特別企画

「結界師」コミックス1巻発売から21周年! “少年マンガ”だが大人にこそ読んでほしい名作

少年マンガ枠をはみ出した描写も魅力の「結界師」

【「結界師」1巻】

2004年2月18日 発売

「結界師」1巻

 小学館のマンガ雑誌「週刊少年サンデー」で連載されていた異能力バトルマンガ「結界師(けっかいし)」が発売されてから、本日2月19日で21周年を迎える。本作の連載期間は2003年から2011年の約8年間。漫画家・田辺イエロウ氏によるマンガ作品だ。

 本作は、400年前から妖退治を使命とする結界師の一族に生まれた主人公・墨村良守(すみむらよしもり)が、雪村家の正統継承者・雪村時音(ゆきむらときね)と共に夜の学校を舞台に「結界術」を駆使して妖(あやかし)に立ち向かう物語だ。良守は墨村家の正統継承者の証を持ち、幼い頃から祖父に結界術を教えられていたが、結界師の家業も結界術の修行も祖父に言われていやいや行なっていた。その姿は、時音にも「そんなにイヤならヤメちゃえば?」と言われるほど。そんなある日、良守は自らのミスで時音に大怪我を負わせてしまい、その後悔から時音を守れるほどに強くなろうと決意する。

 本作の見所は、読者自身の成長を感じさせてくれる点だ。もちろん主人公も成長していくが、それ以上に読者自身が広い視野で物事を見られるようになった大人でなければ拾えない感情がちりばめられているのだ。そういった点も踏まえて「結界師」の魅力を紐解いていく。

妖退治に奔走する、少年マンガとして読む「結界師」

 400年前、烏森(からすもり)の地を治めていた烏森家は、異常なほど霊的エネルギーの強い一族であり、その「力」を狙う妖や奇怪な現象に悩まされてた。そこで、妖退治の専門家として間流結界術の開祖・間時守(はざまときもり)が呼ばれた。それ以後、時守やその後継者は烏森家付き結界師として仕えることになったが、烏森家が代を重ねるごとに土地には「力」が蓄積し、その「力」を得た妖が急激に進化。妖は人を殺すようになり、やがて烏森家は滅んだ。

 そして、烏森家の力の源である魂を祀った祠は、かつての城跡である烏森学園の地下深くに眠っている。だが、400年経った今も「力」だけは烏森に残り続け、良守や時音などの結界師たちは烏森の土地を守っている。

 また、墨村家と幸村家は元々同じ流派であるが、開祖・時守に子はなく、後継者の指定もなかったため、弟子だった両家の先祖はどちらも自らが正統後継者だと主張。良守の祖父・墨村繁守も時音の祖母・雪村時子もまた、正統継承者の証・方印があると主張し続け、犬猿の仲。そんな祖父から幸村家の者と仲良くするなと言われている良守だが、幼い頃から時音に恋心を抱いていた。だが、良守は幼い頃に時音が自分を庇ったことで腕に傷跡を残し、深く後悔する。それから5年、良守は時音が傷付かずに済むように妖を退治しながら、烏森の封印を目指して突き進む。

中央:墨村良守、上:斑尾

・墨村良守(すみむらよしもり)
 本作の主人公。烏森学園中等部に通う14歳。墨村家の正統継承者の証を持つ。結界師としての才能には恵まれており、瞬発力や持久力に優れ、古典的なパワータイプ。過去の経験は深い後悔となっており、誰かが傷付くことを恐れる。時音に恋心を抱いており、時音が今以上に傷を負わずに済むにはどうすればいいかを考え、やがて烏森の封印を誓う。趣味はお菓子作りであり、これも時音がお菓子の城が食べたいと言ったことがきっかけである。時音への思いが良守の根幹であり、それは作中でも一貫している。

・斑尾(まだらお)
 約500歳の墨村家付きの妖犬。面倒見のいいオネエのような性格。嗅覚で妖の位置を把握する。生前は山に住んでいたが、人間に山を荒らされて餓死してしまう。その後、成仏できずに彷徨っていたところに時守と出会い、一目惚れ。以降は墨村家に仕えるようになった。

左:白尾、中央:雪村時音

・雪村時音(ゆきむらときね)
 本作のヒロイン。良守の幼馴染。烏森学園後頭部に通う16歳。雪村家の正統継承者の証を持つ。結界師としての素質は良守に劣るが、術の正確さや力の制御は良守よりも上。冷静で状況把握能力にも長け、テクニックタイプ。幼い頃から結界師の仕事に誇りを持ち、やる気のなかった良守に「結界師をやめたら?」と言ったこともある。成長後も、後先考えずに行動する良守を叱る場面が多い。学校では優等生として通っており、男子からの人気が高い。

・白尾(はくび)
 約400歳の雪村家付きの妖犬。生前は時守に飼われていた。時守から「二匹でこの地を守れ」と言われ、今でもそれを守っている。斑尾とは妖の位置を探る嗅覚を競う仲。

 ふたりの前に、普段より手強い妖が現われる。試行錯誤しながら対処法を考えていたところに、良守の兄・墨村正守(すみむらまさもり)が助太刀に入る。正守は異能者たちを全国的に統括し、取り仕切る組織・裏会(うらかい)に所属している凄腕の術者。そんな正守に結界師としての未熟さを指摘された良守は、幼い頃から正守に対して苦手意識を持っていた。

 短い休暇をもらったと家族に説明する正守だが、実は烏森の様子と良守の力を確認するために帰省していた。一騒動の末、良守の術師としての素質は認めたが、力のコントロールはまだ未熟と判断。しかし、結果そのものには満足したのか、翌朝には仕事へと向かった。こちらを監視する、烏森を狙う存在を感じつつ。

 やがて、良守らの周りでも烏森を狙う集団・黒芒楼(こくぼうろう)の影がちらつき始めた。黒芒楼の妖は良守ら結界師の目を掻い潜るために人間に擬態し、夜だけでなく日中も行動していた。そこで、裏会の実行部隊・夜行から結界師補佐役・志々尾限(ししおげん)が派遣される。特殊な生まれから辛い過去を持つ限は孤独を感じていたが、裏会へと連れ出してくれた正守を尊敬しており、正守の腕に遠く及ばない良守を結界師として認めていなかった。出会った当初は険悪だったふたりだが、戦いを通じて信頼関係を築いていく。

 そんな中、黒芒楼に所属する妖・火黒(かぐろ)が烏森に現われる。良守らは火黒との圧倒的な力を前に手も足も出なかったが、火黒は自身の事情により一時撤退。安堵する良守だったが、火黒は限に対して接触を図る。

 火黒は限の過去を知っており、自由になれと誘う。火黒の言う自由とは孤独を恐れないことであり、いつ裏切るかわからない人間をこちらから裏切るよう唆す。火黒の言葉に心乱される限だったが、良守や正守などの人間を信じることを決意。良守ら結界師や裏会は、烏森の主になろうと目論む黒芒楼の軍勢に立ち向かう。

墨村正守

・墨村正守(すみむらまさもり)
 良守の兄。21歳。裏会幹部のひとりであり、裏会実働部隊・夜行の頭領でもある。最年少で裏会の幹部に選ばれるほどの実力者で面倒見も良いため、部下たちには慕われているが、一部の者からは不信感を抱かれている。「訳の分からない、大きな力に振り回されるのが我慢ならない」と語っており、本当に大きな力に振り回されたときはその横暴さに激昂し、一戦交えることもある。ただし、怒りに呑み込まれるほどではなく、思いの外苦労人である。

志々尾限

・志々尾限(ししおげん)
 裏会の実行部隊・夜行に所属。結界師補佐役として派遣され、良守が通う烏森学園中等部に編入する。良守とは学年は同じだが、別クラス。獣系の「妖混じり」であり、身体能力は高い。幼少期は近所の子や実の兄たちからいじめられ、それに抵抗しようと無意識に「妖混じり」の力を使い、兄たちに大怪我を負わせてしまう。いじめの事実を知らなかった両親には限の扱いに困っていたが、この件で「妖混じり」を引き受ける団体・裏会に限を預けることを決める。

 そこには唯一自身の話を聞き、優しく接してくれていた姉・涼の姿もあり、涼も裏会入りを承諾。涼に裏切られたと感じられた限は、「妖混じり」の力が完全に覚醒。強い力と負の感情に振り回され、自身を心配して追いかけてきた涼に大怪我を負わせてしまう。自分では止められない力に絶望していたところを正守に救われ、夜行に入る。それらの過去から人付き合いは苦手であり、学校では孤立しているが、良守とは良い関係を築いている。

中央:火黒

・火黒(かぐろ)
 黒芒楼所属の妖。生身の頃は、江戸時代に生まれた人斬り。黒芒楼の幹部と比べても戦闘能力は桁違いに高いが、黒芒楼の中では若く、幹部たちからは若造扱いをされる。全身から無数の刀を生やす能力を持つ。また、独自の美学があるようで、それに反すると仲間であっても切り捨てる。初登場時は人皮を着て、良守たちの妖退治を見物していた。

人皮姿の火黒(田辺イエロウ氏の公式Xより)

 結界師の仕事や学生生活などの話と、ほんのりダークさを感じさせる裏会の登場。この後にも、烏森を狙う強敵・黒芒楼との戦いがあり、この部分はTVアニメ化もされた。日本テレビ系列のゴールデンタイム(19時~19時半)に放送されるほど、本当に少年マンガらしい作品だった。

 一方でゴールデンタイムに放送されていたアニメは、黒芒楼との戦いの中盤に限が戦いの最中に命を落とす話で終了する(第37話)。原作はこの先も続いていくが、打ち切りに思える終わり方になっており筆者はこれに絶望した。

 どうやらアニメは視聴率が伸び悩んでいたようで放送が一度終了。その後、関係者の尽力によりアニメは深夜放送に移動し、その先のストーリーが描かれた。余談だが、つい最近になってアニメの続きを視聴したが記憶通りの面白さで、最後まで走り抜けた。もし、37話で記憶が止まっている方がいれば、是非とも完走をオススメしたい。

TVアニメ「結界師」。筆者はゴールデンタイムに放送されていたアニメの終了に伴いマンガを購入。当時の最新刊では黒芒楼との戦いも終わって新しい話に入っていたのだが、その話が筆者のツボに突き刺さり、最終刊までしっかり買い揃えた

劣等感や無力感を抱える者たちの群像劇、青年マンガとして読める「結界師」

 作中ではメインとなる妖退治をエピソードを描きつつ、黒芒楼との戦い辺り(主に6巻以降)から良守以外の話も深掘りされ、群像劇のような話が増えていく。主人公が良守であることに変わりはないが、限にフォーカスを当てた話など多くの人物の事情が垣間見えるようになる。その事情には、兄弟間の劣等感も多く含まれる。前述した主人公・良守と兄・正守という兄弟も例に漏れない。

 良守は優秀な兄に対する苦手意識程度だが、正守は長男でありながら正統継承者の証・方印が出なかったことへのコンプレックスが強い。そして、アニメが一度終了した際の最新刊・17巻の話こそが、正守の心中がわかりやすく覗ける話となっている。

正守の心中がわかりやすく覗ける17巻

 17巻では、「無道」という男が登場する。ここでは無道に正守のコンプレックスを指摘された上、弟・良守の才能を言葉にされる。正守は弟を守るか強い力を得るかの2択を迫られ、それでも良守を守るために盾となるが、弟への憎さと大切に思う気持ちが入り乱れる。兄の弟に対する複雑な感情が描かれるエピソードである。

 筆者はここまで正守を「冷静沈着な兄」としか見ていなかったが、ようやく正守の人間臭さも見えるようになった。今思うと、視野が僅かに広がった瞬間だったのかもしれない。

このエピソードでは「無道」と正守が対峙。その過程を通じて弟・良守と兄・正守の関係性が描かれる

 このように、物語の水面下では登場人物たちの感情が重苦しく潜んでいるのだが、こういった部分がいい意味で“青年マンガらしい”作りになっており、青年マンガを読み慣れている読者からすると、この水面下にある複雑な感情こそがむしろ面白さに変えてくれる。各キャラクターが秘めた思惑こそ、本作「結界師」の魅力を引き立てている。

大人にこそ感じ入る「結界師」

 さて、最初に触れた「本作の見所は、普通の少年マンガと違う部分で読者自身の成長を感じさせてくれる点」について触れていく。「結界師」は主人公にあてれられていた焦点が、後半からは他の登場人物にあてられることが増える。

 シンプルに主人公の視点のみを中心の物語を楽しむこともできるが、兄の正守をはじめとした多彩な登場人物が描き出す複雑な感情の機微に触れることで、妖退治ストーリーの下に隠された愛憎劇が見える作品なのだ。学生も楽しめる少年誌で連載されていた作品ではあるが、大人になった今、改めて読み直すことで当時は気づけなった青年マンガらしい複雑な部分に気づき、自分自身の成長も感じられるかもしれない。

 もし、連載当時に「なんとなく消化不良だった気がする」といった感想を持った読者がいるのなら、是非もう一度本作を手に取ってほしい。自身の育った感情と視野こそが、本作を「名作」にしてくれるはずだ。

 わかりやすいラブコメ進展のない良守と時音の関係も、改めて読むと普通の中学生と高校生とは違う恋愛模様が見えてくる。不思議ともどかしさは感じない。更に、最終話で描かれるその後の姿には、幼い頃の「物足りない」といった感想と違うものが生まれるはずだ。群像劇や愛憎劇を読み切ったからこその充実感もある。

 少年マンガとしての側面に加え、青年マンガらしい描写も多く登場する「結界師」は一作で二度おいしく、大人にこそ感じ入る作品である。「少年マンガ」枠をはみ出している本作を、是非、今回紹介した点も踏まえつつ改めて読んでほしい。