえで、もう1つ、どうしても外せない要素がパロディだ。そもそも「カイジ」のスピンオフなので、本作の存在そのものがパロディとも言えるかもしれない。しかし、それ以外にも本作にはさまざまなパロディが登場する。その遊び心にあふれたパロディ群も、本作を面白くする要因の1つとなっているのだ。
第41話の「賛歌」では、森口という男が地下に堕ちてくる。彼はまったく働かずにマンガを読み続け、そのせいで帝愛に借金を作って地下送りにされてしまったという生粋のマンガバカだった。
一方、大槻もジャンプやヤングマガジンといった王道誌はもちろん、週刊・月刊・季刊を問わず、ほぼすべてのマンガ雑誌を読んでいる無類のマンガ好き。この2人が、ただひたすらマンガについて語るのが第41話の「賛歌」である。
作中のコマでは「ドラゴンボール」のフリーザ、ドドリア、ザーボンに扮する各班の班長たちが描かれる。沼川が糠漬けに使った桶(?)をフリーザポッドの代わりにするとは恐れ入った。言わずと知れたジョジョ立ちのコマも登場する
このエピソードではメジャーどころの作品だけでなく、森田まさのり氏が原哲夫氏のアシスタントだった話や、「ジョジョの奇妙な冒険」(集英社)に映画「パピヨン」を元ネタにしたシーンがあるなど、とにかく濃い話題が展開される。アシスタントの件については「北斗の拳」(集英社)の最終巻に森田まさのりの名前がクレジットされていたので以前から知っていたのだが、「ジョジョ」に「パピヨン」を元ネタにしたシーンがあることは、まったくの初耳だった。こういった豊富な知識が、本作のパロディの源になっているのは想像に難くない。
また、このエピソードは最後のページも振るっている。立ち並ぶ深夜の高層ビルを背景に「刷り続ける……灰になるまで……」のナレーション。これは「カイジ」の作者である福本伸行のピカレスクロマン「銀と金」(双葉社)に登場する1シーンをオマージュしたものだ。
これだけにとどまらず、本作では非常に質の高いパロディが数多く描かれている。第48話「美汗」のバスケ勝負で大槻と沼川が交わしたハイタッチは「スラムダンク」(集英社)の、第49話「夢遊」で大槻たち3人が空を飛ぶシーンは「ドラゴンボール」(集英社)のパロディ。とくに後者は、大槻・沼川・石和でそれぞれ異なる飛行ポーズなのがまた泣かせる。
「それ(元ネタ)を知らない人にとっては難解だ」、「伝わらなければ意味がない」といった小賢しい編集の意見に耳も貸さず、遊び心のあるパロディを恐れず描くチャレンジ精神。それもまた本作の魅力の大きな柱となっているのは間違いあるまい。
E班班長・大槻に学ぶ真に豊かな休日の過ごし方
さて、いくつかのテーマに沿って気になるエピソードを紹介してみたが、いかがだったろうか。本作は食を中心に据えながらも、ときには旅行、ときにはスポーツと、さまざまな種類のレジャーを軸に展開するので、「カイジ」を知らなくても十分に面白い。もちろん、知っていれば大槻ら地下収容者の生活や帝愛の事情、地下施設の背景などがわかるので、より理解が深まることだろう。
意外と雑学や豆知識も多く、なかでも即席加湿器の作り方や、拗ねた大人のなだめ方などは実生活で役立つときがあるかもしれない。大槻が料理する際にはアバウトながら作り方も描かれているため、人によっては新しいレシピや味付けのヒントにつながる可能性だってある。面白いだけでなく、ときには自分でも試してみたくなるプラスアルファが含まれているのも本作の魅力の1つと言えよう。
たまに2~3話に渡って描かれるエピソードもあるが、基本的には1話完結なので、どこから読んでも楽しめる。主要なキャラクターは基本的に地下住人or黒服の2種類だけなので、シンプルでわかりやすい。何よりも地上の住人(我々)にとってはどうでもいいことに、いい年をしたおっさんたち(地下住人にも黒服にも女性はいない)が血道を上げるさまは、もうそれだけで心が和む面白さだ。
未読の方は、この機会にぜひ本作が持つ悪魔的な面白さを味わってはいかがだろうか。そして人生の達人(?)大槻が過ごす至高の休日に刮目していただきたい。
豊かな人生とは、お金のある人生を言うのではない。ささやかながらも生活のなかに楽しみを見出し、たまの外出(我々にとっては休日)を心ゆくまで満喫する大人の余裕。それこそが真の豊かな人生だということを教えてくれる一作だ。
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