特別企画

ほうれい線がチャーミング!「マダムたちのルームシェア」は楽しく歳を取るお手本

歳を取るのが楽しみになる、シニア女性の明るいルームシェア生活

【マダムたちのルームシェア】

X/Instagramにて連載中

著者:seko koseko

 大人になると、歳を取るのが嫌になる。当たり前の気持ちに「そんなことないよ!」と背中を押してくれるマンガがある。「マダムたちのルームシェア」だ。

 タイトル通り、マダムたち3人がルームシェアをしてひとつ屋根の下で暮らしているだけのマンガなのだが、とにかくおしゃれで前向きな3人の暮らしぶりに、「歳を取るのも悪くないかも!」と勇気がもらえる。主にX(旧Twitter)やInstagramへの投稿での連載で、マンガ雑誌の連載ではないのに、3巻にして累計発行部数が25万部を突破している人気作品だ。ボイスコミックもあり、声優も豪華で、井上喜久子さん、田中敦子さん、定岡小百合さんが出演している。

【【漫画】ドレスにシャンパン!マダムたちのクリスマス(CV:井上喜久子、田中敦子、定岡小百合)|『マダムたちのルームシェア』(1)】

 高齢女性が主人公のマンガが人気だなんて、ひと昔前なら考えられなかっただろう。主人公3人の頬にはくっきりとほうれい線があり、首筋や手にも皺がある。3人は“おばさん”というより、“おばあさん”なのだ。だが、だからこそ、3人が生き生きと過ごす日常生活には、毎日を楽しく生きるヒントに溢れている。こんな風に歳を取れたらどんなにいいだろう、とついつい憧れてしまう3人の関係性、日々の過ごし方は、人生100年時代を生きる人々の心を鷲掴みにする。

【本物のおばあちゃん】

マダム3人だけのルームシェア。何でもない日常をポジティブに過ごす

 ちなみにだが、「マダム」の言葉の意味に、「既婚」かどうかは、今は関係ないことを知っているだろうか。昭和生まれの筆者が若い頃は、マダムは既婚女性で、マドモワゼルが未婚女性という意味があったのだが、それは昔の話で、10年ほど前から、マダムは大人の女性全般を指す言葉で、既婚か未婚かは関係なくなったのだ。

【3人のマダム】

 だから、というわけではないが、このマンガに「夫」は登場しない。まだ子供が小さい時に離婚した栞さん、1年前に夫が鬼籍に入ったばかりの晴子さん、そして今も仕事をバリバリこなす独身の沙苗さんという、今はシングルの高齢女性たちが、ファミリー向けのマンションでルームシェアをしているのだ。3人は学生の頃からの友達で、気の置けない仲。そういう友人関係が歳を取ってもずっと続いていること自体、キラキラと輝いて見える。

【ルームシェア生活】

 3人は、眠れない夜に花札をしたり、ポップコーンを一緒に作ったり、夜桜を見に散歩をしたり。特別なことはしなくても、日常にささやかな幸せを見つけて、それを3人で共有している。取り立てて変わったことなどない、ごく普通のことだが、若者がやるならいざ知らず、シニアの、しかも家族でもないシングル女性3人でやっているのが、物珍しくもあり、見る人が見たら奇妙にも思えるかもしれない。今更、友達と夜中に花札をしたり、ポップコーンを作ったり、散歩をしたりなんて。だが、沙苗さん達3人は自然体で、臆面なく楽しんでいる。その、できそうでできないことを、さらっとやっているから魅力を感じるのだろう。

【ポップコーンを作る】

歳を取っても、季節とおしゃれを楽しむ

 3人は生活に季節感を取り込むのも上手いし、それを実に楽しんでいる。夏祭りの日は屋台で夕食を済ましたり、ハロウィンには家にあるもので仮装パーティーをしたり、バレンタインにチョコレートを交換したり。ちょっとした工夫で日々の生活にこんなにも彩りが出るものなのか、と3人は教えてくれる。

【本物の魔女】

 もちろん、たまには失敗もする。夏に「おうちハワイ」をしよう、と3人はリビングのカーテンやソファカバーを変えてハワイっぽい装飾をするのだが、栞さんがハワイらしいと思って買ってきたガーランドが、ハッピーバースデーと書いてある誕生日祝い用だったのだ。だが、そこで誰も栞さんを責めないし、栞さんも「毎日誰かの誕生日だし…今日誕生日の人…ハッピーバースデー」と拍手をする。この栞さんのポジティブさは、見習いたいところだ。

【おうちハワイ】

 また、3人は、季節やイベントごとに合わせてファッションも楽しんでいる。クリスマスには、家で一張羅を着て美味しい食事とシャンパンを飲む会を開いたり、イチョウが綺麗な公園に行く時は秋らしい服を選んだり、美術館に行く時は名画をイメージした服を着たりしているのだ。そういう遊び心そのものがおしゃれだし、その際に、3人でそれぞれの服を褒め合うのも、嫌みがなく、気分が良くなる。3人は既におばあさんなので、顔にはほうれい線、首筋や手には皺が刻まれているのだが、それも含めて気負いなくファッションを楽しむ姿はとてもチャーミングだ。

【ファッションも楽しむ】

歳を取ったからこそ、何気ない日常を楽しむことが尊い

 SNSに掲載されているマンガは、3人がルームシェアをひたすら満喫する様子が描かれていて、読んでいるこちらが元気になるものばかりだ。だが、3人がこんな風にお互いと日々の生活を大切にするのは、それぞれが歩んできた人生の裏返しでもあることが、コミックの描き下ろしエピソードを読むと分かる。

 1巻のエピソードでは、晴子さんが夫の死後、息子家族に同居を勧められて躊躇している話が描かれている。優しい晴子さんは、息子の嫁の負担になることを不安に思っているのだが、息子や義姉は、晴子さんの意見をよく聞かずにもう同居が確定しているかのような態度を取っている。晴子さんの人生なのに、まるで晴子さんに決定権がないような境遇は、シニア女性でなくとも、身に覚えがある人は多いのではないだろうか。親や子供、夫や妻の目を気にして、自分の気持ちを押し殺し、何かを諦めて皆に合わせて生きていく感覚。そんな時に、既にルームシェアを始めていた栞さんと沙苗さんに、一緒に住まないかと提案されるのだ。

【晴子さんの決断】

 悩む晴子さんが決断する時の気持ちが印象的だ。友人とルームシェアをすると言えば、息子や親戚に色々小言を言われるのではないかと気が滅入るのだが、そうやって、自分の気持ちを押し殺して周りの目を気にして生き続ける人生でいいのかと自問する。自分が周りを気にせず自由に生きていける日は来るのだろうか、もしかしたら10年後、20年後にはそんな日が来るかもしれないが、その頃にはもう、体も動かなくなってしまっているのではないか。そう考えた時、晴子さんは、「周りのことばかり気にして歳を取っていくのは嫌だ」と3人でルームシェアをすると決意するのだ。

 周りのことを気にせず、自分のために、自由に生きる、そう心に決めたからこそ、晴子さんが、3人でのルームシェア生活を大切にし、日常を大事にしていることに説得力があるし、よりいっそう、3人の日々に魅力が増す。

【栞さんの離婚】

 2巻には栞さんが離婚して子供と一緒に、沙苗さんが一人で暮らしているマンションに転がり込む話が、3巻には沙苗さんが大人になって間もない頃に両親を同時に亡くす話がそれぞれ描かれている。栞さんが一人で子供を育てることに不安を感じる中、沙苗さんがさりげなくサポートする様子は、友情に胸が熱くなるし、マダムになっても底抜けに明るい栞さんがくよくよしている姿は、心労を察するに余りある。そんな栞さんを励ます側だった沙苗さんも、実はずっと両親の死を引きずっていて、栞さんの前では一度涙を流してしまう。普段の気丈さからは微塵もうかがえなかった沙苗さんの深い悲しみに、人生の無常さが感じられる。

 それぞれの人生で、ひどく傷ついた出来事を読むと、そのつらい経験を経たからこそ、3人で一緒に過ごす何気ない日々が、本当は何よりも尊いものなのだということに改めて気付かされる。

歳を取れば取るほど、本当は深みと美しさが増す

 とはいえ、実際問題、歳を取れば取るほど、若い頃の輝きや可能性の広がりはなくなっていくのが普通だ。歳を取っていいことなど微塵もあるまい、と思ってしまいそうだが、沙苗さんは20代の頃に買ったオパールの指輪を磨きながらこう言う。「もうヴィンテージで最初の輝きはないけど、その分大切に磨かれて年月を経たからこそ出る、深みと美しさがあるわよね。まるで私たちのように」

【ヴィンテージ】

 加齢に付きまとうネガティブなイメージを一掃してくれる金言である。確かに、シニアに、若者と同じエネルギーや瑞々しさを求めるのは難しい。だが、その分、本当は経験、知識、思考を積み重ねて、深みと美しさが増しているというのだ。もし、そんな積み重ねなんてしてない、と思っていても大丈夫。栞さんが「新しく磨き始めるのは?」と質問すると、沙苗さんは「むしろ磨き始めるなら今よ」と今からでも遅くないと励ましてくれる。

 それでもまだ自信がないという人には、マニキュアのエピソードを紹介したい。栞さんが両手の爪にマニキュアを塗っているのを見て、晴子さんはかわいい、と褒めるので、栞さんが晴子さんにも塗ってみる?と誘う。一瞬、塗ってもらおうかな、と思った晴子さんは自分の両手が荒れていてシミがあることに気付き、マニキュアがもったいないと感じて断ってしまう。だが、長年の友人である栞さんはそんな晴子さんの繊細な心模様の変化を見逃さない。「良いニュースと悪いニュースがある」と言って、マニキュアを断られたことがショックであることと、晴子さんの手がとっても素敵であることをユーモアたっぷりに伝えるのだ。栞さんの優しさに救われた晴子さんはマニキュアを塗ってもらうのだが、その時の栞さんの言葉がまたいい。「晴子の手は素敵だけど、本当は素敵とか素敵じゃないとか、気にしなくていいと思うの。やりたかったらやりゃぁいいのよ。じゃないと動けなくなっちゃうわ」

【マニキュア】

 二人の手は、もちろん皺だらけだし、シミも正直目立つ。でもマニキュアは可愛いし、塗ったことで晴れやかな気持ちになったことは、老いを吹き飛ばす。栞さんの言う通り、やりたいと思ったことを素直にやったからだ。

 正直、「やりたいと思ったことを、周りの目を気にせずやる」というのは若くても難しいかもしれない。老いていたら、なおさらだ。マニキュアを塗るという、些細なことでもそう感じてしまうことに、このマンガは優しく寄り添ってくれる。

歳を取ることに、楽しい気持ちで進んでいける人が増えればいいな、という作者の思い

 このマンガがここまで歳を取ることに対してエンパワーメントなのは、作者のseko koseko氏の思いが強く反映されているからだ。インタビューでは、「歳を取ることに対するネガティブな考えが少しでも和らぐようにという思いがあります。時間は絶対に逆戻りしませんが、だったら歳を取ることに不安を抱くばかりではなく、楽しい気持ちで進んでいける人が増えればいいなと」と語っている

 沙苗さん、栞さん、晴子さんというマダムは、seko koseko氏の「将来こうありたい」という理想が詰め込まれたキャラクターだという。「老いても、好奇心、探求心を忘れず、柔軟に、自分の思考を疑い、新しいことに挑戦することを忘れないように、自分への自戒を込めて描いています」と話している。だからこそ、身近な不安や、日常の季節感に、親近感が湧くのだろう。

【【漫画】栞さんの良いことおみくじ(CV:井上喜久子、田中敦子、定岡小百合)|『マダムたちのルームシェア』(9)】

 冒頭でも紹介したとおり、「マダムたちのルームシェア」はボイスコミックにもなっているのだが、こちらもそういった、高齢女性へのエンパワーメントが意識された作品となっている。マダムたちの声優を担当している井上喜久子さん、田中敦子さん、定岡小百合さんも1960年前後生まれで、ちょうどマダムたち3人と同世代、観ていて安心感がある。インタビューで田中敦子さんのことを「あっちゃん」と呼ぶ3人の関係性にも、マダムたちが透けて見える。

 3巻が出た後も、SNSでマンガは続いていて、エイプリルフールにちょっとした嘘や、ゴールデンウィークにバドミントンを楽しむマダムたちが描かれている。バドミントンなんてそんな若々しいスポーツを!?と思うかもしれないが、ラリーは5回も続いておらず、年齢を感じさせる。それでもマダムたちはとても楽しそうだ。たとえほうれい線や皺があっても、いや、年齢とともに刻まれた深く美しいほうれい線と皺があるからこそ、彼女たちはよりいっそうチャーミングなのだ。このマンガはそう思わせてくれるパワーに溢れている。

【バドミントン】