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【年末特集】年末に読んでほしいマンガ「バーテンダー」。再アニメ化&12年ぶりの新刊も出たBarが舞台のヒューマンドラマ

「バーテンダー」1巻

 「年末年始は家でゆっくり過ごしたい!」という方に、個人的にオススメのマンガを紹介したい。今回紹介するのは、2024年に2度目のアニメ化を果たした「バーテンダー」である。本作は、集英社のマンガ雑誌「スーパージャンプ」および「グランドジャンプ」で、2004年から2011年にわたって連載され、コミックス1巻の発売から今年で20周年を迎えた。

 原作を担当したのは漫画家の城アラキ。代表作「ソムリエ」はドラマ化もされ、話題となったが、2024年現在、本作「バーテンダー」が「ソムリエ」の知名度を上回るヒット作となった。ワインに焦点を絞った「ソムリエ」に対し、本作はお酒全般をテーマにしたことで、より多くの読者を獲得した。本作で作画を担当し名が知れた長友健篩は、本作完結後も城アラキとタッグを組み「シャンパーニュ」を連載した。

 連載当時の2006年にアニメ、2011年にドラマとTV放送されていたが、完結後の今年4月にも「バーテンダー 神のグラス」というタイトルで2度目のアニメ化が行なわれた。このアニメ化の際には放送記念として「グランドジャンプ」にて集中連載が行なわれ、コミックスも発売されたことで、全21巻だった単行本は12年の時を経て全22巻となった。

 アニメだけでなく、マンガも十二分にオススメできる作品だ。作中のエピソードはほぼ一話完結で、何かと慌ただしい年末年始の隙間時間にも読みやすい。是非、2024年を振り返るきっかけにしてほしい。

孤独に傷付き、行き場のない魂を救う最後の一杯「神のグラス」

 本作の主人公は、バーテンダー・佐々倉溜(ささくらりゅう)。ヨーロッパの有名なカクテルコンテストで優勝するほどの腕を持つ。コンテスト以降、佐々倉の作るカクテルは「神のグラス」と呼ばれようになる。これは「お前はなぜバーテンダーをやっているのか」という問いに、佐々倉が「『神のグラス』と呼ばれる一杯を作りたいと思っている」と答えたことで広まった言葉である。繊細さと驚きに満ちた一杯を指すと思っている者も多いが、佐々倉が真に探し求める「神のグラス」とは、孤独に傷付き、行き場のない魂を救う最後の一杯のことだった。

 佐々倉はパリの一流ホテルにてチーフバーテンダーを務めていたが、理由を語らないままに日本へ帰国した。帰国後、佐々倉の経歴を知る女性・来島美和と出会い、マンガの物語は始まる。

 一方、開業したばかりのホテル・カーディナルでは、オープンできずにいる空間がある。カウンターバーだ。美和の祖父・来島泰三がバーテンダーの人選に拘り、泰三のお眼鏡にかなうバーテンダーが見付けられないままにオープンとなった。バーテンダーの確保は火急の用件。ホテル・カーディナルのカウンターバーに相応しいバーテンダーを探すよう社員に命じてしばらく、泰三は美和から佐々倉の噂を耳にする。

 銀座「ラパン」でバーテンダーの一人として働く佐々倉の元に、泰三が訪れる。泰三は日本のトップバーテンダーの一人、ミスター・パーフェクトと呼ばれる葛原隆一を連れていた。葛原は差し出されたカクテルで佐々倉の技量を否定したが、カクテルそのものの出来は認める。佐々倉はここから本格的に、Barで出会う人々と多くの縁を結んでいく。

 本作は、佐々倉を取り巻く人々のエピソードが、短い話の中で跡を濁さない人間ドラマとして描かれる。まず、悩みやトラブルを抱えた客が訪れる。客の悩みは様々だ。仕事上でのトラブル、友人同士の衝突。友の死を悼む時もある。そんな彼らに、佐々倉は一杯のグラスを差し出す。マンガのメインテーマでもある、グラスに纏わるお酒のエピソードを添えて。バーテンダーの言葉は、眠っていた思い出を呼び覚まし、悲しみを癒やし、沈んだ心に火を点ける。そうして、客は問題を乗り越えるための糸口へと導かれる。

カウンター越しに行き交うキャラクターの想い

 佐々倉が客の悩みに合わせてお酒に纏わるウンチクを語るのがメインストーリーではあるものの、その佐々倉もまた、客としてバーテンダーと向かい合う。人間ドラマによくある固定の教師役はおらず、本作に登場するバーテンダーたちは、代わる代わる自分ではないバーテンダーに心の葛藤や悩みを打ち明ける。

 たとえ、バーテンダーが見習いで、客が有名な先達であっても、その立場は変わらない。カウンターの内側にいる限りはバーテンダーなのだと、客が抱える感情に触れていく。グラスだけでは説得力が足りない場合は、自らの教訓話を追加することもあったりと、バーテンダーの個性が覗く。次は、そんなバーテンダーとその客を紹介したい。

佐々倉溜(ささくらりゅう)

佐々倉溜

 本作の主人公。「永田町の妖怪」と恐れられた政治家一の次男。病床についた父に、御伽噺のような口振りで「神のグラス」を語ると、父は「『神のグラス』はきっとある」と言い残して亡くなった。佐々倉もその一杯があると信じ、追い求めるように渡仏した。レストランやBarで皿洗いのアルバイトをしながら修行を重ね、やがて、ヨーロッパのカクテルコンテストに優勝。パリにある一流ホテルのチーフバーテンダーとして働いていたが、思い詰められた一人の客を救えなかった経験から日本に帰国する。

 帰国後は「銀座ラパン」、「Bar東山」、「イーデンホール」を経て、ホテル・カーディナル内のホテルBar「イーデンホール」に移る。その後、独立を決意しBar「イーデンホール R&T」をオープンする。

 仕事とプライベートなどの、オンオフの切り替えは徹底している。洗練された大人として客に寄り添うバーテンダーの姿と、幼い子供と比べられるほどに無邪気で落ち着かない姿を持つ。

来島美和(くるしまみわ)

来島美和

 東京のホテル・カーディナルの料飲部に勤務する女性。ホテル・カーディナルの代表取締役を務める祖父・来島泰三の孫娘。社内では、人事部長を除いて彼女の素性を知る者はいない。佐々倉の働く店に頻繁に顔を出し、お酒に関する問題を持ち込む。他にも、自身が抱える相談に乗ってもらうこともあり、やがて溜に恋心を抱くようになる。

来島泰三(くるしまたいぞう)

来島泰三

 美和の祖父。来島興産の会長兼ホテル・カーディナル代表取締役。元は割烹旅館の四代目で、その手腕で旅館を大きく拡大。だが、旅館のホテル化を提唱する息子と対立。その後、息子夫妻が事故で他界してしまい、ひとり残された幼い美和を引き取り、息子の夢を引き継いでホテル・カーディナルのオープンに尽力。

葛原隆一(くずはらりゅういち)

葛原隆一

 「Bar・K」のオーナー・バーテンダーであり、ホテル・ダイヤモンドスターの取締役。 バーテンダーながら叙勲を受け、業界内では「ミスター・パーフェクト」の異名で知られる。常に完璧な味を出すことを身上とし、弟子の作ったカクテルでも飲むに値しない場合はそのカクテルを捨て、時によっては破門する。

川上京子(かわかみきょうこ)

川上京子

 「Bar 南」の見習いバーテンダーの女性。バーテンダーとしての腕は未熟で荒削りだが、負けん気は人一倍強く、大酒飲み。お酒にあまり酔わない、所謂大ザルだが、悩みがあると酒を片手に佐々倉に絡む。のちに、カクテルコンクールで泰三に実力を買われ、カーディナルのメインラウンジバーに移る。

金城ユリ(きんじょうユリ)

金城ユリ

 「Hell's Arms」に勤めるバーテンダーの女性。沖縄から上京した。バーテンダーの修行を始めて3年でありながら、ほぼ同じキャリアの川上よりも腕は上。川上とはよきライバルとなる。

北方 (きたかた)

北方

 「North Wind」のバーテンダーを務める男性。佐々倉が最初に勤めたBarの先輩で、佐々倉にバーテンダーとしての基礎や、Barは魂の病院であることなどを教えた。偽悪者のような態度に反して、Barの客を「野戦病院の患者」として受け入れる。

砂糖に染み込んだ強烈なお酒の味

 当記事を書くにあたり、筆者は久しぶりに本作のことを思い返した。作中に登場する人物は多種多様で、一度きりの登場となるキャラクターが大半だ。頻繁に登場する人物は除いて、大半は名前どころか顔すら曖昧。だが、エピソードは不思議と思い出せるものが多かった。思い出したエピソードのひとつに、帰国したばかりの佐々倉が兄弟子・北方と再会する話がある。

 本作の第1話で、佐々倉は「世の中に絶対にお客様を裏切ってはいけない仕事がふたつあります」、「ひとつは医師、薬剤師。では、もうひとつは? ──バーテンダー」、「どちらも処方(レシピ)ひとつで毒にも薬にもなるものを売っていますから」と語る。この言葉は「神のグラス」を目標とする佐々倉だけでなく、本作「バーテンダー」の意識の根底なのだろう。1話以降も度々、バーテンダーが「毒と薬」を語るシーンがある。北方もその一人で、Barは魂の病院であり、毒にも薬にもなるお酒から薬の顔だけを引き出すことがバーテンダーの仕事だと、佐々倉にそう教えてくれた人物だった。

本エピソードが載っている4巻

 だが、8年ぶりに再会した北方はやさぐれており、客を酔い潰すためのカクテルを出していた。佐々倉にバーテンダーの基礎の基礎を教え、面倒見の良かった兄弟子の姿はない。激昂する佐々倉に、北方は「ここは野戦病院なんだ」と話す。今日を生き延びるための一杯であり、毒だからこそそれを必要とする客もいるのだと。佐々倉は北方の言葉に納得できずにいたが、北方の客からこのBarが野戦病院となった経緯を聞かされた。そう成らざるを得なかったと知り、佐々倉はバーテンダー・北方に注文する。何の事情も知らずに、得意気に先輩に説教した未熟なバーテンダーに差し出す一杯を。

 出されたボトルは、シャルトリューズEVE(イヴ)。EVEとは「エリクシル・ヴェジタル」の略で、「植物の霊薬」の意味を持つ。強烈なハーブ香と強すぎるアルコール度数が特徴のそれは、飲めば永遠の生命が得られると言われた霊薬、──お酒だ。北方はそれを角砂糖に一滴垂らし、佐々倉に差し出した。

 角砂糖に染み込ませて、口の中で溶かしながら飲むお酒。カクテルではなく、あくまでもそういう飲み方として登場する。この飲み方は歴史上の製造元・シャルトリューズ修道院(フランス)から伝えられたもので、倒れるように修道院を訪れた旅人に出していたという「霊薬」と同じ飲み方だ。

 自身のBarが野戦病院となった北方だが、その生き方に後悔はないと断言する。霊薬を差し出された旅人のすべてが、命を救ってくれた修道士の名前を覚えているとは限らなくとも、砂糖に染み込んだ強烈なお酒の味だけは永遠に忘れないのだから、と。

 この北方の言葉は、本作の魅力そのものを語っているように思う。連載当時に本作を読んでいた筆者は、本作に登場する大半の人物を覚えていないと書いたが、やはりエピソードは思い出せるものが多い。北方の言葉に当てはめるとしたら、「読者が作者や登場人物を覚えていなくとも、そこで描かれた印象的な場面だけは忘れていない」状態だ。だが、本作は登場人物を通してそれでいいと認めてくれる。

 どのエピソードを覚えているかは、読者によって違うだろう。覚えている理由も様々。筆者が今回紹介したエピソードを思いの外しっかり覚えていた理由は、お酒の飲み方が特殊なスタイルだったからだが、特に印象的だったと感じないエピソードを覚えている場合もある。それはもしかすると、命を救われた旅人と同じように、どこかで救われた感情があるのもしれない。自覚のないままに。そう信じさせてくれる何かが、本作には詰まっている。

【アニメ『バーテンダー 神のグラス』PV第1弾|2024年4月放送予定】
「世の中に絶対にお客様を裏切ってはいけない仕事がふたつあります」というセリフはアニメのPVにも用いられている

筆者が記憶の中で死蔵させたままのエリクサー

 上記で紹介したエピソードそのものは、特別心が震えるものではない。複雑な感情が絡み合うものでもない。けれど、筆者が初めてを読んだとき、すぐに誰かに話したくなったのを覚えている。格好良く見えた飲み方を、同じように格好良いと共感してほしかったのだ。だが、本作に出会った当時、筆者は未成年だった。当然、お酒は飲んだことがない。友人たちも同世代。ならばと大人に語ったところで、子どものくせにと笑われるのは容易に想像できた。そうして、語る先がどこにもないまま、筆者は二十歳を過ぎた。

 筆者は未だ、シャルトリューズEVEを飲めていない。本作を読んでいたこともあって、Barの重たい扉に敷居の高さはさほど感じず、Barにはひとりでも躊躇いなく入れた。本作に登場したカクテルも、有名どころは注文してきた。そのくせ、知名度の低いカクテルを頼む勇気はなかったのだ。なぜ、そのカクテルを知っているのかと問われたとき、体裁を気にして、マンガで読んで知ったと答えるのを恥ずかしかったために。特徴的なシャルトリューズEVEなど、尚のこと。そもそも店にボトルがあるかを確認することすら、羞恥心に阻まれた。いつかいつかと大切に抱えていた話だったが、歳を重ねる間に格好良さを語る素直さを失っていた。とんだ笑い話である。

 だが、意味のないと自覚しているそんな虚栄心も、いつかは剥がれる日がくると信じている。アニメ化の影響で本作を読んだ誰かが、筆者の横でそれを頼む偶然があるかもしれないし、素直ではない客の心を溶かしてくれるバーテンダーがいるかもしれない。本作で描かれている人物たちのように、更に歳を重ねることで素直に注文できる未来がくる可能性も残っている。……できれば、隣に座る客の注文に便乗したいと願いつつ。

2024年の再アニメ化では「バーテンダー 神のグラス」というタイトルで4月より放送が行なわれた。原作コミックスのエピソードをベースに全12話構成となっている

12年ぶりの新刊「バーテンダー~イーデンホール~」

 前述の通り、本作は12年半ぶりに新刊が出た。12年前に確かに完結し、全21巻だったが、そこに新しく1冊追加された。タイトルは「バーテンダー~イーデンホール~」で、巻数の表記はない。再アニメ化記念のためか、アニメの内容も含まれる。

 Xで「アニメオリジナルでは?」と言われていたアニメ第5話「始まりの一滴」、第7話「バーテンダーの覚悟」こそ、「バーテンダー~イーデンホール~」に収録されているエピソードだ。それ以外のエピソードは原作にあたる「バーテンダー」から選ばれているため、登場人物が交流を深めている最中であるのに対し、5話・7話では人間関係がほぼ構築済みの状態となっており、他の回と比べて僅かに差がある。そこに違和感を覚えた方にこそ、是非本作を手に取ってほしい。本作は、人と人の繋がりをゆっくり育てていく姿を描くマンガだ。その違和感をきっと解消してくれる。

 本作は、名言集を読むのが好きな方や会話のネタ探しにも最適だ。お酒のうんちくだけでなく、小説や映画からの台詞の引用も多い。特に映画からの引用では、劇中にお酒がほぼ登場する。もしかすると筆者が見つけきれなかっただけで、すべての映画にお酒が登場していたのかもしれない。本作を読んで名言に興味がわいたときは、引用元のチェックを忘れずに。誰かに言ってみたい台詞や、一緒に見たい映画が出てくるはずだ。

 年末年始の隙間時間埋めとしてオススメした本作だが、会話の糸口研究と称して一気読みするのもいいだろう。知識欲を満たしてくれるに違いない。休み明け、今より少し話し上手、聞き上手になっているかもしれない。もし、話のほとんどを知っている相手と出会ったら、それは「バーテンダー」の読者仲間かもしれない。そのときは、是非新刊が出たことを伝えてほしい。不思議なほどに、新刊の存在を知っている読者が少ないのだ。

 22巻にあたる本巻にはナンバリングがなく、完結後の追加はこの1冊限りであるのだろう。では、最後にこの場を借りて感謝の言葉を。──再び出会えたこの時に「ありがとう」。また、お会いしましたね。

8月発売の「バーテンダー ~イーデンホール~」