レビュー
"街の便利屋さん"が異世界転生して大活躍! 「便利屋斎藤さん、異世界に行く」
作者のセンスとベテランとしての誇りが支える格闘冒険ギャグファンタジーマンガ
2024年5月31日 00:00
- 【便利屋斎藤さん、異世界に行く】
- カドコミにて連載中
- 著者:一智和智
昨今筆者が更新を楽しみにしているのが、KADOKAWAの「カドコミ」を中心に様々な媒体で連載されている「便利屋斎藤さん、異世界に行く」だ。作者はヤングチャンピオンや週刊少年チャンピオンでも連載したマンガ家・一智和智(いちともかずとも)氏である。
本作はWeb連載の前に、"Twitterマンガ"として人気を集めた。作家が編集者や出版社を通さず作品を発表し、フォロワー、リツイート、イイネでダイレクトに人気が結果に出る。どうすれば読まれるか、そして定期的な読者になってくれるか、Twitterマンガはこれまでのマンガの形態とは異なる新しいフィールドで人気を得た本作は、そこからWebマンガ化、コミックス化、さらにアニメ化と「Twitterマンガからの成功例」の1つとなった。
筆者自身は「便利屋斎藤さん、異世界に行く(以下、便利屋斎藤さん)」と、同じくTwitterマンガ発の「剥かせて!竜ケ崎さん」で一智氏の名前を知ったが、一智氏は1990年代から活躍するベテラン漫画家で、「バーサスアース(原作)」、「三国志F」などを手がけている。「便利屋斎藤さん」の面白さはベテランである一智氏の力量、こだわりでもたらされていると強く感じられるのだ。
最初は数コマのマンガ(Twitterマンガは2コマや6コマなど様々で、従来のマンガ形式に囚われない)だったが、徐々にキャラクターが立っていき、異能力格闘バトル要素や、一智氏ならではの独自の世界観も盛り込まれていく。さらに「リンダキューブ」、「勇者死す。」などを手がける桝田省治氏が監修に加わり本格ファンタジー要素、ゲーム的演出も強化、その上で様々なキャラクターが活躍する群像劇としての要素も強めていった。
パロディ、ギャグ漫画としての要素もありつつ、キャラクター達のシリアスなドラマ、ド派手なアクション、世界観のユニークさなど、一智氏のベテラン漫画家ならではの自分の強みを効果的に活用し、読み応えのある作品となっている。本作の魅力を紹介していこう。
お人好しの"街の便利屋さん"が、モンスターうごめく大迷宮の世界に転生したら?
「便利屋斎藤さん」は1コマのマンガから始まった。作業服を着た"街の便利屋さん"が、中世ファンタジー世界そのままの戦士、魔法使い、妖精のパーティーに混じり、得意げに鍵開けをするTwitterマンガを一智氏が投稿したのは2018年。そこから作品が続く中で「ウィザードリィ」のような、"大迷宮"がある街で、主人公"サイトウ"が手先の器用さで活躍する物語へと掘り下げられていく。
異世界に転生した便利屋さんと鉄仮面の戦士。pic.twitter.com/ThDOzg8GmN
— 一智和智 【便利屋斎藤さん、異世界に行く】アニメ化 (@burningblossom)July 5, 2019
サイトウは魔法や常人離れした筋力や、優れた剣の腕などの特殊能力はない。彼は鍵開け、靴、鞄の修理が得意な"街の便利屋さん"でしかない。彼は現実世界でトラックに轢かれそうになり、それがきっかけに異世界へ転生したのだ。「普通の人が異世界転生したらどうなるか?」というコンセプトがスタートとなっている。
この設定ではサイトウは一見何の活躍もできなそうだが、サイトウは異世界で現実世界で味わえなかった"充実"を得る。彼は現実世界で便利屋として働いていたが、給料は安く、持ち前の器用さで素早く鍵を開けても客から「こんなに簡単に開けられて出張費が高すぎる」など文句を言われ、「自分は必要とされているのか」というのが悩みだった。突っ込んでくるトラックに気がつかなかったのも、そういう自分に嫌気が差していたのかもしれない。
サイトウは大迷宮があるファンタジー世界へと転生する。そこには大剣を振るう強力な女戦士・ラエルザと、強大な魔力と呪文の知識を持つ魔術師・モーロック、治癒魔法を使う妖精・ラファンパンがいた。サイトウは彼等のパーティーに盗賊として参加、持ち前の器用さと人の良さで仲間との絆を築いていく。
ラエルザは美しさと常人離れした筋力を持つが、粗野で大雑把。モーロックは「耄碌(もうろく)」の名の通り高齢のためか物忘れが激しく、肝心なところで呪文を忘れたりと度々パーティーを危機に陥れる。ラファンパンは何かというと金を要求する守銭奴だ。ほかのパーティーが仲間にしたがらない"はぐれもの"達だった。
サイトウは勤勉さと優しさで彼等に貢献していく。ラエルザには敵に合わせて適切な武器を渡し、自身では魔法が使えないが呪文を暗記することでモーロックが忘れてしまった詠唱をサポート。時にはラファンパンが呪文を詠唱しやすいように盾になる。便利屋として現代の鍵開け技術に長けた彼には、慣れてしまえば鍵開けやトラップ解除も容易だ。鞄や鎧の簡単な修理、さらには料理も出来るし、買い出しなどのやりくりも得意。仲間達が抱えている心の悩みにも真摯に向き合う。
サイトウは現実世界で「誰かに必要とされること」を求めていた。お金にならない迷子の犬探しを真剣にやってしまうようなお人好しなのだ。過酷な異世界で戦うこの世界の人々にはサイトウの優しさは"常識"から外れている。しかしその損得を考えない優しさが、ラエルザ達のみならず、冒険で出会った他の冒険者達も変えていく。
短編のギャグ漫画としてスタートした「便利屋斎藤さん」だが、Webマンガとしての定期連載、単行本刊行となっていく上で長いストーリー要素や、様々なキャラクターが盛り込まれていく。マンガのジャンルそのものも、「ファンタジー迷宮もの」から、様々なカッコイイ呪文が飛び交い、必殺技が繰り出されるド派手なアクション要素、作者の得意とする童話と異形が同化したような奇妙な世界観も拡張され、しっかりと「便利屋斎藤さん」ならではの世界に成熟していく。次章ではこれらの要素や、アニメ化、無料で読める短編集も紹介していこう。
掘り下げられる世界観とキャラクター、アニメや無料マンガの"外伝"にも注目
サイトウ達は冒険を重ねることで他のパーティーなどとも交流を深めていく。エルフでありながら魔法が使えず格闘に特化した「フランリル」とフランリルを愛で独占欲を持つ神官の「ニニア」。華奢な姿で身の丈以上の斧を振り回す少女「リリーザ」と、盗賊と魔術師の技能を持つ、男も女もいける器用なオッサン「ギーブル」のコンビ。防御力を活かし敵を引きつけ、魔法で一網打尽にするドワーフの魔術師「ギブングル」など個性的なキャラクターが登場する。
ギャグを基本としてシリアスな物語も展開していく。短いエピソードが徐々に繋がっていき、大きな物語になっていくのは、一智氏の漫画家としての高い技量が感じられる構成だ。暗殺者が恋をした魔女の話など最初はギャグテイストなのに、魔女の命を救うためにサイトウ達の前に立ちはだかるなど、急展開でありながらキャラクターに感情移入して物語が楽しめる。
もう1つ例を挙げるなら、「黄金の勇者と蛇の魔王の話」は、勇者の命を犠牲にして蛇の魔王を倒した悲劇的な因縁が100年後に蘇るなど、作者が持つ独特の感性も物語に味を加えている。ほかにも2体の悪魔が合体した「双子の悪魔」や、円柱の形をした「柱の魔神」など作者のデザインセンスが爆発した"異形"も中世ファンタジーの枠を越えているのが面白い。
また、"ゲーム的な小ネタ"も注目。魔力探知や、相手の難しい話を理解するときに、サイコロが描かれ行動の判定が描写される。こういった演出はTRPGの要素も思わせる。6面ダイス2つでファンタジーの世界なので、「ソードワールドRPG」の要素があったりするのかな? など考えるのも楽しい。
「便利屋斎藤さん」の面白さは、一智氏の「ベテラン漫画家としての矜持」があるのは間違いない。Twitterで「便利屋斎藤さん」や、もう1つのTwitter発マンガ「剥かせて竜ケ崎さん」を展開していた一智氏は、同時に自身の経験も楽屋裏のようなテイストで漫画化している。
連載が打ち切られ漫画家としての道を見失っていた一智氏が「Twitterマンガ」という戦場で作品への想いを込め、読者の反応がフォローやリツイートでダイレクトに伝わる新たな環境で成功を掴みんでいく流れを知ることができ、さらには商業媒体での連載、単行本の刊行、そしてアニメ化という"成功"を収めるのだ。ファンにとっては作品と共に、「新しい潮流が生まれるのをリアルタイムで見ている」という実感も得られた。その感覚が本作の魅力の1つになっている。
そしてアニメではサイトウ役に木村良平さん、ラエルザはファイルーズあいさん、ラファンパンに東山奈央さんと演技のうまい声優を配置、なによりもモーロック役のチョーさんが良かった。モーロックは主にギャグ要員で、ゾンビと意気投合したり、テレポートでゴーレムと合体してしまったりとめちゃくちゃなのだが、決めるときはしっかり決めて、ボケるときはとことんボケる非常に緩急の激しいキャラクターだが、チョーさんの怪演によって、面白さがさらに際立っている。アニメのモーロックはマンガ「便利屋斎藤さん」の読者が想像を越えてくれるキャラクターとなったといえるだろう。原作が進んだところでぜひ第2期もやってほしい。
もう1つ「便利屋斎藤さん」では、一智氏がAmazonの無料漫画として外伝作品を発表している。こちらは初期のギャグテイストとキャラクター達を掘り下げる作品になっており面白い。あえて無料にこだわり続けているのも一智氏のマンガへの思いが垣間見える。作家というのはやはりプロアマに関係なく、止めようとしても創作のエネルギーが止められない、そういうあふれ出るパトスも感じられる。
「便利屋斎藤さん」は、従来の商業誌の編集部や出版社主導の作品というよりも、同人誌ともまた違う、「Twitterマンガ」として生まれた。Twitterマンガは読者と作者の距離が近く、リツイートやいいね!といった面白さへ反応がダイレクトなこの形式は、どうすれば受けるか、読者に気に入られるか、編集者の介在も雑誌によるバックアップも存在しない、シビアだが自分の力量が試される世界だ。
Twitterマンガは様々な作品が出版されたが、連載を機にTwitterの更新を止めてしまったり、作品を発表しなくなった作者も多い。その中で一智氏は、成功しても短編作品も描き続けるというところに、マンガへの真摯な想いが見える。一智氏はマンガが好きで、ストーリーを描くのが好きで、その想いの発露と、「漫画家なんだから、面白い作品にしてやる」という矜持が感じられる。
現在、「便利屋斎藤さん」は、あえて少年漫画の王道である「トーナメント戦」に挑戦している。様々なキャラクターがトーナメント方式のルールで闘技場でぶつかり合うのは、多くの作家が挑戦してきた題材だ。本作においては、各キャラクターをさらに一段深く掘り下げた、これまで「便利屋斎藤さん」を読んできたファンにはたまらない展開となっている。ぜひ「便利屋斎藤さん」を最初から読んでこのトーナメント編を楽しんで欲しい。
(C)一智和智・KADOKAWA刊/「便利屋斎藤さん、異世界に行く」製作委員会