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【年始特集】「五等分の花嫁」に「ホタルの嫁入り」も! “嫁”をテーマとした名作マンガの数々を読み比べ

「俺の嫁」は死語……じゃない?

「五等分の花嫁」14巻

 ひと昔前のインターネットでは、「俺の嫁」という言葉をよく見かけたものだが、最近ではほとんど死語に近い扱いだ。そもそも「嫁」という表現自体、時代錯誤的だと言われるようになっている。

 とはいえ、マンガなどの“創作の題材”という意味では、現代でも「嫁」が使われる場面は少なくない。「妻」や「パートナー」といった表現とは違ったニュアンスがそこには含まれているからだ。

 そこで今回はタイトルに「嫁」の入った名作マンガの数々を取り上げ、その内容を見比べてみたい。

平凡な日常を一変させる“花嫁になる未来”……「五等分の花嫁」

【五等分の花嫁】
講談社
作者:春場ねぎ氏

 「嫁」に関わるマンガとして、真っ先に思い浮かぶ作品といえば「五等分の花嫁」かもしれない。同作は春場ねぎ氏が「週刊少年マガジン」で連載していたラブコメ作品だが、“花嫁”のロマンチックなイメージを活かすことで、主人公たちの恋愛模様に彩りを添えていた。

「五等分の花嫁」1巻

 主人公の上杉風太郎は貧しい生活を送る高校2年生。ある日彼は父親に紹介された家庭教師のアルバイトを引き受けるのだが、その相手は偶然にも学校でひと悶着があった転校生の女子で、しかも彼女は5つ子の姉妹だった。

 そして第1話のラストシーンでは、時間軸が一気に移り変わり、結婚披露宴の会場へ。そこにいるのは大人になった風太郎と、純白のウエディングドレスに身を包んだ“花嫁”で、2人は「初めて会った日」のことを振り返っている。つまり風太郎は将来的に五つ子の誰かと結婚する未来が決まっていたのだ。こうして「未来の花嫁は誰なのか」というミステリー的な要素を孕みつつ、恋の五角関係が進展していく。

 ミステリアスな長女・一花、勝ち気でツンデレ味のある次女・二乃、大人しい三女・三玖、明るく活発な四女の四葉、食いしん坊な五女・五月……。誰もが「花嫁」になる可能性があるという設定によって、その魅力が一層際立って見えるから不思議だ。

作品世界に深みを与える「嫁」の設定……「ホタルの嫁入り」と「乙嫁語り」

【ホタルの嫁入り】
小学館
作者:橘オレコ氏

【乙嫁語り】
KADOKAWA
作者:森薫氏

 その一方、「嫁」という概念を舞台装置として上手く使っている作品としては「ホタルの嫁入り」が挙げられる。

 同作は「プロミス・シンデレラ」で知られる橘オレコ氏の作品で、「電子コミック大賞2024」の大賞受賞作。余命が限られている名家の令嬢・紗都子と、狂気の殺し屋・進平の2人を主人公とした“契約結婚ラブサスペンス”だ。

「ホタルの嫁入り」1巻

 物語の舞台は明治時代の日本で、第1話の冒頭から「女は家の財産で交換や贈与の対象」と現代では到底考えられない家制度の価値観が示される。とくに紗都子は上流階級ゆえ、政略結婚を強いられている境遇だ。彼女はある日見知らぬ男たちにさらわれてしまい、窮地を抜け出すため、その場にいた殺し屋の進平に“結婚”を持ち掛ける。しかし進平は人並み以上に愛が重い性格で、紗都子は思いもよらない運命に巻き込まれていく……。

 作品のタイトルには「嫁入り」とあるものの、決して時代錯誤な価値観を肯定するようなストーリーにはなっていない。むしろそこに描かれているのは、自らの意志によって人生を切り拓くことの美しさだと思われる。紗都子が周囲に決められた人生を拒み、真実の愛を見出していく姿は、どこまでも壮絶かつロマンチックだ。

裏サンデー「ホタルの嫁入り」第1話「望まぬ恩返し」のページ

 その一方、「乙嫁語り」も“嫁”をめぐる物語を描いた名作マンガの1つだろう。

 同作は「エマ」の森薫氏が2008年から連載しているオムニバス形式の長編作品で、「マンガ大賞2014」の大賞受賞作。公式の説明によると、タイトルの「乙嫁」とは「美しいお嫁さん」の意だ。作中では19世紀の中央アジアを舞台として、さまざまな嫁の生き様が描き出されていく。

「乙嫁語り」1巻

 そこで最初の乙嫁として登場するアミル・ハルガルは、遊牧民の村から山を越えて嫁いできた20歳の女性。彼女は8歳年下の少年カルルク・エイホンと結ばれ、都市生活に馴染もうとしていたのだが、そこでハルガル家からの遣いの者たちがエイホン家に訪れる。彼らはほかの姉妹たちが病気で亡くなったため、「嫁に出したのは手違いだった」として、アミルを返してほしいと無茶な要求を突き付けるのだ。

 ハルガル家では父が強い権力を持っている上、娘は家の財産という考え方のようで、アミルの意志など一切考慮せず、強引に村に連れ帰ろうとする。そこでカルルクやエイホン家の人々は、アミルを守るために奮闘していく。

 ハルガル家のやり方は、自由な恋愛が当たり前となっている現代の日本では考えられない横暴のように見えるだろう。しかしだからこそ、そんな環境にあってささやかな幸福を掴もうとすることの尊さが浮き彫りになってくる。異文化を過剰に美化しないように描きながらも、そこに息づいていた愛のあり方を生き生きと写し取っているのが、「乙嫁語り」の魅力的なところだ。

カドコミ「乙嫁語り」第一話「乙嫁と聟花」のページ

異形の夫に嫁ぐ異類婚姻譚の名作……「魔法使いの嫁」と「大蛇に嫁いだ娘」

【魔法使いの嫁】
マッグガーデン
作者:ヤマザキコレ氏

【大蛇に嫁いだ娘】
KADOKAWA
作者:フシアシクモ氏

 「嫁」の設定は、ファンタジー作品でもよく見られる。おそらくその理由は、古めかしい婚姻制度を連想させることで、作品の舞台が現代社会とは違ったルールで動く“異世界”だとアピールできるからではないだろうか。

 たとえばそんな作品の1つとして思い浮かぶのは、アニメ化もされているヤマザキコレ氏のファンタジーマンガ「魔法使いの嫁」。同作はタイトルの通り、ある日魔法使いから“嫁”にすることを宣言された少女が主人公となっている。

「魔法使いの嫁」1巻

 物語は身寄りのない15歳の日本人少女・羽鳥チセが、人身売買のオークションで異形の魔法使い・エリアスに競り落とされるところから始まる。エリアスはチセの特殊な体質を見込み、「君を僕の弟子にする」と言い、イングランドの片田舎にある屋敷に連れられていく。そして2人の奇妙な生活が始まるのだが、彼はチセを将来的には「お嫁さん」にするつもりだ……と告げるのだった。

 当初、チセは人生に一切の希望をもっておらず、自暴自棄になっていたのだが、エリアスから“家族”と呼ばれたことをきっかけに、世界のなかで自分の居場所を見出していく。壮大なファンタジーの枠組みを使いながら、少女の成長を丁寧に描いているのが同作の見どころだ。

 また、フシアシクモ氏の手掛ける「大蛇に嫁いだ娘」も、ファンタジー世界を舞台として主人公が異形の生物に“嫁ぐ”話だ。ただし異形と人間とのあいだの価値観のすれ違いを描いているところが、大きな特徴となっている。

「大蛇に嫁いだ娘」1巻

 主人公のミヨは額に大きな傷がある少女で、ある日山の主である大蛇のもとに“供物”として嫁ぐことになる。しかし大蛇は動物を丸のみにするなど、野生そのものの生き方をしているため、ミヨは恐怖と生理的な嫌悪感に駆られてしまう。

 その一方で大蛇の方は孤独を癒してくれたミヨに感謝しているばかりか、異性としての欲望を抱いており、“夜の営み”にも積極的だ。当然2人のあいだには大きな溝があるのだが、共に過ごす日々のなかで徐々にその距離が近づいていく。

 すなわち同作は「大蛇の嫁になるということ」をどこまでも生々しく、リアリティたっぷりに描き出すことに主眼を置いた作品と言える。他の作品では見たことのないような形で、夫婦のあいだのピュアな愛情を表現してみせた異色のラブストーリーだ。

カドコミ「大蛇に嫁いだ娘」第1話のページ

 以上、本稿では5つのマンガを取り上げてきた。ハーレムラブコメにサスペンス、ファンタジー……その方向性は多種多様というほかない。とはいえ、それぞれユニークな仕方で「嫁」を登場させていることは同じだと言える。

 なぜ漫画家たちは、もはや現代には馴染まない「嫁」の概念をわざわざ使おうとするのか。そうした理由を考えながらマンガを読み解くことで、いつもとは違った作品の楽しみ方ができるはずだ。