特別企画

猫が人間を雇う!? “気持ちのいい読後感”に浸れる「ラーメン赤猫」

しゃべる猫がラーメン屋を経営する、不思議な世界観が楽しい

【ラーメン赤猫】

ジャンプ+にて連載中

著者:アンギャマン

 「ラーメン赤猫」は、集英社のウェブコミック配信サイト「少年ジャンプ+」で連載中の、しゃべる猫が経営するラーメン屋を舞台にしたコメディだ。7月にはアニメ化され、TBS系列28局で全国同時放送が始まる。作者のアンギャマン氏が「気持ちのいい読後感」にこだわっていると言う通り、読んだ後にほっこりした気持ちになる、ハートフルな作品だ。第1話は、人間が猫に雇われるところから始まるのだが、猫がしゃべったりラーメンを作ったり店を経営していたりする、不思議で楽しい世界観にどんどん引き込まれてしまう話になっている。

【TVアニメ『ラーメン赤猫』本PV|2024年7月4日(木)よる11時56分から放送開始】

「ラーメン赤猫」の独特の世界観

 人間の社珠子(やしろたまこ)がパートの面接のためにラーメン赤猫の店を訪れるところから物語は始まる。しゃべる猫が二足歩行で接客し、美味しそうな醤油ラーメンを作っていることに、珠子が特別驚いている様子はない。この世界では、猫がしゃべったり働いたりするのは普通なのか、と思いきや、珍しいのは珍しいようで、この店にはラーメンではなく、猫目当てで来店する猫好きの客が多いと接客・経理担当の佐々木という名前の猫が教えてくれる。客は基本的に人間だけで、他にも「猫にお店を売ってくれる人なんていない」、「ラーメンに猫毛が入らないように、毛が抜けない訓練を受けている」と働く猫たちは話しており、この世界で猫がラーメン屋をやるのはなかなか大変なことが分かる。

 物語の初っ端から、ラーメンに毛が入っている!と騒ぎだすチンピラが現れ、「人間様にえらそうに言うやんけ」と完全に猫をバカにする。それに対し、「猫の店だと思ってなめてるんだよね」と佐々木は見慣れた感じなのだ。結局、奥で製麺の仕事をしている虎のクリシュナが獅子のごとき威圧感で圧倒してチンピラを追い出す。

 1話からこの独特の世界観に引き込まれてしまうのだが、読み進めていくと、よりいっそうこの世界の解像度が上がっておもしろい。まず、珠子も疑問に思っていたのだが、全ての猫がしゃべるようになるかというと、そうでもないらしい。猫に尽くす人間に飼われると、にゃーんと鳴けば察してもらえるから言葉を覚える必要がないというのだ。

 また、ラーメン赤猫で働く猫たちは、店の2階を住居にしているのだが、他の猫にも住居があるわけではなく、普通に野良猫も存在している。食べ物も、猫がラーメンを作っているからといって、猫もラーメンが食べられるわけではない。店のラーメンは、ネギなどは猫に毒なので使用せず、代わりにキンツァイというチャイニーズセロリを使っている。スープも、塩や醤油が人間と同じ濃さだと猫の健康を害するので、味見はできず、猫用にかなり薄めたものを少し舐めて味の調整をしているのだ。飼い猫は当たり前にキャットフードを食べるし、野良猫はゴミ捨て場の残飯を漁ったり、狩りをしたりして糊口をしのいでいる。

 さらに感心するのが、「法的人格」という資格の存在だ。猫たちも試験と面接をクリアし、この資格を取得すると、法律的に自立した存在と認められ、銀行口座を開いたり、パスポートを持てたりする。この資格があることで、猫も店を購入したり、食品衛生責任者講習を修了したりして、人間と同じように飲食店を営業できるようになるのだ。よく考えられた社会システムになっている。

個性的で可愛い、真面目に働く猫(と虎)たち

 そんなユニークな世界でラーメン屋を営む猫たちは、輪をかけてユニークなキャラクターをしている。元々犬派の珠子が、主な仕事である猫のブラッシングなどをしていくうちに、猫好きになっていくのも頷ける魅力だ。

【文蔵】

 茶トラ猫の店長の文蔵は、何と言っても唯一無二の存在、ラーメンが作れる猫だ。猫なのに妙な貫禄があり、職人気質の親分肌で、客だけでなく同僚の猫たちにも気を配り、ちょっとした変化も見逃さない。元々は野良猫だったが、ラーメンの屋台をやっている人間に拾われ、そこでラーメン作りを習得した。人間と同じものが食べられないのに、先代のレシピ通り作ることで味を守っているのだ。そんな文蔵の生真面目なラーメンに惚れこみ、先代からの常連客が今も通っているほどである。

【佐々木】

 その文蔵と幼馴染の野良猫だったのが、ハチワレ猫の佐々木で、ラーメン赤猫のCEO、もとい実質的経営者である。経理や接客、レジなど何でもこなし、文蔵と同じく、客や同僚の猫たちを気遣う、優しくおっとりした猫だ。CEOというだけあって、顧問弁護士や商工会議所とのやり取りもこなし、ラーメンの材料の仕入れも電話やパソコンを駆使して行っている。取引先にお中元を贈ったり、隣のコーヒーショップがオープンする際には開店祝いの花を贈ったりなどのビジネスマナーも熟知している、人間顔負けのしっかり者だ。文蔵も、何かトラブルがあると口癖のように「佐々木に任せておけ」と言うほど、対応力の高い猫である。

【サブ】

 そして、餃子などのサイドメニューの調理や、ラーメンの盛り付けを担当しているのは黒猫のサブだ。サブも元野良猫だが、ラーメン赤猫の残飯を漁っていたところを文蔵に見つかり、チャーシューについて意見したことからスカウトされた。マイペースなムードメーカーで、美味しいものに目がない。また、PCゲームが趣味で、FPSゲームではプロチームからスカウトされるほどの腕前を持つ。

【ハナ】

 接客担当の白猫のハナは、客の前ではあざといほど可愛い子ぶることもあるが、仕事モードがオフになると言葉遣いも変わるほどで、その落差がまさにその道のプロといった感じである。メニューの説明や、注文の数量とタイミングの調整なども店内の雰囲気や人流に合わせて行うなど、接客能力は抜群に高い。ただ、新人には厳しく接してしまう傾向にあり、珠子にも最初は冷たい態度を取っていた。珠子の店を想う行動や丁寧なブラッシングに徐々に心を開いていき、呼び方も「社さん」から「珠ちゃん」へと変わる。

【クリシュナ】

 店の奥で製麺をしているのは、虎のクリシュナだ。アムールトラの父とベンガルトラの母を持つ。見かけは怖い虎だが、本当は恥ずかしがり屋で、繊細で優しい性格をしている。虎だけあって体は人間の倍以上あり、普段は店内には出て来ないが、クレーマーや迷惑客が来店した時に冷淡に威圧し店から追い出すこともある。だが、本当はかなり臆病でそうしたことは怖々行っており、1話で登場するチンピラを追い払った時は、体の小さい佐々木に泣きついている。

【ジュエル】

 珠子が雇われた時は、以上の5匹で店を営業していた。だが、可愛い猫の接客と美味しいラーメンで店は繁盛するばかりで、猫の手が足りず、新たにもう1匹猫を雇うことになる。それが、猫のホストクラブを作る夢を持つ、長毛種のジュエルだ。「おねがいシャス」とか「ヨロシクでぃえす」といったチャラついた言葉遣いで、客に「10L」つまりジュエルと名前の入った黒い名刺を配る、ノリが軽い猫だ。だが、夜、皆が寝静まった後にラーメンを運ぶために必要な筋トレをする、努力家な一面もある。猫のホストクラブを作ることは本気で考えており、ブラッシングの間に経営の勉強をし、休みの日には漢字の練習をするなど、夢に向かって邁進している。

優秀な猫たちだが、お店の営業は大変

 ラーメン赤猫で働く猫たちは、説明したとおり、仕事ができる優秀で立派な猫たちだ。さぞかしラーメン店の営業は順風満帆、かと思いきや、なかなか一筋縄ではいかない。

 1話で猫をバカにするチンピラが登場したことは既に書いたが、他にも禁煙の店内で煙草を吸おうとする客がいたり、撮影禁止なのに写真を撮ろうとする客がいたり、大手企業が猫を駒として扱うような買収を提案してきたり、虎のクリシュナ見たさに男子高校生がラーメンに毛が入っていると嘘のクレームをしようとしたり、なんやかんやのトラブルが発生する。その度に文蔵と佐々木、クリシュナが対応に当たるのだが、大手企業の経営者に対して文蔵が「おとといきやがれ」ときっぱり断る姿はかっこいいし、佐々木が男子高校生たちに唐揚げをサービスしながら「そういうの、やめてくださいね」とやんわりと釘をさす姿は頼もしい。こういう上司や先輩が自分の職場にいてくれたらいいのに、と思わずにはいられないほどだ。

 だが、トラブルはそういう人為的に起こるものだけではない。熱中症で客が倒れたり、エアコンが故障中に営業を余儀なくされたり、サブや佐々木が体調不良になって欠勤になったりなど、人間の職場でも起こるようなことが、当然猫の職場でも発生する。その度に猫たちは創意工夫して乗り越えていくのだが、例えば、熱中症で倒れた客を、クリシュナが抱きかかえ、佐々木とハナが敷いたクールマットレスの上に寝かせて氷で体を冷やし、佐々木が水を飲ませる一連の救護活動の流れるような共同作業は、彼らの危機管理能力に唸らずにはいられない。エアコンが故障中で暑い店内で営業している時は、その日限定で文蔵が冷やしつけ麺を提供するなど一生懸命機転を利かせていて、いちラーメン店として心から応援したくなる。

「ラーメン赤猫」を支える人間たち

 とはいえ、やはり猫は猫なので、人間相手の店の経営は、猫だけではどうにもならないこともあり、そういう時は人間の力を借りることもある。

【弁護士・寺田みきお】

 迷惑系の動画配信者が店に無断で訪問してきて、文蔵が怒り心頭で撮影を断っても配信を続けていた時は、スキンヘッドで右目上に疵がある強面の顧問弁護士・寺田みきおに追い払ってもらっており、その後の配信動画の削除も寺田の後輩弁護士に頼んでいる。寺田には他にも、佐々木が前の飼い主の遺産を相続する際に力になってもらったり、クリシュナが法的人格を取得するための手助けをしてもらったりなど、なにかと世話になっているようだ。

 また、サブの行き過ぎたファンで、過剰なプレゼントを持ってきてサブと佐々木を困らせた過激な客に対しては、常連のイケメンが「推しとは適切な距離を取らないと」と諭して大人しくさせている。この常連のイケメンは、後にラーメン赤猫の隣でコーヒーショップを偶然開店することになるのだが、その開店準備中に、珠子に付きまとっていた危険人物を捕まえたこともあり、ラーメン赤猫とは不思議な縁がある人物だ。

【バー「RAT」のママ】

 隣の店と言えば、そのコーヒーショップの2階でバー「RAT(ラット)」を経営するママは、ラーメン赤猫が開店した時からずっと世話を焼いてくれている。オープン初日に大混雑で騒ぎになってしまったラーメン赤猫を見るに見かねて客の仲裁に入ったり、珠子が雇われる前は無償でクリシュナのブラッシングを請け負ったり、正月には自作の門松を飾ってくれたりと、ずっとラーメン赤猫を気にかけてくれているのだ。珠子にもブラッシングで腱鞘炎になったりしないか心配しており、実際に無償で手のマッサージもしてあげている。

 他にも、ラーメン赤猫を支えてくれている人間はたくさんいる。常連客がまずそうだ、その常連客が猫好きの良いお客を連れてくるという、良い客の循環ができている。什器保守員の青年・城崎も、猫に合わせた専用のすのこの足場を作ったり、調理器具も猫に使いやすいように細かく要望
を聞いたりと、料金以上の丁寧な仕事をするのだが、それだけでなく、猫が大好きな魚を差し入れることもあり、ただの出入り業者以上の付き合いをしている。手作りメンマを卸してくれている但馬照(たじまてる)も、ただメンマ卸すのではなく、ラーメンの味のチェックをしたり、自身の飼い猫・丑満丸(うしみつまる)から店員の猫たちに猫毛が抜けない訓練をさせたり、接客の基礎を叩き込んだりしている。ジュエルも、但馬照と丑満丸が佐々木に紹介したのだ。

 もちろん、先述のとおり、迷惑客も人間であるし、人間が皆ラーメン赤猫を応援するわけではない。佐々木も、迷惑客については「猫だから舐められている」とか「猫だから生意気だと思われるのかもしれない」とか話しているが、同時に「どこにでも協力的な猫好きさんはいるからね」とも言っており、そうやって、ラーメン赤猫が、猫好きの誠実な人々によって支えられていることを理解している。

思わず応援したくなる、猫たちのひたむきな姿と「気持ちのいい読後感」

 そんな、働く猫たちの悲喜こもごもひっくるめて、マンガ「ラーメン赤猫」は人々を惹きつける魅力にあふれている。思わずマンガを読み進めてしまうのは、働く猫たちのひたむきな姿に、自然と応援したくなるからでもあるが、作者・アンギャマン氏がこだわる「気持ちのいい読後感」も影響しているだろう。

 猫がラーメン店をやっていく上で色んな課題に直面し、それを時には人の手も借りながら解決していく話一つ一つが、最終的に心が温まる、癒しのように感じられるのは、アンギャマン氏が「問題は完全に解決する必要はなくて、その場にいる人たちが、よかった、と納得して丸く収まっていればいい」という穏やかな悟りに到達した話づくりをしているからだ。

 例えば、昼休憩の時間に、佐々木が炎天下の中を歩く赤ちゃん連れの母親を見つけて、店に招き入れ、ラーメンを提供する話があるのだが、母親がラーメンを食べている間、ずっと佐々木が赤ちゃんの面倒を見ていて、母親が久々に自分の食事に集中できて感謝するくだりがある。それを掃除しながら見守っていたハナが、そんな特別扱いをして、子連れの人の間で話題になり、同じような客がたくさん来ても、子守りなんていつでもできることじゃないし、同じことを今後も期待されたら断るのも大変だし困る、と佐々木に苦言を呈するのだ。佐々木は「できる時だけでいいじゃない」と明るく笑い、ハナの怒りをあまり気に留めておらず、今後どうするのかという話し合いや結論もないまま、この話は終わるのだが、最後に文蔵が「佐々木、勢いで誤魔化すな。ハナの意見ももっともだぞ。無理のない範囲でな」と締めくくることで、課題は解決していないが、ひとまずその場は丸く収まる。その、丸く収まった空気が、「気持ちのいい読後感」に繋がっているのだ。

 他にも、実は迷惑客の例に挙げた動画配信者が、後日ひょんなことから姿を隠して偶然再来店してしまう話がある。その配信者は、どうやら改心したようで、最後会計の時に、自分の正体を明かし、「本当に申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げるのだ。猫たちは、彼を許してはおらず、謝罪を受け入れられないので妙な緊張感が店内に走るが、そこで文蔵が「バカだなぁ。黙って出ていけばみんな気づいてなかったのに」とその場の気まずい空気を上手くいなすのだ。この、問題は解決していないが丸く収まる着地こそが、マンガ「ラーメン赤猫」の本分なのである。

 可愛くて個性的な猫たちが、真面目に頑張って働いている、それだけで微笑ましくて元気づけられるのだが、マンガ「ラーメン赤猫」はそれだけじゃない。読んだ後に、爽やかでほっとした気持ちになれる読後感が、真の癒しであり、我々もまた頑張ろう、と前向きな気持ちにさせてくれるのだ。是非「ラーメン赤猫」を読んで、その「気持ちのいい読後感」を存分に味わってほしい。