特別企画

魔物と世界の考察が楽しい「ダンジョン飯」、バジリスクの弱点は? 歩き茸とは何?

ファリンの描き方も面白い。マンガとアニメそれぞれの魅力について

 TVアニメが1月4日より全国28局にて放送されている「ダンジョン飯(めし)」。原作となるマンガは2014年からKADOKAWAのエンターブレインによるマンガ雑誌「ハルタ」で連載開始、全14巻のコミックスが刊行されている。

 「ダンジョン飯」は主人公ライオスの妹ファリンを救うため、ライオスと仲間達がダンジョンに挑む冒険物語だ。彼等はダンジョンの最深部でレッドドラゴンに襲われ、ファリンの魔法によって迷宮を脱出できたものの、ファリンはドラゴンに食われてしまう。しかし迷宮には特殊なルールがあり、人は例えバラバラに切り刻まれても蘇生が可能なのだ。

 ドラゴンの消化は遅い。急いでダンジョンに戻り、レッドドラゴンを倒せばファリンが救えるかもしれない! ライオスと仲間達はすぐさまダンジョンに戻ろうとするが、食料などの装備を失い準備も全然足りない。それでも急がなければならない。ライオスは言う。「食料は迷宮内で自給自足する、魔物も食べる」。……こうして、「ダンジョン飯」はスタートするのである。

主人公ライオス。魔物に対する深い知識と尽きぬ興味を持つ男。妹ファリンを救うため、魔物の知識を深めるため、"魔物食"に挑む

 筆者は「ダンジョン飯」をアニメ化が決定した2023年の夏からマンガを読み始めた。特にPVの「TVアニメ『ダンジョン飯』PV第1弾」の出来が非常に良かった。アニメーション制作はTRIGGER、挿入されるBUMP OF CHICKENの主題歌も世界観にマッチしていて、原作に強く興味が惹かれたのだ。

 今回は「ダンジョン飯」のマンガの魅力を語りたい。特に作者である九井諒子氏の、ファンタジーに対する独特の世界観と魔物観が生み出す、魅力的な作風を紹介したい。「ダンジョン飯」の大きなセールスポイントは物語が既に"完結"しているところだ。マンガそのものも非常に面白い上に、今後はアニメとの"解釈の違い"も楽しめる。だからこそまずマンガを読んで欲しい。マンガとアニメで「ダンジョン飯」は何倍にも楽しくなるのだ。

【TVアニメ『ダンジョン飯』PV第1弾】

魔物への深い知識と興味、世界や魔法への考察が光る骨太なファンタジーマンガ

 本作に関して最初に大きく主張したいのは「ダンジョン飯」は"グルメマンガ"ではない。ということだ。ここで言うグルメマンガは格闘マンガの中心がバトルシーンであるように、マンガの中心が料理であるマンガを指す。「ダンジョン飯」はそうではない。

 「ダンジョン飯」で食は確かに大きな要素なのだが、マンガの中心は"魔物の生態"にある。各魔物がどんな習性を持っていて、普段の行動や粘液で引き寄せるなどの捕食行動、石化やブレス(炎の息)といった特殊能力はどういった仕組みで発せられるかといった、魔物の紹介に力が入っている。

鶏の体と蛇の尾を持つバジリスク。実は蛇が本体らしく、切断すると蛇の方だけ生きているという研究もあるという

 例えば「バジリスク」、胴は鶏、尻尾は蛇、その牙と蹴爪には猛毒を持つという魔物だ。その名の通り二つの頭を持つ存在だが、このバジリスクへの対処法は、まず正面に立ったものが大きく注意を引く。その後に背後から襲いかかることで2つの頭を同時に驚かせる。1つの胴に2つの頭を持つバジリスクはどちらの頭の判断で体を動かして良いかわからなくなり体が混乱、一瞬無防備になってしまうのだ。

 他にも2、3日おきに卵を産むという鶏の習性を持っていて、巣の周りには無精卵が産み捨てられているが、その卵は蛇の卵のように細長く、柔らかい。そして白身がなく黄身がかなり濃い。これをライオス達は「丸鶏のローズマリーチキン」のように内部に薬草や毒消し草を詰めて丸焼きにしたり、マンドレイクとベーコンを炒めたものを中に入れたオムレツにしたりするのだ。

 一方、ライオスは魔物に対して深い知識と尽きることはない興味はあるが、実際の料理の腕は全然である。彼等が「この迷宮で10年以上魔物食の研究をしている」というドワーフの戦士センシ(ドワーフ語で探求者を意味する)と出会わなければ、物語は早々と幕を閉じていただろう。

魔物食を研究して10年になるというドワーフのセンシ。彼がいるからこそ"迷宮内で魔物を食う"という本作ならではの冒険が成り立つのだ

 また、ライオスは魔物が大好きな男である。姿や鳴き声、どんな生態をしているのか、これらに関して非常に深い知識がある。その興味の先に「そのうち味も知りたくなった」というのだ。妹への想いに嘘はなく、先を急ぐ心は強いが、間違いなく魔物を食べる機会をうかがっていたふしがある。ライオスにとって、この冒険は一石二鳥なのだ。

 実際、ライオスの知識が冒険を助ける。大サソリをザリガニを捕るように大きなハサミに剣の鞘を掴ませて巣から引っ張り出して捕まえてしまうし、うねうねと触手を伸ばす人食い植物の根を的確に見分け一撃で倒してしまう。一方で人間に対する興味が薄く、あまり人の顔を覚えないし、過去にはパーティの恋愛関係にうといがためにパーティー解散の危機もあったりした。

 このライオスの知識は作者である九井氏自身の知識や興味が反映されているのだろう。登場する魔物は若い男女の姿をした植物「ドライアド」や馬に似た姿と魚の尾を持つ「ケルピー(海棲馬)」、巨大な動く土人形「ゴーレム」など、ファンタジー系RPGでおなじみの存在だ。彼等の多くは神話や民話から生まれた怪物達だが、そこから本作ならではのアレンジが成されているのが面白い。

 羊のような実を宿す不思議な植物「バロメッツ」は、解体すると確かに羊そのものなのだが、味はなぜか「カニの味」なのだ。「ダンジョン飯」で特に作品ならではの解釈を感じさせるのが「動く鎧」だ。中身ががらんどうで攻撃すると手や足が簡単に外れるのに動きを止めない、まさに"魔法生物"の代表的な存在と言える動く鎧だが、実は……。動く鎧の生態や、その隠された秘密は、ぜひマンガを読んで確かめて欲しい。

他のファンタジー作品でもおなじみの「動く鎧」。「ダンジョン飯」の世界でも「魔法によって動く鎧の魔物」と認識されているが……。動く鎧のエピソードは本作のテーマを凝縮していると言える

 そして「ダンジョン飯」オリジナルのモンスターが「歩き茸(あるききのこ)」。体長は50~80cmほどで、大きな茸の姿をした胴体の下に、傘の部分を下にした茸型の足が生えている魔物で、迷宮の浅い階に出現する新米冒険者の敵となる存在だ。かなりかわいらしい姿で、本作を代表するモンスターでイラストなどにも描かれることが多い。スクウェア・エニックスのRPG「ドラゴンクエスト」における「スライム」のような存在だ。

 強さもたいしたことはなく、弱い歩き茸ならば、パーティーの女魔法使いマルシルの杖の一撃で倒せる程度だが、新米冒険者はこれにすらかなわず逃げ出すようなこともある。茸として色や姿は様々で、迷宮には2メートルを超える巨大な歩き茸も存在する。その多様な種類から愛好家が多く全世界に「歩き茸同好会」なる団体が全世界に存在するというのだ。この世界ではドラゴンに匹敵する人気のモンスターなのだという。

 「ダンジョン飯」は世界への考察が非常に面白い。歩き茸をはじめとした多種多様なモンスターが何故ダンジョンに存在するのか、ダンジョンとは、魔法とは何なのか、物語は魔物のみならず世界の考察まで深めていく。そもそも「人間の蘇生が可能な世界」なのだ。この世界でも人間の蘇生が可能なのはダンジョンの周辺のみだ。ダンジョンでは人間の魂は肉体から離れることができず、肉体を修復することで魂を取り戻し蘇生することができるという。それはどんな魔法なのか? こういった世界の考察も楽しい作品なのだ。

 「モンスター辞典」、「世界観ガイド」など、人気のRPG作品はその世界を掘り下げた史料が存在する。特にテーブルトークRPGである「D&D」、「ルーンクエスト」、「ファイティングファンタジー」などには世界を拡張する様々な資料集が発売され、それらを読んで自分なりの世界を掘り下げていく楽しさがあった。

「ダンジョン飯」の世界で魔物として最も一般的で、だからこそ奥深い「歩き茸」。アニメ化されたことで、この魔物のグッズ展開も大いに期待したい

 「ダンジョン飯」は九井氏がゲームなどで描かれるファンタジー世界をベースに、独自の解釈を加え、世界そのものを掘り下げ、そしてわかりやすく描写をしていく楽しさが、しっかりと感じさせる作品だ。そしてそれらを「食べる」という、まさに本作ならではの"解釈"がある。世界が読者の血となり肉となって染み渡る作品である。ぜひ読んで欲しい。

冒険の目的である妹ファリンの描写のうまさにも注目

 さらに、「ダンジョン飯」は世界観とその描き方に独自の面白さがあるだけの作品ではなく、キャラクターも魅力的な作品だ。ストーリー初期はライオスとセンシ、魔法使いのマルシル、罠や仕掛けの専門家のチルチャックの4人で進むのだが、ここから新たな登場人物が現われ、物語はより奥深くなっていく。キャラクターについても少しだけ触れておきたい。

 多くの人のお気に入りになるのが間違いないのがマルシルだ。彼女はエルフの魔法使いで、魔法学校始まって以来の才女だ。……ところが、冒険での彼女はお人好しのドジっ子なのだ。ムードメーカーであり、突っ込み役でもあり、トラブルメーカーでもある。表情も豊かで、アニメが始まった現在、作中の一番人気のキャラだ。

ヒロインのマルシル。ちまたでは既に「残念なエルフ」として人気を集めている。表情豊かでかわいらしい間違いなく注目のキャラクターだ
今回触れられなかったがハーフフットのチルチャックはパーティ随一の常識人で、冷めたポーズを取っているが、熱さを持ったキャラクター

 だからこそ、ここではあえてマンガでのファリンの描き方の面白さを語りたい。ファリンはライオスの妹で冒険の目的である。彼女が自分を犠牲に仲間を救ったからこそ、彼女を蘇生するためにライオス達は無茶をして準備もせずにダンジョンに再び挑み、先を急ぐのだ。

 つまり、ライオス達の冒険を描く作中のリアルタイムの時間軸ではファリンは登場しない、しかし小さなエピソードや、思い出話で彼女の人となりが描かれる。ファリンはマルシルのいた魔法学校で生徒であり、学校になじめなかった落ちこぼれだった。しかし彼女の規則に縛られない自由な価値観と奔放さに、優等生だったマルシルは自分の勉強に足りないものを知り、2人は親友になる。

ファリン。少ないエピソードで彼女がかけがえのない存在であることが実感できるのが本作品の描き方のうまいところだろう

 兄・ライオスも魔物好きの変わり者だが、ファリンもちょっと変わった女性だ。子どもの時にはどこに行くにも兄の後をついていくような女の子だった。おっとりとしているがどこかタフで、そういうたくましさが窮地の時、自分を犠牲に仲間を救う行動を躊躇なくとれたところにも繋がっているのだろう。

 主要メンバーに比べ、ファリンの描写は少ない。しかしその少ないエピソードで読者はファリンの魅力を感じ、「何としてもファリンを取り戻したい」という彼等に共感する。他のキャラクターの見せ方も非常にうまいが、冒険の目的としてファリンは特にうまく描かれている。彼女の描写に注目して欲しい。

 繰り返すがマンガ版の「ダンジョン飯」は完結しているのが最大のポイントだ。九井氏がこの作品で何を描きたかったのか、冒険者であるライオス達がどうなるのか、すべてが明らかになっており、最終的には大団円をしっかり見ることができる。「ダンジョン飯」は全14巻の本編に加え、各キャラクターのショートストーリーがたっぷり入った「ダンジョン飯ワールドガイド冒険者バイブル」も刊行されている。

キャラクターや世界観を掘り下げる「ダンジョン飯ワールドガイド冒険者バイブル」

 そして原作を読み込むことで、アニメの"解釈"を楽しむことができる。九井氏の作風はどこか淡泊なところがあり、人が生き返る世界観もあって、キャラクターの生死もドライなところがあるのだが、アニメではどうなるのか?

 アニメ数話で筆者が感じたのが「料理がおいしそうなところ」が解釈としての違いを感じた。アニメでは原作以上に料理描写と、それを食べるキャラクターの表情に注力していて、アニメと原作での注力ポイントの違いも面白いと感じた。アニメ「ダンジョン飯」は原作を読むことでエピソードの取り上げ方やキャラクター描写、料理描写などで"違い"が楽しめる。違いがあってもどちらも「ダンジョン飯」への愛にあふれていて、とても楽しい。アニメで本作を知った人もぜひ原作であるマンガ版も読んで欲しい。

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